2-4:炎上ゲーム ~赤星みどり~

 飯田が犬上に個人の携帯で電話していた時、犬上はというと深夜でありながらゲームそっちのけで真面目に仕事をしていた。彼女が向かったのは例の女優、赤星みどりの事務所だった。その事務所に赤星の殺害予告ととられる文章が送られてきたのだ。犬上はいつも以上に興奮を隠せずに赤星のいるライズアップ事務所へと向かった。


「あなた、この前の」


「お久しぶりです。堂本さん」


赤星のマネージャーである堂本は、犬上の顔を見て頭を悩ませるも頼りの警察が彼女だけであったためどうすることもできなかった。


「仕方ない......。今はあなたに頼るしかない。これを見てください」


堂本は犬上を会議室の一つに連れ込んで、一枚の紙を渡してきた。そこには『赤星みどりの正体を知っている 世間はもう騙されない』という奇怪な文章がつづられていた。それとともに写真が一枚その紙とともに封筒に同封されていたという。写真にはツインテールで幼く見える女性が映っていた。


「この写真の子は?」


「......いえ、し、知りません」


「ふーん......」


堂本は写真を見た途端、青ざめて目を伏した。犬上のような警察でなくてもわかるほどの挙動不審ぶりに犬上は苦笑しながら話を合わせる。


「今は、そういうことにしてあげる。要は、彼女を警護を強化してくれってことね」


「いえ、犯人を捕まえてほしいんです」


「というと? なにか、犯人の目星が?」


堂本はスマホを取り出して2枚の写真を取り出した。一枚はカメラを持った男だった。堂本からは「丸山」という名前の暴露系配信者と伝えられた。彼は、最近赤星のまわりを嗅ぎまわっているという。もう一枚は女性の写真で、堂本いわく同じ事務所の女優で『小峰絵美里』というらしい。


「この人たちがおそらく赤星を陥れるため意味不明なことを言っているんです」


「具体的に教えてください」


「その、今の赤星みどりは替え玉だと」


「前とは別人が赤星が演じている? ということですかね。そういうの、ありえるんですかね」


犬上は自分が捜査していた赤星の失踪事件について考えていた。もし、本物の赤星が死んで、その後そのことを隠蔽して別人を赤星に仕立てているなら辻褄が合うと思った。だが、そんな大それたことを彼らはするだろうかという疑問にもぶち当たり、犬上は悶々とする。


「いえ、そんなことは......。あの、犬上さん? どうされました?」


「ああ......。ううん、大丈夫。この二人は調査しておくわ」


そういうと、犬上は事務所を後にした。堂本は頭を掻きむしりながら彼女を見送りもせずに会議室にある椅子に座り込む。すると、件の女優赤星みどりがドアをノックして入ってきた。


「マネージャー」


「ああ、赤星か。入れ......」


「もう、私......。隠し通すの無理です」


「だめだ! 赤星みどりは伝説であり、不死鳥。私たちの希望なんだ! だから、君は『赤星みどり』で居続けなければならない!」


赤星は堂本の顔から眼を放して、下を向く。自分が赤星ではないという噂は本当であり、それは今赤星として活動している彼女と、マネージャーである堂本だけの秘密である。


「もう、私は無理です。だって、私は赤星みどりでも緑川あかねでもない! 加藤瀬奈なんですよ!?」


「違う!! 君は赤星みどりだ。まごうことなき、本物なんだ。いいかい、ほとぼりが冷めるまで君を活動休止にする。あとでまた復帰会見とドラマの撮影をすればいい。それで君は有名でいられる」


「私は! ......わ、わかりました」


赤星は自分の言葉を殺して、事務所を後にする。事務所の更衣室までもどり、私服とサングラス、マスクをつけ始める。そこに赤星の同期であり、堂本によって容疑者の一人に仕立てられていた女性『小峰絵美里』が入室してきた。


「瀬奈」


「えみちゃん......。ここではその名前を呼ばないでって言ってるじゃん」


「なんでよ。あんたは、加藤瀬奈でしょ? それで、マネージャーは?」


「あなたを犯人だと確信してる。ねえ、一緒に逃げようよ。もうこんなとこ嫌だ」


加藤瀬奈は、一度は自分で赤星になることを望んだ女優だった。女優としても、アイドルとしても、うだつの上がらない日々に赤星の失踪が重なり、文字通り自分を犠牲にして頂点へと登り詰めたのだ。そんな赤星となった加藤を小峰絵美里は見かねて外部に情報をリークしていた。だが、それは友情や同情ではなく小峰絵美里が炎上ゲームで生き残ろうとした上での行動だった。


