第45話 パレード
「着いた。ここ」
連れてこられた場所は少し開けた道。
だけどロープが張られていて、反対側に行くにはロープの下を潜り抜けるか、まだ張られていないところから反対側に行くしかない。
「それにしても、開始三十分前なのに人がそこそこいますね」
「うん。ヴァリアブル・ランドに来る人のほとんどはパレードを見に来るから」
「よかったね、お兄ちゃん。早めに着といて」
「うん、本当によかった」
少しでも遅かったらってことを考えると……。
だいぶ怖い。
その場でしばらく待っていると、徐々に人が増え始めてきた。
改めてみると、今日が月曜日で平日だということを忘れてしまいそうになる。
「あ、いたいた。おーい!」
「あ、楓たち」
声のする方を見ると、食べ物を持った楓さんと獅喰蓮さんが人の壁を押しのけて僕たちがいる所まで来た。
「はいヤマトはハンバーガー。来夢にはフランクフルト。ギャイにはチュロスね」
「あ、ありがとうございます」
楓さんに渡されたハンバーガーは、チェーン店で見るハンバーガーよりも少し大きいサイズだった。
来夢のフランクフルトも大きい。そしていい匂い。
ギャイ先生のチュロスは僕が食べたものと同じサイズって……。
「おいしかった」
「はやっ!」
ギャイ先生は1本目食べ終えて、すでに2本目に入っていた。
2本目もすぐに食べ終えて、3本目に入ろうとしていた。
僕もハンバーガーに噛り付く。
いつも食べていると味とは違うけど、ヴァリアブル・ランドのハンバーガーもおいしい。
あまりの美味しさに数分で食べ終えてしまう。
「そういえばヤマト、聞きたかったんだけどどうして声優を目指さなかったの?」
「うーん。親と同じ道を歩みたくなかったっていうのもありますけど、主な原因は父さんですかね」
「え、それって、どういう——」
「ヤマトさん。もうすぐ始まりますよ」
「本当ですか? 楽しみです!」
薄暗く、微妙に静かな会場に明るい音楽が流れ始める。
そして、奥からカラフルな光が見え始めた。
光りの正体は大きな乗り物で、その上には人が数人乗っていた。
全員ヴァリアブル・ランドをモチーフにしたキャラクター達。
目の前を一台が通り過ぎていくと、後ろに並んでいた乗り物が次に目の前に来る。
次に乗っていたのはヴァリアブル・ランドのぬいぐるみキャラクター。
それが過ぎると、次の乗り物と繰り返すように流れていく。
「きれい」
そんな言葉が僕の口から漏れ出た。
ただ見るだけのものかと思ったけど、普通にきれいで心が奪われた。
面白いかどうかは別だけど……。
ただ見ていて損はないということははっきりと言える。
1時間で終わると聞いていたけど、最後の乗り物が僕たちの目の前を通り過ぎた時には20分しかたっていなかった。
最後の乗り物が通り過ぎると同時に、パレードを見ていた人たちはその場を後にし始める。
「……あの、まだ20分しかたっていないんですけどもう終わりなんですか?」
「そうだよ~。1時間という時間はパレードが始まってから終わるまでの時間のこと」
「だからパレードはまだ続いている」
「今からパレードを追いかけるのもいいけど、向こう側は人がもっと多くなってると思うよ。……追いかける?」
「絶対に嫌です」
「だよね。それじゃあ、再びアトラクションを周りに行こうか」
「そうですね」
僕が立ち上がろうとしたとき、左肩に来夢の頭がのしかかる。
どうしたものかと見てみると、来夢はすやすやと眠っていた。
「あー。寝ってるね」
「アトラクション制覇するためにたくさん動いたからね~。パレード見てたらうとうとしちゃって、終わると同時に寝ちゃった感じかな~」
「……起こす?」
「いや、眠らせておきましょう。すみません。せっかく付き合ってもらったのに」
「気にしないで、私少し電話してくるね」
楓さんはスマホだけを持って人気がない場所に向かった。
来夢はいまだに寝ている。
全く、気持ちよさそうに寝ちゃって。
今日が相当楽しかったのかな?
