第7話嵐の前の静けさ

僕は今夢を見ているのかもしれない。


朝起きて、神無月ヤマトがトレンド一位になったと知り、トリッターやMytubeを確認してはや一時間。


先ほどまで2000人越えだったトリッターのフォロワー数は3000人を超え、チャンネル登録者数は5000を超えた。


更に自己紹介動画に関しては既に10万再生を突破している。


トリッターのトレンドには再び神無月ヤマトの名前が載り、その上には飛鷹凛音さんの名前も載っている。


つまり、今回千人近く伸びたのは朝の情報番組を見た人が飛鷹凛音さんのトリートを見て、僕の自己紹介動画を開いてくれたということ。


ありがたいことこの上ない。


さて、喜びに浸るのはこれくらいにして、僕は今後のことを考えていかないといけない。


一見、新人Vtuberとして勢いよく発進できたように見えるがそれは違う。

僕がここまで人気が出たのは母さんである神無月撫子、そして飛鷹凛音さんの影響力のおかげ。


正直な話、この二人がトリッターにて拡散しなければ神無月ヤマトは新人Vtuberとして埋もれた存在になっていた。


だからこそ、これからは僕の力が試される。


トリッターで僕の動画を見てくれた人の反応の多くはVtuber初心者が多く、比率で表すと8対2くらいだ。


言ってしまえばVtuber好きではあるものの、神無月撫子と飛鷹凛音さんのファンではない人は新人Vtuberの神無月ヤマトに興味を示していないということ。


もっと人気になるために、僕はベテランも初心者も楽しめるような動画、配信を作る!


そのためには初配信で神無月ヤマトという人間を知ってもらわないといけないわけだが……、困ったことに僕の初配信は土曜日。


週末は休みの人が多く、たくさんの人に見てもらおうとベテランVtuberの多くが、朝から、昼から、夜から配信を開始する。


言ってしまえば登録者数が万にも満たない僕の配信を見てくれるのはほんの一握りの人数だけだ。

三桁行けばいい方かもしれない。


「あんまり気乗りはしないけど、義姉さんに言われた方法でやってみるか」


僕には今、やらないといけない動画の撮影が一つある。


明日投稿する予定のアテレコ動画に関しては既に撮影が終わっており、後は編集で映像とヤマトの2Dモデルをクロマキー合成し、ヤマトのモデルで音声に合わせるように口を動かすだけ。


やらないといけない動画の撮影、というのは収録の方だ。


オリジナル曲を歌うに関して実は昨日の夜中、僕が寝た後に来夢から「収録しなおす」というメッセージが届いており、義姉さんには数日でオリジナル曲用のイラストを描き上げるといわれ現状何もできない状況だ。


数十分で編集を終え、そのまま見返してもいいかと思ったが今の状態だと、やり切った感が出てしまい全肯定しかねない。


昼にもまだ早いし、朝食を食べたばかりであまりお腹も空いていない。


つまり今の僕は特にやることがない状況だ。


何をしようか考えながら窓の外を見てみると、春の陽気が散り始める桜を照らしている。


時間的に十時前。


「昼過ぎに行こうかと思ってたけど、暇だし午前中のうちに行っておくか」


寝巻きから外出用の洋服に着替え、リビングに降りてから財布とエコバックをポケットに入れ数週間ぶりに家の外を出る。


春の空気はとてもおいしく、太陽がとてもまぶしい。


寒いかと思って少し厚着をしたが、思ったよりも寒くはなかった。

むしろ少し熱い。

服を一枚脱ぎ、家の中に放り投げてから鍵を閉める。


平日の朝ということもあり、周りの家はカーテンが閉められており、休日だと車の通りが多い道路も平日だと数台が通るくらいだ。


「あら、やす君じゃない!」


しばらく歩いていると後ろの方から声をかけられた。

振り向くとそこにいたのは近所のおばちゃんだ。

年齢的に言えば裕に60を超えている。

小さい時からお世話になったおばちゃんだ。


「おはようございます」

「おはよう。それよりも見たわよ~」

「はい?」


何を? と聞くよりもおばちゃんは先に答えてくれた。


「Vtuber? っていうの始めたんでしょ。朝、ニュースにもなっててすごかったわね~」

「……」


さすがに言葉が出ない。

なぜかおばちゃんにばれている。僕の自己紹介動画には久遠保仁だとばれる要素はどこにもなかったはず。

ではなぜ?