「私はここから逃げない。逃げずにあなたのとこをテレビで話し続ける。そうすれば、救われるってもんでしょ?」


「でも、それじゃ私が......」


「いいのよ、あなたは......。あなたはできるだけ、自分のために生きればいいのよ」


小峰は涙を浮かべる。彼女の涙が演技であることも知らずに、赤星はもらい泣きして純粋に彼女の手をギュッと掴む。


「ありがとう! 私、絶対あなたを迎えに来るから」


そう言って赤星は自宅へと戻るため、事務所を後にした。一方小峰は呆れ笑いをしながらスマホを取り出す。


「ほんと、バカね。あの子......。赤星になれって言ったの、私なのも覚えてないのかしら......。でも、これであの子を火種にできる。 あ、もしもし丸山さん?」


スマホから電話をかけていたのは堂本が容疑者の一人だと言っていた男、丸山だった。丸山もまた参加者でありながら時には運営と手を組んで参加者を蹴落としていき、自分の有利な方へと駒を進めていた。


『はいはい。今度も匿名Kさんの赤星さん情報?』


「はい。今から、彼女家に帰るみたいなので。”サプライズ”をしたいなって」


『了解しました~。それでは、この後のサプライズパーティにご期待ください』


そういうと、丸山は電話を切った。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 一夜明けて、丸山は別荘と銘打っていた郊外から離れた廃墟でパソコンとカメラを取り出して準備に取り掛かった。廃墟には丸山の他に彼自身の手で交渉していったテレビ局やラジオ局の人間が丸山をカメラに収めようと必死だった。


「今日は私の話に乗っていただきありがとうございます」


「いえ、丸山さんのゴシップの数々には我々も助かっておりますから。期待してます」


カメラマンの男の一人が丸山に握手をした後、丸山は配信を始めるとともに周りにいる人間たちにカメラを回すようにハンドサインで指示していった。すべてのカメラの準備が整い、丸山は口を開く。


『皆さんこんばんは! 芸能界マルッと暴露、マルちゃんです! 今日はなぁ、大変な暴露が俺んとこに来たんやさかい、テレビの人にも来てもろたわ』


たどたどしい後付けのような関西弁で視聴者を釘付けにしていく。そこにはすでに『赤星みどりの闇 明かします!』とタイトルが差し込まれていた。当然、赤星はその放送など知らないままスマホでその動画を見つけてしまい視聴し始める。丸山はそれも計算のうちかと言わんばかりに暴露を続けていく。


『匿名さんによると、赤星みどりさんは1週間以上前に失踪してしまい事務所内がパニックになっていた。その後、お友達が行方不明になり赤星さんが戻ってきたということらしいで。中々きな臭くなってきたでぇ』


赤星は自分の家にも関わらず、誰かに見られているようで配信を流しながら遠くへ離れるための身支度を整えていく。


「だ、だめ!! さ、最悪だわ。逃げなきゃ......逃げなきゃ!!」


彼女の悲痛な叫びは丸山には届かない。

さらに丸山は配信を続けていく。


『また、ご友人がかなり詰め寄って話したところ赤星さんはようやくゲロっちゃったとのことです。つまり、赤星さんは匿名さんのご友人であり、事務所で全く売れていなかった女優「加藤 瀬奈」が成り代わっていた。そういうことだそうです! この人は赤星さんのファンたちを悲しませまいと努力したのかもしれない。でも、彼らに嘘をついていたこともまた事実なのです!!』


丸山の放送は切れるとともに赤星は自宅から外へと走った。誰にも見えない見つからない遠い場所を探した。そのとき彼女はすでにパニックになっており、マスクやサングラスのようなお忍び御用達のアイテムをつけ忘れていた。走りゆく彼女に目を奪われていく歩行者たちはみな彼女を指さしていく。


