第29話 スカイツリーは大きかった……
「え、え? お兄ちゃん。東京にはこういうサービスがあるの?」
「ごめん。僕にもわからない」
大量のクラッカーが鳴りやむなか、僕たちは全く現状を理解できないでいた。
そもそも記憶似るとき来たときは多くの一般客がいて、母さんたちの存在がばれると同時にもみくちゃにされた記憶しかない。
「保仁くーん。来夢ちゃーん!」
「義姉さん!」
「お義姉ちゃん!」
声のする方にはなぜか和服を着た義姉さんの姿が僕たちのもとに歩いてくる。
隣にも同じ和服を着た人がいるけど、あの人どこかで見たことが……。
もしかして。
「あの、失礼ですけどもしかして夢見サクラさんでしょうか?」
「はい、お久しぶりですね。ヤマト君。いえ、この場合は保仁くんとお呼びしましょう。私のことは霧江とお呼びください」
「分かりました。霧江さん」
約9年ぶりの再会。
身長や顔つき、声、雰囲気はそこそこ変わっているけど当時の面影は全く変わっていない。
凛々しい女性。
あの時の霧江さんのままだ。
「それと来夢さん、ですね?」
「は、はい! 初めまして。久遠来夢と申し致します」
来夢。緊張しすぎて日本語がおかしくなってるよ。
まぁ来夢の気持ちはわからなくないよ。
黒服さんに囲まれた状況でそこに現れたのは和服美人。
僕でも霧江さんのことを知らなかったら緊張していたと思う。
「初めまして、幸村霧江と申します。もしかしてですが謎のシンガーソングライターのライムさんではあられませんか?」
まさかの驚き!
霧江さんはライムの正体がライムであることをしっかりと分かっているみたい。
義姉さんが言ったのかな?
だけど姉さんは両腕でバツ印を作りながら首を横に振っている。
ということは普通に分かった感じ?
「……はい、私がライムです」
「やっぱり」
来夢は元から隠すつもりがないのか、あっさりと自白してしまった。
「でもよくわかりましたね。一応声を高くして分からないようにしているのに」
「はい、実は私昔から人の声を聴き分ける能力を持っていまして、先ほど来夢さんの声を聴いたとき、もしや! と思いましたので聞いてみた次第です。まさか当たっているとは」
凄い能力。
これじゃあ来夢の声が言い当てられても仕方ないかな。
「お嬢様、そろそろ移動いたします。お車の方に」
「分かったわ。保仁くんたちの荷物をうちに送り届けて頂戴。今日は我が家に泊まってもらう予定だから」
「かしこまりました」
「よろしくね。それじゃあ皆さん、話の続きはお車の方で」
「は、はい」
黒服さんと話すときの霧江さんは雰囲気が違い過ぎる。
僕たちと話しているときは優しさに満ち溢れているのに、黒服さんたちと話すときは厳格な声。
どちらかというと、僕たちと話しているときの霧江さんの方が本当の霧江さんで、黒服さんたちと話している霧江さんが、無理をしている霧江さんっぽい。
それでも簡単に見分けるのは難しい。
僕じゃなきゃ見逃しちゃうね!
黒服さんたちの後についていきたくさんリムジンとワゴン者が並んでいる中、一つのワゴン車に乗り込む。
運転席には霧江さんが座り、助手席に義姉さん。僕と来夢は後ろの方に。
「リムジンじゃないんですね」
「来夢さんはリムジンに乗ってみたかったですか?」
「は、はい。私たちにとってリムジンは簡単に乗れるものじゃありませんので」
「我が家に付いたらいくらでも乗せてあげますわ。さて、外に出る前に加奈さん。和服を脱いでください」
「ええ! 着たばかりで切るのにも時間かかったのにもう脱ぐの? なんで」
二人は何の話をしているんだろう。
脱ぐとか脱がないとか。
「言ったでしょう。待ち伏せしている方々を欺かないといけないと」
「それはそうだけど……。これ着つけるのに時間かかったんだけどな~」
後ろにいる僕からは前の姿がしっかり見えてしまう。
だから二人が和服を脱ごうとしているのが見えてしまう。
「お兄ちゃんは見ちゃダメ!」
すぐに僕の視界は黒く塗りつぶされてしまった。
「お嬢様! お脱ぎのお手伝いは私がしますので一度降りられてください!」
「そう? それじゃあお願いしようかしら」
「来夢ちゃん。保仁くんの両目しっかり押さえててね~」
「分かった!」
……何も見えないところで話が進んでいく。
分かっているのは霧江さんと義姉さんが車から降りて着替えているということくらい。
そして物の数分で義姉さんたちは戻ってきた。
そして僕の両目も光を浴びる。
そこには先程まで和服姿だった義姉さんがいたはずなのに、今では黒服に黒いサングラスをした二人組が座っていた。
「……もしかして義姉さん?」
「そうだけど分からなかった~」
全然わからなかった。
確かに見た目は義姉さんなのに雰囲気が違う。
そもそも何でそんな恰好を?
