第30話 スカウト
事務所に来る……。
ああ、遊びに行くってことか!
でも僕のような個人勢の新人Vtuberが大手のガーデンランドさんに遊びに行っていいのかな?
「社長。伝えたいことはしっかり言わないと、言われた意味を理解できない人もいますよ」
「そうそう、保仁くん。今どういう意味で言われたと思う?」
「え、事務所に遊びに来ないかってことじゃないんですか?」
え、何か違うのかな?
事務所に来ないかって、そういう意味じゃないの?
「……あははは! いやー、まさかそうとらえられてしまうなんて。確かに僕の言葉が足りませんでしたね」
社長さんは何か笑っているけど、遊びに来ないかということだったら答えは『はい』です。
こんなに貴重な体験ができることはそうそうないよ!
「改めて言いましょうか。神無月ヤマト君、ガーデンランド所属のVtuberになりませんか?」
「……はい?」
え、ガーデンランド所属のVtuberに? 僕を?
「これって……」
「はい、スカウトです」
やっぱり!
だとしてもどうして……。
「どうして僕を……」
「僕は趣味でよく新人Vtuberを見るんです。そんなある日、君を見つけた。その時僕は雷に打たれたんです。そしてこう思いました。ああ、君が欲しい、と」
……僕は面と向かって告白されたことがない。
そもそも誰ともかかわらない陰キャだったから告白されることなんてないんだけどね。
これは、間違いなく告白だよね?
まさか人生初告白されるのが男性の方なんて……。
でもどうしよう。
ガーデンランドは東京をメインに活動しているVtuber事務所。
もし僕がガーデンランドに所属するということは……。
「ガーデンランドに所属したら東京で生活しないといけない。ということになりますよね……」
「そうなりますね。今後全国に事務所を構える予定も今はありませんし」
つまり東京に住まないといけないということ。
……それだけは絶対に嫌だ!
でも、こんな機会そうそうない。
むしろ、事務所に所属してしまった方が今後いろいろなことができると思う。
「……考える時間は必要でしょう。返事はそうですね……東京にいる期間でお願いします」
「すみません」
「いえいえ、僕も少し急過ぎました。とりあえず今は東京観光を楽しんでください。サクラさん。よろしくお願いします」
「もとよりそのつもりですよ。あと、人が多い観光地では本名の方でお願いします」
「これは失敬」
「ついでにその金髪も戻しといてください。ダサすぎます」
「辛辣ですね! それでは」
社長さんは笑いながらエレベーターに乗り下の方に降りていった」
「お、お兄ちゃん。どうして断っちゃったの? いい機会じゃん」
「来夢、お兄ちゃんは東京に住むくらいならVtuberを引退するかもしれない。それほどに東京に住みたくないんだ。それに来夢は今の家から急に引っ越すと言われてもこまるよね?」
「そ、それはそうだけど……でもなんで東京に住みたくないの?」
「それは……」
恥ずかしくて言いたくない。
昔はそこまで東京は嫌いでなかった。
なんなら飛行機は楽しかったし、東京に行ってみたいという思いも強かった。
でも……。
「お義姉ちゃんはお兄ちゃんが東京嫌いな理由って知ってる?」
残念だったね、来夢。
その時の義姉さんはまだ『義姉さん』じゃなかったから一緒に東京に入ってないんだよ!
「……ああ、思い出した~」
え?
「私も一郎くんに聞いただけで詳しくは知らないんだけど、お義母さんに人が集まった結果、たくさんの人にもみくちゃにされ上に、違う電車に乗ってしまった挙句元の駅に戻ろうとしたら全く別の電車に乗って、確か舞浜駅まで行ったんだったけ?」
ああ!? 思い出したくない過去を暴露されてしまう!
