第43話 コスプレ


僕たちは今、そこそこの行列の中に並んでいる。


理由は単純。

楓さまがこのアトラクションに乗りたいとおっしゃられたから。


「ヤマト、なんか全然余裕そうだね」

「はい。ここに並んでる人は全員ご主人様だと思っているので、何とか大丈夫です」

「……コスプレがヤマトの性格にまで影響するなんて。これなら夏も大丈夫そうかな?」

「夏?」

「あ、何でもないよ。それにしてもやっぱり目立つね」

「外でこの格好だったら目立ちますよ。楓さまが一緒にいるので安心できますけど」

「そういってくれると嬉しいな。まぁ私は楽しませてもらうけど」

「性格が悪いですね?」

「最高の誉め言葉として受け取っておくね」


しばらく話していると、すぐに僕たちの番が来た。


係員の人も僕の恰好を見て一瞬動揺していた。けど、すぐに平常心に戻り案内してくれる。


流石はプロというべきかな。


今乗っているアトラクションは映像アトラクション。

映像を流しながら、座っている椅子が映像の衝撃とリンクしているもの。


ジェットコースターとはまた違った面白さがって楽しい。


並ぶ時間は長かったのに、終わるのはあっという間。


「楽しかった?」

「楽しかったです。できることならも少しやりたかった、というのが本音ですね」

「その気持ちはわかる。ヤマトと同じ考えの人はたくさんいると思う。でもさ、並んでいる人のことを考えたらこのくらいの時間がちょうどいいんじゃない? ヤマトだって超時間並ぶのは嫌でしょ」

「確かにそうですね」


そう考えると、短い時間なのに楽しめるアトラクションは最高なのかも。


アトラクションの外に出ると、僕たちが並んだ時にもそこそこ並んでいた行列はさらに並んでいた。


「……早めに並んでいてよかったね」

「はい」

「そうだ! ヤマト、記念に一枚写真撮らない?」

「いいですよ」

「……」

「どうかしましたか?」

「てっきり少しは嫌がるかと思ったのに意外」

「ああ、父さんは嫌がりますもんね」


そう考えると少しだけ不思議。

いつもなら少し渋るのに、今は全然写真を撮られてもいいと思ってる。

これもコスプレの効果かな?


「はいチーズ! ……よし、写真も撮ったし次のアトラクションに行こうか!」

「はい」


僕たちは、人があまり並んでいないアトラクションに向かい、並んでは遊びを繰り返した。


乗ったアトラクションのほとんどは僕たちが並んだときは、人が少なかったのに僕たちが出ると人が多くなっている。

本当に運がいい。


因みに、乗った後は写真を必ず一枚は撮った。


途中屋台みたいに出ている店では、お金がない僕に変わり楓さまが変わりに払ってくれていた。

最初は遠慮したけど、払ったお金は全部兄さまからむしり取るらしいのでここは言葉に甘えることにしておいた。


「チュロスって甘くておいしいですね」

「少し甘すぎるけどね。一口ちょうだい?」

「いいですよ。どうぞ」

「……いただきます」


楓さまは不機嫌そうに僕のチュロスを一口かじる。

美味しそうに食べる楓さまを見て、僕はあることに気づいた。


……あ、これって間接キスってやつじゃ。


「あの、これ」

「あ、大丈夫」

「え、でもこれを僕が食べたら間接キスになりますよ」

「何? さっきまでは全く狼狽えてなかったのに今更。私は全然気にしないよ。それとも直接キスの方がいいのかな?」

「!? いえ、いただきます!」


さっきまで不機嫌そうだったのに、今はとても楽しそう。

もしかしてさっきまでは僕のことをからかうためにやってたんじゃ……。


よし、ここは覚悟を決めて!


「もし本当に嫌だったら——」

「いただきます!」


一気にチュロスをかみちぎる。

別に誰かが食べた後だからって味が変わるわけじゃないよね。

間接キスだって直接キスしてるわけじゃないし、あまり気にしなくても大丈夫!


「おお、豪快に行くね。……どう? 私が食べた後のチュロスの味は。何か変わった?」

「いえ、普通に美味しいチュロスでした」

「まぁ、そうだよね。……あ、トリッターにあげる写真撮っていい?」

「大丈夫ですよ」


スマホを構えた楓さまは体を僕に寄せてくる。

さっきまでは少し近づいて撮っていただけなのに……今は近すぎる。


「はいチーズ!」


シャッターボタンを押すと、一気に連写音が鳴る。

多分音からして数十枚くらいとられた。


「よし、今日の夜この写真あげよ」

「凄いですね。僕もトリッターはしますけど、配信や動画の告知がほとんどです」

「こういうのはたまに上げた方がいいよ。そうするとファンのフォロワーは身近にヤマトのことを感じることができるからね」

「SNSってすごいですね」

「まぁ、たまにアンチが現れたりもするけどね」

「確かに、気を付けた方がいいですね」


僕も今後は日常をトリッターでトリートしていこうかな。


「あ、シグレン達、制覇したみたい」

「もうですか!?」


早すぎる!

スマホの時間は4時になったばかり。

早くてもあと一時間はかかると思ってたのに……。


「シグレンがいるからね。まぁこのくらいが妥当じゃないかな?」

「そうなんですか?」

「うん。シグレンこの日のために、1週間前からコースを頭の中に叩き込んでたからね」

「獅喰蓮さんの情熱凄いですね」

「うん。いつものシグレンと違い過ぎてさすがの私たちでも引いたよ」


なんとなく想像がつく。


今日あったばかりの僕でも、獅喰蓮さんがどんな人かは少しわかった。

でもその人が1週間前から熱心にヴァリアブル・ランドのアトラクションの効率のいい回り方を調べてるんだもん。引かないわけがない。


「それじゃあ集合場所に行こうか」

「はい」


集合場所は僕たちのいる場所から近い場所にあったけど、ついたときにはすでに獅喰蓮さんと来夢はその場にいた。


「あ、来た来たって、あれ?」

「あ、楓さんに……お兄ちゃん?」

「そうですよ」


二人ともどうしたんだろう。

僕、何か変なのかな?


