5-2:かくれんぼゲーム ~執着心~
藤宮達は、目の前で起きた犬上の犠牲に恐怖で放心状態になっていた。これまで人を殺したり、人が死ぬ瞬間を見てきた3人であったが短い間でも会話をしていた彼女の死を受け入れられずにいた。
「あいつ、靴も持っていきやがった......」
「犬上さんが死んだのに自分の心配なの? ほんと、飯田君て身勝手だよね」
「言ってろ。誰だって、自分の身が一番大切だろ......。俺は進むぞ」
飯田は戻らずに先へ進もうとするも、天童が止めに入る。
「だめです! 今、ここで靴を全部失ったらどうするんですか!」
「1階の端に行きてえんだから、そのまま突っ切ればいい話だろ」
「犬上さんといい、あなたもどうしてそこまで思いきりがいいんですか? 死ぬかもしれないんですよ!?」
「死ぬ覚悟で願い叶えに来てんだよ。 時には思い切りも必要だろ」
天童と飯田の言い合いをただ、藤宮は茫然と眺めていた。藤宮は内心、どちらの意見も正しいと感じていた。だが、同時に自分が死ぬかもしれない未来に怯えていた。
彼は赤い部屋の天井を眺めながら口を開いた。
「飯田君の叶えたい願いは、飯田君しか叶えられないんだよ? それでも、飯田君は新しい部屋に挑むの?」
「そうだけどよ。俺はもう金にこだわってないんだ。必要なくなったしな。ただ、このゲームをぶっ潰したい。キサラギにアッと言わせたいだけで動いてんだよ......」
「そういえば、どうしてお金を稼いでたんだっけ? たしか、恩人のためっていってたけど」
藤宮が聞くと、飯田は開けようとしていた1階の次の部屋へと続く扉を閉めて彼の元へと戻っていった。
「お前には関係ねえよ。 はぁ、行く気失せた。スタートまで戻るぞ。さっき開拓したルートでだ。これで満足だろ? 天童」
「そうですね。できるだけ皆さんで生き残れる方法を探しましょう」
飯田たちは、2階へと上り元来たルート通りにスタート地点の部屋へと戻ってきた。
そこはこれまで通りの赤い部屋だが、3人にとっては少し懐かしい感じがした。飯田はそのまま右手の方へ歩いていき、扉を開けて靴を投げた。
「お? ラッキー」
そこは意外にもそこにはなにもなく、すんなりと部屋に入ることができた。だが、そのおかげもあってか天童の顔は少し曇っていく。
「次の部屋がもし罠だったら......」
「深く考えても仕方ねえ。もしかしたらキサラギは案外近くに隠れてるっていう可能性もある」
飯田は能天気になりながらそのまま方向を変えずに扉を開き、靴を投げ入れた。今回も成功したことでさすがの藤宮も怪しげな表情をする。
「こんなうまくいくことある? しかも、キサラギさんいないし」
「確かに変です......。1階は罠が少ないのか? それともたまたま罠のないエリアを連続で踏んでいる?」
連続で罠のない部屋に辿りつけている現状に、うまく喜べないでいる天童や藤宮をよそに、飯田は意気揚々と梯子を上っていく。
「この上だろ? 天童が気になってるの」
「え、ええ。ですが気を付けてください! あまり気を許していると犬上さんの二の舞になりかねない!」
「分かってるっての! インテリは黙って見てろ!」
飯田は梯子を上ったあと、自分の靴を2階の部屋へ投げ入れた。今度も罠は発動しなかった。飯田は上り切ると、藤宮と天童の二人は続いてまた2階の部屋へ入った。
「誰も、いないですね......。申し訳ありません、ただの妄想だったのでしょうか......」
天童が落ち込んでいると、飯田はまたも梯子を上っていく。
「いや、まだだ! 俺達はまだ3階に達してねえんだ! 諦めんのはまだ早え!」
飯田はまたも天井にある扉を開き、3階の部屋へ投げ入れた。すると、罠が発動したのか床に透明な板が出現して、同じように四方の壁に板が降りてきて天井から液体が降ってきた。
「うわ、まじかよ......。どんづまりじゃねえか......」
飯田は梯子を下り、2階の床に寝転んだ。藤宮達も少し、疲れたのかそれぞれ距離を取るように座り込み始めた。
「どうするんですか? 靴で判定する戦法、残り1回しか使えないですよ?」
「それでも行くしかねえよ。一旦、1階のスタート位置まで戻るか?」
「そうだね......。戻って、態勢を立て直そっか」
