第42話 別行動と新たな出会い

昼ごはんを食べ終えるころには、人がたくさん入店していた。


早めに入ってて本当によかった。


「この後どうする?」

「私はアトラクション制覇かな~」

「し、獅喰蓮さんも目指してるんですか!?」

「ということは来夢ちゃんも?」

「はい!」


まさか来夢と同じ考えの人がここにもいるなんて。

だも、流石にこの時間からは無理なんじゃ……。


パンフレット見たけど、ここのアトラクション想像以上に多い。

そこにたくさんの人が並んでいるとなると……。

さすがに一日じゃ回り切れないと思う。


「ヤマトはどうするの?」

「僕はのんびりと回りたいですね。……特に人がいないところを」


シングルライダーもいいかと思ったけど、よくよく考えると知らない人が横にいるってだけで緊張してしまう。


「お兄ちゃんって協調性ないよね」

「来夢。……協調性って何?」

「あっはっは、流石ヤマト。面白いよ!」

「そう? 普通にヤマトさんの馬鹿さが露呈しただけに見えるけど」


何かは知らないけど、少なくとも馬鹿にされた事だけは理解した。


「簡単に言うと、他の人に合わせられる力ってこと。来夢はヤマトにはそれがないって言いたいんだよ」

「ひどくない? お兄ちゃん号泣するよ」

「本当のことじゃん」

「まぁまぁ、だったら二組に分けるというのはどうかな? それだったらヤマトさんも来夢ちゃんもやりたいこと出来るよ」

「ああ、それいいかも!」


来夢とは別行動。

確かにそれはいいかも。


僕にはあまり人が多いところに行きたくないという思いがあるように、来夢にもアトラクション全部を回りたいって思いがある。


「組み分けは私と来夢ちゃんのアトラクション制覇組と楓ちゃんとヤマトさんののんびり行動組でいい?」

「獅喰蓮さんと……! 問題ありません!」

「僕も大丈夫です。けど楓さんはいいんですか?」

「私? 私も問題ないよ。せっかくヤマトで遊べるチャンスだからね」

「……え?」


もしかしたら大丈夫じゃないかも。

僕一体何されるんだろう……。


「それじゃあお兄ちゃん。私が楽しんでも文句言わないでよ! 獅喰蓮さん、行きましょ!」

「そうだね。それじゃあ私たちが全アトラクションまわり終わったとに連絡するから大広場に集合ね!」

「はーい」

「それじゃあ楓さん、兄をよろしくお願いします」

「任せて!」

「獅喰蓮さん、妹をよろしくお願いします」

「悪い虫が引っ付かないようにするね~」


レストランの食器をトレーに戻し、僕たちは別々の方向へと別れた。


来夢たちはすぐに目的地を決めたのに対し、僕と楓さんはいまだにレストランの入り口付近。

楓さんが今誰かに通話しているので、終わるのを待っている。


正直不安で仕方ない。

これから僕は何をされるのか……。


「はいはい、よろしくね。……よし、ヤマト、一回入り口に行こうか」

「はい……どっちですか?」

「こっち」


楓さんの後をついていき、入り口ゲート付近の休憩所に付く。


人は数人しかおらず、ここにいる人も全員がタバコを吸う、いわゆるたばこ休憩というものを行っている。


「ヤマトはアトラクションが嫌いなの?」

「いえ、好きですよ。ただわざわざ人混みに紛れて乗りたいかって聞かれると乗りたくないですね」

「その気持ちはわかる。待つ時間はしんどいし、進んだと思ったらすぐに止まるのって嫌だよね~」

「はい。だから乗るなら人は少なく、待ち時間も短いやつに乗りたいです」

「人は多いけど待ち時間が短いのは?」

「……ギリ許容範囲です」

「ならよかった?」

「え?」


何がよかったのかわからないけど、少し話している間に、僕たちのもとに一人の女性がやってきた。


その女性派小柄ではあるけど、どことなく雰囲気が大人びている。

紫の髪は腰辺りまで伸びていた。


そして、僕はこの人を知っている。


彼女の名前、というよりもペンネームは一(にのまえ)ギャイ先生。

連載漫画作家で、同人作家。


漫画はアニメ化もされていて、そのアニメで楓さんと父さんは共演している。

因みに、その時父さんが演じたキャラというのが『高梨れいな』さん。


僕が、初めてのアテレコ動画で声真似した人の一人。


選んだ理由は父さんが担当したキャラというのと、普通にファンだから。


「楓、言われたもの持ってきた」

「ありがとう。紅葉(もみじ)は?」

「服渡したらまた寝た」

「あー、やっぱり」

「あ、あの!」


この機会を逃すわけにはいかない。

恥ずかしいけど、勇気を持つんだ、僕!


「ファンです! 握手してもらってもいいですか!?」

「……全然いいよ」


ああ、まさかこんな日が来るなんて。

生きててよかった。


ギャイ先生のではとても小さく柔らかかった。


「あれ、君どこかで……。それにこの服……」

「ギャイ、どうしたの?」

「いや、この子、どこかで見たことあるんだけど、それにこの服って確かヤマトンのだよね?」


ヤマトン?


