2-6:炎上ゲーム ~暴走する承認欲求~

 デスゲームの参加者たちは佳境を迎えていた。炎上の火種を日々探すもそれ以上に他人の炎上が日々過激化するのを見て落胆し、さらに自分が大きく社会の道をはずすことになることを余儀なくされていた。その中、古川率いる『白聖会』関連の炎上は目を見張るものがあった。呪詛による数々の脅迫事件や、信者たちの強烈なまでの信心深さの動画がSNSで拡散されていく。SNSを公式的に運営している新興宗教というのは珍しいため、皆が注目していた。


 そのトレンドをバイト先で見つめていたのは飯田豪だった。彼は炎上の火種をバイト先で探しつつも優等生のふりをしていた。だが、藤宮がいなくなってからふっきれたのか、バイト先のCDショップで曲を聞きながら踊るという動画を出したあとすぐに退職願を出していた。さらにはコンビニでも自分だけでできる炎上を探していた。


「レジの金盗んだらさすがに迷惑かかるよなぁ......。あぁ、バイトやめたくなってきた」


「いらっしゃいませ~」


飯田と共に店番をしている男が淡泊な挨拶で入店客を招き入れる。飯田は緑川のいないシフトにうんざりしながら客へ対応していた。すると、男の方が飯田へうざがらみするように肩に手を回す。


「どうしたんすか~? もしかして、いとしの葵ちゃんじゃなくて不満なんすかぁ~」


「そんなんじゃねえ。はぁ......。黙って仕事してろ」


飯田が男の手を振りほどくと、彼は金色に染め上げた短髪を少しかきあげる。

少しして、彼は少しはにかみながらレジを飛び出した。


「おい、どこいくんだよ」


「暇なんで面白い事しよっかなぁって思って」


「はぁ? 何言ってんの」


そういうと、金髪の男はアイス売り場の方へと向かった。その中には当然アイスキャンディの他、冷凍食品が陳列されていた。金髪の男は少しかがんでアイス売り場のふたを開ける。


「ああ~冷てえ~~!! なあ、こんなか入って我慢比べしようぜ」


「は? やるわけないだろ? というか、店に迷惑かかるだろ」


「以外っすね! めっちゃ遊び人みたいな顔してんのに、硬派~」


「うるさい! さっさと仕事にもどるぞ」


飯田は少し後悔していた。彼と行動を共にしていたら炎上騒ぎになっていたかもしれないとも思ったが、先に良心が働いてしまっていたからだ。飯田はレジに戻るとすぐに客が現れた。客はいつもはバイトで同じシフトの緑川葵だった。


「緑川さん?」


「飯田君、今日も精が出るね。私、やることができたから明日でバイトやめることにしたんだ。それを伝えに来た。一応、色々話聞いてくれたし」


「え、え? そんな......」


突然の緑川の告白に飯田は困惑した。真面目で清廉だと感じていた緑川が、アルバイトをやめるという言葉に信じられなかった思いと同時に、飯田の中にある集中の糸が途切れたようだった。


「どうしたの? 死んだような顔して」


緑川が飯田の顔を軽く叩くと飯田はふるふると頭を振ったあと、目を覚ましたかのように目を見開く。


「だ、大丈夫。大丈夫です! でも、ちょっと寂しいです」


「俺も寂しいっす~。また、飲みに行きましょうね~」


「金ヶ原くん......。あなたとのお酒はこりごり。じゃあ、二人とも元気でね」


緑川は缶チューハイを一つ買って外へと出ていった。その瞬間、飯田は周りに聞こえるほど大きなため息をついた。飯田と同じシフトで働いていた男、金ヶ原は飯田に対して声をかけず肩に手を置いた。飯田は彼のボディタッチの多い正確に嫌気が差し、金ヶ原の手を振り下ろして離れた。


「もうこうなったらバイト辞めるか......。なにもかもこいつが悪いんだ!」


飯田はスマホを取り出してアカイハコのアプリを長押ししようとする。だが、一瞬彼の脳内にアンインストールして悲惨な目に遭った参加者たちの映像がよぎる。実際に見たわけではないので本当かどうかは飯田には分らない。だが、それ以上に言い表せない恐怖が自分を襲った。


