2-3:炎上ゲーム ~歪みだすものたち~
アカイハコでの炎上ゲームの最中、北条と飯田は一瞬の出会いと別れを繰り返した。この世界は以外にも近くて遠い人間関係が入り乱れる。キサラギはその様子をただただほくそ笑み楽しむのだった。そのようなことも参加者たちは、特にアルバイトにのめり込む飯田には知る由のないことである。
「なんだったんだ......。今のは」
「また、独り言ですか?」
深夜を回り、飯田と緑川は二人きりで静かなコンビニを巡回する。24時間営業のこのコンビニでは万引きも多いと聞かされていた。だからこそ、自分の保身のため体に鞭を打って二人は商品棚を整理していく。
「いや、最近物騒な世の中だなぁって思って」
「そうですね。各地の飲食店やコンビニでバイトが変なことしてSNSで炎上してるみたいですしね」
緑川はそう言いながらスマホを取り出していろんなアルバイト先での炎上をまとめた動画を飯田に見せた。飯田は、その動画を食いつくように見た。どこかにいい情報はないか、自分でもやれる火種はないか必死に探した。だが、そのどれもが飯田にとって行動に移すのに時間がかかりそうだと思い彼自身の心にしまった。
「何が面白くてこんなことしてるんでしょうね」
「もし、誰かに脅されてるとしたら緑川さんはやりますか? こんなこと」
飯田はふと、緑川にそつないことを聞いてみた。それは飯田自身の本心でもあった。事実、アカイハコという逃れられないデスゲームに参加している身として脅されて炎上を狙うという目的があるから彼は言葉を練った。すると、緑川はぽつりと言う。
「やりたくはないけど、生死がかかってたら仕方ないかもしれません。でももしこの人たちがそうだったとしても、憐れんだり同情はしないですけど......。飯田君は、もし私が脅されているから、あなたに炎上をするようなことをしてほしいって言ったらやってくれる?」
緑川は飯田の胸にそっと手を置いて上目遣いで彼を見つめた。飯田は犬上が言い寄ってきた時といい、女性と関係を持ったことがないため、こういった色仕掛けに弱いのは言うまでもない。
「どうかな、報酬によるかも......。もし君がなんでもするというのであれば」
「なんでもか......。それは大変かもね。でも、いいよ。例えば何をすればいい? バイト中スマホいじってたこと黙ってようか? それとも......」
「それ以上の、もっと俺がうれしいこと......」
飯田が彼女の手を取り、彼女の唇に近づける。だが、そのときコンビニの自動ドアが開く音が聞こえた。夜も遅いというのに客はたまにやってくる。それがコンビニの便利性であり、店員の気が抜けないところである。彼らは磁石の同じ極同士のようにすぐさま離れてレジ番と棚の見張りに分かれていく。
「くそっ......。だれだよ、こんな時間に......」
飯田が愚痴を垂れながら客の様子を伺っていると、客の方はちらちらと飯田やレジ番の緑川を見ては棚の前でコソコソとしていた。明らかに挙動がおかしいその女性に声をかける。
「あの、なにかお探し物でしょうか」
「さ、触らないで! 汚らわしい!!」
女性は血相を変えて手を貸そうとする飯田から離れていく。
飯田は彼女の追い詰められたような顔と、ひたすらにこちらに見せようとしない鞄の違和感でさらに疑心暗鬼になり近づいていく。
「すいません。 でも、あの、本当に大丈夫ですか? あと、申し訳ついでなんですけど、鞄のほうも見せてもらえますか?」
「女の鞄なんか覗いて、なに? 男ってそんなに偉いの? あんた、私を知らないでしょ」
「知りませんよ。今さっきここで会ったばかりでしょ」
口論がひどくなったところで緑川が仲裁のためレジから眉を下げてやってきた。
「どうしたの? 飯田君」
「すいません、先輩。この人、ちょっと挙動がおかしくてつい話しかけちゃったんですけど......」
飯田が耳打ちで『万引きの可能性がある』と言うと、緑川は彼を少し離れさせて目を見開いて今にも癇癪を起して爆発しそうな女性客をなだめる。
「この度は後輩がご迷惑をおかけしたようで......。申し訳ありません」
「あの人きっと痴漢よ。あなたも気をつけなさい......。私、こう見えても活動家してるの。あなたも男性のことに悩みがあったら相談なさい」
女性客は名刺を渡した。それはどの会社にも属しておらず、しかも手作りのようなガタガタな紙と『活動家 和田 ひとみ』というふわふわとした肩書が書かれていた。緑川は彼女を一気に怪しみながら会話を長引かせていく。
「はぁ......。それで、本日のご用は?」
