第15話 仕事の依頼


僕が母さんにあったのは二年位前が最後になる。


それは来夢の入学式でその日、たまたま休みが取れた母さんは宮崎まで戻ってきて来夢の入学式に出てくれた。


それ以降、母さんが宮崎に返ってくることはなくなった。


前までは大晦日には父さんと一緒に帰ってきてくれていたけど、歌手としてもデビューしてからは大晦日の歌番組に出演するようになり、お正月に生放送番組に出演。


仕事が入っていない父さんもお母さんを支えるために東京に残り、ここ最近のお正月は兄さんと義姉さん、来夢の三人で過ごしていた。


電話でやり取りすることはあっても、仕事の都合で休日は帰ってくることができない。


その多忙な母さんが今僕たちの目の前にいる。


「母さん。この時期はドラマの撮影中じゃ……」

「三日間だけ休みをもらっているのよ。だから明日には東京に帰るわ」

「だったらわざわざ帰ってこなくても」

「なに? 保仁はお母さんが帰ってきたら迷惑だった?」

「そ、そんなことはないよ」


迷惑ではないけど帰ってくるなら連絡の一つでもよこしてほしかった。


「家にいないとはいえ私はあなたたち二人の親でもあるの。顔くらい見に返ってくるのは当然よ」

「……お母さんが帰ってきたのって本当にそれだけ?」

「何よ、来夢まで。そんなにお母さんに会いたくなかったの?」

「いや、会いたくないわけじゃないよ。叶うならお母さんと一緒に生活したいし。でもお母さんと会うのは二年ぶりくらいだから頭が追い付かないっていうか、何もない日に返ってくるなんて仕事関連なのかなと思ってしまって」

「確かにそうね。帰ってきた理由の一つはあなたたち二人に仕事を依頼したいのよ」

「やっぱり」

「僕も?」


来夢は分かるけどなんで僕に?


「お母さんがやっているドラマはもちろん見てるわよね」

「うん、お兄ちゃんと一緒に見てるよ」

「そのドラマなんだけど2クール連続放送が決定したの。それでその2クール目の主題歌をライムとヤマトに依頼することが昨日決まったわ」

「ぼ、僕がドラマの主題歌⁉」


な、なんで僕に?

そもそも何でそんな話になってるの⁉


「私はいいけど、お兄ちゃんは?」

「ぼ、僕も大丈夫! ……でもなんで僕に? ライムは分かるけど」


ライムには昔からのファンがたくさんいる。

対してデビューしたての僕には来夢ほどにファンはいない。

ニュースやネットで取り上げられることはあっても、新人である僕にこんな魅力的な仕事が来ることなんてまずありえない。


ヤマトが主演である撫子の子供だからという理由だけなら、主題歌を任せることなんてまずない。


僕としてはどうして主題歌を僕に頼むのか、それが聞きたい。


「最初は来夢だけに頼む予定だったの。でも凛音ちゃんがプロデューサーに主題歌をヤマトに歌わせてくださいって言いながらヤマトの歌った曲を聞かせたら、作詞作曲はライムに、歌をヤマトに依頼しようって方針が固まったわけ。言っておくけどお母さんは一切口出ししてないからね」

「そうなんだ」


な、なんか嬉しいな。

凛音さんにそこまで言ってもらえるなんて。


「僕は引き受けるよ。凛音さんがそこまで言ってくれたんだから期待に応えないとね!」

「私も大丈夫、お母さん主演のドラマの主題歌をいつか作りたいと思ってたから」

「ありがとう二人とも。でもどうして来夢はそんなに怒り気味なの?」

「別に!」


母さんは僕と来夢の顔を交互に見ながら少しに焼けた。


「保仁、あんたって凛音ちゃんのこと好きなの?」

「はい?」


母さんは何を言ってるんだ?

僕が凛音さんのことが好き?

そんなの答えは決まってるじゃないか!


「好き、というよりも憧れの方が強いよ。子供のころから見てきたわけだし」

「だってさ、来夢」

「な、なんで私に!」


話を振られた来夢は慌てふためいていた。


母さんと面と向かって話すのは久しぶり過ぎて、もう少し緊張するものかと思っていたけど、そこまで緊張はしなかった。


「それで、二人はどうして加奈ちゃんの家に来たの? 今から家に帰ろうかと思っていたのだけれど」

「実は僕の収益化が通って、その記念に買い物行く約束していたんだけど……」

「加奈ちゃんが飛行機の時間を間違えて家を出ていったあと、家に入ったらお母さんがいた、ということね」


せっかく5万円もおろしてきたのに意味がなくなってしまった。


「そうね。せっかくだからお母さんと一緒に買い物に行かない? お金は全部お母さんが払うから、加奈ちゃんたちには稼いだお金が入ってきたときに何か買ってあげなさい」

「え、いいの⁉」

「言ったでしょ、仕事の依頼で帰ってきたのは理由の一つ。本当の目的はあなたたち兄妹に会うためなんだから」

「お母さん、私も?」

「もちろん。来夢にはいつも家のことを任せているからね。今日くらいは羽目を外してもいいわよ」

「やったー!」


それから僕たちは義姉さんの家に停めていた母さんの車で近くの大型ショッピングモールへと向かい、買い物をすることになった。


昔は兄さんや義姉さんと一緒に言っていたけど、中学生になってから全くいかなくなった。

だからここに来るのも久しぶりだし、どこに何があるかなんて完全に忘れた。


「お母さん、今日の夕ご飯買い物しに行くけど、一緒に行く?」

「お菓子かっていい?」

「いいわよ。保仁はどうする?」

「僕も一緒に行くよ。迷子になったら嫌だし」


母さんは野菜をかごに入れた後、お肉の賞味期限をしっかりと確認し、お菓子とジュースをたくさんかごに入れた後、会計を済ませる。


料金は軽く1万円を超え、その大半はお菓子とジュースに埋め尽くされた。


「それじゃあ次はゲームでも買いましょうか。確かうちにはゲームがなかったわよね」

「昔のやつならあるけど、最新のやつは持ってないよ」

「私とお兄ちゃんでお金出しあって買おうにも、私は音楽機材を買ってすぐになくなっちゃうし、お兄ちゃんは古いゲーム機で満足しているから買わなくても問題なかったし」


最新のゲーム機を買いたいって思ったことはあるけど、わざわざ買いに行きたかったわけでもないし、わざわざ買うくらいなら古い機体で遊んでも問題なかった。


さらに言うのであれば買ったところで一緒に遊んでくれる友達もいない。


結局のところ大金を出して買いたいと思うほど必要ではなかったから買ってない。


「そうね。せっかくだし二人に一台ずつ買ってあげようか」

「え!」

「そんな、大丈夫なのお母さん! 確か一番最新のやつは3・4万円くらいするんだよ! それをお兄ちゃんと私に一つずつ買うなんて……」

「問題ないわ。それに保仁は今後ゲーム配信をするつもりなんでしょ?」

「うん。やっぱりゲーム配信はVtuberに興味ない人も少しは見てくれるし、やっている側も楽しいから」

「だったら新しいのを買わないとね。来夢は保仁と一緒にゲームしたいでしょ」


え、そうなの?


「ちょっ、なんで勝手に決めつけるの!?」


なんだ、違うのか。

僕としては来夢と一緒にゲーム出来たら楽しいと思ったんだけど……。


「でも買っておいた方がいいんじゃない? 今後ヤマトとコラボ配信することがあるかもしれないわよ」

「た、確かに」


ライムとヤマトのコラボ配信。


僕の方としては嬉しいけど来夢の方は大丈夫なのかな。


ライムは音楽配信活動や、トリッターでトリートなどはしているけれど生配信をしたことがない。

何でも、「私は音楽さえ聞いてくれればそれでいい」とのことらしく、掲示板ではライムの声について曲が出るたびに話題になったりしている。


僕もオリジナル曲を出した後にライムの掲示板を覗きに行ったことがあるけど、『ヤマトはライム本人じゃない?』といった、『ヤマト=ライム説』が少し出ていたりする。


それにしてもライムとのコラボ配信。


……何か忘れているような。


「そうだ。せっかくだし今日は夜まで一緒にゲームをして遊ばない?」

「私は大丈夫だよ、お母さん!」

「よかったわ」


収益化……は通ったし、買い物……は別の機会。


「保仁はどうするの?」


財布……はちゃんと持っている、家の鍵! ……は来夢持ち。

のどのあたりまで出かかっているのに、どうしても出てこない!


「保仁」

「ん? どうしたの母さん」

「だから、今日は夜遅くまで一緒にゲームしないって聞いたの」

「ああ、僕は全然——」

「ダメだよ、お母さん。お兄ちゃん今日配信があるんだから」


……配……信。


思い出した!

お母さんが来たインパクトで完全に忘れてたけど、今日土曜日じゃん!


「そうなの?」

「う、うん」

「そんなに時間かかるの?」

「多分1時間くらい」


でもどうだろう。今日は収益化の報告や、スパチャできたコメントに返信するだけのつもりだけど、スパチャの数によっては1時間じゃ終わらない可能性もある。


「だから、お兄ちゃんの配信が終わってから遊ぼうよ!」

「ら、来夢~」


こんなできた妹を持てて僕は幸せだ!


しかし、夜遅くまで遊ぶことを提案したお母さんはというと何かを考えこんでいるみたい。


「お母さん?」

「もしなんだったら、今日は配信お休みにするけど」

「それはダメよ、保仁。ヤマトのファンはヤマトが配信してくれるのを待ってるんだから簡単に休んだらダメ」

「はい」


軽い提案をしたばかりに母さんに怒られてしまう。


でも母さんはいまだに何かに悩んでいた。


「よし、決めたわ。保仁。今日はライムも交えてコラボ配信しましょ!」

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