「......なんなんだよ! たかがアプリだろうが!」


「アプリ? なんの話っすか?」


金ヶ原が飯田の独り言を聞いていたのか、しれっと外に出ていた飯田の背後に彼はいた。


「うわああ! おどかすなよ」


「ああ、すんません。でも、コンビニのマドンナがいなくなっちゃこっちのやる気も下がるってもんすよ。ねえ、気分転換になんか食べません?」


「お前のおごりならな」


「別におごりませんよ。これで」


金ヶ原はスタッフルームにある予備倉庫の中のフランクフルトを取り出した。フランクフルトの袋を見ると賞味期限が少し切れかけていた。


「いや、こういうのは店長とかに言ったらもらえるだろ」


「いないときにやるから楽しいんじゃないですか。これ、温めて食べましょ」


金ヶ原はすぐにフランクフルト二本をホットスナック売り場のところに置き平気で温め始める。飯田は周囲を警戒しながらそれを見張っていた。


「よし、これでいいかな」


「は、はやくないか? もっと温めた方がいいんじゃないか?」


「パキパキっていい音なってるから大丈夫。いただきまーす」


飯田はその様子を見つからないようにスマホで動画を撮影しはじめる。それに気づかず金ヶ原が先に口にすると、彼はしばらくしたあとに口にしたものをそのまま床に吐いた。飯田は即座にスマホをポケットにしまい、自分の鞄にたまたま入っていたポケットティッシュを取って金ヶ原の吐しゃ物を掃除する。


「なにやってんだろ......。俺は」


飯田は丸めたティッシュをコンビニにあるごみ箱に捨てる。ふと時間を見ると、自分のシフトの終わり際だったためスタッフルームへと向かう。


「どこ行くんすか?」


「午後5時だから俺もうあがるわ。あと、もうここには来ねえと思う。後頼むわ」


「ええ~、飯田ぱいせんもやめんの~? めちゃだるじゃん」


「言ってろ」


飯田は制服を脱ぎ捨て、メモ書きに『お世話になりました』と一言添えた後にレジを後にする。


「先輩、フランクフルトは~?」


「客に出されてもこまるから俺が食う」


金ヶ原が手渡したフランクフルトを乱雑に受け取り、コンビニを後にして自宅へ帰宅した。家はまたも広くなっているような気がして飯田は恐ろしささえ感じていた。虚しさもいいが、これからの収入のことを考えるとますます恐ろしくなってきていた。


「くそ......。勢いでやめちまったが、どうすればいいんだ。炎上しそうな職業ってなんだ? やっぱ配信者とかか? 楽して稼げるし、色々首ツッコめるから炎上ネタには困らなさそうだよな......」


飯田は、スマホ一つでできそうな配信サイトを自宅のベッドで横になりながら探った。それに加えて、配信にうってつけのネタをポチポチと調べ始めた。すると、一件の都市伝説に出会った。


「ん?『呪いのパワースポット【旧戸戸里きゅうことのさと村】』?なんだそりゃ、矛盾してねえか?」


その記事を深く探ると、どうやら願いを叶えられる絶大な力がありながらその分呪力も強くハンパな覚悟だと呪われるというものだった。飯田は自分の震える身を鼓舞してスマホとともにすぐに行動に移した。


「まずは東京までいかないとな......。そこから、バスとか乗り継いでって感じか。大変な道のりだが、やるしかない」


飯田は自転車に乗って最寄りの駅へと向かった。その近くにあったATMからあるだけの金を取り出して切符を買って電車に乗った。窓から高層ビルが見え始めたかと思うと今度はその高層ビル群が遠く離れていく。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 トンネルの暗がりを抜けて郊外へと走る。その後、電車からバスに乗り継ぎ約2時間ほどでその場所の近くまでたどり着いた。


「ようやく着いたのか......。でも、ここからまだ徒歩で1時間かかるのか」


一人泣き言を言いながら、飯田は森の多い方へと歩き続ける。このあたりになると東京のきらびやかな印象は一変して一気に田舎と似た雰囲気を醸し出してくる。それでもなお品の良さそうな建物が並んでいて見るに飽きなかった。


「はぁ。最悪だ......」


少し疲れて飯田が道路の端で座り、水を飲んでいると一台の車が飯田の前に止まった。車からは一人の男が出てきた。男は飯田に近寄り、話しかけてきた。


「大丈夫、です?」


「ええ、大丈夫なんですけど......。ちょっと、知ってたら教えて欲しいんですけど旧戸戸里村ってこの先ですか?」


「え? ああ、あそこに行きたいんですか? じゃあ、俺と同じだ。近くまで送ってあげるよ」


「本当ですか!?」


男に誘われるがまま、飯田は車に乗り込んだ。

男は車を迷いのないハンドルさばきで運転していく。


「ありがとうございます。あの、えーと」


「丸山。丸山 直太郎、気軽にマルって呼んでよ。それで君は?」


「飯田豪です」


「そうか、豪はどうしてあの村に? もしかして、同じ配信者とか?」


「マルさんも配信者なんですか? すいません、自分こういうの疎くて......。でもちょっと面白そうって思って今日思い立って始めてるんです」


「それで最初の配信が【旧戸戸里村】なのか。すごいチャレンジャーだね!」


会話が盛り上がっていくうちに車の外では木が増えてきた。森が横道に見えてくると、獣道に入る手前辺りで車が停車する。


「ここから入るんですか?」


「そうだ。だが、気をつけなよ? ここには幽霊とかより面倒な宗教団体が住み着いてるらしいからな。じゃ、俺はここで」


「マルさんここに用事があるんじゃ?」


「車止めに行くんだよ! 別にお前が待ってる理由ないだろ?」


それもそうだと思いながら、飯田は丸山に挨拶をした後森の中へとずけずけと入っていく。スマホの配信アプリを開いた状態にしながら歩みを進める。初めての配信のため配信内のコメントはがらんとしていた。