「楓ちゃん。ヤマトさんの服って……」

「ああ、紅葉が作ったコスプレ衣装。ギャイに持ってきてもらったんだ」

「ギャイちゃんが。……紅葉ちゃんは?」

「寝てるみたい」

「まだなんだ〜」


あ、時間がたって忘れてたけど、僕コスプレしたまんまだった。

完全にヤマトになり切っていたから、すっかり忘れていた。


「お兄ちゃん……だよね?」

「そうですよ。何言ってるんですか? 来夢さま」

「お兄ちゃんは私のことを様付で呼ばないし、ため口だよ……」

「あれ? おかしいですね。全然口調が崩れません」

「今のヤマトは完全に神無月ヤマトになり切ってるからね。そう簡単に戻らないんじゃないかな?」

「お兄ちゃんが日常でも私に敬語……、気持ち悪い」

「え、ひどくない? ……あ、戻った」

「やっぱりお兄ちゃんは配信以外の時は普通にしてた方がいいよ」

「うん。そうする」


気持ち悪いといった時の来夢の目、あまりにも冷酷で本当に心が折れかけた。


「楓さま、服を着替えたいのですが……」

「ああ、はいこれ。髪はどうする?」

「固まっているのでこのままで大丈夫です」

「それじゃあ着替えてきてね」


再び更衣室に行き元の服に着替える。

コスプレ衣装もなかなか良かったけど、やっぱり自分の服の方が落ち着く。


「着替え終わりました」

「……写真撮り損ねた」

「あ、ギャイ先生! どうして!?」


さっきまではいなかったのに、ギャイ先生がそこにいた。

まさか1日に2度も合うことができるなんて……!


「はいこれ」

「……これって!」


ギャイ先生に渡されたのは1枚の色紙。

色紙にはギャイ先生の作品の中で、僕が最も好きな『各務原(かがみはら)蓮華(れんげ)』さんが描かれていた。

因みにこのキャラの声優は三条ヶ原楓さんがしている。

『高梨れいな』の出る作品の正ヒロインで、主人公と結ばれたキャラ。


ギャイ先生に会えただけでなく、サイン色紙までもらえるなんて……。

これだけで東京に来た意味があったかもしれない。


「ギャイ先生! 一生大切にします!」

「うん。大切にしてね」

「ギャイちゃんがサインなんて珍しいよね~?」

「うん。ギャイ、私たちには一切サインくれないのに」

「シグレン達は私のファンじゃないでしょ」

「友達じゃん!」

「私、ファンの人以外にはサイン描くつもりないから」

「ケチ!」

「ちび!」

「一生描いてあげない」


楓さんたちが何か騒いでいるけど、今はサイン色紙の方が大事。


宮崎に帰るときまでは東京の家に飾っておこう。

帰るときに梱包すればいいよね。


「そういえば紅葉ちゃんは?」

「起きてる。ヴァリアブル・ランドに誘ってみたんだけど行かないって言ってた」

「ヤマトがいること伝えたの?」

「伝えてない。伝えたら時間がかかる」

「あー、確かに」

「絶対コスプレするもんね~」


紅葉さんに会えるチャンスかと思ったのに、少し残念。

そう言えば今日着た服は紅葉さんのコスプレ衣装だったんだよね。


「あの、洗濯は本当によかったんですか?」

「大丈夫。モミジンのコスプレ衣装、他人の人が洗濯したら怒る」

「案して、洗濯するまでヤマトが着たって言わないから」

「言ったら、絶対に匂い嗅ぐもんね~」


それは少し恥ずかしい。


「二人はパレード見ないの?」


パレード?

何それ。


「パレードって時間遅いですよね。さっきお義姉ちゃんに『終わったから帰ろう』ってメール送っちゃいました」


来夢は少し落ち込んでいた。

パレードが何時にあるかわからないけど、来夢は見たかったのかな?


「ああ、いちろーたちと一緒に来たんだったね。……じゃあパレードは見れないかな」

「せっかく仲良くなれたのに残念だね」

「はい。せっかくですけど——」

「来夢ちゃん、それについては安心していいよ」

「え? お義姉ちゃん!?」


さっきまで後ろに誰もいなかったのに、そこには姉さんと荷物をたくさん持った兄さんがいた。


「ヤマトンの妹さんのお姉ちゃんってことは花村カナ先生?」

「あなたはまさかギャイ先生? 初めましてですね」

「うん。初めまして。いつもかわいいイラスト見てる。早速だけど連絡先交換しない」

「いいですよ。それにしても感激ですね。まさかギャイ先生に会えるなんて。いつも応援してます!」

「うん。ありがとう」


すぐに仲良くなれる二人が凄すぎる。


絵を描くことを仕事にしている者同士で何か通ずるものでもあったのかな。


「それで奥さん。安心していいよってどういう意味なの?」

「はい、ちょっと荷物を買い過ぎちゃって、このままでは帰りの車がぎゅうぎゅうになってしまうかもしれないんです。なので呼んじゃいました」

「呼んだ? 誰を?」

『俺だよ』


声が聞こえたのは義姉さんのスマホから。

そしてこの声を僕はよく知っている。


聞いたのは久しぶりだけど家族の声を忘れるわけがない。


「父さん!」

「お父さん!?」

『あー、ライには昨日会ったな。ヤスは久しぶり』

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