第41話 合流と別行動


この二人、どこかで見たことある気がする。

というよりもさっきの声を僕は知っている。


そう思うと金髪の方の女性が誰なのか一瞬で分かった。


「一応、初めまして、ですよね?」

「そうだね。通話はしたことあるけど初めまして、神無月ヤマト」

「初めまして、三条ヶ原楓さん」


金髪の女性は三条ヶ原楓さん。ネットには黒髪の姿しか載っていないから一瞬ではわからなかったけど声を聴けば一発で分かる。


「この子凄いね。人生初の金髪楓ちゃんを一発で当てるなんて……」

「まぁ、義明さんの息子だからね。これくらいできて当然じゃない?」

「え、それ本当? ということは最近有名な神無月ヤマトさん?」

「あ、はい、神無月ヤマトです」


……この黒髪の人どこかで見たことあるような気がする。


直接会ったわけではないけど……。

確か、ネットに乗っていたはず。


「あ、ごめんね~。私は水無月みなづき時雨しぐれ。ヤマトさんと苗字は似てるけど、一応これ本名ね」

「本名ってことはほかにも名前があるんですか?」

「名前っていうか活動名かな。獅喰しぐれんっていう名前なんだ」

「……マジですか」


獅喰蓮さん。

この名前を聞いて完全に思い出したよ。


この人、動画配信者だ。


ジャンルはカードゲームのパック開封にゲーム全般と企画もの。


ゲームではVtuberの人と何度かコラボしたことがあったはず。

他にもガチャ配信や、クリア耐久。


カードゲームでは、新弾のカードゲームパック開封にオリジナルパック、通称オリパ開封動画。対戦動画に関しては友達にカードゲームをしている人があまりいないからできないらしい。


そして企画ものは主に体を動かしたり、街中でコスプレをしたりという面白系動画をメインに扱っている。


そう言えば今年の冬コミケにも参加していたと聞いた覚えがある。


チャンネル登録者数は確か100万人を超えていたはず。


僕は獅喰蓮さんの動画をあまり見てないけど、そこら辺にいる人よりも詳しい自信はある。


理由は来夢がファンだから。

来夢は獅喰蓮さんのファンで、数週間前に母さんに買ってもらったゲームのほとんどは、獅喰蓮さんが実況動画を出したゲーム。


最近は忙しかったからか、獅喰蓮さんの話はあまりしてないけど、僕がVtuberを始める前にはよく話をしていた。


来夢に教えたら喜びそう、……だけど今連絡手段がないんだよね~。


「ヤマトは今日一人で来てるの? ……ってそんなわけないか」

「なんか今失礼なこと考えませんでした?」

「失礼なことは考えてないよ。ただヤマトが一人でヴァリアブル・ランドに来てたら明日は台風だな、とは思っただけ」

「楓ちゃん。さすがにそれはひどくない?」

「そうですね。台風なんて生易しいです」

「あ、そっち?」

「僕が一人でここに来たら、夏に吹雪が起きますよ」

「……確かに」

「もう、楓ちゃんもヤマトさんもふざけないの!」


ああ、楓さんとの会話はとてもやりやすい。

趣味とかそういうものではなく相性がいいのかな?


何でかは分からないけど分かることはただ一つ。

僕、人生で一番生き生きしてる!


「楓ちゃん、ヤマト君にあれ渡さなくていいの?」

「あれ?」

「あ、そうだった。はいヤマト。これあなたのでしょ?」

「あ、僕のスマホ!」


楓さんのバッグから出てきたのは僕のスマートフォン(連絡手段)。


「さっき、落ちてるの拾った」

「私が見つけたよ~」

「ありがとうございます!」


画面の確認と電源の確認をしてみると、何処にも異常はない。


「いやー、本当に焦ったよ。画面に本人が写ってるから、すぐに見つけられたけど、持ち主がヤマトだったなんて」

「僕の方こそ、拾ってくれたのがまさか有名な声優と動画配信者だったなんて、僕が一般人だったら驚きで立てなくなってました。でもよく僕がヤマトだってわかりましたね」

「声を聴けばすぐにね……」

「確かに」


僕は活動しているとき地声だから普通に話したらそりゃ分かるか。


スマホが帰ってきたことに一安心していると、着信音が鳴り響く。

相手は兄さんから。


「もしもし」

『おい保仁! 今どこにいるんだ!』

「えーっと、大きい広場のベンチ、後ろにはお城が見える」

『中央エリアだな! 今から行くからそこを動くな!』

「はーい、ってちょ!」


通話を切ろうとしたとき、スマホを楓さんに取り上げられてしまう。


「やぁいちろー、久しぶりだね?」

『……どちら様ですか?』


楓さんはスピーカーモードにしたため、兄さんの声がスマホを持っていない僕や獅喰蓮さんにまで聞こえた。


「まさか先輩のこと忘れたって言わないよね?」

『一郎くん、保仁くん見つかったの?』

『速く教えろ、いちろー』

「へぇ、今の声は奥さんと妹さんかな?」

『……どうしてあなたがいるんですか?』

「そんなことどうでもいい。それよりも早く来い」

「早く来いって、楓さんが呼び止めたんじゃ……」

「ヤマト君。こういう時は知らないふりだよ」

「早く来ないと、この間の宴会でお前がしでかしたことを奥さんに言いつけるよ」

『ちょっ! 分かりましたから! 今すぐ行きます!』


すぐに通話は切れた。


「はいこれ」

「あ、ありがとうございます。……兄さんが宴会でやらかしたことってもしかして」

「酒飲んで全裸になって爆睡」


やっぱり。

義姉さんに、外でのお酒は止められてるくせに何やってんの?


