第一章 Vtuberって思った以上に大変かも
第4話自己紹介動画、ものすごく苦労しました
「これをこうして、あれをこうする。あとはパスワードを打ち込んで、……はい終わり~」
今我が家には義姉さんが訪れており、パソコンの設置に機材とのリンク確認をしてもらっている。
「それじゃあ保仁くん。このトラッキングの装置を着けて『神無月ヤマト』を動かしてみて」
「はい」
僕は義姉さんに渡された装置を着け、体を横に振ったり、手を動かしてみたりする。
するとヤマトの体は僕と同じように動いてくれた。
少し複雑な格好をすると変な形になるのがまた面白い。
「こ~ら、遊ばないの~!」
「す、すみません」
「もう。でもトラッキングの方は大丈夫そうだね。それじゃあ次は2Dだね~。一応カメラだけでも動かせるからトラッキングをずーっとつける必要はないけど、どうする?」
「そうですね。僕は雑談や歌枠、ゲーム配信をメインにやろうと思ってるので、雑談と歌枠あとは動画でトラッキングをつけて、ゲーム配信ではカメラメインになりますかね」
「それはまた、挑戦者だね~」
僕が今あげたこれらの三つは企業勢のVtuberが多くやっており、個人勢だと人の集まりが少なくなることが多い。
それでもやるのは、僕が神無月撫子の息子だという自信と、やるからには挑戦したいという気持ちでこの配信をすることに決めた。
「すみません。でも、やるからにはとことん挑戦したいんです」
「いいと思うよ~。ここからは保仁くんの腕次第だし、うまくいけば人気は一気に急上昇するかもしれないから~。それで、自己紹介動画を出した後の動画は何にするか決めてるの?」
自己紹介動画を出した後の動画。最初は何にしようか少し考えたが、やるからには僕のことを知ってもらわないといけない。だからこそ、僕の特技で簡単にできそうなものを動画にすることに決めた。
「それに関しては決まっています。アテレコ動画と歌ってみたです」
「どっちも保仁くんの特技だね~。それで、その二つの題材はなに?」
「アテレコに関してはアニメ映像付きです。一応父さんに確認したところ昨日、許可が下りたと連絡が来ました」
僕の父さんは声優をしており、僕がいくつもの声を出せるのは父さんの才能を受け継いだからだ。
その才能を受け継いだのは兄さんも同じだが、僕の才能は兄さんとは比べ物にならないと、兄さんに褒められたことがある。
「アテレコキャラは決まったの?」
「はい、父さんが演じたキャラ三人。母さんが演じたキャラ二人、兄さんが演じたキャラ一人の計六人です」
「なるほど。……それで、歌の方は?」
「それは——」
「私の曲」
声のした方を向くと、そこには機嫌が悪そうな来夢がたっていた。
「来夢ちゃん、お久~」
「……お姉ちゃん。久しぶり~」
挨拶はするが機嫌が悪そうな来夢。その言は分かっている。
……僕だ。
「来夢ちゃん。何かあったの?」
「……お兄ちゃんの『歌ってみた』私の曲なんですけど、お兄ちゃんの曲でもあるんですよ」
「うんうん、保仁くん。詳しく」
「はい、簡単に言ってしまうと、ライムの未発表曲を僕が間違えて歌ってしまった結果、ライムよりも僕の歌の方がよかっただけです」
「なるほど~、つまり曲を寝取られたってことだね~」
「あぁーーー⁉ 言わないでぇーーー!」
大声を出しながら頭を抱える来夢。
ここまで悶えるのは珍しい。
「私、過去最高の、曲、だったのに……」
「よしよし」
落ち込む来夢を慰める義姉さんに母性を感じる。
「つまりライムの曲で『歌ってみた』をしようとした結果、オリジナルソングができてしまい、来夢ちゃんは機嫌が悪いと」
「はい、それ以来全く曲を貸してくれなくて」
「全部お兄ちゃんが悪い。才能バカ」
「会うたびこれなんです」
最初のころは僕にも罪悪感があり、来夢が好きなものを夕食で作ったり、好きなお菓子をたくさん買ってあげたりしたがそれでも許してくれなかった。
そろそろ普通にしてくれないと罪悪感で押しつぶされてしまう。
「なぁ来夢どうしてくれたらお兄ちゃんを許してくれるんだ?」
「……しんして」
「ごめん。聞こえなかった」
「はい……して」
「もう一回」
「配信して! 私の曲を、お兄ちゃんのチャンネルでオリジナル曲として! お兄ちゃんの才能を全世界に見せつけて! そしたら許してあげる」
来夢はそれだけ言い残し、部屋を出ていった。
最後は悪戯笑顔を浮かべて。
「来夢ちゃんも保仁くんに期待してるんだね」
「僕に?」
「そう、保仁くんを近くで見ているからこそ、保仁くんの才能を認め期待する。私やお義母さんが保仁くんなら人気が出ると期待しているように。多分お義父さんも保仁くんに期待してるからアニメの使用許可をとったんじゃないかな~」
「そう、ですか。……なんか重いですね」
とても重い。僕がそんなに期待されているなんて。
しっかりと答えられるかが不安になってくる。
でも、期待されているというのは悪くない。
「さてと、私は帰るけどもう大丈夫そうだね」
「そう見えますか?」
「うん。だって保仁くん楽しそうな表情だもん」
そういわれてようやく気付く。
僕は今この状況を楽しんでいる。自己紹介動画を撮るのが楽しみで楽しみで仕方ない。
「義姉さん、ありがとう!」
「どういたしまして。……あ、そういえばアテレコ動画なんだけど——」
義姉さんは衝撃な言葉だけを言い残し、僕の部屋を出ていく。
義姉さんの言葉に少し驚いてしまったが、今は義姉さんが言ったことを気にせずに、自己紹介動画だけに集中することにした。
「動画配信、動画配信……」
先に考えていた台本を取り出し、読み直ししようとするとパソコンの中で固まっている『神無月ヤマト』の姿が目に入る。
ヤバい。僕が動かすモデルのはずなのに。その僕自身が『神無月ヤマト』に見惚れてしまう。
一応僕が考えた設定では男女の部分を不明にしており、執事として働いているというもの。
その設定に沿った台本を書いたが、思った以上にマッチするかもしれない。
「ヤマトにはどの声が合うかな?」
そこからは試行錯誤の連続だった。
高い女性の声を出してみたが、ヤマトの見た目とは違和感がある。逆に低い声で話してみると、ヤマトに秘められている可愛さが台無しになってしまう。
その後も、少し高め、少し低め、高めと低めの中間。いろいろと声を作ってみるも合う声がない。
ヤマトは男女が分からない執事、声で男か女か分かってしまってはいけない。
抽象的な声、言葉、その二つを両立しなければいけない。
言葉遣いは敬語にすることで簡単に分からないようにできた。
問題は声だ。この声によって性別が分かってしまっては意味がない。
一応、いいと思ったのは二つできた。少し高めの声と、少し低めの声だがどちらも男女ともに出すことがあるかもしれない声だ。
でも、僕の中でどことなく引っかかる。
出来は悪くない、悪くないのだが、これでヤマトは輝けるのだろうか、と。
「……プロに聞くか」
早く自己紹介動画を投稿したいからこそ、僕はスマホを取り電話をかけようとすると相手の方から電話がかかってきた。
『保仁、久しぶり。聞いたぞ。おまえVtuberになったんだろ?』
「お久しぶりです。一郎兄さん」
かけてきた相手は僕の兄である久藤一郎。
義姉さんの旦那にして僕と来夢の兄にあたる人だ。
仕事は父と同じ声優をしており、今現在県外にいる。
僕とは違い身長は高く、顔もいい。母さんによると若かりし頃の父さんにそっくりとのこと。
ちなみに性格に関してはぐいぐい行く系。小中高と女子にモテモテだったが、告白されるときはいつも「俺には加奈ちゃんがいるから」と言って断っていたと義姉さんに聞いた。
要するにモテモテイケメンでありながら義姉さん一筋という純粋な兄だ。
「お元気そうですね」
『おう、元気元気。お前は相変わらずな感じだな。母さんや来夢に対しては感情をあらわにするのに、俺や父さんに対してはクールっぷり』
「すみません。兄さんや父さんとはあまり関わることがないので家族と分かっていても緊張してしまって」
『えー。まあ何でもいいけど。Vtuber始めたんだろ。何か悩んでいることがあったら俺に言えよ。勉強に関してはあれだけど、こっち系なら力になれると思うぜ』
「ありがとうございます。ではさっそくなんですけど自己紹介動画で悩んでるところがあるのでプロ目線から意見をもらってもいいでしょうか。今動画送りましたので」
『おう、バッチこい!』
そういってからしばらく無言の時間が続く。
僕も同じ動画を見返しているが違和感しか残らず、どこがおかしいのかが分かっていない。
『保仁。全部見終わったぞ』
「ありがとうございます。それでどうでしたか?」
『お前のためを思って言うが、俺から言わせてみればダメだな』
「どこがだめか教えてもらうことはできますか?」
『いいけど簡単なことしか言えないぞ』
「お願いします」
プロはどんなところを見ているのかワクワクしてしまう。
だが、帰ってきたのはいたってシンプルな質問。
『Vtuberって声当てる仕事?』
「え、いえ、違います」
『だよね。でも俺からしたら今のお前はこの子に声を当てているだけのように見えるぞ』
「ッ⁉」
『さらに言うなら、これは誰に向けて話しているのかが分からなかった』
それを言われ何も言えなくなる。
兄さんが言っていることは的を射ていた。
台本を読み、どの声が合うかいろいろ試す。
試すがゆえに僕の気持ちはヤマトに入り切れていなかった。
『声優とVtuberは似ているようで違う。だが一つ、大きく似ているところがある。それはなり切るというところだ。ほかにもあるかもしれないが、俺はそこだけはこの二つに強く共通していると思うね』
「兄さん」
『それにこれ、モデルお前じゃね?』
「……え」
僕は再び、神無月ヤマトを見返す。性別が分からない抽象的な顔。義姉さんにもらった身体的プロフィールは160センチ前後。才能マンではあるが頭がよくない。
確かに僕に似ている。
というよりかも、今になって気づいたけど僕じゃないこれ。
『これ描いたの加奈ちゃんだろ』
「そうだけど、よくわかりましたね」
『だってよく言ってたもん。いつの日か保仁みたいな子を描きたいって。多分本人無意識だろうけどな』
「ありがとう兄さん。この子に合った声がようやくわかったよ」
『気にすんな。悩みがなくなったんなら何よりだ。じゃあ楽しみにしてるぞ。お前の動画』
兄さんとの通話を終え、僕は再び自己紹介動画を撮り始める。
今度は声を作らずに、地声で。
僕は久遠保仁であり、神無月ヤマト……よし!
***
『初めまして皆様。本日よりお世話になります。あなたの執事、神無月ヤマトです。これから新人Vtuberとして活動していくことになりました』
ヤマトはにっこりと微笑みながら挨拶をする。
『この動画では僕のことを少々紹介と、今後の活動予定、配信・動画の内容。そのほか詳しいことを話しますので是非最後まで見てくださいね』
笑顔で微笑むヤマト。少し頭を動かしたことで隠れている右目少し見える。
『では簡単に自己紹介をします。僕の名前は神無月ヤマト。年齢ですか? 一応10代ですよ。性別に関しては秘密にさせていただきたいと思います』
『次に今後の予定ですが、今のところは火曜と木曜に動画を配信し、土曜日に配信活動をする予定です。次の火曜日と木曜日の動画は僕が得意とすることを出します! 土曜日の初配信では皆様にいただいた質問をこたえたいと思いますので、トリッターにて質問を投げてくれるとありがたいです!』
『僕の動画・配信内容ですが、主に雑談、ゲーム実況、歌枠をメインにしていきたいと思います』
『皆様の執事として退屈な時間は送らせないと約束いたしますので、ぜひ見に来てください!』
『それでは、行ってらっしゃいませ』
***
編集した動画を見て僕は一瞬気が飛んでしまった。
完成した。それはよかった。
だが、僕の声と神無月ヤマトが完全にマッチし、ドキドキしすぎてしまった。
特に途中にあった微笑みながら右目がちらっと見えたのは特にセクシーに感じてしまう。
「ふぅ、アップロードしなきゃ」
胸のドキドキを抑え、事前に開設していた『Yamato Ch. 神無月ヤマト』というチャンネルに動画を投稿する。
「あと、トリッターにも」
こちらも事前に新しく作っており、フォロワー数は五名いる。
その五人とは父さん、母さん、兄さん、義姉さんに来夢と身内のみだ。
因みに全員活動アカウントで登録してくれている。
僕もすぐにフォローバックした。
トリッターにMytubeのURLを貼り、一言メッセージとサムネイラストを載せてトリートする。
「あー、疲れた」
昼の三時まで眠っていたはずなのにもう眠い。
時間を見てみると時計は十二時をすでに回っており、外は暗くなっていた。
「お風呂は……明日でいっか。そんなことよりもう寝よ」
今後のことは何も考えず、今はゆっくりと休もう。
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