第39話 埋まっていく予定


車で兄さんと話しているうちに、いつの間にか敬語を抜くことができた。

おかげで本当の家族みたいに喋れている。


高級マンション街を抜けると次に見えてきたのは住宅街。

だけど、僕の知っている住宅街ではなかった。


何処を見ても大きな一軒家が立っている。

そして、どの家も高級そうな家。


「……兄さん。行く場所間違えてない?」

「何言ってんだ? 間違えてないぞ。もうすぐで俺たちの家に付くぞ」


お願いだから普通の家であってください!


心の中で天に願ったけど、そんな僕の願いはむなしくついた家は明らかに高級そうで大きな家。


「着いたぞ。そんなところでぼさっと立ってないで早く家の中に入れー」

「え、あ、うん」


門から、階段を上がると玄関が見えた。その前には芝生の庭。

家は2階建てだけど、横の長さが普通じゃない。


「ただいま~。帰ったぞー!」

「……お邪魔します」


家族の家なのに、他人の家に来た気分。

いつも言っている「ただいま」が口から出ない。


そもそも、ここに来たのは初めてだからすぐにただいまって言葉が出る方がおかしいよね!


「おかえりなさ~い!」


家の中から聞こえたのは聞き覚えのある声。

できることならそうであってほしくないと思ったけど、出てきたのは義姉さんだった。


「加奈ちゃん。ただいま!」


僕がいるというのに、義姉さんと兄さんはいきなりイチャイチャし始めてしまった。

地元にいるときも似たような感じで、お正月に返ってきた兄さんと、元から家にいる義姉さんは家族の目を気にせず、玄関前でイチャイチャし始める。


いつもは家の中にいるから見なくてもいいんだけど、今日は外からだったからな~。

この家に来たのも初めてだし、誰か助けて~。


「お兄ちゃん、こっち……」

「あ、来夢」


僕のもとに救世主が現れてくれた。


「あまりウロチョロすると迷子になるかもしれないから気を付けてね」

「あはは、流石の僕でも家の中で迷子にはならなよ!」

「うちの倍くらい広いけど大丈夫?」

「……え?」

「今歩いている廊下の反対側にも廊下あるけど大丈夫?」


来夢が扉を開けると、そこにはソファに大きなテレビ、オープンキッチンに反対側には襖。


多分だけどここがリビングかな?


外からは見えなかったけど、もしかしてこの家って奥行きも広い?

だ、だとしたらまずいかも……。


部屋の中に入りソファに座ると、あまりの心地よさに全身の力が一瞬で抜けてしまった。


「……この家に住んでるのって父さんと母さん、兄さんの三人なんだよね?」

「うん」

「だったら何でこんな広い家買ってんの?」


三人で住むんだったら、こんな広い家いらないよね?


「……さっきまでお父さんいたんだけど、家族全員で住むかもしれないから広い家買ったんだって」


父さんがさっきまでいたんだ……。


「それを聞いて来夢はどう思ったの?」

「どうも思ってないよ。私はお兄ちゃんがこの家に住むんだったら一緒に住むし、住まないんだったら住まない。ただそれだけ」


来夢、僕としてはその答えは嬉しいんだけど、兄としては独り立ちできるかが心配になってくるよ……。


「そういえば父さんはどこ行ったの?」

「後輩と飲み会って言ってた。まだお兄ちゃんに会うのは恥ずかしいみたい」

「家族なんだから恥ずかしがる必要ないのにね」

「お兄ちゃんの場合そういうわけにもいかないみたい。まだ心残りがあるみたい、お兄ちゃんに親らしい事何一つしてあげられてないこと」

「別に気にしなくてもいいのにね」


確かに、父さんには親らしい事何一つしてもらった記憶がない。だけど、僕の父さんが久遠義明だったからこそ、今の僕はいる。


まぁ、お正月に返ってきてくれなかったことと、連絡しても全然答えてくれないことには怒ってるけど!


「そういえば母さんは?」

「ドラマの撮影で県外だって」

「あー、大変そう」

「そういえば母さんからお兄ちゃん当てに連絡があったよ。明後日の火曜日は開けといてだって。スマホの電源ついてなかったみたいだけどどうしたの?」

「昨日充電するの忘れてて、秋葉原から出るときに切れた」

「そうだったんだ」


充電し忘れたのに気づいたのはレベッカさんと連絡先交換した時なんだけどね。


「そういえば来夢はガーデンランドの事務所に行ったんだよね。どんな話だったの?」

「プログラミングの依頼。依頼料は100万円と私のお願いを一つ」

「お願いってなんの?」

「ん、秘密」


来夢は人差し指を唇に当てて微笑む。


あらやだ、僕の妹超可愛い!


「いつから?」

「家に帰ってからかな。一応前金として20万もらったから、高スペックのパソコン買う」

「お金なら『ライム』として活動している分なかったっけ?」

「あれは音楽費用。そもそも、私はプログラミングをお兄ちゃんのため以外に使うつもりはなかったんだけどね」

「え、じゃあなんで……」

「それに関しては社長さんから直接お願いするんだって、帰る前までには一回来てほしいみたい」

「了解」


テレビのボタンをつけると、昼間だというのにゴールデン番組の再放送。


「……3と6以外のチャンネルがある?」

「おいおい保仁、ここは宮崎じゃないぞ。あるに決まってるだろ?」

「いちろー。お義姉ちゃんとのイチャコラは?」

「玄関でするわけないだろ! あとお兄ちゃんって呼んでくれない?」

「死んでもヤダ!」

「じゃあ明日連れて行ってやらないぞ」


明日?

