第44話 時間つぶし
義姉さんのスマホから聞こえる父さんの声。
まさか、こんな形で聞くことになるなんて思わなかった。
「お久しぶりです。父さん」
『ああ、メッセージのやり取りはしてたけど、こういう風にしゃべるのは久しぶりだな。元気にしてたか?』
「元気にしてました」
父さんと話すとき、義姉さんもだがどうしても言葉が堅苦しくなってしまう。
別に父さんが嫌いだからというわけではない。
ただ、癖でそうなってしまう。
「義明さん。お疲れ様です」
『ああ、楓さんか。子供たちがお世話になったな』
「いえいえ、とてもいいお子さんでしたよ」
『だよな。俺もそう思う。ヤスに関しては俺に似てるくせに、目上の人に対してはいい子だし、ライに関していうなら俺やヤスとは違って人懐っこくて、コミュニケーション能力も高い! 何より二人ともいい子なんだよ!』
「え、えぇ……」
楓さんが少し引いている。
まぁ少し親バカな感じはするけど、引くほどの感じなのかな?
職場での父さんの雰囲気を知らないから分からないや。
『それで、俺は何時に迎えに行けばいいんだ?』
「シグレン、何時に終わるんだっけ?」
「閉園時間は9時だからその時間帯がいいんじゃない~?」
「だそうです」
『分かった。その時間帯に迎えに行く。子供たちのこと頼むぞ』
「任せてください」
父さんとの通話はそこで切れた。
「そういうわけですので、私たちはこれで失礼します。義妹たちのことよろしくお願いします。もし何かを買っていただいた場合は教えてください。後日『主人』に全額払わせますので」
「任せてカナナン。ここからは私も同行するから」
「お願いしますね、ギャイ先生。保仁くんに来夢ちゃんも、ギャイ先生たちに迷惑をかけないようにね」
「はい」
「大丈夫だよ。お義姉ちゃん!」
「たくさん楽しんでね~。……行くわよ、一郎君」
「はい!」
義姉さんとたくさんの荷物を持った兄さんは、そのまま出口ゲートから外へと出ていった。
兄さん、いったいどれくらいのお金を使ったんだろう。
荷物の量からして相当な金額のような気がするけど。
「さてと、パレードって何時からだっけ?」
「18時から1時間だよ」
「……あと二時間くらいある。シグレン、何か時間潰すものないの?」
「いくつかはあると思う。でもパレードの場所取りも早めにしてた方がいいかも」
「あまり遊べないんだね」
「そういえばVIPプラン、1グループだったからみんなで出来るよ」
「まじぃ? しっかり見とかないといけなかったね」
なんか話がどんどん進んでいく。
僕と来夢は完全に置き去り状態。
いや、むしろその方がいいかも。
ヴァリアブル・ランドのことをよく知ってる人たちの方がこの後の進路を決めやすい。
「ヤマトは人が少ないところの方がいいんだよね?」
「はい、でもこれだけのお人数がいれば大丈夫だと思います」
「多分お兄ちゃんのことはそこまで考慮しなくてもいいですよ。知ってる人があまりいないときはダメですけど、多い時は問題ありませんから」
「そういうことですね。あ、でも走ったりするのは遠慮したいです。僕体力はありますけど運動神経はよくないですから」
中学時代、持久走では4キロ走ってもあまり疲れないうえにそこそこのタイムが取れたのに、短距離走では全然疲れないのに10秒を軽く超えてたからな~。
「大丈夫だよ、ヤマトン。動画撮影でよく動いているシグレンや、仕事の移動で動いている楓はともかく、私は前までは運動神経そこそこだったけど今は足には自信がない」
「ギャイ先生。僕たちはゆっくりと行きましょう」
「賛成」
同士がここにいた。
やっぱりデスクワークの人は運動能力が低めなのかな?
……あれ? 義姉さんもイラストレーターだけど、運動神経は今でも衰えていないはず。
じゃあ、ギャイ先生の運動神経が落ちたのって歳だからじゃ……。
「痛っ!?」
気づくといつの間にかギャイ先生に足を踏まれていた。
あ、慣れればそこまで痛くない。
でも何故……。
「今失礼なこと考えなかった? 例えば……年齢の話とか」
「えっ!? か、考えてませんよ!」
「本当に?」
「ギャイ先生に誓って」
「……ならいい」
ようやく足を話してくれた。
でもまさかあそこまで怒るなんて……。
ギャイ先生の前では年齢の話はやめておこう。
「もし次、私のことを年下扱いしたら、仕事を手伝ってもらうから」
「はい。……ん?」
少し訂正。
ギャイ先生の前で年齢の話はしてもいいけど、年下扱いしないように気を付けよう。
「さてと、それじゃあ近いアトラクションから乗っていこうか」
「はぐれない様にね」
獅喰蓮さんが先頭を歩き、僕たちはそのあとをおとなしくついていった。
朝の時よりも人は多くなっていたけど、獅喰蓮さんがあまり人の多くない道を選んでくれたおかげで、迷うことなく進むことができた。
一番最初に付いたアトラクションは僕と楓さんが人の多さと、アトラクションの性質上入るのを避けたアトラクション『ウォーター山脈』
水面に向かって急降下するジェットコースター系のアトラクション。
水面付近でジェットコースターは水面と平行? に向きを変えるけど水にかかってしまう可能性がある。
さっきはコスプレの服を着ていたから乗れなかったけど、今は私服だから乗れると思う。
だけど、今でも人がそこそこ多い。
「……人が多いですね」
「まぁ、人気アトラクションの一つだからね。でも今回はVIPプランで来てるからすぐに入れるよ」