「ああ、この子、神無月ヤマトだよ」

「……ええ!?」

「あ、初めまして、神無月ヤマトです。ちなみに本名は久遠保仁と言います」

「あ、やっぱり久遠なんだ」


そう言えば楓さんには本名名乗ったことなかった。

ヤマト呼びが慣れて、全然気づかなかったな。


「ギャイ知ってるんだっけ?」

「知ってるよ! すごい声の子でしょ! え、私のファンなの!?」


さっきまでおとなしい感じだったのに、急にハイテンションになってる。


「ギャイ興奮しすぎだよ」

「え、あ……。んっほん。わ、私はこれ届けに来ただけだから。……そういえばシグレンは?」

「シグレンはヤマトの妹さんとアトラクション制覇に出かけた」

「ああ、昨日の夜から言ってたもんね。それにしてもモミジンも残念だよね?」

「ああ、ヤマト様親衛隊に入ってるんだっけ? なのに会えないんだもんね」

「紅葉……ってもしかして、あの!」

「ああ、知ってるんだね。二又ふたまた紅葉もみじ。超有名コスプレイヤーでヤマトのファンだよ」

「マジですか……」


紅葉さんのコスプレは完成度が高く、界隈では神にまであがめられている超有名コスプレイヤー。


楓さんの交友関係ってどうなってるの?


てか、そんな人が僕のファンで親衛隊に入ってるなんて!


情報の多さに頭がパンクしちゃいそう。


「確かヤマト様親衛隊000002番だったよね」

「一番になれなかった! って嘆いてたから多分そう。モミジン慰めるの疲れた」

「私たちがヴァリアブル・ランドに来たのだって、モミジを慰めるためだったのにね」

「コスプレしてないと、超陰キャだったの忘れてた」


今、モミジさんと仲良くなれそうな気がした。


「それじゃあ私は戻るから」

「うん、ありがとね」

「あ、ヤマトン連絡先教えてくれる?」

「え、いいですよ」


スマホをギャイ先生に渡していろいろとやってもらう。


「よし、これでオーケー。ヤマトンって夏に東京来たりする?」

「まだわかりませんけどどうしてですか?」

「頼みたいことがあるかもしれないから。もし来ることになったら教えてね。その時は同人作家ギャイ先生として頼むかもしれないから」

「分かりました」

「じゃあね」


ギャイ先生はそのまま、ヴァリアブル・ランドを出て行ってしまった。


……え、本当に渡すものを渡して出ていったんだけど。


「ギャイ先生、アトラクションに乗らずに出て言ったけどいいんですかね?」

「ああ、私たちVIPプランでホテルに泊まってるから、出入り可能なんだよ」

「そんなのがあるんですか?」

「うん。ちなみにVIPプランはお金が高い分アトラクションも早めに乗せてもらえるよ。今そのチケットはシグレンが持ってるけど。ちなみに同伴者は一人まで」

「それじゃあ……」

「そ、シグレンがいれば来夢ちゃんのアトラクション制覇は夢じゃない」


ということは来夢にとって最高の一日になるってこと。

それならよかった。


「それじゃあ私たちもやることやろうか? これに着替えてきて」

「……これは?」

「紅葉のコスプレ衣装。ヤマトと体系似てるからぴったりだと思うよ」

「僕がコスプレするんですか!?」

「言ったでしょ。ヤマトで遊ぶって」


それってこういう意味だったのか!

てっきり、驚かして遊ぶもの方……。


「そこに更衣室あるから。着替えた服はコスプレ衣装の入っている紙袋に入れてね」

「分かりました」


更衣室に行き服を出してみる。

よく見るとどこかで見たことのある衣装。


もともと来ていた服を脱ぎ、コスプレ衣装に着替える。

驚くほどにサイズぴったり。


鬘(かつら)も入っているけど、流石にこれはいいよね。


更衣室の外に出ると、入り口が近いということもあり入ってきた人の注目を集めてしまう。

この衣装を着てみてわかったことが一つ。


「おお、なかなか似合ってるよ」

「あの、この衣装って」

「そう、神無月ヤマトのコスプレ衣装。あとは鬘着ければ完璧だけど、ヤマトの場合は髪を右に分けて、ワックスで固定すれば……はい完成!」


鏡を見せられて、僕の恰好は本当に神無月ヤマトに変わっていた。

そして改めて思うことがある。


右目がまったく見えない。

中学では髪の隙間から、前を見ることができたけど、今は髪を完全に固定されているので全然見えない。


というよりも、髪の毛で右目を隠すことができたなんて驚きでしかない。

僕の髪そこまで長くないはずなのに……。


「そうしてテーマパークで神無月ヤマトの恰好させるんですか」

「私が楽しむためじゃだめ?」

「カワイ子ぶってもダメですよ」

「それじゃあ脱ぐの?」

「目立ちたくないので……」

「もし脱いだら、人が多いアトラクションに強制連行するかもしれないよ」

「……僕は脅しに屈しません。けど分かりました。この格好でいます」

「脅しに屈してるじゃん」

「いえ、ギャイ先生にせっかく持ってきていただいたというのに、すぐに脱いでしまうのはいけないと思っただけです」

「……本音は?」

「実はさっきからこの格好の方が気が楽な感じがして……」

「あーやっぱり? なんか今の恰好の方が生き生きしてる気がするよ」


さっきから今の恰好の方が僕の本当の恰好なんじゃないかと思えてきてしまう。

今の僕は陰キャボッチの久遠保仁じゃなくて、新人Vtuberの神無月ヤマト。

まるで演技で役になり切るときみたいだ。


「それじゃあヤマト、アトラクションに向かおうか!」

「はい。お嬢様」


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