第47話 案件・依頼

「来てあげたんだから、お茶くらい出したらどうなの?」


秘書子さんに案内され、来客用の椅子に座った僕と母さんだったけど、母さんは座ってすぐに足を組み、社長室の客とは思えない態度になった。


「秘書子ちゃん。この礼儀知らずの馬鹿姉さんにお茶を出してあげて」

「安いやつと来客用のお茶がありますがどちらにしますか?」

「ヤスくんには来客用の中でも特に高いお茶をお願い。私はいつも通りの。姉さんには白湯」

「何ってんの。秘書子ちゃん。私にも高いお茶頂戴!」

「私は社長秘書ですので満さまの召使ではありません」


確かに。

秘書子さんに母さんの命令を聞く義理はない。


「昔はよく聞いてくれてたのに」

「新人の時でしょ。今の秘書子ちゃんは一流の秘書。姉さんの言うことを何でも聞いてた時とは違うのよ」

「ふーん。まぁ成長したってところを見ると、相当いい子なのね」


僕のもとに出てきたお茶は、苦くもおいしいお茶だった。

母さんのもとには本当に白湯。

しかも、僕は上質な湯呑に対して、母さんはどこにでも売っていそうな普通のコップ。


「それで、保仁に用があったんでしょ。早く話してくれない?」

「せかさないで姉さん。お久しぶりね、ヤス君。あなたは覚えていないかもしれないけど私は覚えているわ。あんなに小さかった子が今じゃ立派なVtuberになってるなんて、当時は思いも知らなかった。一応自己紹介をしておくと私の名前は『宝命役』。『役』と書いて『えだち』って読むの。『やく』でも『えだち』でも好きな方で呼んでね」

「あ、はい、じゃあヤク叔母さんで」

「ぶふっ!」

「……おばっ」

「初めまして、久藤保仁です。よろしくお願いします。ヤク叔母さん」

「よろしくね。ひとまずヤス君。叔母さんは止めようか」

「え、でも好きなように呼んでいいって……」


もしかして本当はダメだったのかな?

でも、母さんの妹をヤクさんって呼ぶのも変だし……。


「いい、ヤス君。私はまだ37歳なの。だから叔母さんって年齢じゃないのよ」

「三十路はおばさんでしょ」

「姉さんは黙ってて! だからね、ヤス君。私のことはヤクお姉さん(・・・・)。って呼ぼうか」

「は、はい。ヤクお姉さん」

「うん、姉さんと違って素直でかわいい子ね。よろしい!」


この人の圧、凄すぎる。

そんなに嫌だったのかな。叔母さん呼び。


「それじゃあさっそく本題に入るけど、ヤス君……じゃなくて『神無月ヤマト』さん。我が社のCMに出てもらえませんか?」

「……CM? 僕が!?」

「正確にはヤマト君と撫子……さんの二人だけどね」

「私も?」

「うん。一応、事務所の方には数日前に連絡は入れさせてもらったよ」

「普通そういうのはキャスティング会社に頼むものじゃないの?」

「うちにはCM制作をメインにしている部があるから。下手なところよりは上質になる」


もう話に全くついていけない。

キャスティングの会社なんてあるの?

部って部活のことじゃないよね。


ひとまず、そんなことよりも……。


「あの、CM出演って『案件』なんですか?」


個人勢にとって案件が来るということは有名になった証し、と言っても過言ではない……多分。


たとえそうでなくても、僕にとって案件が来るというのはそれだけ人気が出たと思えてうれしい。


「違うよ。でも依頼料は案件よりも上になるかな」

「そうなんですか」


案件よりもお金は上。

でも、僕としては案件の方がよかったかな。

CMには出るけど。


「あ、案件が欲しかったの? ならあげようか?」

「い、いえいえ。そこまでしてもらう必要ないですよ!」

「いいのいいの、親戚とか関係なく、ヤマトにならうちの案件任せてもいいと思ってるから」

「そ、そう言ってもらえるだけでも嬉しいです」

「秘書子ちゃん、何かいい案件ない?」

「そうですね。……最近発売したホラーゲームが一つありますけど」

「え、……ホラー?」


案件がもらえるのは嬉しい、嬉しいんだけど……!


