第40話 ヴァリアブル・ランド

ヴァリアブル・ランド


日本国内で最も有名なアミューズメントパーク。

行ったことない人でも、このテーマパークの名前は知っていると言っても過言ではないほどの有名っぷり。


パークの前には高級ホテルが立ち並んでおり、お金持ちや、お金を貯めてヴァリアブル・ランドで遊ぶためだけに県外から来た人のほとんどはそのホテルに泊まる。


多くの人が集まるテーマパーク。本来の僕であればあまり行きたくない場所だけど、今日が月曜日とゴールデンウィーク直前の平日ということもあり、人が少ないのでは、と思い来てしまった。


だけど、僕の予想とは相反して人は多く、僕たちの後ろにはすでに行列ができている。


僕がいる場所は最前列から3列目の場所。

朝六時に家を出たのに、7時に付いたときにはすでに人が並んでいた。


「……開園って何時からなの?」

「前は9時だったけど、最近は早まってたはず」

「……時間ぴったりでよくない?」

「何言ってるのお兄ちゃん! ヴァリアブル・ランドってすごい人気だから少しでも入るのに遅れたら乗れないアトラクションも出てくるんだよ!」


え、そうなの?

でも今日って月曜日だよね?

それならすぐに乗れるんじゃ……。


「保仁くん、平日だからって侮ったらだめだよ~。むしろ平日だから気を引き締めないといけないよ」

「……昨日は平日だから人が少ないって聞いてたのに!」

「そんなこと言ったっけ?」


しらじらしすぎる。


今すぐ帰りたいけど、ここで帰ってしまったらこれまでの時間が無駄になってしまう。

仕方ないけど、ここは諦めてこのパークを楽しむしかないかな。


「いちろー、分かってるよね。入ってまず初めにすることは?」

「人気アトラクションの番取り」

「よし。今だけはいちろーお兄ちゃんって呼んであげる。だから絶対取ってね!」

「任せとけ!」


……来夢が兄さんを『お兄ちゃん』と呼ぶ日が来るなんて思わなかった。

兄さんに任された仕事はそれ程に大変なものなのかな?


「人気アトラクションはすぐに並ばれるからね~。ここは運動ができる一郎くんの出番というわけだよ~」

「……大変なんですね」

「大変なんだよ~」


そして開園時間、前の列から順番に入園していく、そして僕たちの番になった。


「チケットを拝見いたしますのでご呈示の方をお願いしま~す」

「はい、このチケットで~す」

「はい、……ファミリーチケットですね。では身分証のご提示をお願いいたします」


身分証。

……僕持ってたっけ?


「これお兄ちゃんの分ね!」

「え?」


来夢に渡されたのは顔写真が載った免許証みたいなやつ。

こんなの作った覚えないんだけど……。


兄さんと義姉さんも似たようなカードを提示し、来夢だけは中学校の学生証。

僕も来夢にもらったカードを提示する。


「はい、確認しました。それでは進んでいただいて大丈夫です」


受付の人に通されると同時に兄さんは中に入って走って行ってしまった。


結局このカードなんなんだろう……。


「保仁くん。マイナンバーカード預かっとくね~」

「え、……どうぞ」


義姉さんにカードを渡し、歩きながら兄さんを追いかける。

開園して数分しかたっていないのに、すでに人がたくさん並んだアトラクションがいくつもある。


特に、入ってすぐのところに行列のアトラクション……あ、兄さん見つけた。


兄さんは行列の前から4列目のところでスペースを作り仁王立ちしている。

恥ずかしい……。


「兄さん。腕組するのやめて」

「おう、遅かったな。来夢、お兄ちゃんやったぞ!」

「……お疲れ」


あ、いつもの来夢に戻った。


僕たちは兄さんが取った場所に入り、順番が来るまで立ちながら待つ。


それにしてもこのアトラクションって何なんだろう。

後ろの方は既に超行列で、上の方にある電光掲示板には3時間待ちと書かれていた。


「……このアトラクションって何なの?」

「……いちろー説明」

「え、うん」


兄さんが珍しく落ち込んでいる。


「えーっと、このアトラクションはヴァリアブル・ランドにできた新しいアトラクションで、確かVRジェットコースターだったはず」

「……VRでジェットコースターができるの?」

「一応乗り物はリアルのように揺れて、風や水滴もあるから本物のような感じみたい」


聞いただけじゃあんまりわからないけどこんなに人が並ぶってことは人気なんだよね。

面白かったらいいなー。


待つこと数分で僕たちの番が来た。

係員の案内に従って中に進んでいくと、椅子に座らされ安全バーを下ろされる。


まるで本当にジェットコースターをするみたい。

だけど本当のジェットコースターと違うのは、VRゴーグルを渡されたところ。


ゴーグルをつけると薄暗い部屋から、一気に明るいジャングルが視界に入った。


前には誰もおらず、横を見ても誰もいない。


「来夢。いる?」

「いるよ」


よかった~。

これで一安心できる。


一通りの注意事項を受け、ジェットコースターは発進した。


まるでリアルのように乗り物が揺れる。


そして上空に付くと、辺り一面森ばかり。

山どころか海も見えない。


そして一気に急降下。


『きゃああああああ!!』


VRのはずなのに、本当にジェットコースターに乗っているみたいに体が動く。

VRで横を向けば機体は横を向き、1回転すれば実際に1回転しているように感じる。


途中川が見えると、動物が川に飛び込み、その時の水しぶきが吹きかかる。


1分ほどたつとジェットコースターは動きを遅くして完全に停止。

それと同時にVRゴーグルの景色は真っ黒に。


これでアトラクションは終了みたい。

正直に言うと想像以上の面白さ。


VRジェットコースターと聞いて、少しわくわくはしたけど実際はそれをも上回ってしまった。


「お兄ちゃん。たのしかったね!」

「うん。想像以上だった」

「次はどれに乗ろうか~」

「人気のやつは人がすでに多いからな。俺は全部乗ったことあるけど……」

「私も全部乗りたい!」


僕も数多く乗ってみたいけど……ほかの人もたくさんいるのに全部に乗れるのかな?


「全部はさすがに無理だろ」


あ、やっぱり……。


「シングルライダーなら乗れるかもしれないけど」

「ん? シングルライダー?」


シングルってどういう意味だっけ?


「シングルライダーは一人で乗るって意味だ。3人で来たお客さんが2列のアトラクションに乗るとき人枠空くだろ? その時にシングルライダーのお客さんを乗せて空きをなくすんだ」

「ほとんどのお客さんが家族や友達と来てるから、シングルだとすぐに乗れるよね~」

「まぁ、空きがなければ人が乗っていくのを前列で見ないといけない羽目になるけどな」


ボッチには天国のように見えて地獄のシステムじゃん。

でも、全部乗るにはちょうどいいのかな?


「どうする?」

「……私お兄ちゃんと一緒に乗りたい」

「……良いこと言うな~! 俺と一緒に乗りたいなんて」

「いちろー(ばか)じゃなくて、保仁の方」

「ひどくない?」

「まぁまぁ、一郎くんには私がいるから」


……テーマパークにまで来てあまりイチャイチャしてほしくないな~。

一緒にいる僕たちの方が恥ずかしい。


「ひとまず、次に何乗るかは後に考えるとして、今からグッズ買いに行かないか?」

「兄さん。帰るには早いよ」

「保仁。今俺のことを一瞬でもバカと思ったか?」


うん……とは口が裂けても言わない。言ったら言ったで面倒くさそう。


「いいか! せっかく来たんだから被り物とかを買って楽しまないと!」

「お兄ちゃん。ここはいちろーの言うことに従ってみない?」

「来夢……?」


来夢にしては珍しいと思ったけど、目が僕を見ていない。

明らかに通行人。それも被り物やサングラスをしている人に向いている。


「もしかしてほしいの?」

「……うん」


もじもじと恥ずかしそうにうなずく来夢。


普通に可愛い。


「癪だけど兄さんの言う通り、被り物買いに行こうか」

「癪だけどいちろーに任せよう! 癪で仕方ないけど」

「……連れてってやんねーぞ」

「まぁまぁ」


次の行き先は、元の道を戻るみたいでアトラクションに乗る前にはほとんどいなかったけど、少しずつ被り物をしている人が増えていった。


入り口方面のショップに付くと、人がたくさんいた。

中に入るのもやっとの密集度。


僕としては行きたくない。


「いいか、絶対に離れないようにしろよ!」

「いちろーに言われなくてもわかってる!」

「こんなところで喧嘩しないの~」


3人は僕のことを完全に忘れ、店の中へと突入していった。

僕はというと……。


「人が多い……」


あまりの人の多さに完全にダウン。


スマホは持ってるよね……!?


スマホの所持確認をしていると、急に来た人混みに飲まれ大きな広場のところまで出てしまう。


あ、あそこにベンチがある。

座って3人からの連絡でも待っとこ。


ベンチに座ると入り口の方を見ることができた。


こうしてみると本当に人が多いな~。

今日って月曜日だよね……。

もしかして日曜日?


念のために確認しておこう!


「……あれ?」


ない、ない、何処にもない!

さっきまであったのにスマホがなくなってる!


いくらポケットを触ってもどこにも見当たらない。

念のためにバッグの中も確認するけど、財布はあったけどスマホだけがなかった。


「……どうしよう」


兄さんたちとの連絡手段はスマホのアプリだけ。

兄さんたちの電話番号も知らないし、この年になって迷子センターに行くのも恥ずかしい。


でも、このままだと一生会えない可能性だってある。


ここは仕方ないかな。

160センチなら少し大きな小学6年生も演じることができるし、……そうしよう。


迷子センターを探すためにベンチを立ち上がろうとしたとき……。


「へい、少年! 何かお困りかね?」


僕の目の前に金髪ショートの女性と黒上ロングの女性が立っていた。


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