藤宮達の消極的な対応に少し不満を抱きつつも、飯田は2人と共にスタート位置まで戻っていった。
「さて、どうしましょうか。この真上は確か、なにもなかったのでそこまでなら戻れますが......」
「同じとこ言っても意味ねえだろ」
飯田は不貞腐れながら座り込み、天井を見上げる。
「そうはいっても、新しいところに行って靴を失っては意味がありません」
天童は立って腕組みをしながら考えていると、胡坐をかいて休憩していた藤宮はゆっくりと上を指さした。
「ここから、3階まで一気に行ってみようよ。ここで止まってても意味ないよ」
「いや、3回連続罠のない所なんてそうそうないと思いますが......」
「スタートから左の二部屋は、連続で罠なかっただろ」
飯田の言葉で、天童は閉口した。だが、思考すること自体はやめなかった。
天童はここである法則を見出そうとしていた。
「2階って罠は3つありましたよね?」
「あ? なんだよ急に......。 ......。多分そうだったと思うけど、それがなに?」
「1階と3階も同じなのでしょうか......。2階で通行可能な部屋は、6部屋だった。そして、今1階で自分たちはスタートを含め5部屋ある。もし、罠の数が階層で変わらないとしたら、少なくとも後一部屋は必ず行ける部屋があるはずです」
飯田は彼の敬語口調に若干いらつきながら天童に水を差す。
「どうでもいいけどさ、お前いつになったらそのキャラやめんの? 『自分はインテリです。けど、謙遜してます』みたいなの腹立つんだよ。お前、絶対そんなキャラじゃねえだろ」
「自分は元からこうですよ? あなたこそ、ずっと口の悪い方で嫌な印象を受けますが、事実としてのあなたは違うように感じている。自分は人を見る目はいいとは言えませんが、あなたの心は穏やかで、清らかだと確信しています」
天童の意外な誉め言葉に飯田は顔を背けて照れ始めた。
「わかった、わかった。......お前よくそんなこと平気で言えるな。もういい、さっさとさっきの続き聞かせてくれ。それで、1階のどの部屋に行きてえんだ?」
「真ん中の部屋です」
「真ん中に行けたらどうなんだ? その上っていけねえはずだろ?」
「それでも、行きます。確かめたいことがあるんです」
天童の覚悟を決めたようなまなざしが飯田と藤宮を見つめる。藤宮は彼に頷き、飯田はまたも顔をそらしつつも立ち上がった。
「行けばいいんだろ、行けば......。でも、1階で靴全部失くしたらお前のせいだからな。そんときは覚悟しろよ」
飯田の言葉にスイッチを入れるかようのに髪の毛をかき上げて、天童はいままでの口調を取り払うような口ぶりへと変化した。
「そのときは、俺が先導して部屋に入ってやるから、今はゲームのキャラみたいに凡人はついてこい」
彼のキャラ変わりぶりに藤宮は驚くも、飯田は少しにやけた顔で天童に握手を求める。
「やっぱそうだよなぁ。おまえはそうやって見下すタイプだと思ってたよ」
「こっちは、化けの皮剥がしてまで信用得ようとしてんだ。ちょっとはお前も覚悟持て。叶えたい願いがあるならな」
「もしかして、二重人格?」
「ん? ああ。解離性同一性障害なんて、中々いないぞ? 俺のは単なる『猫を被ってた』ってやつだよ。さ、早く行こう」
天童に振り回されながらも、二人はスタート位置から一番初めに行った部屋に行き、その部屋の左にある扉を開いた。
「ここが真ん中の部屋だ。ここが罠なしなら1階は少なくとも罠は2つ以上。さらに右手に行けば罠は2つだけ。つまり、1階が2つ、2階が3つ......。となると?」
そうやって彼が後ろを振り向くと、藤宮が明るい顔になって答えた。
「4つだ。一つずつ増えていくってことだよね!!」
「だからと言って、罠のある部屋が特定できるわけじゃないだろ」
「でも、事前の心積もりくらいはできるだろ? まあ、それだけだがな......」
天童の少し不安そうな顔つきに飯田たちは不安になりながらも、飯田は天童が開けたドアの先に靴を投げ入れる。すると、そこでは罠が発動しなかった。
「どんどん行って、最速クリアしてやる!」
「また死亡フラグみたいなことを......」
