第48話 交流
契約書にサインを書き終えた後、ヤク姉さんの奢りで高級寿司店に行くことになった。
母さんが運転して向かうことに。
奢られるのは僕と秘書子さんのみ。
母さんに関しては自腹。
再び喧嘩が始まるかと思ったら、母さんはヤク姉さんに奢られるのが相当いやらしく、喧嘩することなく済んだ。
「あの、秘書子さん。母さんとヤク姉さんって仲悪いんですか?」
「そうですね。お二人は会社ができる前からあのような感じですよ。私に姉弟はいませんのでお二人が普通かはわかりませんが」
確か母さんは44歳でヤク姉さんは37歳。
多分7歳差。僕と兄さんが9歳差だから少し近いかな。
それでもたくさん喧嘩するほど仲悪くないよね。
来夢と兄さんは違うけど。
つまり母さんとヤク姉さんの仲が悪いだけ。
……あれ? 確かさっき言ってたヤク姉さんの年齢は37歳であってるよね。
それで会社ができたのは20年前。
えーっと、つまり……会社を立ち上げたのって17歳の時だよね。
「あの、ヤク姉さん」
「ん? どうした?」
「ヤク姉さんは高校行けなかったんですか?」
「ぶふっ!」
「……ふふっ」
あれ、僕おかしなこと言ったかな。
秘書子さんまで笑ってる。
「どうしてそう思ったのかな?」
「えーっと。確か『Homesyo』は今年で20周年ですよね」
「そうだね。それで?」
「さっき、ヤク姉さんは37歳って言ってたので。『37-20』をすると17になるんです。その年齢って高校生ですよね。だから高校には行ってないのかなと思いました」
「確かに普通に考えればそうだね。でも、高校時代に会社を設立したとは考えなかったの?」
「……考えませんでした。え、ということは……!?」
「私が会社を設立したのは高校三年生の時だよ」
僕と同じで頭が悪いから高校に行けなかったと思ったのに。
僕とは全然違う。むしろ逆でヤク姉さんって頭いいのかな。
でも、頭がよかったら普通は高校生の時に会社を立てたりしないで、大学を卒業してから立てるよね?
「今でも覚えているわ。急に会社を設立したって言われた時の感覚を」
「私もです。えだっちと一緒にごく普通の学生生活を送っていたはずなのに『会社設立したから一緒にやらない?』と言われたときは、変なものでも食べたんじゃないかなと思いました」
「思い出すわね。
「やめてください」
「……生花?」
「あ、私の本名です。ですが『秘書子』と呼んでいただいて問題ありません」
「ちなみに、えだっちっていうのは高校時代の私のあだ名ね。『宝命生』って名前は私の苗字に生花の『生』でつけた名前なんだよ」
高校時代に仲のいい友達と一緒に会社を始めるって、なんかすごいな。
僕は仲のいい友達どころか、高校にすら言ってないんだけど。
「言っておくけどヤス君。もし私が馬鹿なんじゃないかと思っていたのなら大外れだよ」
「はい、社長は高校時代、全国模試で必ず1位を取ってましたから」
「全国模試?」
「全国統一高校生テストね。つまり全国の高校生で一番頭がよかったってこと」
僕とは本当に真逆だ。
少しでも同類じゃないかと考えたのが恥ずかしい。
会社と高級寿司店まではそこまで遠くなく、10分もかからなかった。
店の中に入り、一番最初に驚いたのは寿司が回転していなかったこと。
ドラマとかでたまに見る目の前で握ってお客に出す形式のお店。
厨房にはいかにも厳格そうで顔の怖いおじいさんが立っていた。
「おっちゃん、久しぶり!」
「おじさん、お久しぶりに食べに来たよ」
「お久しぶりです」
「お、役満姉妹に生花ちゃん! いらっしゃい!」
母さんたちはこの店に何度も来たことあるのかな。
なんだか、親しそう。
「あの、役満姉妹って何ですか?」
「お、坊主は初めてだな。ヤクちゃんは……独り身。生花ちゃんもだよね。ということは満ちゃんの子か!」
「おじさん。最近だとそういうのはセクハラになるからやめた方がいいよ」
「お、そうなのか! それで役満姉妹だったよな。役満っていうのは麻雀で一番いい役のことだよ。でその漢字が、この姉妹に入っているから『役満姉妹』ってわけよ!」
麻雀のことはよく知らないけど、『役満』が凄いのはなんとなく分かった。
いつか麻雀配信でもしてみようかな。
「にしても、満ちゃんの子か。小さかったころからは想像できねぇな。よし! 今日は特別だ! 坊主の分だけタダにしてやる。好きなだけ食え!」
「本当ですか!?」
「おっちゃん、止めといたほうが……」
「バカ野郎! まだ子供なんだ。いっぱい食わねえと大きくなれねえぞ!」
「私は止めたからね」
どれにしようかなと、迷っているそぶりはするけど食べたいものはもう決めてある。
最初はヤク姉さんの奢りだったから、ある程度遠慮しようかと思ったけど、ただなら遠慮する必要ないよね!
「サーモン全部ください!」
「あいよ! ……え?」
「サーモン全部お願いします」
「姉さん。ヤス君ってもしかして……」
「サーモンが大好物。あと酢飯」
「……おもしれぇ! 店にある分全部出してやろうじゃねぇか! 少々お待ちを!」
高級寿司屋のサーモンと酢飯。どんな味がするんだろう!
約10分後
「ぼ、坊主。もう勘弁してくれ!」
「え、まだ入りそうなんですけど……」
あの後、サーモンを食べつくした後にエビを食べ次に大トロ、中トロと食べつくした。
中とろを食べ終え何を食べようか迷っているときに、止められてしまった。
正直、あと一品目なら完食できそう。
「だから言ったじゃん。止めといたほうがいいって」
「お、お前の子供どうなってんだよ」
「保仁はお寿司が大好物で、寿司だけなら何十皿でも食べられるのよ。だから、あまり寿司屋には連れて行かないようにしてるんだけど……」
「うちをつぶす気か!」
「わ、私の奢りじゃなくてよかった」
いやー、少しやりすぎたと反省しています。
奢りだったら、多分もう少しだけ制御で来たんだけど、無料になったら食べ過ぎちゃうんだよね。
「こ、今度来たときにはしっかり金とるからな!」
「分かった、分かった。それじゃあおっちゃんも手が空いたみたいだし」
「私たちも注文するとしましょうか。社長、ごちそうになります」
「あはは、それじゃあおじさん、イカお願い」
「こりゃ、今日は店じまいだな」
「あ、僕には酢飯お願いします」
「まだ食うのかよ!?」
母さんたちが昼ご飯を食べるのを横目に、僕はおじさんに酢飯をお椀に次いでもらい、箸で口いっぱいに頬張った。
2、3杯ぐらいでお腹いっぱいになり、同じ時間帯に母さんたちも食べ終えた。
「それじゃあおじさん、お会計お願いします」
「はいよ」
僕の分が抜かれているとはいえ、その金額は万を超えていた。
もし僕の分を含んだら一体いくらになったのか……。
「それじゃあ私たちは歩いて会社に戻るよ。姉さんたちはどうするの?」
「私たちももう帰ろうかしら。行ってみたい場所もないし、保仁も配信の準備があるでしょ?」
「うん。まだ準備が何もできていないからね」
「そういうわけだから帰るわね」
「そうね。それじゃあヤス君。CMのことはくれぐれも気を付けるように。いいわね」
「分かりました」
「社長。そろそろ」
「うん。じゃあねヤス君。姉さん、お義兄さんによろしく伝えといて」
「ええ、あんたもそろそろ結婚しなさいね」
「うるさい!」
ヤク姉さんたちを見送った後、母さんの車に乗って家へと帰った。
家に帰ってからすぐにお風呂に入りトリッターで配信の告知と、配信のための準備。
3時前に入るお風呂はまた格別な気持ちよさがあった。
配信の準備をしようと思ったけど、兄さんの家には配信の機材がないのを思い出す。
正直、これが一番の想定外。
もともと、配信する予定で来てなかっただけにカメラも何も持ってきていない。
来夢が作ったアプリはあるけど、今家にあるのはごく普通のノートパソコンのみ。
多分パソコンの方が要領に耐えられないと思う。
つまり、今日の配信は僕のイラストのみで配信するということ。
幸い、イラストだけの配信ならそこまで苦労しないと思う。
問題点はノートパソコンがどこまで耐えることができるか。
「ただいま帰りました」
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
どうやら来夢と義姉さんが帰ってきたみたい。
今日はどこに行ってたんだろう。
「随分と買い物したわね。その荷物どうするの?」
「今日一回試してみて初期不良がないか確認するの。お兄ちゃんいる?」
「配信の準備が終わって、リビングでゴロゴロしてるわよ」
「ならちょうどよかった!」
何がちょうどよかったんだろう。
面倒くさいことじゃなければいいんだけど……。
「お兄ちゃん! 今日配信するんだよね!」
「おかえり。するけどどうしたの?」
「新しいパソコン使ってみたくない?」
「え? ……もしかして」
「うん。私の作ったアプリに対応できそうなパソコン買ってきたの。特別にお兄ちゃんに使わせてあげる」
……まさかの問題全解決。
来夢はいつも、僕の想像を軽々に超えてくることをしてくれる。
「僕を実験台にするんだ」
「あはは、でも、いいでしょ!?」
「いいよ。だから落ち着いてね。僕機械系は全然理解できないから終わったら教えて」
「はーい」
それにしても買ったその日に新しいパソコンを試すんだ。
……持ち帰りはどうするのかな?
来夢と義姉さんが頑張っている間、僕は宮崎では絶対に見ることができないゴールデンタイムの番組やアニメをゴロゴロしながら見続けて時間をつぶした。
そして、配信の予定時間がやってくる。
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