5-3:かくれんぼゲーム ~差し伸べられた手は~

 スタート地点を右端起点として、2階の左奥に3人はたどり着いていた。藤宮の熱い執着心を眼前に見た飯田たちは、彼の雄姿をただ上を見上げて結果を待つしかなかった。


「だ、大丈夫みたいです!! や、やった!」


「どうした!? キサラギの野郎いたのか!」


「あ、ごめん。それは違う......」


「んだよ! ちくしょう」


 飯田はそうはいいつつも、梯子を上っていき藤宮にハイタッチした。初めての3階の景色。とはいえ、1階2階にある部屋と変わらずに壁一面赤一色で、どこにも窓もなにもない。手をかけて登れそうにもない。外に出られるような場所はなく、完全に閉鎖空間だ。それでも彼らは願いを叶えられると信じて、キサラギを見つけ出すためかくれんぼを続ける。


「そういえばなんだけど、飯田と藤宮って仲いいの? 前から知ってるみたいな雰囲気だし」


天童の今更で、緊張感のない質問に藤宮たちは顔を見合わせてきょとんとするも、休憩がてら藤宮から話し始めた。橋のそばで初めて出会ったこと。1週間ほど共同生活をしたこと。喧嘩したこと。澁谷で再会したこと......。二人は苦笑いをしながらも思い出を語っていた。その姿に天童は不思議な気持ちで見ていた。


「な、なんだよ。その目は」


飯田が目をすぼめて天童を窘めると、天童は平謝りした。


「ああ、すまない。でも、そんな出会い方もあるんだなと思って。うらやましいとも思うよ。君たちは殺伐とした中でも、短期間ながら友情を育んだ」


「どうだかな」


飯田が後頭部をかくのを見て、藤宮は唇を噛み、自分の中にある複雑な感情を整理するように話始める。


「僕は、そう思わない。少なくとも僕はこんな形で飯田君とは出会いたくなかった。君と出会わなければもっとうまくゲームをできたかもしれない。だって、友達を作るって言う願いは、君のせいで叶ったようなもんだもん。それなのに、ゲームは続くし......。だから僕は君から離れた。君との関係がなくなるように......」


藤宮はゆっくりと座り込み、膝をかかえ顔をうずめた。飯田は、藤宮に近寄ろうとするも、自分の中にある罪悪感が足を踏み留まらせた。天童はというと、藤宮の様子を見ても共感できず、首をかしげる。


「だけど、わからない。友達、友達っていうけど、そんなに必要か? 俺は少なくとも、自分よりも頭脳の劣った人間を隣に置きたくはない。友人にするなら俺と同じがいい。でもそんなのいない。だから俺は友達は必要ないと思ってる。夢を語るならもっと大きな夢にしろよ」


「天童。お前こそ、こいつより友達いねえだろ。その性格といい、頭といい......。少なくともマコは面白い。愛される素質がある。まあ天然ってやつだと思うが。でもお前は作りたくても作れない。相手から拒否されるタイプの孤独だ。お前こそ記憶をなくしたいって言うが、ホントはいじめられてる記憶さえもなくしたいとかそんな小さいことじゃねえのか?」


飯田が煽ると、天童は彼の元に歩き出し、胸倉をつかんだまま壁に飯田を当てつける。


「お前に俺の、何がわかる......」


「ほら、図星ってやつだろ」


「うるさい! 俺はいじめられてなんてない! 俺はクイズ王でもあったんだぞ! 友達がいないわけがない......」


「知るかよ。今は俺らと同じゲームの参加者だ。キサラギの駒だぜ」


天童は飯田を押さえつけながら、扉を開けた。さらに、飯田を引きずっていき次の部屋へ入るギリギリのところに立たせた。


「駒だろうがなんだろうが、俺は俺の願いのために動く。でも、お前がゲームの駒になりたくないっていうなら、ここから落として楽にしてやってもいいんだぜ?」


「ここが罠かどうかなんて、誰もわからないだろ」


飯田が背中に重心を落としながら、一歩その部屋に入ろうとしたが藤宮が天童をどかして飯田の手を掴む。


「待って! もっと慎重に考えようよ! 飯田君だって、願いを叶えたいんでしょ!? 幸せになりたいなら、まずは生きないと」


「前に踏み出さなくちゃ、その『願いが叶う』っていう幸せさえも掴めない。お前が行動で示したんだぜ? 現にお前が覚悟を決めたから3階まで登れた。そこは感謝してる......。だから、今度は俺が覚悟を決める番だ」