「あ、保仁くんに来夢さん。こちらのサングラスをお付けください」
渡されたのは四角い形をしたサングラス。
黒服さんたちがつけていたのと同じもの。
つけてみると何の変哲もないサングラスみたい。
「いいというまでは外さないでくださいね」
「はい」
理由は分からないけどとりあえずサングラスをつけてシートベルトをはめる。
「それじゃあ発進します。どこか行ってみたいところはありますか?」
「僕は特に、来夢は?」
「……スカイツリーに行ってみたいです!」
「分かりました。少し時間はかかりますがスカイツリーに行きましょう!」
「やったー!」
「よかったわね。でも来夢ちゃん。私がいいって言うまではじーっとしててね。じゃないと面倒くさいことになるから」
面倒くさいこと?
さっきの『欺く』といい義姉さんたちは何の話をしているのかな?
数分して前の車が一台ずつ駐車場から出ていき始める。
リムジンにワゴンの二種類が一斉に動いているさまは、異常にしか見えな。
そして僕たちの車も動き始める。
空港を出る直前。
空港の敷地前にたくさんの人がいた。
「お姉ちゃん。あの人たちって……」
「マスコミね。その奥にはおそらくヤマトの素顔を晒したい人たち」
「僕の?」
え、僕ってそんなに有名なの?
宮崎だとそんなことないのに、やっぱり東京って怖い。
「はい、ヤマト君はVtuberとしてだけではなく、神無月撫子さんの息子さんとしても有名ですから」
「マスコミとしては一気に有名になったヤマトの素顔を晒したいだろうから、写真を入手できなくて可能性がある今を狙った感じかな?」
「もしかしてなんですけど、空港を閉鎖したのって……」
「ヤマト君の配信で東京に来ると聞いたとき、せっかくの東京旅行をいいものにしてほしかったので……」
まさか僕のためだったなんて……。
飛行機で東京に来ようと思っていた皆々様。
ごめんなさい。
「でも、成田を解除したのは失敗だったかもね~」
「ええ、そのせいでマスコミが羽田に集中してしまいましたもの」
「狙いとしては成田に保仁くんたちがいくと思わせる読みだったのにね~」
「一応成田にも数名待機していたみたいですけど、私たちが羽田に入ったという情報を抑えて羽田に集まったみたいです」
マスコミって大変な仕事なんだな~。
「でも、お兄ちゃんの写真なら中学校の卒業写真とかで入手できますよね?」
卒業写真か……あれ?
僕って卒業写真どんな格好だったけ?
確か前髪を伸ばして目が見えない状態だったような。
そもそも卒業写真に写ったっけ?