来夢みたいに記憶に残っていない時期ならよかったのに、当時は既に記憶もはっきりしていてトラウマになってるから東京にきたくなかったんだよね……。
「確かに、電車に関しては迷うかもしれませんね」
「一応そういうことがないようにするために、東京の駅が円形で回ってるっていうのは調べたんですけど……」
「お兄ちゃんはそこに他の線路が入っていたと知って頭がごっちゃんになっちゃったんだよね?」
「うん」
だから東京の電車には乗らないようにしたい。
「そうなんですね。安心してください。東京にいる間、可能な限り私が案内いたします。それであれば電車を使うことはあまりありませんから」
「ほ、本当ですか!?」
「はい」
……この時、僕の目には霧江さんが天使様に見えた。
これで東京旅行の不安が一つ解消された。
「それでなんですけど、私のお願い、一つ聞いてもらってもいいでしょうか?」
「僕にできることなら何なりと!」
あまりの嬉しさに今なら何でもお願いを聞いてしまうかもしれない。
そもそも人間である僕が天使である霧江さんの頼みを断ること自体、無礼に当たる。
「……今日の配信、一緒にオフコラボしてください」
「はい! ……はい?」
なぜオフコラボなのか理由を聞けないままスカイツリー観光を楽しんだ後は、東京で焼き肉を食べ、霧江さん宅へと向かった。
まさか、二日連続で昼ごはんが焼き肉になるなんて……。
東京の焼き肉店は宮崎のよりも少しばかり高かったです!
霧江さんは実家のほかにも、高級マンションに住んでいるみたいで、父親がいないときは他人を実家に招くことができるけど、家族がいるときは堅苦しい自分を見られたくないらしく、高級マンションの方で生活しているとのこと。
マンションはオートロックなるもので警備は厳重。
霧江さんの部屋は45階と、宮崎では考えられない高さ。
エレベーターで上まで登り、45階について先に感じたのは高級マンションというだけあってとてもいい匂いがした。
これが高級マンションの匂い……。
癖になってしまいそう。
霧江さんの部屋はエレベーターを降りてすぐのところにあり、その奥にはいくつも部屋が並んでいた。
「ようこそ、我が家へ!」
部屋の扉があけられて一番最初に目が入ったのは、僕と来夢が宮崎から持ってきた荷物。
なぜか持ってきたときよりもきれいになっている気がする。
「保仁くん。配信は何時からするのですか?」
「そうですね。僕Vtuber同士でオフコラボしたことないのでやり方が分からないのでどうすればいいのか……」
「霧江ちゃんは事務所の人たちとオフコラボするときってどうしてるの?」
「私の事務所はライバー同士でオフコラボするときはスタジオを使うんですけど、事前予約制で……」
「あー。となると立ち絵かな?」
「そうなりますね。保仁くんはそれでいいですか?」
「大丈夫です」
そもそも急にやることになったオフコラボ、母さんたちとしたときは来夢がいろいろとしてくれたからやることができたけど、……って来夢は?
「義姉さん、来夢がいません!」
「あれ? さっきまでいたんだけど、……トイレかな?」
「あの、来夢さんならさっきスタジオ部屋聞かれて、そちらの方に行きましたけど……」
え、何してるの来夢。
ここ人様の家だよ……。
「霧江さーん、すみませんけど来てもらってもいいですかー!」
「はーい」
来夢に呼ばれた霧江さんは、そのまま撮影部屋と思われる部屋に向かった。
来夢はいったい何をしているんだろうか。気になって、僕と義姉さんも霧江さんの後についていくと、そこで来夢はパソコンに変な英数字を叩きこんでいた。
霧江さんは注意するわけでもなくただ後ろで眺めている。
「ら、来夢、何してるの! すみません霧江さん。今すぐやめませます!」
「あ、大丈夫ですよ。それよりも今は邪魔しないで上げた方がいいかと。私たちのためにしてくれているみたいですので」
「僕たちのため?」
来夢が何をしようとしているのかはわからない。
けど、今の来夢はなんだかとても楽しそうだ。
ものすごいスピードで英数字が進んでいく。