「この後どうする? ヤマトンの家からここまでって遠いんでしょ」
「はい、1時間くらいかかります」
「それじゃあ私たちの部屋にきますか?」
「え?」
それってホテルの部屋ってことだよね。
部外者の僕たちが入ってもいいのかな。
まって、ということは紅葉さんに会えるかもしれないってこと?
「ヤマトンが来たとなると、モミジンがうるさくなるんじゃない?」
「ああ、それなら大丈夫だね~。さっき紅葉ちゃんに電話したらもう寝るらしいから」
「またっ!? モミジン寝てばっかじゃない?」
「まぁいいんじゃない? 紅葉ちゃんここ最近あまり寝てなかったみたいだしね~」
ということは紅葉さんには会えないんだ。少し残念。
「さっき電話してみたんだけど、義明さん今会社にいるみたい。ここに来るまでに早くても1時間半かかるよ」
「私たちの部屋で決定だね」
「ヤマト君は私の荷物を持ってくれる? 来夢ちゃんは私が背負うから」
「分かりました」
僕は獅喰蓮さんの荷物を持ち、来夢を背負った獅喰蓮さんの後についていった。
出口ゲートを通過し、すぐそばにあるヴァリアブル・ランドのホテルの中に入る。
ヴァリアブル・ランド直営のホテルだけに、フロントなどもとても豪華。
そして広い。
僕一人だったら間違いなく迷子になってるね。
先に進む獅喰蓮さんたちの後をついていき、エレベーターに乗って上に向かう。
エレベーターから出てすぐのところに、獅喰蓮さんたちの部屋があった。
「シグレン、私楓たちの部屋に言ってるね」
「は~い」
「何かあったら呼んでね」
「うん」
楓さんたちは獅喰蓮さんの部屋と向かい側の部屋に入っていった。
「あの、一緒の部屋なんじゃ……」
「ここは二人部屋だからね~。私とギャイちゃん。楓ちゃんと紅葉ちゃんで別れてるんだ~。二人に向こうの部屋に行ってもらったのは紅葉ちゃんが起きないか見張るため。ヤマトさんがいるってわかったら紅葉ちゃんうるさくなるからね~。来夢ちゃん起きちゃうよ~」
確かに。
今騒がれたら来夢が起きちゃうかもしれない。
あれ?
「だったら僕が向こうの部屋に行けばいいんじゃ……」
「紅葉ちゃんは人見知りだからね。コスプレしないで生ヤマトさんを見たらキュン死しちゃうよ。だから向こうの部屋に行ったらだーめ」
「あ、はい」
「ふふふ、コスプレすれば会えるからまた今度ね。それよりも髪洗い流して来たら。すっきりしたいでしょ?」
「そうですね。少しお借りします」
浴室を教えてもらい、そこで髪を洗い流す。
流石高級ホテルというべきかな。
バスタオルがとてもフカフカだった。
「ありがとうございました」
「いえいえ、お父さんが来るまで時間もあるしヤマトさんも少し寝てなさい」
「いえ、流石にベッドまで借りるわけには……」
「私もギャイちゃんも気にしないから。ゆっくりと休みなさい」
「……それじゃあお言葉に甘えて」
ベッドはふかふか。
横になってるだけで、眠気……が。
僕の意識はそこで途切れた。
~~~~~~~~~~
ヤマトが眠りについてから1時間半が経過していた。
楓はSNSでヤマトとの写真を投稿。
ギャイはベッドに寝そべりながら、スマホをいじっていた。
そんな一室に呼び鈴が鳴り響く。
「お、来たみたい」
楓が部屋の鍵を開けると、そこにいたのは身長が高く、体系の大きな大男。
少し長めの髪、いかつい顎髭。
とてもダンディーなおじ様が立っていた。
「直接お会いするのは久しぶりですね。義明さん」
「そうなるな。楓さん。うちの子たちが迷惑かけなかったか?」
「とてもいい子たちでしたよ。ギャイ、ヤマトたち起こしてきてくれない?」
「うん。分かった」
「ギャイ先生もお久しぶりですね」
「……うん」
ギャイは義明の横を通り抜けて、向かいの部屋に入っていった。
「ギャイ先生は相変わらずだな」
「背の高い男性には人見知りが激しいですから」
「そろそろ慣れてほしいんだけどな。……それで、何が聞きたいんだ? わざわざギャイ先生を外に出したってことは何か聞きたいことがあるってことじゃないのか?」
まだ何も言っていないのに、行動だけで目的を当てる義明に対し楓は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……正解です。ヤマトのことで少し聞きたいことがありました」
「いいぞ。可能な範囲で答えてやる」
「では単刀直入に、ヤマトが声優を目指さなかったのは義明さんが原因なんですか?」
「……なんだ、そんなことか。いいよ。答えてやる」
「え?」
「と言っても単純な理由だ。一つ、ヤスは声よりも体を動かしての演技の方が優れていた」
「ああ、神無月撫子さんのお子さんでもありますもんね。……一つ?」
「そう、主な理由はもう一つ。あいつは天才すぎた」
「はい?」
楓には理解できない答えが返ってくる。
天才であれば逆に目指すべきなのでは?