獅喰蓮さんが係員さんに1枚のカードを見せると、すぐにアトラクションの中に案内された。
並んでいる人を抜き去っていくのは少しの申し訳なさを感じる。
「流石に並んでる人を抜かすのは申し訳ない」
「だよね~。私もVIPプランで制覇したけど、アトラクションに乗るたびに申し訳ない気持ちになってたよ~」
「並んでいる人の視線が少し痛いです」
「え? そう? 私は長時間並んでいる人を抜かしていくのが気持ちよく感じるんだけど」
「私もです。アトラクションに早く乗れるだけで嬉しいですよ」
僕や獅喰蓮さんにギャイ先生は肩身が狭いのに対し、楓さんと来夢は逆に堂々としていた。
人がいないおかげですぐに最前列に着いた
「楓、あなたは大人なんだから少しは他人の人を思いやって」
「来夢ちゃんも。あんな大人にならないように、他の人に対して優しい心を持つんだよ」
「ちょっと、私にだけ酷くない? ヤマトは私の味方だよね!?」
「自業自得だと思います」
うちの妹の前では大人気ない行動をとるのはやめてほしいです。
教育によくないので。
「来夢、楓さんを見習ったらだめだからね」
「うん。今度からは気を付ける」
「楓とは違っていい子」
「来夢ちゃんはいい子になれるね。楓ちゃんと違って」
「みんなひどい!」
楽しく話していると、すぐに機体は僕たちの目の前にやってきた。
係員さんの案内に従って順番に乗っていく。
僕たちは真ん中の方に座った。
前には獅喰蓮さんと楓さん、真ん中に僕と来夢。後ろにギャイ先生の順で座る。
「これ水に濡れたりしないの?」
「大丈夫だよ~。水が一番かかるのは先頭あたりだから。真ん中は水しぶきが少しかかるくらいだよ。VIPプランは強制的に真ん中の列になるから安心できるよ」
「だから来夢と獅喰蓮さんは濡れてなかったんですね」
「そういうことだよ、お兄ちゃん」
一般客が乗り込むと時機体はそのまま発進し、一気に外の景色が見えるようになり、そして急降下する。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴が聞こえるけど今はそんなことが気にならない。
あまりの速さに心臓が後ろに遅れてそう!
あまりの速さに体中に力が入る。
そして着水。
水しぶきを上げてスピードは緩くなり、このアトラクションは終わった。
短い時間だったけど衝撃が強すぎて長く感じた。
機体から降りると、獅喰蓮さんはどこかへと走り去ってしまう。
楓さんと来夢は元気そうだけど、僕とギャイ先生はさっきの衝撃で立つのがやっと。
「いやー楽しかった! もう一回乗りたいね」
「いや、私もういい」
「僕もです。何回も乗ったら命が持ちません。それにほかのアトラクションにも載ってみたいし」
「それって、これが原因かな~?」
いつの間にか戻ってきていた獅喰蓮さん。
1枚の紙を持っていた。
そこに写っていたのは急降下しているときの僕たちの写真。
前に座っている獅喰蓮さんと楓さん、後来夢は楽しそうに手を挙げているけど、僕とギャイ先生の顔は強張っていた。
「あの、これって……」
「落ちてると途中に写真を撮られてたんだ~。これはその時の写真。ヤマトさんたちにあげるね~。お金は千円」
「あ、ありがとうございます」
見れば見る程楽しんでいる人と強張っている人の顔が分かる。
何で知らない人も乗っているのに記念に撮影するんだろう。
とても不思議……。
「それじゃあ次にいこ~」
「おー!」
「おー!」
「え、あ、お、おー」
「……おー」
そこから僕たちは約一時間、アトラクションを3、4個ほど回った。
それらは、楓さんと回っているときに人が多くて乗るのを諦めたものばかり。
どれも人が多く並んでいただけに面白かった。
「よし、それじゃあそろそろ場所を取りに行こうー!」
「え、もうですか? あと三十分はありますよ」
「ヤマトン、夜のパレードを甘く見ない方がいい」
「そうそう。人が少なくなるとは言えたくさんの人が見に来るパレード。私たちも四人で初めて来た頃は甘く見過ぎて、近くで見ることができなかったもんね」
「そ、そんなに……」
「まあ今日は問題ないと思うけどね~」
つまりパレードは人がたくさん集まるイベント。
パレードというから人が集まるとはわかっていたけど、そこまでとは思わなかった。
それじゃあ急いで場所取った方がいいよね。
「よし、ここから二手に分かれよう」
え、二手に?
どうして……。
「私、買い物は嫌だ」
「ヤマトたちに買いに行かせるわけにはいかないから、買い物は私とシグレンで行こうか」
「ギャイちゃん。二人のこと頼んだよ」
「まかセロリ。場所はいつもの場所でいいよね?」
「よろしくね~」
大人組だけで話は進んでいき、僕と来夢はギャイ先生と一緒に取り残されてしまった。
「二人とも、ついてきてね」
「はい!」
身長が小さいのに、今のギャイ先生の背中はとても大きく見える。
「あ、ギャイさん。お兄ちゃん迷子になるかもしれないので手を握ってもらってもいいですか?」
「分かった」
ギャイ先生は僕と来夢の間に入り、左手で来夢の手を右手で僕の手を握ってくれた。
うん。ギャイ先生?
確かに、確かに来夢は僕の手を握ってくれとお願いしましたけど、普通僕が真ん中じゃないですか?
多分傍から見たら、親子に見えるのかな。それとも兄弟?
その疑問を抱えながら、僕たちはパレードの場所取りに向かった。
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