第6話ひと夜明けて
「ヤバいヤバい! 急がないと⁉」
朝起きて僕は時計の時間を見て焦っていた。
時刻は既に7時を回っており、学校に行く時間を過ぎていたのだ。
急いでパジャマを脱ぎ、下着のみになるが制服が見つからない。
「どこ⁉ 制服ないんだけど」
クローゼットを開いても洋服しかなく、制服も学ランも見つからない。
これは学校を休むしかない、そう思った時部屋の扉が勢いよく開かれる。
「お兄ちゃん! 朝からうるさーいっ!」
そこにいたのはセーラー服を着た来夢だった。
ちょうどいいっ!
「来夢! お兄ちゃんの制服知らない?
頼みの綱の来夢に聞く。
しかし来夢は馬鹿を見るような目で僕を見てくる。
「お兄ちゃん。学校ないじゃん」
「え? ……あ」
思い出して恥ずかしくなるのと同時に後悔してしまう。
そうだった。僕は高校受験に失敗してVtuberになったんだった。
「間違えて去年の教室に行くっていうのは聞いたことあるけど、学校に行ってないのに間違えて去年の中学校に行くって人は聞いたことないよ」
「うぅ……」
妹に恥ずかしい姿を見せてしまった。
ここから挽回しないと。
「ら、来夢。お兄ちゃんが朝ごはん作ってあげようか?」
「本当っ⁉」
「もちろん」
よし、今から腕によりをかけて——。
「明日からよろしくねっ」
「任せて……って、今日は?」
「今から学校だから食べる時間ないよ。じゃあ行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
自室から妹を見送り、無駄に散らかった部屋を片付ける。
「そういえば昨日お風呂に入ってなかったんだった」
一通り片付いた部屋を眺め、着替えを持ってシャワーを浴びる。
「寒い……」
シャワーを止めた後、浴室の外に出ると冷たい空気が濡れた体にあたる。
4月半ばとはいえ、少し肌寒い。
急いで体を拭き、温かい格好に着替えた後キッチンに行き朝ご飯を温める。
全て妹が作ってくれたものだ。
学校があるというのに作ってくれるなんて感謝しかない。
朝食をレンジで温め、朝の情報番組を見ながら食べることにした。
最初は事件事故を取り上げる番組だが、時間がたつにつれてトレンドやアニメーション、国内情報が多くなっていく。
僕が開いた時間は事件事故の時間だったがタイミングがいいことにそれが最後だった。
それにしても今日の朝ご飯は一段とおいしいな。
Vtuberデビューしてやることが見つかったからかな。
ゆっくりとご飯を食べていると、番組はエンタメコーナーへと進んでおり、それを見るのも僕の楽しみの一つである。
何と言ったってエンタメコーナーには母さんが出てくることが多い。学校が休みでこの番組がある日は来夢と一緒に毎日見ていた。
『それでは最初のエンタメです。本日は現在女優として人気急上昇中の若き17歳、
『よろしくお願いします』
飛鷹凛音登場と同時に彼女の紹介テロップが出てくる。
それを見て僕は心が躍った。
実をいうと僕は飛鷹凛音さんのファンだ。
彼女が子役をしていた時から見ており、その時から彼女に対しての憧れが強く、演技に関しても彼女をまねた部分が少しある。
昔、母さんが会わせてあげようか、と言ってくれたことがあったが。会うのに緊張してしまうくらい彼女に対してのあこがれが強く、結局学校があったため会うことができなかった。
『それでは最初のエンタメです。大物Vtuber登場か⁉』
最初から興味を引く話題が出てくる。
僕は新人Vtuber。この人が新人ならお手本にしなければいけないし、Vtuber好きとしてはこの手を情報を聞き逃すことはできない。
興味をむき出し、僕の神経は番組にくぎ付けになる。
『本日の2時に新人Vtuber神無月ヤマトさんがトレンド1位を達成しました。詳しい情報を見ますと、最初の自己紹介動画を投稿した神無月ヤマトさんはその動画をトリッターでトリート。そのトリートを神無月撫子さんがリトリートしたことで話題になっていたようです』
僕の手が完全に固まる。
誰がトレンド1位?
誰のトリートを誰がリトリートした?
気になった僕は急いでご飯を食べ、番組に集中する。
『飛鷹さんはVtuberがお好きと公言されているみたいですが、神無月ヤマトさんの動画は拝見されましたでしょうか?』
『そうですね。私は今朝の5時に見たのでその時にはトレンド一位ではなかったのですが、神無月さん——撫子さんがリトリートしてましたのでそちらから拝見しましたね』
『見てみてどう思いましたか』
呼吸をしてしまうのを忘れてしまう。
ファンの人にこっぴどく言われたら僕は立ち直れないかもしれない。
『そうですね。言ってしまうなら最高でした。今が収録中でなかったら、ヤマトさんのすばらしさを軽く一時間語っていたと思います』
『一時間⁉ そんなにすごいんですか?』
『すごいんですよ! 特に声と話すテンポが。私、見た瞬間にチャンネル登録とフォローしちゃいましたもん!』
え、マジ⁉
急いでスマホを確認しようとしたが、あいにくと二階の自分の部屋にあるため確認ができない。
取りに行けばいいのかもしれないが、今はテレビも気になる。
『実はこちらの神無月ヤマトさん。執事なのですが男性か女性かが分からない、ということでも注目されているようですが、そこのところ飛鷹さんは何か意見がありますか』
『あー、……えー、私としては彼、という目で見てますね』
『神無月ヤマトさんは男性と』
『あ、いえ、決まったわけではないですよ。これはあくまで私個人の意見ですから! 今彼に関してなのですが、男性派、女性派、どちらでもいい派の三つの派閥に分かれていますね』
ちょっと待って!
僕がデビューしてまだ一日もたってないのにそんな派閥があるの⁉」
『私も気になっているので、今週の土曜日にある初配信を見ようかなと思ってます。多分ですがそこで撫子さんとの関係も明かされるんじゃないかな~、と私は思ってますね』
『なるほど。真相は土曜日の初配信に、というわけですね。それでは次のエンタメです』
そこで僕はテレビを切り、急いで自分の部屋にあるスマホを確認する。
トリッターのトレンドを開くと、ヤマトの名前は既になかったが検索機能で調べてみると、たくさんのトリートがありほとんどが5・6時間前のトリートだ。
因みにヤマトのトリッターフォロワー数は2000人を超えていた。
その中には先程の番組で言っていた通り、飛鷹凛音さんもいたのでフォローバックしておく。
次にMytubeを確認すると、こちらのチャンネル登録者数は4000人を超えており、自己紹介動画に関しては4万再生を超えていた。
トリッターの方にはアンチのコメントもそこそこあったが、動画のコメントに関しては称賛のコメントが多くアンチコメントはそこまで存在しなかった。
内心安堵したが、これからはアンチのコメントとも向き合っていかないといけない。
僕の中で覚悟の気持ちが強くなった。
~久遠来夢~
私には一人の兄がいる。
私を育ててくれた大切なお兄ちゃん。
もうひとり兄のいちろーがいるが、あれはどうでもいい。
私にとって大切なのはお兄ちゃん、次に両親、お義姉ちゃん、最後にいちろー。
同じものをたくさん見たとき、よく比喩として「親の顔よりも見た」と使われるが、私の場合は常にそれが使われる。
そう言い切れるほど私は五歳の頃から両親と顔を合わせる機会が減った。
仕事が忙しい分かってはいたが、それでも親に会いたかった私を育ててくれたのがお兄ちゃん。
だから私にとって親はお兄ちゃんでありお母さんたちはたまにしか会えない祖母のような存在。
お義姉ちゃんが親戚の幼馴染で、いちろーは……どうでもいい存在。
私の中ではそう格付けされている。
そんな私の大切なお兄ちゃんは最近VTuberを始めた。
最初は高校に行けずおかしくなってしまったんじゃないかと少しだけ心配しけど、それからのお兄ちゃんを見ていると本気なんだと理解し、今では少しだけ応援しているよ。
お兄ちゃんのために今私にできることは、お兄ちゃんが有名になるその日まで支えることだけ。
そう心に決めた私だけど、今正直とても困惑している。
それは、私のクラスメイト達がスマホを触りながらお兄ちゃんの活動名である「神無月ヤマト」のことを話している。
どうしても話の内容が気になってしまうよ〜。
私はあまり話したことない女子のグループのところへ行き、何を話しているか聞くことにした。
「ねえねえ、一体何の話をしているの?」
学校であまり話さない私だけど、誰かと話すために明るい女の子を演じるのはたやすい。
お兄ちゃんやお母さんほどではないけど……。
「く、久遠さん!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「なんか楽しそうに話しているのが聞こえて気になったんだ〜」
お兄ちゃんのことなら苦手な会話も余裕でやりきる。
「実は昨日この人がトレンド入りしてて、気になってその人の動画を見たら私たちファンになったんだ!」
女子たちは興奮しながらその動画を私に見せてくると、そこにいたのはお兄ちゃんである神無月ヤマトだった。
っていうか、えっ!?
お兄ちゃんがトレンド入りっ!?
「そう言えばこの人にリトリートしてたのって神無月撫子さんだったよね」
「久遠さんって撫子さんの娘なんですよね?」
「何か知ってます?」
女子たちが質問してくるけど、私は今動画に集中していて答えられない。
と言うよりも、お兄ちゃんの意図では無いと分かるけど、聞きたいなら初配信に来いと言っているように思える。
なら私に出来ることはひとつ。
「初配信で質問したら答えてくれるんじゃないかな?」
お兄ちゃんのため、少しでもファンを増やす手伝いをする。
ただそれだけ。
この日クラス中、と言うよりも学校中がこの話題で持ち切りだった。
〜〜~~~
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