どこかに行くの?


「あれ? 保仁は聞いてない感じ?」

「え、うん。どこかに行くの?」

「そこから先は私が答えるね~」

「義姉さん……」

「実は今日のお礼として社長さんにヴァリアブル・ランドのファミリーチケットをもらったのです!」


義姉さんは一枚のチケットを自慢げに見せてくるけど、僕からしたら普通の紙きれだよ。


「ヴァリアブル・ランドって東京の?」

「正確には千葉な。お前は行ったこと……なかったな」


確か日本最大のアミューズメントテーマパークだったはず。

ということは人が多いんじゃ……!


「絶対に行かないとダメ?」

「だめ!」

「お前、このチケット見てもよく普通でいられるよな」

「だって普通の紙きれじゃん。そのチケット何かすごいの?」

「はぁ、我が弟ながらバカというか世間知らずというか……どっちもか」

「それでもいちろーよりかはましだけどね」

「喧嘩しないの! それで保仁くん。このチケットなんだけどね、普通じゃ手に入らないんだよ」


え、でもそこにチケットあるよね?

なんで普通じゃ手に入らないんだろう……。


「ヴァリアブル・ランドのチケットにはファミリーチケットなんて項目存在しないんだ~」

「……え?」


じゃあ義姉さんが今持ってるチケットって……!


「とある懸賞で社長さんがあてたみたい。それを譲ってくれたんだ~」

「普通じゃ手に入らないチケット。霧江ちゃんが所属する会社の社長さんは本気でお前を落としにかかってるみたいだな」

「で、どうするのお兄ちゃん!」


三人の圧が凄い。


だいたい大きなテーマパークって人が多いんだよね?

僕あまり人の多いところに行きたくないんだけどな~。


「ちなみに明日は月曜日だよ~」


そ、そうだった。

今日は日曜日だよ!


「それもゴールデンウィーク前の月曜日だな!」


た、確かに。

気分は既にゴールデンウィークだけど、世間はゴールデンウィーク直前!


「お兄ちゃん。今日行かなかったらゴールデンウィーク真っ只中の時に行くからね!」


それの方が絶対に嫌だ!

ゴールデンウィークは特に人が多いじゃん。


それなら、人が少ないであろう明日行くに越したことないじゃん!


「行きます」

「お兄ちゃんならそう言ってくれると思った」


言わされてる感じがしたけどね!


それよりも大型テーマ―パーク……。

スマホの充電をしっかりしとかないと。

人が少ないとはいえ迷子になる可能性だってあるからね。


でもこれで、明日以降の予定がほとんど決まってしまった。


明日はヴァリアブル・ランドで遊ぶ。

明後日は母さんとお出かけ。

開いてるのはゴールデンウィークの三連休と、土日の二日のみ。


「あ、社長さんからメッセージ……お兄ちゃん。社長さんから五月三日は空いてますかだって」

「今のところ予定はないかな。僕に用事?」

「うん。その日に話があるから来てほしいんだって」

「りょうか~い」


これで三日後までの予定は埋まってしまった。


「あ、保仁に来夢。ゴールデンウィーク中に俺と出かけようぜ!」

「え~、なんでいちろーと?」

「確かに、兄さんが僕と来夢を誘うなんて珍しいね。真っ先に義姉さんを誘うのに」

「その日私は別の用事があるんだよね~。だから無理」

「とのことで」

「別にいいけど、なんか仕方なくって感じがする」

「私嫌なんだけど。行くならそれ相応の何かがあるんじゃないの?」

「全額俺が支払います」

「よし!」


なんか一気に行きたくなくなった。

いつもは義姉さんがいるおかげで、二人の関係は保てているけど義姉さんがいなくなったらその架け橋を僕がしないといけなくなってしまう。

……面倒くさい。


「それでいつに——」


日程を聞こうと思ったら、充電を始めたスマホから着信音が鳴る。

というよりも今画面を見たけど、たくさんの連絡が来ていた。


相手は『レベッカ』さんから。


「もしもし、お疲れ様です」

『お疲れ~』

「どうかしたんですか?」

『五月四日って開いてる?』


四日は……まだ空いてるね。


「空いてますよ。どうかしたんですか?」

『一緒に耐久オフコラボしない?』

「た、耐久!?」


したら面白いと思っていたジャンルだけど、あまりしたいと思わなかったもの。


「い、いったい何の耐久を……」

『まだ考えてない!』

「ええ~」

『とりあえずするの?』


……予定もないしせっかくの機会だから。


「……します」

『オーケー! 住所おくるから私の家に来てね~!』

「あ、はい」

『お疲れ~』

「お疲れ様です」


用件だけ聞いて通話は終わる。

でもこれで四日の予定も埋まってしまった。

ということは……。


「兄さんとの買い物は五日で大丈夫ですか?」

「いいぞ」

「では、そういうことで」


これで、僕の一週間の予定は完全に埋まったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る