第36話 メイド喫茶


レベッカ・カタストロフィー


ガーデンランド所属のFC1期生のVtuber。


そもそもガーデンランドは6年前に発足、その時にデビューしたのが今の1期生。それから1年ごとに新人Vtuberがデビューし、3年前に夢見サクラさん含む4期生がデビュー。

そのあとにレベッカ・カタストロフィーさんを含むFC組、1期生がデビューした。

そして今年、3年ぶりにJPで5期生がデビューしている。


レベッカさんはFCの中でも変わり者で、海外で生活していたアメリカ人なのに英語があまり得意ではない、逆に日本語がうますぎる。漢検三級所持者など、日本人よりも日本人しているVtuber。


更に天真爛漫で母性溢れる性格も合いあって、リスナーだけでなく非常識組のVtuberを何人も落としたことにより、非常識組に属している。


そんなレベッカさんが打ち立てた記録として、一番大きいのはデビュー三日目にしてチャンネル登録者数100万人突破。


この記録はいまだに抜かれていない。

現在は既に300万人を超えている。


本人としては、100万人は嬉しいけど、もう少しそれまでの過程を味わいたかったみたいで複雑らしい。

何かの切り抜きで見たのを覚えている。


そんなレベッカさんは、未だに僕を膝の上に乗せ一緒に猫を愛でていた。

戻ってきた霧江さんも、その横に座り猫を愛でている。


「ヤマト、FCが何の略か知ってる?」

「えーっと、確か海外ですよね?」

「保仁くん、それだとOVになります」


え……。海外って意味じゃないの?

こういう時、僕のバカさは恨めしく感じる。


「さすがサクラさん! 日本舞踊の家元なのに英語もばっちりね!」

「ありがとうございます。ですが、今は霧江とお呼びください」

「気が向いたら呼びますね。それでヤマト。海外は英語でOverseasだよ」


一応本場物の英語。学校では外国人の先生なんていなかったから初めて生で聞くことができて僕は感激です!


「FCはForeign Countryの略で、日本語に訳すと外国って意味。分かった?」

「はぁ」


ごめんなさい。

全然わかりません。

何で意味は同じなのに英語は違うんだろう。

やっぱり英語って理解できないよ。


「……まあ呼び方が違うことだけでも理解してくれたらいいかな。今は英語を学ぶ時間じゃないしね」

「ですね。今は猫を愛でる時間です。だからヤマト君、回している頭を止めて猫を愛でてあげてください」

「え、あ、はい」


僕の膝にはいつのまにか三匹の猫さんが居座っており、正直に言っちゃうと少し重い。


だけどこの重さが今はちょうどいいかな。

だって膝上に集中していると、頭のあたりにある大きいものから意識がそらすことができるんだもん。


「……ヤマト、お腹空かない」

「……」

「保仁くん?」


ああ、猫可愛いな。

毛並みサラサラで触る心地最高!


「ヤ―マート!」


心を癒されながら猫を撫でていると、頭をつかまれ大きいものの谷間に引き寄せられてしまう。


これどういう状況?


「今からご飯食べに行きませんか?」

「ほふぁん?」

「うん。私良い店知ってるんだ。サクラに聞いたけど東京を好きになりたいんでしょ? だったら秋葉原は私に任せて! 毎週来てるから」

「そうですね。秋葉原の地理は私よりもレベッカの方が上ですから、ここはレベッカに任せる方がいいですね。あと、私のことは霧江とお呼びください。……もういいです。今まで呼ばれたことがありませんので」

