第23話 凸待ち配信 #1


「お兄ちゃーん。食器こっちに持ってきてー!」

「はーい」


夕食も食べ終わり、刻一刻と配信時間が迫ってきている。


今まさに緊張している。

人が来てくれるかの不安で晩御飯は全然のどを通らなかったよ。


今まで緊張することはあっても手が震える、心臓の鼓動が早くなるくらいだったのに、ここまで緊張するのは初めてかも。


「お兄ちゃん。お風呂はどうするの? 配信終わってから入る? それとも今から?」

「そうだね。配信が終わってから入るよ」

「じゃあ洗濯お願いね。私は先に入るから」

「は~い」


リビングに取り残された僕。スマホをいじろうという気にもなれない。


まるで時が止まっているような部屋に、時計の針が動く音だけが響く。


凸待ち配信とは別のことを考えようと、頭を使っても浮かんでくるのは今日見た夢。


なんだか正夢になりそうな気がするんだよね……。

そんなことないってわかっているのに。


緊張と恐怖のあまり、いったいどれだけの時間が過ぎたのかわからない。


「……お兄ちゃん、まだそんなところにいたの?」

「来夢、……服を着なさい」


声のする方にはバスタオルで髪を拭きながら下着姿でうろついている来夢。


今日の下着の色はレモン色。

ということは今日はいていた下着の色は赤色か。


義姉さんや母さんの下着姿を見たら、少し変な気持ちになっちゃうけど見慣れた来夢の下着姿を見てもなんとも思わない。


これが慣れなのかな?


慣れって怖い!


それにしても来夢、大きくなったな~。どこがとは言わないけど……。


「……お兄ちゃんのエッチ」

「はい?」

「さっきから私の体見過ぎ、いくらお兄ちゃんとはいえそんなにじろじろ見られたら恥ずかしい」

「あーごめん。見慣れていたからつい」

「……別にいいけど。これからは気を付けてよね」

「はーい」


恥ずかしがる来夢なんて何年ぶりくらいに見たかな?


悔しがる姿や恥ずかしがる悲鳴は見たり聞いたことはあるけど、本気で恥ずかしがる姿を見るのはとても久しぶりな感じ。


少し可愛かった……。


って、何を考えているんだ僕は!

もうすぐ凸待ち配信があるっていうのに!

早く緊張をほぐさないとって、あれ?


いつの間にか手の震えが収まっている!?

それになんかものすごく落ち着いている。


なんか寝る前の感じ。


もしかして、緊張のあまりほかのことがまったく考えられなくなっていたのかな?


もしそうだとしたら、ありがとう来夢!


流石は超優しくて頭のいい僕の自慢の妹!


でも、お気に入りだからって、新品未使用のくまさんパンツを額縁に入れて部屋に飾るのはやめようね。


お兄ちゃん。昨日間違えて来夢の部屋に入っちゃったけど、くまさんパンツの入った額縁を見た時思考停止したからね。




緊張がいい感じにほぐれ、時間が過ぎていき、22時。配信開始予定時間になる。


トリッターで告知は既に済ませてある。


待機人数は3256人。先週や先々週に比べたら少ない方だけど、新人個人勢に比べたら破格の人数。


よし、配信始めますか!


***


『ご主人様、お帰りなさいませ。あなたの神無月ヤマトです。本日は僕の配信に来て下さりありがとうございます』



ただいまー!

今帰りましたー!

私のヤマト~

俺のヤマトさんです!

違う、僕のだよ!

私たちのヤマトで争わないで!

そうよ、ヤマトはみんなのものよ!



……こ、コメント欄が夢とまったく同じような……。

いや、気のせいだよね! うん、そうに違いない!


でも念のために少し話を変えよう。


『今回の凸待ち配信の経緯を知らないご主人様のために説明します。今回の凸待ち配信は先週母様やライム様と行ったゲームの罰ゲームで行われています』



ああ、悲惨なやつ。

木曜の動画見たけど、先週のあれは奇跡すぎる。

妹さんとてもかわいかったです! 僕にください!

あれは仕方ないです!



『妹はあげません! それで僕の罰ゲームは凸待ち配信だったので本日凸待ち配信をすることになりました』


このくらいでいいかな。

これで少しは夢と変わったはず


『罰ゲームではありますが真面目にやります。ですので皆様に募集した質問の中から5つ、できる限り聞いていきたいと思います!』


えーっと、これをこうして……。

これでみんなに会話デッキが見えるかな?


一、ヤマトの第一印象

二、あなたにとってヤマトは男の子? 女の子?

三、今後、コラボするとして何かやりたいこと

四、パンツの色(可能な限りで)

五、何か宣伝したいことはありますか?



おお、おお! ……おお?

最初はいい、二番目と三番目も。

パンツの色ってマジか!?

ヤマト様のエッチー



『違いますよ!? トリッターで募集した質問にあって、面白そうだから入れただけです! 他意はありません』



ホントか?

実は本当に興味があるだけだったりして……

ヤマト様がそんなことするわけありません。

そんなに気になるんだったら俺の色、教えてあげようか?



……おかしい、少し会話をいじったりしたのになぜか夢と同じ進み。


『そ、それでは凸待ち配信を始めていきたいと思います! 僕の連絡先を持っている人は来てください! いつでも待っています』


通話アプリを開き、その場で待機する。


連絡先と言っても持っているのは家族の連絡先のみ、一応淡い期待を込め、申請自動承認にしているけど望みは激薄。



ついに来た!

誰が来る?

凸待ち配信初めて見ます!

誰かが来るまで何するんですか?



『えーっと、それじゃあ今のうちに初配信をするとき、トリッターで募集した質問を消費していきましょう。まだまだあるのでね』



え、毎日更新してたよね?

確か数が多すぎるから1日2個トリートしてなかった?

まだあるのか……

後、どのくらい?



『えーっと、あと100と少しですね』



多っ!

それは1日2個トリートするわ!

これなら時間稼げるかもね

ファイト!

初見です!



『あ、初見さん、いらっしゃいませ。是非最後まで見ていってください。それでは質問に答えていきたいと思います。「ヤマトの好きな食べ物は何ですか?」これはチョコレートですね。ただブラックは食べられません』



甘党

甘いの好きなのか。


ヤマト様親衛隊001485

もしかして、一番好きなのはホワイトチョコレートですか?

¥2,000


確かに、ブラックは苦い



『スパチャありがとうございます。正解ですね。一番はホワイトチョコ、次にイチゴチョコですね。では次の質問です『嫌いな食べ物、または匂いなどはありますか?』……なんで食べ物系が多いんでしょうか?』



まるで転校生にする質問w

でも少し気になるね。

まぁ、ヤマトのファンはVtuber初見者が多いから



『そうですね。嫌いな食べ物はチーズ。匂いは……何でしょう。コーヒー豆? をすりつぶすときに出る匂いですね。匂いだけで目が覚めます』



ああ、なんとなくわかる

あれはきつい!

チーズはなんか以外。

確かに、じゃあピザとか食べられない?



『あ、ピザとかに入っている溶けたチーズは食べられます。ただ原型が残っているのは食べられません』


……僕は何の誤解を解いているんだろう。


『それじゃあ次に行きたいと思います』


そこから時間は徐々に進んでいった。


~10分後~


凸待ちを始めてから10分立ったが、いまだに誰も来てくれない。


質問に関しては既に20個くらい終わっちゃった。


だ~れも来ない

撫子ママは?

ライムが来るって言ってなかったけ?

独りぼっちのヤマト……



『大丈夫です。独りぼっちに離れているので。では次の質問に行きます』


……なんでだろう、夢では見てなかったトリッターで募集した質問を取り入れたのに、全然効果がない。


『次の質問は「ヤマトはVtuberにファンはいますか?」ですね。……なんでしょう。僕が一番見ているのはガーデンランドさんですね』



大手じゃん!

誰推し!?

すみません。Vtuber初心者なので分かりません。

私も知らない。



『知らない人もいると思うので軽く説明しますね。株式会社ガーデンランドさんは数多くのVtuberが所属している大手事務所で、コンセプトとして「『清く、正しく、美しく』みんなに笑顔を届ける優雅なアイドル」を掲げています』



まぁ、全員が全員というわけじゃないけど。

中には『清く、正しく、美しく』を全く満たしていない人もいる

ああ、常識組と非常識組ね

え、派閥があるんですか?



『そうですね。基本皆さん仲はいいんですけど、企画などで派閥同士の争いはありますね。常識組は『清く、正しく、美しく』を体現しているライバーさんたちで、非常識組はそれらを体現していないライバーさんたちです。でも皆さん仲のいい大手事務所ですよ。ああいうのに少し憧れたりしたことはありますね』



そう、基本は仲いいんだけどね。

企画対決の時はバチバチにやり合う。

……なんか面白そう



『まだ見たことない人はぜひ見てください。切り抜きが多いのでそれを見てから決めるのもいいですし。だけど僕のもとにはしっかり帰ってきてくださいね?』



お勧めしながらも釘さしてる

笑顔で少し圧感じた。

ヤマト様が言うなら



『それじゃあ早く質問を消費したいので次に行きますね』



~20分~


……

凸待ち配信とは?

誰も来ない……

ヤマト、俺たちがついているぞ!


『大丈夫ですよ。まだ、元気です。それじゃあ次の質問に参ります』


……まだ大丈夫、……大丈夫、だよね?


~30分後~


始まってもう半分、凸者0

クリぼっち……


ヤマト様親衛隊 000001

私、Vtuberしているのですが、事務所からOKサインがまだ出ていないので凸したくても凸できません!  前回は配信がありスパチャを投げられませんでしたので、その分も含めてこれを収めてください!

¥50,000


ついに000001番現る。

前回見なかったからな



『こ、心遣いありがとうございます! まだまだ大丈夫です! 次の質問に参ります!』


ヤマト様親衛隊000001さんありがとう! あなたのおかげで少しは夢が変わった!



今撫子ママのトリッター見たけど家族会議した結果凸でなくなったらしい。

マジ!?

ライムのトリッターにももう寝るって書いてあった!

カナママも今友達の家だって。

え、それって……



『……』


急いで母さんとライム、義姉さん、ついでに父さんと兄さんのトリッターを漁る。


神無月撫子

『家族会議を行った結果、ヤマトの凸待ち配信に凸しないことが決まりました。お楽しみにされていた皆様大変申し訳ございません。ですが、是非最後まで見てあげてください。そしてヤマト、ごめんなさい。頑張ってね』


花村カナ

『今友達の家にいまーす!』


ライム

『ごめんヤマトさん、最近寝不足で、もう眠い……、寝る』


久遠義明よしあき

『僕の子であるヤマトが配信をします。ぜひ見てやってください』


いちろー

『ごめんな、ヤマト。通話アプリの連絡先教えてもらえなかった』


見ごとに全員全滅。


僕の連絡先をまともに持っているのは兄さんを除いた4人。


その4人が来れないとなると……。


『いやー、実は今日ある夢を見たんです』



ど、どうした?


名無しのお兄さま

何でも聞いてあげるぞ。話してみなさい

¥20,000


ヤマト様親衛隊000468

か、可能性はまだあります!

¥10,000


ヤマト様親衛隊001987

夢に逃げちゃダメです!

¥30,000


親衛隊必死過ぎw

ヤマトを慰めるために金が飛んでいる



『その夢っていうのが凸待ち配信で誰も来てくれない夢だったんですよね』



おう、

それは……

シャレにならない

親衛隊のスパチャも止まっちゃったよ



『なのでなにも気にしてないですよ~』


そこからはお通や状態。

何とか質問に答えていきストックはなくなったけど、みんな無言で万単位のスパチャを投げてくれた。


そして、終了予定の60分が過ぎた。


『え~、というわけで凸待ち配信を終わりたいと思います。本日凸してくれた人は……0人です』



げ、元気出せ~

や、ヤマト~

次、次リベンジしよう!

コメント欄が慌ててて草



『本日は僕とタノシイ時間を過ごしていただきありがとうございます。それでは、行ってらっしゃいませ、ご主——』


言いかけたところで止まってしまう。



い、行ってきま~す。

楽しいに気持ちがこもってなかった。

落ち込み具合半端ない!

ご主人様も言えないくらいのダメージ……



決して落ち込んでいたから言えなかったというわけではない。

本当だよ?


そんなことよりも問題は通話アプリの方。


最後の最後に誰かが通話アプリに参加してくれた。


嬉しさのあまり固まってしまう。


『えーっと、これはもう挨拶していいのかな?』



え、

女性の声?

誰?

どこかで聞いたことある……



『あ、はい、挨拶してもいいですよ』

『皆さん、いい夢見てますか? ガーデンランド所属の夢見サクラで~す。こんサクラ!』


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