「いえ、もう済んだわ。ここには特になにもなかったから帰るわ」
女性客はいまだにきょろきょろと目を泳がせ、かばんをこちらに見せないようにしながら立ち去ろうとする。緑川は後ろでレジ番を変わらせていた飯田を目くばせで呼び戻す。
「ちょっと、この人と『お話』してくるから......。レジ番とかよろしくね」
そういうと、彼女は先ほど渡された名刺を渡してスタッフルームに和田を連れ込んだ。飯田はふと名刺の裏をみた。そこには緑川の字で『110』と数字だけが書かれていた。飯田はなんとなくそれを察した。
「110番しろってことなのかな。でも、その前に......」
飯田はおもむろに写真を撮った。そしてそれを何の加工もせずに投稿する。
変な客が来たという文章と共に掲載された投稿は彼の見ぬまに瞬く間に広がっていった。そんなことも知らずに飯田は110番ではなく、犬上に直接電話をかけた。すると、犬上は深夜にもかかわらず電話に出てくれた。
「あの、飯田です」
『あ、イケメン君! こんばんは。私に直接何の用?』
「お仕事の依頼、していいですか? 警察の」
そういうと、犬上はため息をつきながら断りを入れた。
『ごめんねー。今ちょっと取り込んでるから......。デートの誘いだったら受けたかもだけどねぇ~。じゃあ、またデート誘ってね? じゃ』
犬上との通話が切れてしまい、落胆していると和田がスタッフルームから飛び出してきた。飯田がスマホから目を離した一瞬の出来事だった。飯田の体はまったく言うことは聞かず茫然としていた。
「なにしてんの!? あの人、万引きしたまま逃げたんだけど? 追いかけて!」
「は......はい!」
緑川の落胆と怒りの表情を募らせて指示してきた姿に飯田は自分を責めながらもコンビニを飛び出していく。暗い街の中、和田の着ていた黒いワンピースはまったく見えなかった。それでも飯田は緑川の期待に応えるべく必死に追いかける。だが、和田はどこにも見当たらなかった。まるで神隠しにでもあったように、姿を消していた。
「......はぁ、はぁ......。くそ!!」
飯田は肩を落としながら、コンビニへと戻る。彼には見えていなかったが<彼>は確実に失格者を
「もう、あなたには期待しません。......今日はもう上がってください」
「はい。お疲れ様、でした」
スタッフルームに戻り、彼は制服を脱ぎ捨て乱雑にバッグに詰め込んで目を伏しながらコンビニを後にした。自転車で数十分ほど漕いで、ようやく自分で借りた藤宮誠の待つアパートに戻った。
「ただいま~って、もう寝てるか」
藤宮はすでに寝床に入っており、冷蔵庫には晩御飯だったのであろうおかずがタッパーに入れられていた。
「いつも悪いな。マコ......。だが、もう少し使わせてもらうぜ」
飯田は微笑みながら冷蔵庫を閉めて、私服のままベッドに倒れ込んだ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
飯田が朝起きるとすでに藤宮は身なりを整えて外出の支度をしていた。飯田は藤宮が家を出るのを見るのがあまりなかったため、驚いて引き留めた。
「おい! どこいくんだよ」
「え、どこって散歩だけど......。一緒に来る?」
「ん、うーん......。行くよ」
飯田は藤宮が外へ出た隙に、自分の元へ帰ってこないのではないかと内心恐れていた。飯田は不信ながらも着替えて共に散歩するのだった。彼らが奇妙な共同生活をしてからというものの、あまり会話という会話はしてこず飯田はバイトに明け暮れていたため終始無言が続いた。だがそれを破ったのは藤宮だった。
「いつも一緒に住んでるのに、こうやってしっかり話すのって最初に会って以来かもね」
「そう、だっけ?」
「もう友達なのにね」
藤宮はぐいぐいと歩くスピードを速めていく。だが、それに付いてはいけず飯田は少しゆっくりと彼を追いかけていく。飯田は少し負い目を感じていた。彼に藤宮との友情はない。それにも関わらず、藤宮は純粋に自分を慕っているようで恐ろしく、そして責任の重さを実感した。彼の無邪気な笑みと『友達』という言葉に飯田は黙るしかなかった。
「どうしたの? 飯田君」
「いや、なんでもない。......なぁ、お前はこの生活、続けて平気なのか?」
「なに? 僕と一緒に住むのが嫌なの?」
「そうじゃない。お前『バイトもするな。家の周りの仕事だけしてろ』って
いう友達っておかしいって思ったことないのか?」
そういうも、藤宮は首をかしげる。
