第37話 メイドの魔法
「ヤマトはどれにするか決めましたか?」
「え、えーっと」
僕は値段以外にも別のことで迷っていた。
それはメニュー表に表記されている商品名。
表記されているメニューはカレーライスだったり、オムライスだったり普通なんだけど『萌え萌え♡カレーライス』だったり、『メイドのお絵かき付い! 愛情のオムライス』など、商品名の前に一言入っている。
……普通に可愛い。
「サクラさんは決めましたか? ちなみに私は『レベル7限定セット』にしまーす!」
「私は『レベル5限定セット メイドさんのお絵かきVer』ですね」
「ヤマトはどうするの? ヤマトは私のセットもサクラさんのセットも一緒にできるけど」
「お金は私が払いますので、保仁くんは好きなものを選んでいいですよ」
「じゃ、じゃあこの『萌え萌え♡カレーライス』? にします」
「オーケー。かなめーん!! 決まったヨー!」
店内にレベッカさんの声が響き渡る。
「お待たせいたしました、レベッカお嬢様~。ご注文はお決まりになられましたでしょうか~?」
「『レベル7限定セット』と『レベル5限定セット メイドさんのお絵かきVer』と『萌え萌え♡カレーライス』を一つお願いしマース。あ、これレベル7の会員証デース」
レベッカさんは黒色のカードを、霧江さんは銀色のカードをそれぞれ出した。
僕の会員証と廃炉がだいぶ異なる。
「確認しました! 『レベル7限定セット』と、『レベル5限定セット メイドさんのお絵かきVer』と、『萌え萌え♡カレーライス』でよろしかったですか?」
「イエス!」
「こちらの『レベル5限定セット メイドさんのお絵かきVer』にされますと、メイドさんにお絵かきされますけど、一緒にチェキを撮ることはできませんけどよろしかったですか?」
「はい、問題ありません」
「かしこまりました。ヤマぴょんご主人様は『レベル7限定セット』を一緒にされることができますがどうしますか?」
「あ、お願いします」
せっかく体験することができるんだから、やるに越したことはないかな。
それに、僕もこの空気感になれてきた。
まだ少し恥ずかしいけど。
「それでは今から、キッチンにいる妖精さんがお料理をおつくりしますので、少々お待ちくださいませ。では失礼いたしますご主人様、お嬢様」
メイドさんはメニュー表を持って、戻って行ってしまった。
それにしても人が少しずつ増えてきたような気がする。
カウンター席に関しては既に満席。
「どうですか保仁くん。初めてのメイド喫茶は」
「まだ緊張しますけど、少し慣れました。今では最初に合った『帰りたい』って気持ちはありませんね」
「それならよかったです」
「ヤマト、帰るにはまだまだ早いよ! 楽しみはこれからこれから!」
「はい!」
しばらく待っていると、最初に僕の『萌え萌え♡カレーライス』が一番最初に来た。
「それではご主人様。これからおいしくなる魔法をかけますので、ご一緒にお願いいたします!」
「え?」
「私が『萌え萌え』と言ったらご主人様も『萌え萌え』と繰り返してください。そのあとに『マイ ラブ キュンキュン。おいしくなーれ、ビビビビビビ』と手でハートの形を作ってビームを飛ばしてください!」
「……」
これはさすがに恥ずかしい。
よし、メイドさんになり切ろう。
「私たちもやっていいデスよね?」
「わー、やってくれるんですか?」
「やりますよ。楽しいですから」
「ありがとうございます! それではせーの! 『萌え萌え』」
『萌え萌え』
『マイ ラブ キュンキュン。おいしくなーれ、ビビビビビビ!』
「はい! このカレーライスに私たちの四人の愛情が注入されてさらにおいしくなりました! お召し上がりください!」
メイドさんはそう言って下がっていった。
よかった、バレていなかったみたい。
「……ヤマトの声聞こえませんでしたけどちゃんと言いましたか?」
もしかしてバレてる?
いや、でもちゃんと言ったからバレてないはず……。
「……言いましたよ」
「嘘ですね。先ほど聞こえたのは『高梨れいな』さん、保仁くんのお父さんが演じたキャラの声です。逃げましたね?」
そうでした。
霧江さんは父さんの大ファンなんだから、父さんの声をしたらバレるに決まってるじゃん!
「つ、次来たときはできるようにしますよ」
愛のこもった『萌え萌え♡カレーライス』を口に運ぶ。
萌え萌えの力かどうかはわからないけど、普通に甘口で美味しい。
「そうだったんだね。じゃあ次はヤマトもしっかりやろうか!」
「はい!」
と言っても、次来るのはしばらく先かもしれないけど……。
「お待たせしましたお嬢様。こちら『レベル7限定セット』です」
僕は動かしていたスプーンを止め、届いた『レベル7限定セット』に目を奪われてしまう。
……なにこれ
届いたのはオムライスにハンバーグ。アイス入りメロンソーダにパフェ。普通では考えられない量の食べ物が届いていた。
「それではご主人様、お嬢様。これからおいしくなる魔法をかけますので、ご一緒にお願いいたします!」
「分かりマした! ヤマト! 行きマスよー」
「え、僕もですか?」
「当然デース!」
「言いましたよね。次来た時もやるって」
「……あ」
確かに言った。
でもあれは次メイド喫茶に来たときにって意味で、次の商品が届いたときって意味じゃなかったんだけど……。
「それでは行きますよ。『萌え萌え』」
『萌え萌え』
『マイ ラブ キュンキュン!』
ここまではよかった。ここまでは普通に言うことはできた。
だけど僕はこれが『レベル7限定セット』ということを完全に忘れていた。
『私の愛をみんなに注入!』
「え、あ」
『おいしくなーれ、おいしくなーれ! 萌え萌えキュンキュン。ビビビビビビ!』
途中から完全に意味が解らなくなり、何も言うことができなくなってしまった。
……できることなら最初に教えてほしかった。
僕の頑張ろうと思った気持ちを返して!