弟として恥ずかしい。

今なら来夢が兄さんの妹を名乗りたくない理由が少し理解できるかも……。


「……」

「楓ちゃん、時計なんて眺めてどうしたの?」

「いちろーたちが何分で来るか確認中。ヤマトのことが本当に心配ならそろそろ来るんじゃないかな?」


楓さんの言った通り、来夢が走って僕のもとへ飛び込んできた。


さっきまでは来てなかった被り物をかぶって。


「お兄ちゃーん!! 心配したよ!」

「え、あ、うん」


心配してくれるのはありがたい。ありがたいんだけど、今の来夢の恰好を見ていると本気で喜べない。


「ヤマトさん、よかったね」

「はい。獅喰蓮さんたちもありがとうございます」

「……獅喰蓮? ……っ!!?」


あ、今気づいた。

いつも動画見ている人の存在にも気づかないなんて、そんなに僕のことを心配してくれていたんだ。


「あ、ヤマトさんの妹だね? 初めまして、獅喰蓮こと水無月時雨です」

「は、はじまめして! や、ヤマトの妹でシンガーソングライターをしているら、リャイムでしゅ!」


ものすごく噛み噛み。

そして緊張のあまり、本来隠している活動名まで普通にさらしちゃってる。


「来夢ってあの?」

「ひゃ、ひゃい!」


……もしかしたら僕も凛音さんと会ったらあんな反応するのかな?


こんな来夢珍しいから写真とっとこ。


しばらくすると兄さんと義姉さんもやってきた。

でも兄さんはどこか疲れ果てた様子。


「あ、いつも主人がお世話になってます。妻の加奈と言います」

「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。声優やってます、三条ヶ原楓です。いつも奥さんのことはご主人からお伺いしてます。何でもイラストレーターさんなんだとか。ヤマトの絵師さんであることも知ってますよ」

「そんな、恥ずかしいですよ~」


僕は今、社会の一部を見ている。

人生で初めて名刺交換するところを見た。


「この度はご迷惑をおかけしてしまって……」

「いえいえ、私もヤマトさんとは仲良くさせてもらってますので。なんでしたらお二人は私がお預かりしましょうか?」


え?


「えっ!? 獅喰蓮さんと一緒にいられるってことですか!?」

「そうなるね~」

「いえいえ、そんな悪いですよ。お二人も一緒に来てるというのに」

「大丈夫ですよ。私たち今年10回目ですので。それに奥さんは今からしないといけないことがあるんですよね?」

「……ええ、そうですね。失礼ですが主人は宴会でお酒を飲まれましたか?」

「はい」

「……ありがとうございます」


義姉さんの声のトーンが一気に落ちた。これはガチ怒りの声。


いつもは兄さんに甘々な義姉さんだけど、兄さんが約束を破るとガチで切れる。特にお酒に関しては他人に多大な迷惑をかけてしまうため、普通に怒るだけじゃすまされない。


「保仁くんと来夢ちゃん、ここからは三条ヶ原さんたちと一緒に回ってもらうけどいいかしら?」

「は、はい。大丈夫、です」

「わ、私も全然問題ない、よ」

「いい子ね、二人とも。それでは失礼します。……行くわよ」

「は、はい!」


義姉さんはそのまま兄さんを連れてどこかに行ってしまった。


今後、義姉さんと何かの約束をしたときは絶対に守るようにしよう。


「それじゃあさっそくだけど、速いうちにお昼にしない?」

「え、もうですか?」

「お兄ちゃん、何言ってるの? この時間だからだよ」

「ヤマトさん、よく考えてみて。ヴァリアブル・ランドは今日も人が多い。そんな多い日に、お昼のタイミングでレストランに行ったらどうなると思う?」

「……今すぐ行きましょう」


よくよく考えたら絶対に混むよ。

つまり人がたくさんいるってこと。

だったら何が何でもお昼は早く食べないと!


「お兄ちゃんがそこまで馬鹿じゃなくて助かったよ~」

「バカというよりも、ただ人混みが嫌なだけじゃ……」

「楓ちゃん。せっかく行く気になってくれたんだから何も言わないの」

「はーい。ご飯食べた後のことは食べてる時に話そうか」


人が込み始める前に、僕たちはレストランへと向かった。


時間的に、人がほとんどいないと思ったけど、そこそこの人がいたため少し並んでしまったが、注文して何とか端っこの席を確保することができた。

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