「ごめん来夢。多分だけど僕卒業写真に写ってない」
「え?」
だんだん思い出してきた。
写真に写るのが嫌すぎて、集合写真を撮るたびに大きい人の後ろに並んで映らないようにしていたんだった。
だから集合写真に写っているのは僕の頭のみ。
顔は写っていない。
「集合写真は人の後ろに隠れてたし、卒業アルバム用写真は髪を伸ばして顔が写らないようにしてたし」
「……ああ」
来夢は思い出してくれたみたい。あの時は本当に前が見づらかった上に、髪先がくすぐったかった。
「そういえば、凸待ち配信の翌日家の中を漁ってみたんですけど、霧江さんとの写真もなかったんですよね。あったのは霧江さんと並んで集合写真を撮っている絵はあったんですけど」
「私の家は表舞台に出るまで写真を禁止されていますので。もし取られてしまっても黒服さんにデータを消されてしまいますから」
「それじゃあ、霧江お姉さんとは写真を撮ることはできないんですね……」
「安心してください来夢さん。我が家には腕利きの絵師がいますので」
和気あいあいと話しているうちにいつの間にか周りには一般車が多くなってきた。
『お嬢様、ほとんどのマスコミ関係者や、一般撮影市民はリムジンについていきました。数名ワゴンについていったものもいるみたいですが、お嬢様とほかのワゴン者は完全にまくことができました』
「分かったわ、私たちはこれからスカイツリーに行きます。そこでワゴン車を渡すわ」
『かしこまりました。では数名、お嬢様の護衛として見守らせていただきます』
「あまり一般市民には迷惑かけないでね」
『かしこまりました』
「ということですのでスカイツリーに行きましょうか」
「はぁ」
あまりのハイテクさに、来夢も僕もどう反応していいか困ってしまう。
だけど来夢はすぐに、東京タワーや、テレビ局が見え始めてから窓を開けてスマホで写真を撮り始めた。
僕も、時折見える新幹線を写真に収める。
羽田空港を出てから約40分。
車から降り、僕たちは見上げる形でスカイツリーの写真を連射していた。
「お嬢様、こちら着替えでございます」
「ありがとう。加奈ちゃん。着替えるから車の中で服脱いでください」
「分かっているけど……外から見えない?」
「黒服さんたちが見守ってくれているので問題ありません。保仁くんたちも待っていますので早く」
義姉さんたちが車に乗り込んですぐに普通の洋服を着た黒服さんたちが車を取り囲む。
皆さん、サングラスを外して一般市民のように装っているみたいだけど、僕にとっては洋服で車を取り囲む姿の方が異常に見えるよ。
周りの通行人さんもスカイツリーではなく車の方をチラチラ見てるし。
「お兄ちゃん。近くにいるの恥ずかしいから……」
「そうだね」
僕たちはその場から離れてスカイツリーの真下まで向かう。
近づけば近づくほど、その大きさに圧倒されてしまう。
「お兄ちゃん。スカイツリーって本当に大きいね。私初めて見た……」
「うん。僕も……見たことあるかな? あれ? 東京スカイツリーって何年にできたんだっけ?」
「確か——」
「2012年の九月ですよ」
来夢がスマホを取り出し調べようとしたとき、スカイツリー入り口とは反対の方から、金髪でサングラスをかけた見知らぬ男性が答えてくれた。
……って誰?
「あの……」
「ああ、すみません。つい悪い癖で観光に来てくれた人に声をかけてしまうんです」
「はぁ……」
都会にもそういう人いるんだ。
都会人はどことなく挨拶もあまりせず、自分から話しかけることもない怖い人ばかりと思っていたからちょっと意外。
「お嬢さんと、……お兄さん? は観光ですよね。スカイツリーはいいですよ。展望台からは東京じゅうの景色が見渡せる上に、今日は天気がいい」
「それは……今からが楽しみですね」
「ええ、私もです。ですが気を付けてくださいね。人が多いので迷子になることもありますので」
「気を付けます」
「……それでは僕はもう行きます。上で会うことがあったらまたお話ししましょう。では」
都会人さんはそのままスカイツリーの中へと入っていく。
「お兄ちゃん凄いじゃん。見知らぬ人と話しできるなんて!」
「なんか近所のおばさんたちと雰囲気が似てたんだよね」
「そう? 私は完全な都会人に見えたけど。まぁもう会うことはそうそうないだろうし別にいいけど」
でもあの人どこかで見たことが……。
テレビじゃない。
Mytube?
「おーい」
都会人さんが向かったスカイツリーの入り口を見ていると、後ろから義姉さんの声が聞こえてきた。
そこにいたのは普通に私服を着た義姉さんと、白いワンピースを着た霧江さん。
霧江さんは長い髪を結んでおり、空港では和服美人だったとは思えないほどの美しさを放っている。
隣にいる来夢でさえ、その姿に見とれてしまっている。
「お待たせいたしました。それでは行きましょうか」
霧江さんの後に続くように、僕と来夢もあとについていく。
出来て数年たっているとはいえ、人はそこそこ見かける。
受付にそこそこの列ができていた。
だけど、僕たちはその列に並ぶことなく、そのままツリーの中に入っていく。
「あの、チケット買わなくても大丈夫なんですか?」
「先ほど、黒服さんに買ってもらっていたので大丈夫ですよ」
「チケット購入にはそこそこ時間かかるからね~」
そのまま僕たちはエレベーターに乗り、展望台に付いた。
……ついたのはよかったけど……。
「ここどこ?」
僕は今どこにいるのか。それは僕自身分からない。
周りには人がいる。
覚えているのはエレベーターに乗ったらまた別のエレベーターに乗ってしまったこと。
まさかエレベーターがいくつもあるなんて思わなかった。
そのせいもあって、今僕はとても高いところにいること以外分からない。
何でもここは展望回路? というところらしく、すぐ左には上に向かうため通路がある。
迷ってしまった時の対処法は一つ。
連れの人が来るまでその場から動かないこと。
幸いここは外さえ見ていれば飽きずに景色を見ていられる。
……あ、新幹線が見える。
「おやおや? 君は下であったお兄さんじゃないですか」
「え? あ、さっき下であった親切そうな人。また会いましたね」
僕の隣には下であったお兄さんがいた。
たださっきとは違って、頭には変な帽子をかぶっている。
「ええ、僕もさっき来たところなんですけど、今日は本当によく会いますね」
「都会人さんはよくこのスカイツリーに来るんですよね?」
「都会人さんって、まあよく来ますね。特に大きいイベントがあるときは落ち着くためにここにきます」
「何かイベントがあるんですか?」
「ええ、と言っても僕のいる会社ですけど。こう見えて僕、なかなか地位が高いんですよ?」
「そうなんですか」
ただ街並みを見ているだけなのに確かに心が落ち着く。
都会人さんがよくここに来る理由もなんとなくわかるかも。
「スカイツリーから見える景色はどうですか?」
「建物が多いですね。ただどこまでも見ることができてすごいです。飽きることがないです」
「でしょう。……改めてあいさつしましょう。僕の名前は
「あ、僕は久遠保仁と言います」
名前を言われてつい僕も挨拶を返してしまった。
「……あなたはもう少し、危機感を覚えた方がいいですよ。ヤマト君」
「え……」
今この人なんて?
いや、それよりもヤマト君?
僕はそっちの名前を誰かの目の前で言った覚えはない……。
「あ、保仁くん。追いつきましたよー!」
「保仁くん。大丈夫?」
「お兄ちゃーんって、さっき下であった人」
「おや、お嬢さん。下で景色は見られましたか?」
「いえ、お兄ちゃん追いかけていたので全然」
どうしよう。
事情を話して逃げるべきかな?
「……こんなところでなにしてるんですか? 社長」
「……え、社長?」
霧江さんは誰に向けていった?
僕にはこの金髪の都会人さんに向けて言った気がするんだけど。
「おや、霧江さん奇遇ですね」
先ほどまではお茶らけた声だったのに、急に低い男性の声に変わった。
それで思い出す。
髪色やサングラスで分からなかったけどこの人、株式会社ガーデンランドの代表取締役社長の秋月さん。通称バカ社長。
「改めまして、株式会社ガーデンランドの代表取締役社長の秋月末広と言います。以後お見知りおきを」
「ご、ご丁寧にどうも。……あのー」
「ああ、どうして社長の僕が君に声をかけたのかですよね。それは見ていたからです。この展望台から。空港からの道は見えないですけど、霧江さんの家の車は覚えていましたからね。このスカイツリーに来ていることは一目瞭然でしたよ」
「……バカ社長のくせにやることがいやらしいですね。いや、バカ社長だからこそ、ですかね」
「霧江さん、辛辣すぎ!」
ということはこの人は僕たちが来たときに一回スカイツリーから降りて、声をかけた後にスカイツリーに上ったということ?
お金がもったいない。
「そんなことよりも社長。どうしてこんなところに? 今日は会議があるんじゃ」
「堅苦しいのは面倒くさいので抜けてきました。まぁ僕がいなくても大丈夫そうなのでね。それに、ここに来たのは君たちを待っていたから、というのもあります」
「……まさか社長」
「僕は本気ですよ」
「久遠保仁くん。いえ、神無月ヤマト君。うちの事務所にきませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます