第14話 再会


「お兄ちゃん、速く準備して!」

「待って、今から急いでいくから」


今日は土曜日、初配信をしてから一週間たち、ついに収益化が通った。


そのことを来夢に報告すると、すぐに義姉さんの方に情報が飛んでいき前々から約束していた買い物を今日することになった。


買い物は少したってからすることができるのに、今日する理由は一つ。

義姉さんが明日から東京に行くとのこと。


そして二週間は帰ってこないらしい。


旅行兼仕事の打ち合わせらしいけど、おそらくメインは兄さんに会いに行くこと。

でなければ二週間も東京にいる必要がない。


「早くしないとお義姉ちゃんが東京に行くかもしれないよ!」

「明日って言ってなかった?」

「もしかしたら日にちを間違えて今日行くことになるかも知れないじゃん!」

「はは、義姉さんは僕じゃないんだからそういうことにならないと思うよ」


でも早くいくに越したことはない。

僕の家から義姉さんの家までは時間がかかる。


早く出かけるとしよう。


「来夢、準備できたよ」

「忘れ物ない? 財布にスマホは持った?」

「大丈夫、ちゃんと持ってるよ」

「お金はちゃんと持った?」

「大丈夫、全額下ろしてきた」


現在、僕の財布の中には五万円入っている。


いくら収益化したといえど、今日したばかりなので広告費用はまだ入ってきていない。

だから、今後はいることを見越し、奮発して貯金額全てを近くのコンビニで卸してきた。


「ならいいよ。それじゃあお義姉ちゃん家に行こうか」

「うん」


家を出て近くにあるバス停でバスが来るのを待つ。


バスが来る予定の五分前。

時間的にちょうどいいタイミング。


僕の住んでいるところを市ではあるけど田舎の方だから、バスは一時間に一本通っていればいい方。

その一本を逃してしまうと一時間近く歩かないといけなくなってしまう。


現在も中学校に歩いて向かっている来夢ならともかく、いつも家にいる僕に関してはそんな長い距離を歩ける自信がない。


だからこそこのバスを見逃すことはできない。


それ以前にバスに乗るには大きな問題があることに気づく。


「来夢、お金持ってる?」

「持ってるけど……まさか一万円札を5枚下ろしてきたとか言わないよね」

「ごめんなさい」


今の僕の財布の中に入っているのは万札5枚。


それ以外のお札や小銭は財布の中に入っていない。


そして、僕らが今から乗ろうとしているバスは千円札まででしかし払うことができない。


つまり、来夢が千円札か小銭を持っていてくれないと詰んでしまっていた。


「色付けて返してね」

「色? まあ別にいいけど」


お金に色を付けるって犯罪じゃないのかな?

念のために洗える絵の具で色付けて返そう。


そんなことを考えているうちにバス停にバスが止まる。


バスに乗り込むと中には誰も座っていない。


空いている席に座り外を眺める。


来夢はイヤホンで音楽を聴きながら着くのを待っている。


バスは先に進みながら、誰もいないバス停に停まり、出発、停まり、出発を繰り返しながら進んでいき、バスに乗って20分弱で義姉さん宅の近くに着いた。


「お兄ちゃん。今何時くらい?」

「えーっと、十時過ぎたくらいかな。お腹でも空いたのか?」

「ううん、さっきのバス代で所持金が500円切ったんだけど、この感じだと昼食食べられないなーと思って」

「いいよ、それくらい。僕が奢ってあげる」

「やったー、お兄ちゃん大好き!」

「はいはい」


来夢は喜びながら僕の背中にのしかかってくる。


僕が来夢の欲しいものを買うとき、必ずと言っていいほど抱き着いてくる。


昔はいつも急だったので倒れそうになったりすることもあったが、最近だと来夢の重さを全く感じなくなり、数十秒なら軽く耐えられる。


「……来夢、十秒立ったから降りてくれない?」

「えー、いつもはもう少し乗せてくれるのにどうしたの?」

「いや、今から坂道を登るから、これ以上体力使えないし」

「はーい」


来夢は素直に言うことを聞いてくれる。


こういうところは今後も変わらないでいてほしいと、お兄ちゃんは思っているよ。


坂道を登り、歩くこと数分、ようやく義姉さんの家に着いた。


「義姉さんいると思う?」

「いるんじゃない? 東京は明日でしょ」

「そうだね」


家にあるチャイムを押そうとしたその時、玄関の扉が大きく開かれる。


そこから息を切らしながら大荷物を持った義姉さん飛び出してきた。


「義姉さん。どうしたんですか?」

「あ、保仁くんに来夢ちゃん。ごめんね! 実は東京に行く予定、実は明日じゃなくて今日だった! だから買いものに行けないの! ごめんね、飛行機の時間だから行ってくるね!」

「あ、ちょっ! 鍵!」


鍵を閉めずに出ていった義姉さんは既に見えなくなっていた。


「行っちゃったね。どうするのお兄ちゃん」

「どうしよう」


僕らは義姉さん宅の合鍵を持っていない。

理由は単純に僕らが義姉さんの家に行くとき、たいてい義姉さんは家にいるから。


義姉さん宅の合鍵を持っているのは母さんと父さん、それと兄さんだけ。


つまり今義姉さんの家は誰でも入れる無法地帯になってしまったということ。


「どうする?」

「どうするって言っても、来夢は合鍵持ってないよね?」

「持ってないよ。お兄ちゃんもでしょ?」

「うん」


本当にどうしよう。


「ひとまず家の中に入ろうか」

「賛成」


鍵の開いている家の中に入ると奥にあるリビングからテレ簿の音が聞こえる。


まさかテレビも消し忘れるなんて。


急いで家に上がりリビングに向かう。

部屋に入ろうとしたとき、部屋の中から聞きなれた声が聞こえた。


「あれ? 加奈ちゃん忘れ物でもしたの?」


僕はこの声をよく知っている。


「……母さん」

「え、お母さん!?」


後ろにいた来夢もその存在にすぐに気づく。


「あら保仁に来夢。久しぶりね」


そこにいたのは僕と来夢の実の親であり、『神無月ヤマト』の名前をくれた僕たちの母さんだった。



~~~~~~~~~~

番外編


私は今、私が描いた『神無月ヤマト』の新衣装を描いている。

普通であれば商業のためお金をとるところ、今回の新衣装は初配信大成功のお祝いのためお金を取るつもりはない。


実をいうとこの後に保仁くんたちが来るから見せて驚かせようかと思ったんだけど、流石に一週間で描き上げきることはできなかったか~。


いや、ヤマトだけに時間を費やせば数時間で出来るんだけどね、他の仕事の依頼が入っちゃって、空いてる時間を使って描いていたけど、まさか描き終わらないなんて思わなかったよ~。


これをお披露目するのはもう少し後かな~。


保仁くんたちが来るまでもう少しかかるだろうし、今のうちにある程度進めよ! 明日からは東京であまり書くことができなくなるかもしれないからね。


時間を気にすることなく手を進めていると、家のチャイムが鳴り響く。


まさかもう来たの? やばっ、急いでイラスト隠さないと~。


データを保存してアプリを閉じ、パソコンをスリープモードにしてから玄関に向かう。


「お待たせ~、……しました!」


そこにいたのは私が待っていた保仁くんたちではなく、私のお義母さん、満さんがいた。


え、なんでいるの。今ドラマの撮影中じゃないの?


「加奈ちゃん久しぶりー」

「は、はい、お久しぶりです~」

「もう、いつも言ってるでしょ。仕事以外の時はかしこまらなくていいって」

「あ、あはは」


笑うしかできない。

お義母さんからしたら私は一郎君の妻なのかもしれないけど、私からしたら超有名人という感覚が強く出てしまう。


「きょ、今日はどうしてこちらに?」

「保仁たちに会う予定で来ていたんだけど、一郎に頼まれてね。あなたたち二人の後輩の幸村ゆきむら霧江きりえちゃんが、連絡しているけど加奈ちゃんにつながらないって」

「霧江ちゃんが?」


霧江ちゃんは私と一郎君の二つ下の後輩で小中学生のころまで一緒の学校に通ってい遊んでいたけど、私たちが卒業すると同時に東京に引っ越した、いわゆる幼馴染みたいな女の子。


それから連絡が取れなかったけど、ある日仕事の関係で再開してからは東京に行くたびに遊んでいる。


今回も東京で2週間も生活できるのは霧江ちゃんの家に泊まらせてもらうから。


そんな霧江ちゃんが私に用事って何かな?

買ってほしいものでもあったりして。


「あら? これは……」

「あ、実は明日仕事で東京に行くので、たぶん霧江ちゃんの連絡もそのこと関連だと思います」


後でスマホを確認しておこう。


「何言ってるの? このチケット今日になってるわよ」

「え」


私の時間は一瞬止まった。


そしてすぐに動き出す。


「え、今日ですか!?」

「ええ、それも今から出ないと間に合わないかも」


お義母さんからチケットを渡され、日にちと時間を確認する。確かに今日、それも電車を一本でも乗り過ごしてしまうと確実に間に合わない。


「加奈ちゃん、急いだほうがいいんじゃないの」

「は、はい!」


私はリビングに戻りスリープモードにしていたパソコンを切り、急いで向かう準備をする。


「加奈ちゃん、手伝うわよ~!」

「ありがとうございます! では上の部屋にある服を適当でいいので数着持ってきてバッグの中に入れてください。その中から動きやすい服を1着だけ別のところに置いといてもらえますか!」

「任せて!」


お義母さんに服を取りに行かせ、私は下着を取りに洗面台に向かう。顔や化粧は既に済ませているからする必要はない。下着は適当に5枚ほど取り出しバッグの中に入れる。


「加奈ちゃん。これでいいかしら?」

「はい、大丈夫です。すみませんがバッグに入れるところまでお願いできますか? 私は着替えてきますので」

「いいわよ!」


お母さんが持ってきてくれた服の一番上を取り、洗面台に行き着替える。


流石お母さんというべきか、動きやすい服装なうえ、かわいいやつを選んでくれている。それもたったの数十秒で。


「加奈ちゃん。全部入れ終えたわよ。財布とスマホ、後空港のチケットに特急のチケットは小さいカバンに入れておいたから」

「あ、ありがとうございます!」


私だと10分かかる作業をたったの3分で終わらせるなんて、流石としか言いようがない。


「それでは行ってきます。鍵の方お願いしてもいいですか?」

「任せてー」


急いでカギのかかったドアを開け、家の外に出るとそこには保仁くんと来夢ちゃんがいた。


「義姉さん。どうしたんですか?」

「あ、保仁くんに来夢ちゃん。ごめんね! 実は東京に行く予定、実は明日じゃなくて今日だった! だから買いものに行けないの! ごめんね、飛行機の時間だから行ってくるね!」

「あ、ちょっ! 鍵!」


急いでいたから、保仁くんが最後になんて言ったのかは聞き取れなかったけど、お義母さんがいるから大丈夫だよね?


あ、お義母さんがいること伝え忘れてた。


まぁいいか。


そんなことよりも急がないと間に合わない!


~~~~~~~~~~

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