第33話 オフコラボのその後
無事? かどうかは知らないけど、何とか配信を終わらせることができた。
正直なところ、最後の方はその場を切り抜けるだけで精いっぱいだったよ。
それもこれも、今僕の膝の上ですやすや寝ている霧江さん、そして……。
「おー、配信終わったかね~?」
……酒をバカ飲みして狸寝入りしていた義姉さんのせいで。
義姉さんはもともと酒に強い。
それこそお正月では酒をバカ飲みしているくせに少し酔った程度。
平日でも昼間っから飲むことがあると教えてもらったことがある。
それほどまでに義姉さんは酒に強く、たったの十数缶程度でつぶれることなんてまずありえない。
そしておそらくだけど……。
「何で霧江さんに酒飲ませたんですか……」
「なんのことかお姉ちゃん分からないな~」
「とぼけなくていいですよ。水を飲むなら水道水でもいいのに、わざわざ冷蔵庫を開いたってことは何かしたんですよね?」
「ふっふっふ、大当たり~。いやー、流石保仁くん。勉強はできないくせに、こういうところは鋭いんだから~」
「……酒を飲んだ時の義姉さんはいつも以上に絡んできて、面倒くさいんですよね」
「ひっど~い!」
本当に、三年前は母さんたちがいたからよかったものの、二年前から母さんたちが帰ってこなくなったおかげで、お正月のお酒の管理を僕がし始めたのを今思い出した。
「どれで、どうやって霧江さんにお酒飲ませたんですか?」
「簡単だよ~、この紙をキッチンに置いただけ!」
義姉さんが見せてきた紙にはこう書かれていた。
『霧江ちゃん、配信お疲れ様~。冷蔵庫の中でお水冷やしてあるから飲んでね~。お休み~』
「いや~。まさか配信中に飲むなんて想定外だったよ~」
「……霧江さんが災難ですね」
「でもそのおかげで配信は盛り上がってたじゃん!」
うっ!
確かに盛り上がっていたため、否定できない。
でもだからと言ってなんで義姉さんに感謝しなきゃいけないの!?
むしろ義姉さんの余計な行動のせいで、僕は炎上しかけたんですけど!?
感謝する必要なくない!
「……いやー、こうしてみると私っていいことしたな~」
「どこが!?」
「写真とっとこ」
「ちょ! そんなことする暇があったら霧江さんをどけて! さっきから腰を握られてるんだけど!」
「ヤマト君、敬語抜けてるぞ~、さては酔ってるな~」
「あんたがな!」
義姉さんの酒でたちが悪いところは、最初は全然酔っていないのに、酒を飲まなくなってから数分後に酔い始めるところ。
特に、うざかった絡みがさらにうざくなる。
おかげで僕は、大人になっても酒を飲まないと中学一年生のころに強く誓い、今でも酒を見るたびに心の中で叫んでいる。
「……襲っちゃだめだよ」
「襲わないから早く離して!」
「ちぇーもう少し見てたかったのに~!」
観念してようやく離してくれる、そう思っていたのに、義姉さんは毛布を持ってきて、それぞれ僕と霧江さんにかぶせてきた。
「……なにこれ」
「夜はこれから寒くなる。風邪ひくなよ、若者(わこうど)よ」
「だったらこの状況をどうにかしろ!?」
結局この後、腰に回っている腕が緩んだすきに腕を振りほどき、何とかリビングに行くことができた。
ソファには来夢が寝ていたので、僕はそのまま床で寝ることに。
……寝る直前に炎上していないか軽くエゴサしてみたけど、無事炎上はしていませんでした。
~~~~~~~~~~
株式会社ガーデンランド。
多くのVtuberが所属するガーデンランド。
深夜の時間帯。
他の部屋の電気は消えているというのに、一室だけいまだに電気がついていた。
部屋の中には社長を含めて、スタッフが数名仕事を行っていた。
「あのー、今日はせっかくの週末なのになんで僕たちは深夜遅くまで残って仕事をしているんですかね?」
「……は?」
社長の何気ない一言に、その場にいたスタッフは全員手を止める。
そして一斉に社長席の周りに集まった。
「ど、どうしたんですか皆さん……。作業の手を止めて、早く帰りたいですよね? だったら作業を始めないと!」
この一言がスタッフの堪忍袋を爆破させた。
「だ、誰のせいでこんなことになってると思っているんですか!」
「そうですよ! 帰れるんだったら私たちだって帰りたいですよ!」