『今から、パワースポットとも呪いの場所とも言われている【旧戸戸里村】へ調査に着ました~。これ、配信出来てるのかな』


飯田はけだるげにスマホのマイクに声を入れていく。すると、コメントが少し増えてきて飯田の容姿のことや戸戸里村の都市伝説の解説をしてくれる人まで現れてきた。


『よかった。ちゃんと配信できてるみたい。あれ、お金? これがスパチャか~。ありがとね。後でゆっくり見るわー』


さらに歩き続けると、飯田が見ている先には白い服を着た人間が古く苔の生えた鳥居にくぐる瞬間が見えた。スマホをスッとそちらへと向けるとコメントもその集団について語りだす。


『え? 白聖会? あの神社の神様をあがめてる変なカルト集団? へぇ~。あの人が言ってた変な集団ってこの人たちか。ん? ああ、丸山さんっていう気のいい人だったよ』


飯田が丸山の名前を出すと、コメントはさらに盛り上がっていった。それとは対照的に、飯田はかなりテンションが低いままちらちらと自分の顔をカメラに映していた。


『あれ、なんか警察の人も来始めた......。今日はこれくらいにしておこうかな......』


飯田はアプリ内で配信停止を押した後、さらに奥の本宮の方と向かった。そこには女性警官が神社の前で立っており、飯田は彼女へと話を聞いてみた。


「あれ、犬上さん?」


「うん? ああ、飯田君! こんなとこで会うなんて、もしかして私のストーカー? ダメよ、条例違反になるわよ?」


「いや、そうじゃなくて......。偶然ここ通りかかったんですけど、ここなんなんですか?」


飯田はとっさに嘘をついた。少し視点の合わない飯田に対して疑念を持った犬上だったが、彼との不思議な因縁に免じて気にしないようにしながら話し始めた。


「ここは、新興宗教があがめてる神様の対象なんだけど......。あの人たちここ不法侵入してるし、最近じゃ『呪い』でいろんなところに脅迫してるんだよね......」


「呪いって脅迫になるんだ」


「そうよ。最初は個人間でのものだったんだけど、今度は澁谷あたりで呪いのパレードとかやるらしいよ。君も気をつけな? じゃあね」


そういうと犬上はまっすぐ帰ろうとしたが、途中で足を止めて飯田に再度詰め寄る。


「ねえ、送ってこうか?」


正直飯田は帰れる気がしなかったので、スマホで神社の写真を撮った後犬上についていくことにした。犬上は少し嬉しくなりながら飯田と手をつなぎながら森を後にしていく。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 犬上と飯田が神社へ後にする一方、白聖会の一員となるため藤宮達は犬上に見つかる寸前で神木の枝を切り取って走り去って教団のアジトへ持ち帰っていた。


「ご苦労様です。これであなた方は我らの仲間です。皆様の居場所は我々が保証します。それで、私達は明日から二日間布教活動のため都内へ練り歩きを企画しております。そこに皆様も参加していただきたい」


教団の教祖であるホワイトホール・古川、本名古川通は藤宮達に次なる野望を打ち明かした。彼の願いはただ一つ『世界を平和にすること』。その一端として彼は自分の宗教を立ち上げたのである。藤宮は古川の野望も知らずにただ『友達がほしい』という小さな願いのため目の前で死んでいった人間を取り戻そうとしている。赤星みどりとなった加藤瀬奈はアカイハコに参加していないものの、元の赤星が参加してしまっていた以上彼女はその円環からは逃れられないでいた。


「やるしか、ないのよね?」


「やろう。ここまで来たらもう仕方ない気がする」


「いい心がけです。当日は北条とともに皆さんは行動してください」


 参加者はSNSで盛り上がっている『赤星みどりの黒い噂』と『白聖会の宗教テロ』に夢中になり都市伝説やあることないことをつぶやいては炎上していく。運営であるキサラギは彼らの愚行に笑みをこぼしていくだけだった。


【2ndステージ:炎上ゲーム】


参加者: 90 名


失格者: 5 名


ゲーム終了まで 3日








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