だが、義明が言っている言葉の本当の意味を、楓は知ることとなる。
「楓さん。俺が世間からなんて呼ばれているか知ってるよね?」
「はい『十年に一人の天才声優』業界では常識ですよ」
「俺とヤスがもし同世代で声優していたら、俺は声優をやめていたよ」
「それって……」
「あいつの才能は俺をも軽く凌駕している。ヤスが声優になったらその才能に自信を無くし声優をやめると思った。だから声優の道を俺はやめさせたんだ。あいつには演技もあったからな。まさか親とは違う道を目指すって言った時は驚いたけどな」
楓はこれまで声優をやめていった人をたくさん見てきた。
その理由は病気や、生活が苦しいからなど様々あるが、多くの人は才能がないから。
中には一度も演じることなくやめていった同業者もいる。
だからこそ恐怖してしまった。
ヤマトの才能に。
「まぁ、才能はあってもあいつには技術がない上に馬鹿だからな。今の俺からすればそこらに転がっている石ころだ」
「……親の意地ってやつですか?」
「まぁ半分そうだけど半分は違う。あいつの特技は声真似ってのは知ってるよな?」
「はい。一瞬で声を完全にまねできる才能はすごいです。それに声のないキャラに声をすぐに付けられるのも」
「ところがどっこい。その声真似にも欠点、というよりも経験のなさか? まぁ欠点がある」
「欠点?」
一度聞いた楓だからこそわかる。
あの声真似に欠点なんてあるはずがないと。
だけど、欠点があると言っているのは、自分よりヤマトのことに詳しい父親。
気にならずにはいられない。
「ヤスの声真似は確かにすごい。けどごく稀に声のついていないキャラの声を演じるとき、うまくいかないことがある」
「……それって声真似なんですか?」
「どうだろうな。ただヤスが言うには声真似らしい。頭の中でそのキャラの声を浮かべて声にする。オフコラボの時にしたのがまさにそれ」
「それじゃあ欠点なくないですか?」
「言っただろ、あいつは馬鹿だって。ごく稀に近くにお手本がいるのにそのことに気づかないとき、ヤスはいくつもの声を出すが絶対に納得しない。だけど、バカだからそのことに気づかない。これが欠点であり、俺があいつに負けない唯一のところだな」
自信満々に言う義明に対し楓の頭の中では『?』マークが浮かび続けていた。
子が子なら親も親なのかもしれない。
「……まぁ、ヤスは声優を目指さずに今Vtuberをしている。これで世界が回ってるんだからいいじゃないか」
「逃げましたね」
「説明が面倒くさくなった。あいつが天才すぎるってことだけ覚えていたらいいよ」
これ以上聞いても理解できないと思い、楓はそういうことにしておいた。
「ねぇ、二人とも爆睡して全然起きない」
「そうですか。それじゃあ俺が二人を抱えていきますよ」
「大丈夫ですか? 私も手伝いますよ」
「いや、大丈夫だ。あんなちびっこ俺一人でな。じゃあな楓さん。世話になった。これからもヤスたちとは仲良くしてやってくれ」
「……はい」
義明はヤマトとライムの二人を抱えてホテルを後にした。
~~~~~~~~~~
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