「もとはと言えば、昼の会議を社長がすっぽかしたのが原因じゃないですか! いったいどこに行ってたんですか!?」
「新しい出会いを求めにスカイツリーに言ってました!」
社長の動向を知ったスタッフたちは一気に頭を抱える。
反省するそぶりもなく言い切ったことにではない。行っていた場所に。
「なっ!? 先月約束したじゃないですか! 今開発しているゲームが成功するまでスカイツリーに昇らないって!」
「僕そんな約束しましたか~?」
「しましたよ! 成功したら僕たちスタッフ全員でスカイツリーに昇るって!」
「私たち信じてたんですよ! なのに社長は……」
これが、秋月末広がバカ社長と呼ばれる所以。
社長でありながら、無鉄砲な行動、自由奔放すぎる性格。
普通であれば社員がやめてすぐに倒産してしまうところ、秋月末広は持ち合わせたカリスマ性、突飛的な発想力、社員たちとのコミュニケーション、そしていつもどうにかなってしまう幸運で、ガーデンランドを大きなVtuber事務所まで発展させた。
「まぁまぁ、落ち着いてください」
「落ち着いていられますか!? このゲームは我が社だけでなく、他の事務所に交渉してようやく力を借りれるところまで来たんです! それなのに、今のままでは予定していた七月のリリースまでには間に合いません! どうするんですか!?」
「確かに、このままでは我が社の信用は落ちてしまいますよ。今のところ、声の収録は半分ほど終わっています。ですが、このままでは早くても九月のリリースになってしまいますよ。どうしますか? 策としてクオリティを下げてスピード重視にするという手もありますが」
「それだとほかの事務所から苦情が来ますよ。ただでさえ、交渉に時間もかかってしまったというのに、そのうえでクオリティを下げてしまうなんて」
すでに作業の手は止まっており、みな今後のことについて考えを話している。
本来であれば今日の会議でする内容。
だが、秋月の行動により流れてしまったことにより、今自動的に行われていた。
「社長、どうします? 他社に頭を下げますか?」
「……今終わっていないのはプログラミングなんですよね?」
「はい」
この時、秋月にとある可能性が思い浮かんだ。
「皆さん、今日のところは引き上げるとしましょう」
「えぇっ!?」
「でも時間が!」
「時間に縛られてばかりでは、重要なことを見落としてしまう可能性があります。なので、明日は休んで、月曜日から再び考えましょう。それまでには僕もいい案を考えておきますので」
「しゃ、社長! 分かりました!」
「信じてますよ!」
今日の昼に裏切られたというのに、すぐに信じてしまうスタッフたち。
彼らの中には「社長ならどうにかできる!」「社長ならやってくれる!」という思いが浮かんで仕方がない。
「では、僕らの方でも、一日案を考えておきます。社長も無理をなさらないでください」
「はい、では皆さん。また来週にお会いしましょう。お疲れさまでした」
スタッフが帰っていくのを目にした秋月はとある配信のアーカイブを見直す。
それは『神無月ヤマト』と『夢見サクラ』のオフコラボ配信。
再生回数は配信終了して間もないのに、すでに50万を突破。このままいけば明日には百万を超える。
秋月にとってこの配信一番の見どころと言えば、ガーデンランドに所属する『夢見サクラ』の泥酔と、『神無月ヤマト』の対応のところだったが、今注目してみているところは『ヤマトの妹』の話。
「……ヤマト君だけが目的でしたけど、まさかほかにも僕の女神になってくれる人がいるなんて……本当についてます。問題はどうやって頼むか、ですね」
秋月の頭の中に浮かんでいる考えは二つ、一つは本来の依頼料の倍の金額を出す。そしてもう一つは……。
「……二つ目の案の方が確実性は高いですね。となると、花村カナ先生にも頼まないといけませんね。今お二人はサクラさんの自宅。……早速明日行ってみますか」
秋月は『Vtuber育成学園 企画書』と書かれた紙の束に『ヤマト妹』『花村カナ』と名前を書き残し、事務所を後にした……。
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