ゴールデンウィーク!!

第34話 東京2日目! 波乱の幕開け


「んんっ! ……知らない天井」

「何バカなこと言ってるのお兄ちゃん。もう八時だよ!」

「……来夢?」


ああ、そうだった。

昨日東京に来て、夜に霧江さんとオフコラボしたんだった。

確かその時に……っ!?


思い出した。昨日の悲劇を。

いやー、寝ている間にすっかり忘れてたけどすぐに思い出してしまった。


「起きたねお兄ちゃん! だったらこの状況何とかして!」

「この状況?」


僕は辺りを見渡してみると、昨日床で寝たはずなのになぜかソファの上で寝ていた。

そして僕が寝ていた床では、霧江さんがこれは見事な土下座を披露していた。


……って、土下座ぁ!?


「ちょ、霧江さん! 何土下座してるんですか!?」

「……」

「いやー、一郎くんなら記憶に残ることないからいいんだけどね~」

「義姉さん……これどういうことですか?」

「霧江ちゃんは酒を飲むとその時の記憶が鮮明に残っちゃうんだよ。そして起きた結果一度大叫びしてヤマト君に土下座しているわけ。最初のころは大変だったけど、一年で慣れちゃったな~」

「言ってる場合ですか! 霧江さん、顔を上げてください」

「いえ、私には保仁くんに合わせる顔がありません」


合わせる顔がないって、別にそこまでのことでもないのに……。


それに、そもそも霧江さんが昨日の配信で酔ってしまったのは、もとはと言えば義姉さんが原因なのに。


「まさか保仁くんにあんなことをしてしまうなんて! 人として情けないです! 望むのであれば我が家の全財産をお譲りします」

「本当にやりそうで怖いんですけど……」


そもそも僕は別にそこまで怒っているわけではないし、何なら今まで見たことのない『夢見サクラ』が見れただけに嬉しかったまである。


「保仁くん。こうなった霧江ちゃんは何か命令しないと納得しないよ~。いやー大変なことになったね~」


元を言えばあなたのせいですけど! なんて今の義姉さんに面と向かって言うと、どんな仕返しが来るかわからない。


だったら僕が霧江さんに頼むことは一つ。


「今日も東京観光の道案内よろしくお願いします。僕、秋葉原に行ってみたいんですよね」

「秋葉原ですか? そこなら大丈夫です。同僚たちと何度か行ったことあります」

「よかったです。それでは案内よろしくお願いしますね」

「はい!」


僕たちはそのあと、朝ご飯を食べて荷物をまとめた。


昨日は霧江さん宅に泊まったけど、今日からは兄さんのいる家に泊まることが決まっている。

これ以上霧江さんに迷惑をかけるわけにはいかない。


「それでは、このお荷物をいちろー先輩の家に運んで」

「了解いたしました、お嬢様」


荷物は黒服さんたちが霧江さんの家に来て、すべて持って行ってしまった。今手元にあるのは小さいカバンのみ。


部屋の掃除を済ませてマンションを出ると、そこには見知った顔の人が目の下にクマを作り、僕たちの方を見ていた。


「……社長? こんなところでなにしてるんですか?」

「いや、ちょっと用事があってね」


用事?

……スカウトの件かな? でもあれは僕が宮崎に帰る日までだし、時間はまだまだある。


「久遠来夢さん。僕の事務所に来てくれませんか?」

「……私?」


え、来夢に用事?


「はい、あと花村カナ先生にも仕事の依頼がありますので可能であれば……」

「……一応今はプライベートなのですが」

「承知の上で頼みに来ました。お願いできないでしょうか」


社長さんの目には昨日の楽観的な目とは違い、どことなく「引き下がる気はない」と言った意志を感じる。


「行こうよ義姉さん。せっかくなんだし」

「保仁くん。……でも」


僕も少しだけガーデンランドの事務所には興味がある。

今のところ予定にはないが、もし所属することになったときのために言っておくのもいいかもしれない。


「あ、保仁くんは大丈夫です。今は東京を好きになることに専念してください」

「……あれ?」


僕は全く関係ないのかな?