「だめだよ! 犠牲になるのは、僕一人で十分なんだ! 僕は。もう自分の幸福は自分の中にあるって今わかったんだ。みんなと話してようやくわかった。君と僕は友達になれてたんだって......。これ以上、僕はなにも望む必要なない」


「もっと欲張れ、マコ。お前は元の世界に戻っても、友達はいっぱい作れるだろ。俺はそう信じてる。俺は、お前の初めての友達......ってやつだからな」


「なら、僕とゲームをしてよ。今ここで......」


藤宮は眉を上げて、飯田を見つめる。飯田は彼の覚悟と最初で最後のわがままを聞くことにした。


「わかった。なにがしたい」


「手押し相撲。当然、よろけたり、倒れたりした方が負け。向こう側に倒れて、罠が発動しても負け。これを各部屋繰り返す。そうしたらきっと罠の部屋も見つかるはず」


「安全な方のお前が倒れて負けたら?」


「そのときは、僕が部屋に入る」


「1回勝負で、いいんだな?」


藤宮は何も言わずにこくりと首を振り、了承した。ただ、天童はというと二人の会話に一切口出しをせず、見守っていた。どちらが負けるにしろ、天童自身は罠のない部屋を見つければいいと思っていたからだ。彼は腕組みをしながら、二人の行く末をただ見つめる。


「じゃあ、いくぞ......。よーいスタート!」


お互いににらみあいながらも、藤宮はフェイントをかけるように彼の目の前で腕を伸ばす。飯田はそれに物怖じせず、彼の両手に自分の両手を重ねて跳ね返す。当然、藤宮はのけぞるも、何とか耐えてふたりはなんども互角に手を押しあう。


「ああ、もう! 鬱陶しい! なんで友達もいねえのに強えんだよ、おめえ!」


突如、飯田が賭けに出るように縮めていた腕を思いっきり伸ばし、藤宮の手めがけて当てていく。その時、藤宮は今かと待ち望んでいたかのように自分の力を緩ませた。彼は自分が一番自然に負けられるように、飯田が本気になる瞬間を狙っていたのだ。その瞬間、飯田は彼の力が弱まったことを悟った。加えて、彼が負けを覚悟しているということも、伝わってくる。飯田は彼の想いを汲んで、藤宮を押し出す。


「いててて!」


藤宮は大きくよろけて倒れた。飯田はゾっとするような悪い胸騒ぎがするも、気持ちを落ち着けて藤宮の動向を見つめる。藤宮は飯田の立ち位置に変わりながら、一歩次の部屋へと入っていく。


「やっぱり、もう一回!」


そう言ったときにはもう遅く、部屋の壁はすべて不透明な扉に覆われていくのが扉越しに見えていた。飯田たちはただ、向こうの部屋で『クチャクチャ』という気味悪く、想像に難くない咀嚼音を聞いてゾゾッと鳥肌がたった。


「こっちでもやるか? 手押し相撲」


天童が煽るも、飯田は彼の指さす手を振り払い、下の2階に戻っていくのだった。

天童は彼についていき、さらに追い打ちをかけるように語り掛ける。


「どうしたんだよ。もっと先に進まないと意味がないだろ? そうじゃないと幸せは掴めない。お前が言った言葉だぜ?」


さらに、飯田はだんまりを決め込んで罠のない部屋の方へと歩いていく。何度も来た道ならば、飯田でさえも覚えている。でも、何度行ってもキサラギは見つからない。罠のない部屋を数部屋行ったり来たりするも、打開策は見えずに飯田は憔悴し始める。


「やっぱり、もっと話しておけばよかった。どうしたら、よかったんだ」


「どうすることもできない。俺達は前へ進むしかない。そうだろ? こんなとこでうじうじ考えてる暇があったら、上に登ってみろよ。この上は未開の地だけどな」


 飯田たちは今、スタートを右下として、2階の一番右上の部屋にいた。3階へ行けるルートは今分かっているところで左上の1か所のみ。もう一つ罠のない部屋を探したいと考えていた天童は、イラつきながら飯田に小突きながら指示した。飯田は天童に小突き返し、睨んだ後、ゆっくりと3階へと続く梯子を上った。入り口を開けて、飯田は自分の体をゆっくりと入れる。両手でじっくりと自分の体を支えながら上ると、罠は発動しなかった。


「あたりの部屋を引いたみたいだ。とはいえ、キサラギがいないってことならはずれだがな」


飯田は呆れて乾いた笑いを浮かべると、天童もつられて笑う。二人はまたも、どこにいいいのかわからない状態になってしまった。



【FINALステージ:かくれんぼ】


参加者残り:2名





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