飯田は靴を拾いつつ、先を行く天童を追いかけていく。それに連なるように藤宮も追いかけて右に曲がっていく。天童はまたもドアを開けて飯田に靴を投げるよう促した。飯田はためらいながらもドアの先の部屋に靴を投げる。またも罠は発動しなかったため、彼らは進み天童は確信した。
「やった。これでこの部屋は探索しつくしたし、仮説は正しかった。1フロアずつで罠が増えてるんだ。そうに違いない!」
「それで? どうやって3階に無傷で行くんだ? 天才さん」
「言ってるだろ。俺は天才っていう言葉は好きじゃないんだ。俺は努力して、この知能を手に入れた。それは自分の好奇心のために本という本を読み漁ってきたからだ。それは天才ではなく、狂気と呼んだ方がいいほどにだ。だから俺はどっちかというと変人だ。だから、俺はまたあの時の興奮を味わいたいと思ってる」
突然の自分語りに飯田は目を大きく開くも、藤宮は困惑しつつも彼に話を聞く。
「それで記憶を無くしたいだなんて言ってたの?」
「ああ、でも今は......」
彼は言いかけると、藤宮は話も聞かず笑みを浮かべて勢いで話しだす。
「いいと思うよ、天童君のその純粋な願い。ちょっと意外だけど、今のキミの方がさっきまでの猫を被ってたときのキミより好き......かも」
「興味深いこというねえ。それは、君が同性愛的に興味あるということかい?」
「え? どうせい?」
天童は邪な笑みを返すも、藤宮は言葉の意味が分からずぼんやりとしていた。
そんな彼の純粋な眼差しを見て天童はつまらなくなり、冷めていく。
「ああ、ごめん。変にからかった俺が悪かったよ」
「そういうジョークはこいつには聞かねえよ。ささっとどっかから3階に上がろうぜ」
飯田の言葉に天童は頷くも、顎に手を当てて天井を見上げた。この先は罠がないことは天童の記憶の中では確定している。だが、それより上が分からず悩んでいた。それでも、天童はこれまでの運の良さに賭けてみることにした。
「このまま真上に登ろう......」
「この上は問題ないんだよな」
「2階は問題ない。それよりも、3階だな。一か八かの賭けだけど、結局は罠があるかどうかなんて5分5分だ。行こう」
天童はいち早く、2階へと昇っていき、自分の記憶力の良さを提示した。飯田と藤宮はお互いを見合いながら2階へ上っていく。2階からさらに3階へと続く梯子を、今度は飯田が先頭となり、上っていく。藤宮は目を瞑り、手を合わせる。天童は腕組みをして仁王立ちをしていた。
「よし、投げるぜ」
飯田は3階への入り口を開けて靴を投げ入れた。
いつもより、靴の浮遊時間が長く感じた。コトッと床に落ちると同時にセンサーが反応して罠が発動する。飯田はすぐさま梯子を下り、2階の床を思いきり叩いた。
「クソが! 罠かよ!」
「机上の空論だけ述べてもどうにもならない。結局は、足を動かせってことだよな......」
「真面目に考察してんな、クソが。こちとら、靴投げ戦法打ち切りなんだぞ! まじでどうすんだよ! こっからはもう犠牲が出るぜ」
「そんなの今更だろ。これまで俺らは人を殺してんだぜ? 感じないか? 興奮が、血が湧きたつのを......。俺は、人を殺して初めて興奮というものが湧きたったのを感じた。お前らだって、人を殺したりして感覚が変わったんじゃないか? 価値観なんて、たった一つの事象ですぐにひっくり返るんだ。俺はそれを体感した。だからもっと体感したい。たとえ死ぬことになったとしても、俺は死ぬことさえも学びに変えると思う」
「お前、一番狂ってるぜ? 人狼ゲームの時に潰せばよかった」
「でも、俺がいなきゃあんただって死んでたはずだろ?」
「それはそうだけど......」
飯田が黙りこくっていると、藤宮は左手の方へと歩き始めた。その顔は少し覚悟の決まった顔だった。
「おい、マコ。どこ行くんだ?」
「どこって、3階だよ! 天童君の言う通り、僕も人を殺した。でも、殺した人もこのゲームで死んだ人たちも蘇らせたいとも思ってる。だから僕はキサラギさんの元に先に行きたい。1階も2階もほとんど見つくしたよね? じゃあ、3階しか場所がないんでしょ? もし、その焦りで死んだことになっても、後悔しないように僕は動き続けたいんだ......」
彼の言葉に飯田たちは揺さぶられ、彼の背中を追っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます