第2話Vtuberにならない?

桜が散り始める今日この頃、義姉さんの家に向かうために桜咲く山道を歩きながら超えていた。

義姉さんが住んでいる場所は山の上にある住宅街だ。

ここは段差ごとに家が立ち並んでおり、初めて来たときは段差を間違えたものだ。


義姉さんの家に着きインターホンを鳴らすと家の中からどたばたと足音が鳴り響く。


「やっと来たね!」


家からは茶色の髪から飛び出た寝癖を直しておらず、Tシャツ一枚姿の義姉さんが飛び出してくる。

突然のことに顔を背けてしまった。


「義姉さん、下はいてください」

「ん? 履いてるよ~。ほら」


履いてるなら安心だ。

安堵の息を漏らし義姉さんの方を向くが、僕はこの人のことを疑わなかったことを後悔してしまう。


僕の目に入ったのはピンク色をした大人の下着。

急いで義姉さんを家の中に押し込んで家の扉を閉める。


「ね、義姉さん。下履いてないじゃないですか⁉」

「いや、ちゃんとしたにパンティー履いてるじゃん」

「僕が言ったのはズボンのことです!」

「……あ~、寝起きだから履いてないよ」


この人は美人なのにどこか少し抜けている。

兄さんはそこもかわいいと言っていたが、恋は盲目という奴だろうか。僕にはわからない。


話をする前に、このままでは僕の目に悪いので義姉さんにはズボンをはいてもらい、話をすることになった。


「来てもらってごめんね~」

「いえ、明日は僕の用事に付き合ってもらうので。それで用事はなんですか?」

「うん。その前にこれ見てくれる?」


僕の目の前にキャラクターの描かれた一枚の紙が出された。


そのキャラクターは黒髪で右目が隠れており、女性の顔たち。だが、着ている服は執事服。男性か女性かが分からないキャラクターだ。


ただ見た感じで言ってしまうと、かっこいいと美しいを両立しているキャラクターだ。

アニメでよく出てくるイケメン女子。


「このキャラって義姉さんの仕事で書いたキャラ?」

「仕事はあまり関係ないよ~。ただ、趣味で書いたキャラ。でも趣味にしておくにはもったいない子。保仁くんはこの子をどう思う?」

「僕は普通に好きですよ。むしろ趣味にしておくにはもったいないくらいです。トリッターには投稿しないんですか?」


トリッターとは僕や義姉さんも利用しているSNSだ。義姉さんはそこにいくつかの絵を投稿している。


「いずれはするつもりなんだけど、私としてはこの子に命を宿してあげたいんだよね~」

「命を、ですか……」


確かに、イラストで終わるにはもったいない。そのくらいの出来栄えだ。

でも命を宿すってどうやって。

その時少しだけ嫌な予感がした。


「話は変わるけど、保仁くんってまだ仕事見つかってないんだよね?」

「まぁ、今日受験に失敗したので。……言っておきますけどアテレコはしませんよ」

「大丈夫、保仁くんにしてもらいたいのはVtuberだから」

「……はぁっ⁉」


僕がVtuber?

正直考えたことがない。見てはいるが、やりたいと思ったことはない。

むしろ好きだからこそ簡単に触れてはいけないと思っている。


「いやいやいや、無理ですよ! 僕にはできません!」

「そうかな? 私にはできると思うよ。保仁くんにはお義父さん譲りの声に、お義母さん譲りの演技力。何より男の子なのに少し高めのアルト声。そんな声で囁かれたら、かっこいい女の子好きの男子も女子もいちころだよ!」

「ホントですか?」

「ホントホント! ……それに私の夢の一つなんだ。Vtuberのママになるのは」

「義姉さん……、真剣な表情できるんですね」

「できるよっ⁉」


夢を語るときの義姉さんの顔は真剣そのものだった。

いつもはのほほんとしており、兄さんとのイチャラブがきつい義姉さんだが真剣な表情をした義姉さんは美しく見えた。


確かプロのイラストレーターに絵を頼むときの金額は六桁を余裕に超えると聞く。

それが今だと無料で手に入る。機材とかはお金がかかるかもしれないが、最初のうちは貯金でなんとかできると思う。

足りなくなったら来夢が貸してくれるかな。


どっちにしても、この先やることもないんだしやってみるのもいいかもしれないかな。


「その話引き受けます。ただ、少しだけ待っててください。機材とか買わないといけないので」

「その辺は大丈夫だよ~。私、新しいやつ持ってるから」

「本当ですか⁉」

「うん。機材の準備はばっちり。あとは3Dモデルだけなの。だから動けるようになるとしても一か月はかかるよ」

「それまでに僕は台本や名前を考えればいいんですね」

「そうだね。……あっ、この子の名前はもう決まってるから大丈夫!」

「そうですか」


こういう名前を考えるのは楽しみだっただけに少し残念だ。

でも決まっているなら仕方ない。僕はそのキャラになりきればいいんだから。


「それで、名前は何ですか?」

「神無月ヤマト」


名前を聞いたとき、僕は耳を疑った。

その名前に似た人物をよく知っている。


「ちなみに機材は名付け親からのプレゼントだって」


それを聞き、少しずつ涙があふれてきてしまう。


「母さんが、ですか?」

「うん。お義母さんに話したらいろいろと準備してくれたよ。高校に入学できるかもしれないのに、機材とイラスト代。私は機材だけでよかったのに。お義母さんはよほど保仁くんのことを思ってるね」

「はい、嬉しいです。母さんからもらったこの名前、神無月を汚すような配信できなくなりました」


多分母さんはそんなこと気にしないと思う。むしろ「やりたいようにやりなさい」と言ってきそうだ。

だからこれは僕の誓いだ。


この名に恥じないVtuberに僕はなる!