「あれ、赤星じゃね?」


「うわぁ、こわ」


「良心とか痛まなかったのかね......」


「あの子が悪いというより、事務所が悪いだろ」


「いやいや、事務所の意向を飲んだ彼女にも罪はあるだろ。捕まえようぜ! もしかしたら賞金とかもらえるかもよ!?」


どこから出た噂なのかもわからない状態で、SNSや街を行く人々もこぞって彼女を批難していく。

 赤星を無事に炎上させたことにより、丸山は一躍名の知れた人物となっていた。だが、彼もそれは熟知していた。彼自身もバカではなく、今回のゲームに置いて一番のルールは「特定されない」ことにある。彼自身の経歴、本名はすべて偽名や偽証をつかって芸能界の裏事情に迫っていた。だからこそこのような大きな炎上を引き起こすことができたのである。それに、今回の特定対象は丸山自身ではなく赤星に行くため丸山に矛先の行かない最善で最悪の策なのである。


「さて、これで俺の仕事は終わりと......」


「お疲れさまでした!」


「ああ、お疲れさまです。じゃあ、今回私はこれで」


というと、丸山は自分が住んでいる家だというのにそこから永遠の別れをするかのように立ち去ろうとしていた。それに違和を感じたのは他でもないテレビ局のカメラマンだった。


「いえいえ、私どものほうが丸山さんのご自宅へ向かったんですよ? どうしてそんな変なことを?」


「ここが俺の家だといつ言いましたっけ? それに、あなた方は俺を知りすぎた。だから、あんたらに恨みはないが死んでもらう」


そういうと、丸山はすべてを家の鍵を閉めて外へ出た。鍵はカメラマンたちがいる内側からは絶対に開けられないようになっており、地下には裏社会から手に入れた時限爆弾が仕込まれていた。



「裏との繋がりも持っていたら便利だな。にしても、あの市村ってガキがデスゲームの参加者だとは思わなかったけどな」


丸山がさらに廃墟のあった暗がりの森を抜けると、轟音と共に廃墟が爆発していった。昼間に起きたというのに、誰も爆発には見向きもせず赤星の関連する事件に夢中だった。丸山は上機嫌になりながら人込みの中に消えていく。


 デスゲームの被害者となった赤星は誰に言われたでもなく逃げ続ける。誰にも助けを求めれないまま、走り続ける。電車も使えず、タクシーも使えず、ただ彼女は走り続けた。さらに彼女の炎上を皮切りに、あることないことをデスゲームの参加者が炎上のため憶測を述べていく。ハイエナのように寄ってたかっては、自分が特定されないような問題に首を突っ込んでいく。

それでも、彼女は靴が擦り切れるまで走り続けた。すると、大きな山へとたどり着いた。そこにはなにもなく、ただ自然豊かな風景と吊り橋があるだけだった。


「私にはもう、居場所がない......」


吊り橋を渡り、中腹辺りで一人、足を突き出しながら座り込む。

赤星がため息をしたと同時に、横にいた影の薄そうな男が同じような姿勢でため息をついた。


「あなたも居場所がないんですか?」


男は、赤星に話しかけ始めた。男の方はテレビに疎いのか、彼女のことを知らなかった。赤星にとってはそれがなによりも救いだった。


「そう......。だから、もう死のうかなって思って」


「それもいいかもしれません。でも、生きていたら他の居場所が見つかるかも......。僕もこんな場所で死のうと思ったら、友達に出会えたこともあったから」


男は、目の先まである前髪をかき上げてぎこちない笑顔を見せた。

その純粋な眼差しに、赤星は少し心を開かせていく。


「友達か......。あなたは、私の友達になってくれる?」


「わからない。でも、僕はそうなってくれたら嬉しい」


「じゃあ、友達ね。私は、あか......。いや、加藤瀬奈」


「藤宮、誠......」


藤宮と加藤は同時に立ち上がり、共に歩き始めた。

彼らの友情は、始まったばかりであるがデスゲームは彼らの未来を地獄へと変えていくだろう。それだけは確実に言えることである。アカイハコは淡々と時刻を迫らせていく。このデスゲームの運営であるキサラギはそのカウントダウンをただ見守っていくだけだった。


【2ndステージ:炎上ゲーム】


参加者:90名


失格者: 5 名


ゲーム終了(成功者発表)まであと 4 日






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