「サクラさんはよくわかってますね。ということで行きましょうかヤマト君!」

「え、あ、はい!」


今度はレベッカさんに手を引っ張られ、猫カフェを後にした。

レベッカさんは代金を払わずに、猫カフェを出たが代金は霧江さんが立て替えてくれたみたい。


レベッカさんは霧江さんのことを気にする様子もなく、先へ先へと進んでいく。

僕も引っ張られて人と人の隙間を抜けながらついていく。ヤバい、人が多すぎる。

でも、レベッカさんの手を振りほどけない。


どうにかして止まりたいとき、もう片方の手を後ろから追いかけてきてくれた霧江さんに握られてた。


「少し落ち着いてください、レベッカ。保仁くんがきつそうです」

「Oh、ヤマト大丈夫?」

「は、はい。少し人に酔いました」


気持ち悪くはないけど、できることなら日陰に行きたい。


「ヤマト、あと少しなので頑張ってみよ!」

「は、はい!」

「ここらへんでもうすぐっていうと……あそこですか」


霧江さんはどこか知っているみたい。

でも僕としては何処でもいいから人が少ないところに行きたい。


「それじゃああと少し、頑張ろう!」

「おー!」

「一緒にいる私が恥ずかしいのでやめてください」


右手をレベッカさん。左手を霧江さんに握られたままレベッカさんの言うお店に向かうことになった。


両手に花と聞いたことはあるけど、これは少し恥ずかしい。


周りからも視線を集めてしまう。

中にはカメラを向けている人もいるけど、その間に人がいるおかげで撮られてはいない。


「着いたよ。ここの二階にあるから」

「やっぱりここなんですね」

「……入り口が狭いですね」


同人誌の本屋と似たような古びたビル。

本当にここの二階に飲食店があるのかな? と疑いたくなる。


「それじゃあさっそく行こうか!」

「保仁くん、心してください。ここから先、初心者にとって登竜門ですので」

「とうりゅうもん?」

「東京の秋葉原を好きになるためには突破しないといけない場所です」


……少し大げさすぎる気がするけど、今から行く場所はそれほどまでのところということだよね。


よし! 少しでも東京を好きになるために、この登竜門を突破しよう!


……なんて思った時間もありました。

でもその場所についてからは、その勇気は一瞬で無くなった。


最初に目に入ったのはピンク色の景色。

そしてメイド服を着た女の子たち。


最後に、この言葉。


「お帰りなさいませ。ご主人様、お嬢様」

「ただいまデス」

「ただいまです」

「た、ただい……ま」


ヤバい。

ものすごく恥ずかしい。

心臓がバクバクする。


霧江さんとレベッカさんはどこか手慣れた感じがしてすごい。


「カウンター席とテーブル席がありますがどちらにしますか?」

「テーブル席でお願いしマース」


あれ?

レベッカさんなんか片言に戻ってる気が……。


「ではご案内いたします。ご主人様のご帰宅でーす」

『お帰りなさいませ、ご主人様』

「ただいまデース」

「さすがにこれには慣れませんね」

「めちゃくちゃ恥ずかしいです」


流石にこれは霧江さんでも恥ずかしいみたい。


なんだか少し安心した。

でも、レベッカさんの余裕そうな感じ、少し尊敬してしまう。

僕は一生慣れる気がしない。


「こちらのお席になります」


メイドさんに連れてこられた席は普通のテーブル席。

僕は端っこの席に座り、霧江さんとレベッカさんには通路の席に座ってもらう。


後は注文すれば終わり……かと思ったのに、なぜかメイドさんが二人、僕たちの席につきっきりでいる。


「本日ご案内を担当させていただきます。メイド星から来たアイドルメイドの『かなめん』です。そして」

「プレミアムメイドのモコたんです! レベッカお嬢様、キリリンお嬢様、お帰りなさいませ」

「ただいまデース!」

「ふふふ、ただいま帰りました」


レベッカさんも霧江さんも常連さんだったんだ。

二人とも微妙に手馴れている。


「そちらのご主人様はお久しぶりのご帰宅ですね」

「え、あ、はい」


何が何だかわからないので、一応返事を返しておく。

多分何かの設定だと思うけど、緊張と不安であまり考えられない。


「実はご主人様に対して、ご主人様協会より、ライセンスカードが届いております。ご主人様のお名前をご記入いたしますので教えていただけますでしょうか」

「え……」


名前?

ほ、本名でいいのかな?

でも、霧江さんはキリリンって名前だったし……。


それに、霧江さんの名前可愛いから、可愛くするために少し名前を可愛くした方がいいよね……。


「えーっと……ヤマぴょんでお願いします」

「分かりました、ヤマぴょんご主人様ですね!」


メイドさんはそのまま、ヤマぴょんという名前を書き込みライセンスカード? を渡してくれた。


今更だけど、ヤマぴょんってかわいいかな?


「ライセンスカードにはレベルというものが存在します。レベルは1から7までありますので、ご主人様も7を目指して頑張ってください」

「あ、はい」


無理無理無理、今日は何とか来れたけど、今後は絶対に来れない。

できることなら普通のところでご飯を食べたい。


「それではメニュー表をお言っていきますので、お決まりになられましたらお呼びくださいませ」


そう言ってメイドさんたちは去って行ってくれた。

少し安心できる。


「ヤマト、緊張しすぎ!」

「ですね。昨日よりも口数が少なかったですし」

「は、話したことがない女性の人だったので……つい」

「私と話したときはあまり緊張してなかったよね?」

「レベッカさんは何というか母身があって安心できたので……」

「そうかな?」

「それは分かりますね」


やっぱり身内だけの会話は楽しい。

見知らぬ人とは挨拶するくらいが僕にはちょうどいいかもしれない。


「それじゃあ早いところ注文を頼みましょうか」


早く出たいが一心にメニュー表にある料理を見てみる。


どれもおいしそう!

美味しそうなんだけど……どれも高すぎない?

全部1,000円越えなんて!


この時、僕は本当の意味でここが東京であると、自覚することができた。

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