「友達の頼みだもん。僕は平気だよ? それとも、僕の料理まずかった? 洗濯物畳むの下手だった? 何でも言って。直して見せるから」
飯田は藤宮のなんでも他人に迎合しようとする性格に少し引いていた。飯田は立ち止まって藤宮から目をそらして言葉を見つけていくように話す。
「別に......。直すとこはねえよ。しいて言うなら、その性格だと思うぜ......。もっと自分の言いたいとかやりたいこととか言えばいいだろ」
「僕は特にない。友達がいればいいから。それに、初めての友達なんだから合わせて当然じゃん。僕は友達に合わせたい」
「そこまでする必要ねえよ。俺達そこまで仲良くねえだろ」
「他人だった僕に家を与えてくれて、料理のこと褒めてくれる。これのどこが友達じゃないっていうの?」
「利用してるのは友達じゃねえよ!」
飯田は自分でも矛盾していることを言っていた。
自分自身が藤宮を利用しているはずであるのにも関わらず、飯田は悩んでいた。
眉を顰める飯田に、藤宮は笑顔で返す。
「大丈夫だよ。利用されてても構わない。飯田君が優しくしてくれたのは本当だから。その恩返しに僕のことを利用してるならなおさらね」
藤宮は飯田の手を取って近づく。だが、飯田は藤宮の重苦しいほどの感情に耐え切れなくなっていた。自分の利用価値よりも彼自身の純粋さに重圧を感じてしまった。
瞬間、飯田は藤宮の手を離した。
「やめろ! 気持ち悪い」
「え」
「あ......。すまん」
飯田は自分が藤宮を見放したことに驚きつつも、すぐさま謝りをいれた。
飯田は心の底では藤宮を友人として接していたということは自分でも分かっていない。だからこそ、藤宮もそれを理解できないでいた。
「なんでそんなことするの? あーそうか。今のお前は飯田君じゃないからか......。じゃあ、今いるのはだれ? 返してよ。 飯田君を返して! 返せ!! かえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせ!!!」
飯田は自分の首を絞めようとしてくる藤宮の腕を掴み、振り払おうとする。
だが、藤宮自身の意思が力を増幅させていた。息も絶え絶えになりながらも飯田は踏ん張りを利かせる。
「こんなとこで死んでたまるか!!」
藤宮を振り払うも、彼はまたも飯田の首を絞めようと突進してくる。
飯田は即座に携帯で電話をかけようとするも、藤宮にスマホを振り払われる。
「逃げるな!! 僕を見ろ!」
飯田は藤宮の腕を避けて、スマホを拾った。そのまま姿勢を低くして周りを見ていると、近くにあった公園を見つけた。
公園へ向かい、砂場の砂で彼の視界を奪う。藤宮は目を閉じながらも飯田に拳を当てようとする。飯田はすんなりと避けて藤宮を殴り飛ばした。
「いい加減にしろ!」
藤宮はびっくりした様子で飯田を見つめる。
飯田は、さらに倒れ込む藤宮に、持たせていた合い鍵を彼のポケットから取り出して睨みつける。
「ご、ごめんなさい!! も、もうしないから許して!」
「ふざけんじゃねえ!! 二度と俺の前に現れんな......」
飯田は、自分の理性とは反対に流れていく涙をぬぐいながら藤宮を公園に置き去りにした。飯田はその後、アパートに一人戻り、藤宮が使っていた歯ブラシをゴミ箱の中に捨て、冷蔵庫の中に入っていた彼の作った料理さえも生ごみに捨てた。さらには先ほどまで藤宮が寝ていた布団を畳み、自分の背もたれにして座り込む。
「お前とのシェアハウス、嫌いじゃなかった。さっきみたいなことさえなけりゃ、デスゲームなんてなくても楽しく暮らせてたかもな......」
飯田が落ち込む一方で、藤宮は飯田のアパートを見つめていた。
階段で行ける距離のはずなのに、遠く及ばない飯田のアパートに見切りをつけ、当てもなく彷徨っていく。だがその顔は狂気に歪んでいた。
「まあ、いいや。友達はもっと増やせる。尾藤君だって、待ってるんだし......。デスゲームで人を殺した分だけ友達が増えるんだ。そしたら、君なんて必要なくなる。 デスゲームで優勝して君が泣きついてきたって友達にはしないからね......」
藤宮の言葉は運営に直接は届いていないだろう。だが、キサラギはどこかでこの顛末を見て、聞いて楽しんでいるのだろう。デスゲームはまだ続く。炎上の炎がいつまでも絶たないように。そしてその炎は、より一層過激になっていくのであった。
【2ndステージ;炎上ゲーム】
参加者:93 名
失格者:2名
ゲーム終了まであと 5 日
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます