第38話 久遠一郎

メイド喫茶を出てから僕たちはいろいろな店を回った。


アニメグッズ専門店や、ゲームセンターにカードショップ。


その中でも一番驚いたのはカードショップ。

そこにはカードとなったガーデンランドがタイトルのカードゲームも売られており、高額なカードでも約30万円。

『夢見サクラ』さんのサインカードが約15万円。『レベッカ・カタストロフィー』さんのサインカードが10万円。

他のタレントさんも万を超えていたり超えていなかったり。


霧江さんはほとんどのサインカードは持っているけど、持っていないサインカードもあるみたい。


ちょうど持っていないカードがそのお店に在ったようで、合計50万円使っていた。


「保仁くん。この2枚あげますね」

「これって……」


会計から戻ってきた霧江さんに渡されてカードは『夢見サクラ』さんと『レベッカ・カタストロフィー』さんのサインカード。


どっちもバージョンが低いカードだけど1万円は超えている。


「こんな高いカード、流石にもらえないですよ」

「保仁くん、これは私からのお願いです」

「お願い?」

「はい、もし保仁くんがガーデンランドに入らないと決めても、これから先もずっと仲良くしてほしいんです」

「それはもちろんですよ!」

「そういってくれると嬉しいです。けど、私はそれで長い間連絡を取ることができなかった経験があります。数年前に再開できましたけど、その時にはその人たちの結婚式は終わっていました」


それってもしかして、兄さんたちのことかな?


そう言えば、兄さんの結婚式に霧江さんにはいなかった。

もし結婚式に霧江さんが招待されていたらすぐに分かるのに。


「これは証しなんです。保仁くんが今後どの道を選ぼうとも、私やレベッカ、そして保仁くんが今後友達になるであろう私の所属するガーデンランドのみんなは保仁くんの心の中にいる」

「全員と友達になれるとは限られないんじゃ……」

「それに関しては安心してください。ガーデンランドは皆さん仲がいいですから。ヤマト君ならすぐになじめます。まぁ時折争うことはありますけど……」


多分だけど霧江さんはスカウトのことなんて気にしてないと思う。


こうしてカードを渡してくれているのは、僕の答えがどうであろうと「私たちはいつまでも君の友達だよ。忘れないでね」というメッセージ。


「分かりました。もらいます」

「はい! 先ほどカードファイルを買ったので是非この中で保管してください」

「ありがたいです」


カードファイルと一緒にもらい、すぐにカードをファイルの中に入れる。


一ページに最大9枚まで入れられるみたいだけど、僕が今持っているのは『夢見サクラ』さんと『レベッカ・カタストロフィー』さんの二枚だけ。

完全にスッカスカ。


「なんかさみしいですね」

「いいじゃないですか。これから先ヤマト君はガーデンランドと多く関わることがあるかもしれません。その度にカードを増やせばいいんです」

「そうですね」


カードファイルを閉じ、買い物袋の中にしまう。


その時、霧江さんのスマホに電話が入った。


「少し失礼しますね。……はい、はい。分かりました。では送り届けます」

「……義姉さんですか?」

「はい、話は終わったらしく、今からいちろー先輩のもとに直接向かうそうです。時間的にもちょうどいいですし、私たちも向かいましょうか」

「……また電車ですか?」

「そうなりますね。ちなみに、いちろー先輩の家は23区内にあるので電車の乗り継ぎは少ないですよ」

「23区ってなんですか?」

「そうですね。渋谷や新宿は聞いたことありますよね」

「はい、よくニュースの天気予報でも出てますので」

「その2つは渋谷区、新宿区と分けられています。今いる秋葉原も千代田区というところに属しています。つまり、ここのような大都会が23個あるということです。……多分」

「なるほど」


つまり、市を都会とすると23区は大都会っていうことか。


「に、兄さんの家も霧江さんみたいな高級マンションなんですか?」

「いえ、いちろー先輩の家は一軒家ですよ」


よかった~。

ということは実家に似た感じかな。


だとしたらとても安心できる。


「それでは行きましょうか。昼間は人が多いから離れないようにしてください」


霧江さんに再び手を握られる。


さっきは慣れて特に気にしてなかったけど、再び握られると少し恥ずかしい。

それもこんな町のど真ん中で……。


僕たちは電車に乗って、兄さんの家へと向かった。


気になるのは行きの電車とほとんど同じだったということだけ、そして降りた駅はなぜか六本木駅。


「あの、なんでここに?」

「いちろー先輩が私の家の前に来ているとメッセージをくれたので」


朝来た道と同じ道を歩き霧江さんの住む高級マンションに向かうと、見慣れない車が道路わきに止められていた。


その車は高級マンションには似合わない普通の一般車。


車の横には一人の男性が立っていた。


僕はその人を知っている。


その坊主頭は数年前まで毎日見ていた。

僕とは違い高身長の男性。

そして、左薬指には結婚指輪。


「兄さん!」

「お、保仁~!」


約4ヶ月ぶりの再会。


僕に気づいた兄さんはいきなり飛びついてくる。


「大きく……なってないな。……たくましく……なってない。男らしく……変わってない。保仁は変わらないな~」

「兄さん、全然嬉しくないです」

「いちろー先輩は相変わらずですね」

「あ、霧江ちゃん。おっ久~」

「お久しぶりです」


誰に対してもこの軽いノリ。

これは僕にはなくて兄さんにある才能。



久遠一郎


僕の兄さんにして、現役声優。

昔から誰に対しても明るく接していたため、友達は僕と違ってたくさんいる。

小、中学校でも当時の兄さんを知っている先生からは、必ず一度は弟君と呼ばれた。


昔から問題児らしく、小学校時代は居眠り常連、休み時間は大騒ぎ。中学時代は義姉さんに色目を使う男子に喧嘩を吹っ掛け、説教騒ぎ。


高校時代は義姉さんと一緒のクラスになりたいからと、学年主任に土下座しに行ったこともあるらしい。


僕としては兄さんのことは嫌いではないけど、好きというわけでもない。

だけど来夢は兄さんのことを嫌っている。


理由は簡単。常に義姉さん優先だから。


義姉さんは僕や来夢のことも見てくれているけど、兄さんは常に義姉さんのことを見ている。


だから来夢は兄さんのことをものすごく嫌っている。


「保仁。配信いつも見てるぞ!」

「知っています。よくコメントしてくれているのを見ているので、でも僕のコメント欄で義姉さんへの愛をささやく名はやめてください」

「え、いちろー先輩そんなことしていたんですか?」

「いやー、加奈ちゃんも見ていると思ったら、わざわざメッセージするのも面倒くさいからな!」

「……そんなんだから、来夢に嫌われるんですよ」


来夢が兄さんのことを嫌っている理由はもう一つ。


「何言ってるんだよ。来夢は兄である俺のこと本当は好きなんだぜ!」


このポジティブすぎる性格。


来夢、お兄ちゃん今ならお前の気持ち少しわかるよ。

確かにこの人の性格、凄く面倒くさい。


「来夢は兄さんの話をすると、よく舌打ちしますけどね」

「それはツンデレってやつだな。本当は好きだけど素直になれないんだよ」


……うざすぎる。

この人頭はいいのに、他のことに関しては馬鹿なんだよな~。


「いちろー先輩って頭はいいのに、他のことに関しては馬鹿ですよね」


あ、霧江さん言っちゃった。


逆に、来夢が兄さんのことを唯一好いている性格が一つ。


「い、いや~。そ、そうかな~?」


『ばか』と言われて喜んでしまうところ。


昔から頭がいいと言われてきた兄さんは、なぜかは知らないけど馬鹿と言われるのが好きらしい。


だから来夢はいらいらしているとき、よく兄さんを『ばか』と罵り、兄さんはそれを聞いて喜んでいる。


それが久遠一郎という変人だ。


「それでは先輩、保仁くんをお返しします」

「おう、デートは楽しかったか?」

「ちょっ、兄さん。今日はそんなんじゃ——」

「そうですね。過去1楽しい時間になりましたね」

「え……?」


ちょっと待って!

今日の秋葉原ってデートだったの?


え、じゃあこれが人生初のデート……。


僕、全然お金払ってないんですけど……。


「それは何より、じゃあがんばれよ」

「はい。保仁くん。もしかしたら近いうちにまた会えるかもしれません。その時はよろしくお願いします」

「え、あ、はい。今日はありがとうございました」


霧江さんがマンションに入るのを見送った僕は兄さんの車に乗って、マンションを後にした。


今日のってデートだったのかな?


「保仁。楽しかったか?」

「うん」


兄さんが何か聞いてきているけど、頭の中は今日のことでいっぱいだよ。

デートって何なんだろう……。


「また行きたいか?」

「うん」

「東京は好きか?」

「うん」

「……霧江ちゃんのこと好きか?」

「うん」

「…………東京に住みたいか?」

「うん……え? 住みたくない」

「なんだ、聞いていたのか」

「うーん、途中までは聞いてませんでした」


現に、「東京に住みたいか?」って聞かれてた時、最初は返事をしてしまったけど、すぐに我に返れてからね。


「加奈ちゃんに聞いた。ガーデンランドにスカウトされたんだって?」

「はい。正直少し揺れてますね。最初は断るつもりだったけど、今日あったガーデンランドの人と霧江さんを見ていると楽しそうだなって思って」

「決めるのはお前だ。俺は何も言わない。けど一つだけ俺のわがまま言っていいか?」


珍しい。

いつも普通にわがままを言うのに、わざわざ許可を求めてくるなんて。


「なんですか?」

「一緒に東京で過ごさないか? お母さんに親父、俺、加奈ちゃん、来夢にお前の6人で。昔みたいにさ」

「義姉さんと兄さんは二人で暮らした方がいいんじゃ」

「そうかもしれないけどそうじゃない。保仁。過ぎた時間は戻らないけど、作ることはできる。家族全員で一緒に過ごしたいって俺は思ってるよ」


兄さんにしては深く考えてるんだ。

でも少しだけその気持ちはわかるかな。

僕がガーデンランドさんの話を受けた時のメリットはそこだから。


「……兄さんの言ってることは分かりましたけど、はいとはすぐに言えません」

「そんなことわかってる。ゆっくりでいいよ。だから今は東京を楽しんでくれ」

「そうします」

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