第35話 秋葉原での出会い


朝の10時になると、店は少しずつに開き始める。

それに連動するように、秋葉原にも人が増え始めた。


「……やっぱり、開いてる店が少ないと人が少ないですね」

「はい。なので今のうちに買い物を済ませましょうか。今は人が少ないですが、徐々に人が多くなってきますので急ぎましょう」

「分かりました!」


霧江さんに手を握られたまま、僕は秋葉原の道を歩き始めた。


僕のイメージでは、お祭り騒ぎのように道路にも人がいるものかと思っていたけど、そんなことはなく、道路にはたくさんの車が通っており、歩行者はしっかりと歩道を歩いている。


ただ、信号がないところを横切る人もいたけど……。


「保仁くんは同人誌に興味ありますか?」

「同人誌ってコミケとかで販売されるあれですか?」

「はい、この近くに同人誌のみを扱っている専門店がありますので、ご興味があれば行ってみようかなと」


……同人誌か。

そう言えば日向市には古本屋はあるけど、同人誌みたいな本はどこにも売ってないんだよね~。


薄いけど高いってことは知ってるけど、どんな感じなんだろう。

少しだけど興味はある。


「行ってみたいです」

「ではいきましょうか」


僕たちは進んでいた道を逆戻りし、少し古びたビルの中に入る。


「ここの2階にあるんですよ。少し階段が急なので足元に気を付けてくださいね」

「はい」


階段なら家で昇ってるから楽だと思ったけど、階段が急だったこともあり、数段昇っただけで疲れてしまった。

霧江さんに関しては息一つきらしてない。


流石と言うしかない。


「それでは入りますよ」

「はい」


ドアを開けて中に入ると店内にある本の多さに驚いてしまう。

単行本のような本は一切ないけど、A4用紙サイズの本はたくさんある。


入ってすぐのところにあったのは父さんが声優を演じたバトルアニメの同人誌!

その横にあるのは兄さんが初めて声優を演じたアニメの同人誌。


少し先に進んでみると『三条ヶ原さんの一押しコーナー』と書かれているスペースがあり、いくつもの同人誌が置いてあった。


……なんで?


「あ、『三条ヶ原さん一押しコーナー』の同人誌が変わってますね」

「霧江さん。三条ヶ原さんって……」

「声優の三条ヶ原楓さんですよ? 保仁くんも、凸待ちの時しゃべりましたよね?」

「はい、よく覚えてます。でもなんでここに三条ヶ原さんのコーナーが……」

「確か、彼女のお友達が同人作家をしていて、手伝っていくうちに声優1の同人好きになってしまったという理由だったはずです。あ、ここに置いているの全部、そのお友達さんのですね」


三条ヶ原さんのお友達ってすごい人がいるんだ。

そんなすごい人と友達だなんて、三条ヶ原さんがだんだんまぶしくなってくる。


「えーっと他には……」

「こ、こっちの同人誌はどうですか?」


入り口付近の同人誌は見たので、反対側の同人誌を見ようとしたらなぜか霧江さんに振り向くのを止められてしまう。


霧江さんに見せられたのは僕が知らないアニメの同人誌。

正直見たことのないものだとそこまで興味がわかない。


「……そのアニメ見てないので、よくわかりません」

「そ、そうですか……ではこれなんかどうですか? ガーデンランドがメインの同人誌なんです!」


その表紙には手前にはガーデンランド所属の1期生、そこから奥に行くにつれて2期生、3期生、そして、『夢見サクラ』さんたち4期生に、所属外国人と並んで描かれていた。


A4サイズではあるけど、本としては少し分厚い


「わた——じゃなくて、ガーデンランド所属Vtuberさんたちの日常が4コマ漫画になって描かれていて、面白いんですよ!」

「いくらするんですか?」

「えーっと、1,200円ですね」

「……高い!」


正直この後に買いたいグッズはたくさんある。可能であればフィギュアも買ってみたい。


でも今僕の手元にはお金がない。

収益化が通ったとはいえ、振り込まれるのは5月になってから。

今はお金をほとんど持っていない。


一応、数週間前に来夢や義姉さんと買い物するための5万円はまだ使っていないけど、一度使ってしまうと、秋葉で使い切ってしまう気がするからあまり使いたくない。


「……私が買ってあげましょうか?」

「え?」

「なんでしたら、デビュー祝いと昨日の謝礼も込めて、今日かかるお金は全額私がお払いしますよ」


買おうか悩んでいると霧江さんが買ってくれると言ってくれた。

それも今日かかるお金全て。


……けれどそれは非常にまずい。

奢ってもらうこともそうだけど、僕自身にその言葉は聞いてしまう。


僕は、僕自身の短所をよく知っている。

勉強ができない、人混みが苦手、その他もろもろと。

でもその中でも一番いけないと思ってしまうのが、お金に関して「奢る」と言われてしまうと全力で甘えてしまうところ。


どうにかして、断らないと。


「というわけで今から買ってきますね。あ、これは電車代です」

「はい、ありがとうございます」


あ、この時点で頭が理解しちゃった。

今日は奢ってもらえる日だって。


これだと簡単に止められない。

止める方法はもうどこの店にもいかないこと。


「買ってきました! それでは行きましょうか!」

「はい」


再び手を握られ、引っ張られる。

その時、目に入ってしまった。


「保仁くん、反対側は見ないように、あ……すぐに出ますよ!」

「は、はい!」


ま、まさかあの店の反対側は18禁同人誌コーナーだったなんて!?

だから霧江さんは見せないようにしてくれてたんだ。


……ということは奢ってくれたのも早く店から出るため?

だとしたら今日かかるお金を全額払うなんて言わないはず……エロ本コーナーがすぐ横にある店。


……もしかして。


「保仁くん。次はどこに行きたいですか?」

「優しく、してください……」

「なにをですか?」


違った。

てっきり、僕に変ないたずらがしたいから全額奢ってくれると言ってくれたとものかと思いったのに。


「言っておきますけど、お金のことは気にしなくてもいいですよ」

「でも、流石に全額というのは……」

「大丈夫です。これでも使いきれないほどお金はありますので」


使いきれないほどのお金がある。

人生で一度は行ってみたいセリフの一つを生で聞けるなんて……でも。


「本当の本当に大丈夫ですよ。そこまでしてもらう必要はありません」


出来ればここで折れてほしい。

でないと本当にたかが外れてしまう。


「分かりました。ではカフェや喫茶店などでは私が奢ります。それでいいですか?」

「そ、それならまぁ」


安くても五百円くらいだよね……。

昼ごはんを奢ってくれるくらいならまぁ大丈夫かな。


「それでは早速ですが猫カフェなんてどうですか?」

「猫カフェ?」


それってあの?

猫さんがたくさんいる伝説のあの?


「日向には猫カフェみたいな店はありませんからね。ですので是非行ってみませんか?」

「行きます!」


まさか猫カフェに行ける日が来るなんて……。


僕は動物が大好きだけど、その中でも猫さんが一番好き!

さらさらした毛並みに、ひざ元でくつろいでくれるあの姿には何とも言えない!


「じゃあお金は私が払いますね」

「え……あ!」


猫カフェは『カフェ』

霧江さんが奢ってくれると言ってくれた場所。


つまりここは霧江さんの奢りということ。


「すぐそこにあるから急ぎましょう!」

「は、はい」


だけど、そんなことはすぐに忘れてしまった。

そんなことよりも周りの目の方が痛い。


なぜか男性の視線に殺気と保護欲を感じる。


猫カフェは思ったよりも近い場所にあり、徒歩五分もせずに着いた。


「いらっしゃいませ。プランの方はどういたしますか?」

「30分プランでお願いします」

「10分たつごとに200円加算されますので、お気を付けください」

「分かりました」


霧江さんは店員さんと話し終えた後に僕の手を引いて店の中に入っていった。


ロッカーで荷物を置いて猫さんのいる部屋に入る。


中にはたくさんの猫さんが寝ていたり歩いていたりした。

朝早くということもあって、だれ一人そこにはいない。


「保仁くん、一応注意事項として猫を追いかけたり、無理やり触ったりしたらダメですからね?」

「はい!」

「それでは触れ合いましょうか」


中にはソファや猫さんの遊び場がたくさん。

霧江さんがソファに座ると、数匹の猫さんは近づいていき、その中の一匹が膝の上でくつろぎ始める。


その子を優しそうに愛でる霧江さん。

今日の服装でも十分絵になるけど、これが和服だったらさらに絵になっている気がする。


そんなことを思っていると、僕の方にも猫さんが寄ってきてくれた。


「おいで~」


正座で猫さんを待っていると、僕の膝の上にも1匹の猫さんが、さらに2、3匹ほど僕の周りでくつろいでくれていた。


「……保仁くん、すみません。少しお花を摘みに行ってきます」

「は~い」


霧江さんが出ていくと、部屋の中には僕一人になってしまう。

霧江さんのもとにいた猫さんは僕の方によってくれたりその場でくつろいだり、ただとてもかわいい。


僕一人でなごんでいた時、新たな客が入ってくるのが見えた。


見ただけの感想で言ってしまうと、でかい。


金髪の人だったから外国人さんかな?

それにしては身長が大きすぎる気がする。


胸もあるから女性だというのは分かっているけど、その人の胸のところに僕の顔が来るんじゃないかな?


だから推定で話すと190センチくらい?


「猫さんたち! 私と一緒にじゃれ合いまショウ」


日本語はうまい。

けど大きな声を出したせいで、猫さんたちは僕のもとからも離れ遠くに行ってしまった?


「あれ~? ……少し大きめな猫さんがいマース」


大きな猫さん?


何処にいるのかと、辺りを見回してみると僕は両脇を抱えられ、金髪さんの膝の上に乗せられてしまった。


……あれ?


「あ、あの~」

「うーん。可愛いデスね~」


しまいには頭まで撫でられてしまう始末。

本当に猫と間違われている感じ。


霧江さんがこの状況を見たらどんな反応するかなー?


「保仁くん、戻りました」


あ、そう思っていたら本当に来た。


僕としては今の恰好はとても恥ずかしいから、できることなら助けてください。


「……何してるんですか?」

「Oh、それはこっちのセリフデース。サクラさんこそ何してるデスかー?」


二人とも知り合い?

っていうか今サクラさんって!?


「レベッカ、活動中以外ではその呼び方止めてください」

「レベッカ……ってもしかして!?」

「さすがはヤマト君です。気づきましたね」

「ガーデンランドFC1期生のレベッカ・カタストロフィーさん!?」

「Oh、そういうあなたは、もしかして人気絶頂中の神無月ヤマトさんですね?」

「はいってあれ、さっきまであった片言がなくなった?」

「ああ、レベッカは日本語上手いですよ。あと、彼女の本名もレベッカなので気軽に読んであげてください」

「よろしくねヤマト!」


まさか秋葉原の猫カフェで、こんな大物に会えるとは思ってもみなかった。




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