だとしたら、恥ずかしぃ!!


「今回用があるのは妹さんと花村先生にどうしても頼みたい案件なんです」

「社長さん、来夢ちゃんが、シンガーソングライターのライムだって知ってましたっけ?」

「……え?」


一瞬そうなの!? ッと思ってしまったけど、社長さんの今の反応。多分初めて知った感じじゃないかな?


「そうだったんですか?」

「……あ」

「……お義姉ちゃん?」


珍しく来夢が義姉さんに切れてる。

めったなことでは切れないあの来夢が。


「……驚きの事実でしたけど、今回僕が来夢さんに頼みたいのは歌ではなくプログラミングです」

「プログラミング? 私にですか?」

「そうです。実は……ちょっとこっちに。カナ先生も」

「私も?」


来夢と義姉さんは社長さんに近づき小さな声で話し始めた。


「……状況、……昨夜の、……そこで……です」

「……兄…………ので、…………さい」

「……用意……。……ヤマト』の……SS……布(ふ)です」

「本当ですか!」

「はい。……ぜひ……します」

「当然…………力に…………ます」

「よかった。それで先生には……します」

「もちろん」


ぎりぎり聞こえはするけど、何と言っているのかは完全に理解できることはできなかった。

けど、三人にとってはなかなかにいい方向でまとまっている感じがする。


「社長たち、いったいどうしたんでしょうね?」

「分かりません。ただ、来夢も義姉さんのなんだか楽しそうです」

「確かに、それは遠くにいる私たちでもわかりますね。……あ、すみません。電話が来ました。少し席を外します」

「はい」


霧江さんが離れると同時に話はついたみたい。


「あれ? 霧江ちゃんは?」

「何でも電話が来たみたいですよ」

「そうですか。少しお二人をお連れするので霧江さんに後のことを頼みたかったのですが……」

「えっと、いったいどこに?」

「お兄ちゃん。私たち、少しガーデンランドさんの事務所に行ってくるね」

「……はい?」


いきなりすぎて全く理解できない。

何で来夢と義姉さんだけ。それなら僕も……って、社長さんからしたら、僕には東京を好きになってほしいんだよね?


「なんでも社長さんの会社、今プログラミングで困っているから私の力が貸してほしいんだって。ダメかな?」

「……なんで? ダメなわけないじゃん。それってすごいことだよね! だったら行くべきだよ!」

「お兄ちゃんならそう言ってくれると思ってた」

「それじゃあ私たちはガーデンランドに行った後に、一郎くんの家に直接向かうからまたあとで!」

「分かりました。来夢、ガンバ!」

「うん!」

「それではお二人をお借りします」


来夢と義姉さんは社長さんの車に乗って行ってしまった。

これで僕と霧江さんの二人きりに。


……それにしても霧江さん遅いな~。


しばらく東京の空を眺めていると、霧江さんが戻ってきた。

だけど顔は少し元気がない。


「霧江さん、どうかしたんですか?」

「あ、いえ、そのー……父が出かけるため車が貸し出せないそうなのです」

「……え?」


それはつまり、秋葉原に行くには電車に……。

よし、決めた!


「兄さんの家に行きましょう」

「……どうしてですか?」

「東京の人混みから逃げるためにです」

「ダメに決まってます!」


ダメって言われても、車がないんじゃ移動できないじゃん!

タクシーだと無駄にお金かかっちゃうし、バスもそこそこ人多いし!

だったらもう、家から出ないようにするの一手しかないよ!


「保仁くん、この際なので克服しましょう!」

「何をですか!」

「電車です! 幸いここには私のほかにも二人います……そういえばお二人は?」


え、今気づいたの?

さっきからいなかったんだけど……


「社長さんに連れていかれました。来夢にプログラミングを頼みたいらしくて……」

「社長に? ああ、あの件ですね。分かりました。では今日は私が一緒に秋葉原に行きたいと思います!」

「ふ、二人でですか? 迷子になりませんか? 山手線で……」

「何を言ってるんですか? 私たちが載るのは日比谷線ですよ? 一本で秋葉原に付きます」


え、そうなの?

僕はてっきり山手線で言って迷子になるものかと……。


「す、すみません。山手線しか知らなくて」

「それはそうですね。保仁くんの住んでいる日向市には線路が一本しかありませんもんね」

「はい。宮崎に行けば空港行きや都城行きと少し増えますけど、僕の住んでいる日向市では延岡方面か、宮崎空港方面かの二つしかありませんね」


そのせいで、県外に修学旅行に行くときは乗り換えの練習散々させられたのは今でも鮮明に残っている。


「六本木から秋葉原に行くのも、宮崎の電車と似たような感じなので安心してください」

「そうなんですね! よかっ…………今なんて言いましたか?」


僕の耳がおかしくなければ、おかしな名前が出てきたような気がしたんだけど……


「ん? 宮崎の電車と似たような感じですよ」

「その前です」

「六本木から秋葉原に行くですか?」


あ、間違いじゃなかった。


「何でぎろっぽ——じゃなくて六本木なんですか?」

「だってここ、六本木のですよ」

「……え?」


つまりここはお金持ちの集まる六本木?

そう言えば霧江さんの家は高級マンション。

東京には高級マンションばかりかと思って、気にしてなかったけど、スカイツリーから外の景色を見た時、高級マンションはほとんどなかった……。


「どうしたんですか、保仁くん」

「ひゃ、何でもないです。お金持ってません」

「なんの話ですか……とりあえず、これで安心して電車に乗れますよね」


はい乗れます、簡単です。電車くらい。……と言いたいのに、声に出せない。

六本木にいるのが嫌なくらい、僕は電車に乗るのも嫌だということ。


……帰りたい。


「分かりました。ではこうしましょう」


何を思ったのか、霧江さんは僕の右手を握ってきた。


「え? ……ええ?」

「こうなったら強制連行です。保仁くん、絶対にこの手を離さないでくださいね!あ、なんだったら指を絡めてもっと離れないように……」

「とても柔らかくてすべすべで気持ちいです! (繋いでいただけるだけで大丈夫です! この手は放しません!)」

「え、そ、そうですか。ならよかったです」


あれ? 僕なんか変なことを口走ったような。


でもいいか、これなら絶対に離れることはない……はず。


「そ、それでは行きましょうか!?」

「どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」

「にゃんでもありません」


僕らはそこからずーっと手をつないだまま、電車に乗った。


「……ん? あの、なんか女性が多いような……」

「本当ですね。でも今の保仁くん。少し女の子っぽいですよ?」

「そうですかね?」


僕が今来ている服は、すべて義姉さんに選んでもらったもの。

少しフリフリが多く、僕自身も女の子の服っぽいと思ったけど来てみたら何の違和感もなかったから、今は来ているけど……。


「似合ってないですかね?」

「いいえ、とても似合ってますよ」

「それだと嬉しいです」


『秋葉原~、秋葉原~』


「あ、ついたようですね」

「思ったよりも早かったですね。まだ九時半ですよ」


僕たちはこれから長時間秋葉原で過ごすことができる!

そう思い駅を降りて、電気街の方に歩いて行ったけどどこの店も開いていなかった。


「……静かですね」

「はい、ごめんなさい保仁くん。秋葉原の店が開くのは10時~11時の間だということを完全に忘れていました」

「……ということは」

「しばらくはどこも開きません」

「……どこかで休憩しましょうか」

「ごめんなさい」


僕の東京二日目は波乱の展開で幕を開けたのだった。

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