久遠加奈side


私の名前は久遠加奈。年は23歳。高校卒業後すぐに結婚した人妻だ。花村カナという名前でイラストレーターの仕事をしている。


そんな私にはどうしても叶えたい夢がある。

それはVtuberのママになるということ。私の友達であり仕事相手の一人がVtuberをしており、それを見てから夢は強くなった。


仕事がない時間に趣味で書いた子は私の人生で一番の子だ。

この子に命を吹き込んであげたい。この子が動いているところを見てみたい。

この子の配信を見てみたい。


それからの私の行動は早かった。


ぜひ、これを使ってほしい人。私のお義母さんでベテラン大女優の神無月撫子さんこと久遠満さんだ。


「お義母さん、お久しぶりです」

『お久しぶりですね、加奈さん。どうかなさったのですか?』

「実は——」


私は事情を全て説明した。私の夢。動画配信サイトMytubeにあるお母さんのチャンネルで私の作った子で配信してほしいことを。

そして、私の書いたイラストをお義母さんに送る。


『私の動画配信は私自身が映る配信が多いけどいいの?』

「はい、今の私ではVtuberの依頼が来るほどの力はありませんので」

『おそらく登場数は少なくなるわよ』

「覚悟の上です」


お義母さんならこの子の命として問題はない。むしろこの子が劣らないか心配なくらいだ。

それほどにお義母さんの演技はすごい。


最低でも保留という意見がもらえると思っていた私だったが、思った通りには行かないものだ。


『ごめんなさいね加奈さん』

「……そう、ですよね。私の絵ではお義母さんには物足りませんよね」


分かっていたことだ。私の実力が足りないことくらい。

でも、やっぱり悔しい。

私の絵がお母さんに追いつけないことが。


「すみませんでした。お忙しい中お邪魔して。失礼します」

『あ、ちょっと待ってくれるかしら』


私が電話を切ろうとした瞬間、お義母さんから呼び止められてしまう。


『私はあなたの絵が物足りないとは言ってないわよ』

「え?」

「むしろこの子からは気持ちを感じるわ。加奈さんの熱い思いを」

『あ、ありがとうございます』


ほめられただけ、ただそれだけなのにめちゃくちゃ嬉しい。

でも、だとしたら何がダメだったんだろう。


『ただ、私のイメージとはずいぶん離れてるわね』

「あ……」


そうだ。私が描いたこの子は執事で性別が抽象的な子。

対する神無月撫子はかっこいいが女性色が強く、刑事から悪者、母親役までこなす万能人。それでも男性のような役を演じたことはない。


『何より、私ではこの子を腐らせてしまう。それほどのできよ。だから断ったの』

「う、嬉しいような、申し訳ないような」

『この私にそこまで言わせる出来だったのよ。喜んでおきなさい』

「は、はい、ありがとうございます!」


でも、そうなるとこの子に命を宿すにはいったいどうすれば……。


『加奈ちゃん。私、この子に命を宿すのにぴったりの子知ってるわよ』


イラストを見ながら、この子に命を宿す方法を考えていると、お義母さんは仕事モードではなく、一人の母親として語り掛けてくれる。


「ぴったりな子ですか? もしかしてお義母さんの職場の?」

『違う違う。一人いるじゃない。あなたの身近に私とあの人の才能を受け継いだ子が一人』


そう言われ、私の頭の中に、一人の男の子が思い浮かんだ。


それは義弟の保仁くん。

子供のころからの付き合いで、よく遊んだ。


言われてみればどことなく雰囲気は似ている。彼ならこの子に命を宿すのにぴったりかもしれない。

でも——


「あの子はまだ中学生ですよ。それに高校に今は高校受験の途中です。さすがにそれを邪魔するのは……」

『大丈夫よ、あの子勉強はできないから絶対に落ちるわよ』

「言い切りましたね」

『ええ、あの子のことは私がよく知ってるもの。だからこそ加奈ちゃんの描いた子に命を宿すなら保仁が一番いいと私は思うわ』

「……」


確かに。保仁くんの技術なら、この子も輝くことができるかもしれない。

だけど、彼が受け入れてくれるかどうか。それに、機材を買うにはお金も……。


『大丈夫よ、あの子なら絶対に引き受けてくれるわ。それが加奈ちゃんの夢ならなおさらね。だから胸を張って楽しみなさい』

「お義母さん」

『ごめんなさい。そろそろ仕事があるから戻るわね』

「いえ、ありがとうございます!」

『それじゃあ、……あっ、このことは保仁に内緒ね』

「わかりました」

『それと、機材に関しては全部私が出すわ。イラストのお金もあとで教えてね。それじゃあ』

「え、あ、ちょっ⁉」


呼び止めようとしたときには、すでに通話は切れていた。

するとすぐにメッセージアプリに通知がくる。

相手は先ほどまで通話していたお義母さんからだ。


『もしその子に名前がついていないならこの名前上げてくれないかしら』


そのメッセージを読んだ後新しくもう一つのメッセージが届く。

そこには私の描いたこの名前が載っていた。


『神無月ヤマト』


その名前を見て私はアプリを閉じ、ソファの上で横になる。


「やっぱりかなわないな~」


私では絶対に思いつかない名前。

そしてこれは保仁くんにやらせなさいというメッセージ。

多分、この子が動くのを楽しみにしているのは、私よりもお義母さんかもしれない。

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