プロにも劣らない速さで動いている指。
そしてようやく終わったのか、パソコンの画面はたくさんの英数字から、部屋全体を移すカメラモードへと切り替わる。
「霧江さん。カメラの前に顔をかざしてもらってもいいですか?」
「分かりました」
パソコンについているカメラの前に霧江さんが立つと、顔を読み取ったパソコンは次の瞬間夢見サクラさんの姿と、サクラさんいつも使っている背景へと変わり、まるでというよりも完全に配信画面へとキロ変わった。
「よし、次にお兄ちゃん」
「え、僕?」
「早くして、ちゃんとできたか確認したいし」
「う、うん」
来夢がパソコンをいじると、配信画面から先ほどのカメラモードへと戻り、霧江さんと同じようにカメラに顔を移すと、今度は僕の配信画面と神無月ヤマトの姿。
体を横に動かすとヤマトも同じように横に動いた。
口を開けると同じように口を開ける。
まるで配信しているみたい。
「次に霧江さん、そのままお兄ちゃんの横に座ってください」
「う、うん」
来夢に言われた通り霧江さんが横に座ると、僕の横には夢見サクラさんが映った。
これはどこからどう見てもコラボ配信。
「それじゃあ最後にお義姉ちゃんも入ってみて」
「え、うん」
義姉さんは霧江さんの隣に、するとそこには3D姿の花村カナが映る。
「え? え? なにこれ」
「来夢。説明お願い。どうなってんのこれ」
「お兄ちゃんってさ、勉強できないくせに技術力は高いよね。私が教えた編集技術も3日でマスターしちゃったし」
「え、そうなんですか?」
「はい、なぜか昔から勉強はできないのに、絵や工作系はすぐにできてしまうんです!」
「だから私は考えたんだ。お兄ちゃんできない技術を私が身に着けて、いつかお兄ちゃんの役に立とうって」
え?
「でも来夢ちゃんは保仁くんにできない音楽制作の技術を身に着けてるよね?」
「そうなんだけど違うの。私はお兄ちゃんが受験に落ちた時何もできなかった。だからお兄ちゃんの役に立ちたいと思って身に着けたんだ。プログラミング技術を」
プログラミングってあの?
キーボードをポチポチするあの?
「ということは、これは来夢さんが作ったアプリ?」
「はい、と言っても未完成で、性能の方に問題はないんですけど、容量が大きいので対応できるPCがうちにはなくて……」
「確かに、このPCは私の家でも容量は問題ないのですが……あの一瞬でこれを?」
「いえデータはいつも持ち歩いているのであとは同機するだけでした! これでオフコラボ配信できますよね」
一緒に住んでいるのに来夢がそんなことをしているなんて全く知らなかった。
……なんだか来夢がどこを目指しているのか全く分からなくなっていくなー。
「お兄ちゃんよく言ってたよね。家族とは同じ道を歩まないって」
「うん」
「私、お兄ちゃんのそういうところ理解できないけど好きだよ。だからその道を私が支える。もし何か必要になったら私に言ってね。できることなら手助けしてあげるから」
「来夢~!」
僕の妹マジで天才!
そして最高に優しくてすごい妹!
「それじゃあさっそくプログラミング教えて」
「それは嫌だ」
これでコラボ配信の方は問題なくなった。
霧江さんはアプリのことをもっと来夢に聞きたいらしく、使い方を教えてもらっている。
その間に僕と義姉さんはこのマンションの1階にある温泉に入ることにした。
「それにしても驚いたね~。来夢ちゃんがプログラミングを取得してたったの1か月でアプリを作っちゃうなんて」
「はい、そんなこと僕では絶対にできませんね。途中で投げ出します」
「普通は1ヶ月程度じゃできないけどね。……ところで昼間の話の返事はもう決めたの?」
「はい、と言ってもまだ悩んではいますが今のところはもう決まりました」
「そう、お姉ちゃんからのアドバイス。後悔ない方を選びなさいね」
僕たちはのれんの前で分かれ、一人温泉を楽しんだ。
大きな温泉に僕一人。
凄い贅沢!
そして時間は過ぎ、オフコラボがついに始まる!
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