「これで、史上最高のうまさが注入されました! ではゆっくりしていってください!」
「……」
「ヤマト! 途中までよかったよ!」
「まぁ、練習もなしだったので厳しかったかもしれませんが、頑張ってて偉かったですよ」
「ありがとうございます」
先ほどまで普通に美味しいカレーライスがさらにおいしく感じる。
これが魔法の効果かな。
『レベル5限定セット メイドさんのお絵かきVer』が来たときは何もせずにカレーライスを静かに食べた。
案の定『レベル5限定セット』もほかの魔法とは異なっていた。
カレーライスを食べ終わったときには、レベッカさんはすでに半分を食べ終えていた。
霧江さんの方はまだまだ残っている。
「保仁くん。このパフェ食べますか?」
「いいんですか?」
「はい、もともと食べきれそうではありませんしいいですよ」
「ありがとうございます!」
パフェにはイチゴやキウイなどいろいろなスイーツが入っている。それを生クリームとスポンジケーキがより際立たせている。
言ってしまうとこれは、ケーキパフェみたいな感じかな。
「ふぅ、おいしかった。ヤマト、食べ終わったのなら先にチェキなどを済ませておこうか」
「チェキ?」
チェキってなんだろう……。
あまり聞いたことのない言葉だけど、じゃんけんの別称かな……。
「もこたーん! 今開いてマスかー?」
「レベッカお嬢様、どうかしましたか?」
「チェキ撮りたいんデスけど、いいデスか?」
「大丈夫ですよ。それではご主人様、お嬢様。こちらへどうぞ」
チェキっていうのは何かを取ることなのかな?
何をするかわからないって少し楽しみかも。
「ヤマぴょんご主人様は誰かと一緒に撮りたいっていうのはありますか?」
何かを取るのに誰かと一緒じゃないといけないんだ……。
「も、もこたん、さんで……お願いします」
「ありがとうございますご主人様! それではこちらにお並びくださいあ!」
案内された場所は虹でハートの描かれた立て板がある場所。
そこに僕ともこたんさんは横に並んだ。
「それでは胸の前に両手でハートを作ってください!」
「こ、こうですか?」
「そうです、きれいにできてますよ!」
「ではお撮りしま~す。こちらを向いてくださ~い!」
声のする方を向くと、かなめんさんが見たことのないカメラを構えていた。
「はい萌え萌えキュン!」
キュンのタイミングでシャッターが押される。
そして見たことのない形をした写真がすぐに現像されていた。
そこには恥ずかしそうにしている僕と楽しそうな笑顔のもこたんさんが一緒に写っている。
……普通に恥ずかしい。
「それじゃあヤマト。次は私たちの番だよ」
「え?」
「レベル7はメイドのみんなとチェキが撮れるの! 行くよ!」
レベッカさんに腕を引っ張られ、僕はメイドの皆さんと何枚もチェキを取ることになった。
三人で取ったり、数人のメイドさんと撮ったり。
そして最後には……。
「皆さん。取りますね」
『はーい!』
「萌え萌え?」
『キュン!』
メイドさん全員と記念撮影。
僕の周りはみんなメイドさんだったから、とてもは恥ずかしかった。
記念撮影は2枚とられ、1枚はレベッカさんの、もう1枚は僕の。
「それじゃあそろそろ出ようか」
「そうですね。レベッカ、今日はありがとうございます。お金は私がお支払いしておきますね」
「本当ですか!? サクラさんごちそうになります!」
「いえいえ」
霧江さんが払い終えてからメイド喫茶を後にする。
最初は緊張のあまり、楽しめないんじゃないかと思ったけど、チェキを撮っていくうちに少しずつ楽しめた。
「私は配信があるから帰るね」
「あ、レベッカさん。連絡先って教えてもらえますか?」
「いいよ! 今度コラボしようね!」
「はい!」
僕たちはレベッカさんを見送った後に再び秋葉の町を散策する。
「そういえば、霧江さんって僕たちがチェキを撮っている間何してたんですか?」
「ああ、これを書いてもらっていました」
霧江さんが取り出したのは1枚の色紙。
そこにはメイドさんと霧江さんがきれいに描かれていた。
「私はチェキが取れませんので。それで保仁くん。メイド喫茶は楽しかったですか?」
「そこそこは楽しかったです」
「もう一回行ってみたいですか?」
そ、それは……
「レベッカさんと一緒なら、大丈夫です」
「そこは『霧江さんと一緒に』だったら嬉しかったですね。まあレベッカと一緒ならって言うのは分かりますけど」
「す、すみません」
「大丈夫です。気にしてませんよ」
よかった。
でも、レベッカさんと一緒ならまた、メイド喫茶に行ってもいいかな。
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