言っては何だけど、僕はホラー系のものはとてつもなく苦手。

暗いところは好きだけど、それは人がいないからこそ。

でもホラー系は黒いところにお化けや人がいる。何より話しても全く反応しないのが嫌だ。


「そうはいっても、これしかないんだよね?」

「はい」

「じゃ、じゃあ案件いらないです」


多分、他のVtuberさんたちは苦手なジャンルの案件が来ても、気合でやり切るかもしれないけど、僕にそんな勇気はない。

そもそもそんなものがあれば、東京何て一人で歩けるし、電車にも乗れる。


今回は残念だけど、案件は諦めよう。


「だったら、来夢と一緒にすれば?」

「……え?」

「ああ、ライちゃんと? そういえばあの子も大きくなってるのよね?」

「ええ、来夢は保仁と違ってホラー系は大丈夫よ」

「確かにいいかもしれないわね。このゲームには二人協力プレイもあるし、何よりも本気で怖がる時のヤマトの反応は、このゲームの怖さをしっかりと伝えることができる。さらにライちゃんを驚かせることができれば、さらにこのゲームの評価は爆上がりするかもしれない!」

「ですが社長。さすがに二人分の費用は無理がありますよ」

「あ、それもそうね」

「その辺は大丈夫よ。来夢にとって保仁とホラーゲームができるだけでありがたいだろうから」

「……それならいいけど、最悪姉さんが何とかしてくれるの?」

「仕方ないわね。子供たちのためならいけ好かない妹の頼みも聞いてあげるわ」

「やっぱりいいわ。姉さんに尻拭いされたくないし」


なんか、本人の知らないところで勝手に話が進んでいっている。

僕はやるとは一言も言ってないのに、すでにやることが決まっているみたい。


やっぱりこの二人は姉妹だ。

ものすごく相性がいい。


「それで、案件の配信日なんだけどヤス君たちは今休暇中なのよね?」

「はい、一応今日配信はする予定ですけど」

「そう。だったら休暇が終わってから最初の土曜日、5月13日でいい?」

「大丈夫です」

「配信時間は一時間。ゲームをクリアしていなくてもその時間で終わってね」


ということは、1時間さえ耐えきれば案件終了ってことだよね。

1時間くらいなら大丈夫! ……なはず。


「費用だけど、『チャンネル登録者数×3』でいいかな」

「大丈夫です。けど、僕のチャンネル登録者数この間10万人超えたけど大丈夫なんですか?」

「うちにとっては30万なんて、簡単に出せる金額だからね。安くないけど。だからというわけではないけど、姉さんのCM依頼料は1億円にしてるよ」

「1億!?」

「……妥当な金額じゃない」


1億で妥当なんだ。

でも確かによく聞くもんね。

CMに出るとたくさんお金がもらえるって。


……そうなると僕の依頼料はいくらになるんだろう。


「ヤス君の依頼料は300万円になるけどいいかしら」

「ぜ、全然大丈夫です!」


母さんに比べたら全然低いけど、よくよく考えてみると、僕は新人Vtuber。

多分だけど、これくらいが普通なんだよね。


「相場よりだいぶ高いわね」

「え!?」

「期待値、と捉えてもらっていいわ」

「あ、あの、普通ならいくらくらいなんですか?」


期待されている身としては、相場もある程度知っておきたい。


「そうね。デビューしたてだからよくて20万?」

「普通なら最低の10万よ」


え、ということは『300÷10』だから……。

えーっと、10が一つ、二つ、三つ……。


「10倍!」

「残念。30倍。簡単な計算くらいはできるようになりなさい」

「うっ、はい」


もうどう計算すればいいかわからない。


「それじゃあ契約成立、でいいかしら?」

「は、はい。よろしくお願いします!」

「それじゃあ、秘書子ちゃん、契約書持ってきてくれる?」

「はい。失礼します」


なんだろう。

契約書にサインするなんて、社会人になった感じがする。


「撮影はこの後すぐですか?」

「いいえ、今予定しているのは7月以降ね。CM制作は決定したけど、キャストをまだ決めてなかったし、何よりも姉さんの会社から返事をもらってないわ」

「まぁ、私としては出演してもいいんだけどね。1億だったら、会社側に6千万入るから悪くないはず」

「それで撮影時期だったわよね。……7月、でいいかしら? 詳しい日時は後日教えるわね」

「分かりました。7月にまた東京にきます」

「ああそれと、案件の件は配信で話してもらっても構わないけど、CM出演の件はまだ話したらダメよ。情報については我が社が出した後なら出していいけど、うちの情報が出るのは撮影が終わった後だと思うから」


つまり、機密情報みたいなものかな。

なんか大人っぽい!


それにしても7月。

もし、宮崎に帰ることになったらまた東京に来ないといけないってことだよね。

今度は普通の東京観光をしたいな~。


しばらくお茶を飲んで待っていると秘書子さんが紙を持ってきてくれて、その紙にサインした。


内容に関しては読めない漢字がたくさんだったので、母さんに簡単に説明してもらいながらある程度は理解した。


因みに、僕は未成年であることから僕の契約用紙には、僕のと母さんのサインが書かれた。

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