「ホント。満ちゃんが神無月撫子として芸能界に出ていった時と同じくらい盛り上がってるわよ~」

「あ、あの、なんで僕だと……」

「あっはっは、何言ってるの。長年見てきたこの声を間違えるわけないでしょ。おばちゃんたちの歳はその話題で持ちきりよ」


まさかそんなところでばれるなんて。

おばちゃんたちは僕の動画を見ないものかと思って完全に油断していた。


「あのできれば僕がやっていることはなるべく内緒で……」

「ああ、あれね。身バレ防止? ってやつね。大丈夫よ。盛り上がってるのはおばちゃんたちだけなんだから」

「よろしくお願いします」

「任せときなって。そんなことよりも、あんたも頑張りなさいよ! 応援しとるからね!」

「はい!」


おばちゃんたちがしゃべらないか心配だが信用はしている。

子供のころから僕ら兄妹に優しくしてくれた人たち。信用しないわけがない。

ただ、口を滑らせてしまわないかだけは心配してしまう。


その後、スーパーに行くまでにすれ違ったおばちゃんたちとは同じ会話をした。

それが原因で本来家からスーパーまでは十分の道のりなのに、今日は四十分以上もかかってしまった。


「さてと、今日買うのは三日分の夕食と朝食用の食材か」


ゆっくりと野菜コーナーから歩いて見て回っていると割引商品はほとんど残っていない。

今僕が持っているお金は来夢が活動で稼いでくれたお金。

要するに妹から預かったお金。


ある程度残さなければ兄としての威厳がどんどん下がってしまう。


微妙な値段の違いを見分け、安い方をかごの中に入れていく。


買い物を終え家に帰る途中、道を見知ったちびっこ集団が歩いてきた。


「あ、声のお兄ちゃんだ!」

「声のお兄ちゃん、がっこー行ってないのー?」

「声のお兄ちゃーん!」


このちびっこたちは近所の保育園の園児で、中学生の頃よくボランティアに行き子供アニメキャラの声真似をしたら声のお兄ちゃんとして覚えられてしまった。


「こら、みんな。こんにちはでしょ。みんな一緒にせーのっ」

『声のお兄ちゃん。こんにちはー!』

「はい、こんにちは」


ああ、子供ってかわいいなー。

ほっぺとかぷにぷにで気持ちよさそう。


子供たちが僕の足元に群がる中、僕に声をかけてくれる人がいた。


「保仁くん久しぶりね~」

「お久しぶりです。先生」


この保育園の先生は僕が通っていた時からいる先生が多く、ボランティアの時もお世話をしてくれた先生だ。


「そういえば聞いたわよ。保仁くんVtuberになったんでしょ。園長先生が声で分かったって」

「あはは、やっぱり親しい人にはばれますね。できればあまり言いふらさないでくれると助かるんですけど」

「分かったわ。園長が園だよりで保護者に教えようとしてたけど止めさせるわね」

「お願いします」


言っておいてよかった。

先生のように親しい人たちにばれても気にしないが、見知らぬ人にはあまりばれたくない。


「それじゃあ私たちはそろそろ行くわね。応援してるから頑張ってね」

「はい、ありがとうございます!」

「それじゃあみんな、声のお兄ちゃんにさようならしようねー」

『はーい! 声のお兄ちゃんさようならー』

「はい、さようならー」


ちびっ子たちを見送り、僕は家へと向かう。その足は僕が思うよりも軽く、心にもなく踊っている。


今まではネットやテレビ、コメントだったため自覚はなかったけれど、こうして知り合いに面と向かって言われると、恥ずかしさと嬉しさで心が躍ってしまう。


そのあとは誰にも会うことなく、家にたどり着いた。


応援されるのはうれしいが、初めてのことだったので少し疲れた。

食材を冷蔵庫の中に入れ、昼食のインスタントラーメンを食べる。


いいことがあった後のラーメンはおいしい!


……みたいなことになると思ったが、そんなことはなく普通に美味しい。


テレビをつけてみると昼の情報番組が流れる中、どれも朝の情報番組と似たようなことを話している。


しいて言うのであれば、朝の情報番組よりはこと細かく話しているのが面白い。


ヤマトのこと話すのかと少し見てみたが、明らかに話す様子はない。


「やっぱり、朝のはたまたまだったんだ。でもこれでよかったかも! これで気が引き締まった」


テレビの電源を消し、部屋に戻る。


朝は喜びに舞い上がっていた。


だけど僕のことを応援してくれるみんな、そしてさっきの報道番組のおかげで僕はまだまだ新人でこれから頑張らないといけないということに気づいた。


浮かれてなんかいられない!


部屋に戻り、午前中に編集した動画を時間の限り見返そう。


***


『ご主人様、お帰りなさいませ。あなたの執事、神無月ヤマトです。今日は僕の動画を見に来てくださりありがとうございます』


『今日の動画は私の得意分野、声真似を見せたいと思います』


『今回声真似するキャラはこの六人!』


画面には六人のキャラクターが出てくる。


『今回は許可下りたので映像を流します。僕がどれだけ声真似が得意かを本物の動画と見比べていただけると嬉しいです』


『では最初のキャラクター。「上村うえむら隼人はやと」行きます!』


上村隼人は父さんが演じたキャラ。

異世界転生主人公で脳筋キャラだ。

ヤマトとは全くの正反対の低い声が特徴的で、その声に魅了されたファンは少なくない。


そして、上村隼人には有名なセリフがあり、それを今から声真似する。


『それでは行きます。「俺が前にいる限り、後ろに悲鳴は響かない!」』


チューニングもなしに一瞬で低い声を出すヤマト。

映像とセリフがしっかりとマッチしている。


文句の付けようがないくらい完璧にできている。


『次に「高梨れいな」を行きたいと思います!』


高梨れいなも父さんが演じたキャラで、父さんが演じた唯一の女性キャラだ。

学園恋愛ハーレム作品のヒロインの一人で律儀な風紀委員長キャラだ。

声はヤマトに似ているが、ヤマトよりも少し低い。


『それでは行きます。「お前が私を選ばないのは分かっている。だからこそ言わせてほしい。お前のことが好きだ!」』


高梨れいなはいわゆる負けヒロインというやつで人気がある。

高梨れいなと上村隼人が同じ声の人と知った人は絶対に疑う。そう思ってしまうほど二人の声は違う。


これも映像とセリフの違和感はない。


『次に「レイン・フローズン」をしたいと思います!』


これも父さんが演じたキャラで、レインは簡単に言うと気弱な男の子だ。

異世界物のメインヒロインの付き人、というキャラだ。

サブキャラなのにストーリーでは主人公を幾度も助けるという、重要なキャラだ。

見た目とかわいさからコアなファンが多い。


『それでは行きます。「ぼ、僕だってやれば出来るんです! はぁぁぁぁぁ!」』


映像ではレインが攻撃するときの映像が流れる。

「はぁぁぁぁぁ!」のタイミングでレインの顔は勇ましくなり光に包まれた。

このシーンは割と人気がある。


——————————


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——


***


全員分見終わると、僕はいつの間にか拍手をしていた。


正直言ってしまうと、僕ですらこれを自分で言ったとは思えない。


父さんの演じたキャラ3人の声真似だけで、お腹いっぱいになってしまい、残りの3人はあまり入ってこなかったが、聞こえる範囲では問題なかった。


編集に関しても、キャラクターの簡単な詳細はしっかりと入っている。


「映像も問題なし、声に関しても文句なし。よし、これで行こう」


最終確認を終え、パソコンの電源を落とす。


時間は既に4時を回っており、そろそろ来夢が帰宅する時間帯だ。


晩御飯はいつも僕が作るので下ごしらえをしないといけない。


1度、トリッターを開きもう一度、フォロワー数を確認する。


フォロワーはあまり増えていないが、今後何人減るかは心配だ。


なんせ、今回の動画をあげたら間違いなく炎上するのだから。


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