2-2:炎上ゲーム ~人間不信~

 炎上ゲーム2日目の朝、事件が起こる。飲食店で睨みを利かせては迷惑行為を繰り返していた市村達が警察の手にかかった。彼らはすぐに留置場へと送られていく。彼らを逮捕へ導いたのは二人。彼らの鮮明な顔の写真を投稿した北条と、その投稿を見て直感で行動していた犬上愛美の行動力によるものだった。


「これで、こいつらは参加者でなくてもこれでジ・エンドね」


警察へ届けて出ていた北条は犬上の独り言に少し耳を傾けていたようで、ふと気になり問いかける。


「......? なにか、言いました?」


「いえ、何も......。 ご協力ありがとうございました。ここからは私が引き継ぎます」


犬上が敬礼を終えると、北条は不信がりながらも警察署を後にした。北条は久しぶりのバイト先での休みにホッとしつつも警察署に事情聴取されたことに不満を持っていた。というのも今日は彼の推しである赤星みどりの3rdシングルの予約開始日であった。店頭予約でしか手に入れられないことに、一抹の不安を抱えながらもCDショップへ駆けつける。


「うわ、並んでるよ......」


北条はここに並んでいる全員が転売ヤーなのではないかと邪推してしまう。赤星みどりのファンは多く、転売ヤーの餌食になることは多々ある。北条もその一人となった経験があり、列に並ぶ時の独特なイラつきも相まって怒りが湧いてくる。そのまま写真をとり、怒りに任せて投稿する。


「うわ、コメント来てるよ。『みんながそうとは限らない』? 全員転売ヤーじゃない証拠もないでしょ。正論ばっか言ってんじゃねえよ」


スマホを見つめていると、列が動き出す。

CDショップのレジにはすでに赤星の予約特典であるポスターが張られており、大々的にアピールされていた。さらにCDの初回特典には特別握手会のチケットもあるため数倍レアなのである。次々と受け取りが完了していき、やっと北条の番となった。


「それではQRコードの提示をお願いいたします」


店員の一人である男が北条へ伝えると、彼はきょとんとした。最悪なことに、北条は今回のCD予約はファンクラブ会員限定販売ということを知らなかったのである。さらに最悪なことは北条はファンクラブに入っていないため、実質受け取る権利はない。だが、彼は引き下がらない。


「す、すみません。今は......」


「今提示してほしいんですが......。提示できなければ、予約していたとしても受け取りはできませんので」


「さすがはみどりちゃん、転売対策がしっかりしている。でもどうして知らされなかったんだ!?」


「そんなの知りません。すいません! もう、後ろの方どうぞ!」


店員は北条をむりやりどかし、後ろにいた客を優先させた。北条はこれまでの怒りが爆発したかのように怒り始めた。


「ふざけるなぁああああ!!!」


北条は店員の胸倉をつかみ、殴りかかろうとするとすぐに別の店員が押さえつける。


「警察だ! 警察を呼べ!!」


すぐに警察沙汰となり、警官の犬上が駆けつけてくる。犬上は北条の顔を見た途端、笑みがこぼれそうになったが、必死に口で押えた。彼女は、とにかく北条に手錠をかけて大人しくさせていた。胸倉をつかまれた店員の方は、ホッと一息をつく。


「もう安心ですよ~。お兄さん。ってあれ、この間コンビニにいた子じゃない。お久しぶり。コンビニバイト、クビになったの?」


犬上は彼の胸元に輝く『飯田 豪』というネームプレートと彼の整った容姿ですぐにピンときた。対して飯田は、またも顔を思い出せず苦い顔をするもさすがにすぐに思い出し始めた。


「ああ、あのウザがらみしてきた警官の......。確か、犬上さん」


「あら、やっと名前覚えてくれたのね。うれしいわ~。でも、今日は仕事だからお話はまた今度ね。これ、あたしの電話番号。もち個人のだけど」


そういって犬上は飯田に自分の豊満な身体を当てつけながらYシャツの胸ポケットにゆっくりと番号を書き記したメモを忍び込ませた。飯田は、女性からの初めてのアプローチに赤くなりながら彼女を見送った。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 北条はというと、犬上にパトカーでそのまま留置場に連れられて行った。皮肉にも自分が通報した市村と相部屋となってしまい、彼は気まずくなりながら留置場へ入れられた。


「お前、オレを売りやがった店員か......」


「ヒッ! ちょ、ちょっとおまわりさん! この部屋だけは勘弁してくださいよ!」


北条の泣き言に犬上は、追い打ちをかけるように留置場の檻を掴んでいた彼の手を踏みつけた。


「あんたがぜ~んぶ悪いのよ? でもあなたみたいな台風の目みたいな男、嫌いじゃないわよ」


犬上が足を放して、留置場から離れると北条は汚いベッドの上で座り込む。だがすぐに隣に市村がいることに気付き床に正座する。


「別にオレはてめえを取って食いやしねえよ」


「......怒って、ないんですか?」


「オレはやりたいことをやった。だから自分がどうなるかも分かってた。だから、お前に逆恨みしたりはしねえ」


市村はベッドから立ち上がり、床に胡坐をかいて北条に近づく。だが、市村の三白眼と耳に複数ついたピアスという身なりに彼はただ離れるしかなかった。


「意外と、大人なんですね......」


「そうでなきゃ、生きれねえからな。ただ、お前の店に迷惑かけたのは謝る」


「なら、あそこまでしなかったらいいじゃないですか。 よくわからない人だな」


「初対面で悪いがおまえ、ダチいねえだろ......」


彼の優しさが北条には不可解でしかなかった。社会の外にいる人間が、ここまで真人間であるわけがないという偏見が北条の本心を邪魔していた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 彼らの間に友情など芽生えずに留置場で二人は夜を過ごす。そこは冷暖房も効いておらず不快でしかなかった。安眠する市村に対して、北条はあまり寝れないでいた。


「う、うう......。早く、帰りたい。みどりちゃんが、ボクを待ってるのに......」


妄想を抱きながら、彼は目を閉じようとする。だが、異様な音に起こされる。

ズズ......ズズ......。何かが擦ってこちらに近づいているような気がした。

ズズ......ズズズズズズ! こちらに近づくほど、それは早く小刻みになる。

彼は留置場の端にうずくまっていると、檻の向こうから直角に曲がっているとしか思えない角度から胴体が現れ、顔が真正面にこちらを捕らえていた。その顔はのっぺらぼうでどこを見ているかわからなかった。北条は、突然の出来事に驚き市村を起こす。


「市村さん! 市村さん、起きてください!」


市村は起きた途端、北条を睨みつける。北条は双方にビビりつつも市村さんに怪異のいる檻を指す。


「あ、あれ!!」


「な、なんなんだ......。あれ」


市村にも見えているようで安心しているのも束の間。怪異は北条たちを見つけるなり、檻をすり抜けてこちらへ例の擦った音と共に向かってきた。それは、身長4~5mほどの大男ののっぺらぼうで天井に頭をぶつけていた。目はないが、確実に市村の方を向いているように北条は感じた。


「い、市村さん!」


「くんじゃねえ!! こいつはオレが獲物らしい......」


市村の野性的な勘は当たり、彼の抵抗むなしく市村は怪異に首を掴まれる。

北条は何もすることもできず、ただ茫然と口を手で覆い必死に沈黙を守って座り続けていた。


「ぐ、ぐああ!? くぅっ!!」


いくつもの死地を乗り越えたであろう市村でさえも、怪異とは相性が悪いようで暴れていた手足はすぐにだらんと垂れ下がった。市村だったものは怪異に投げ捨てられていく。するとくるりと体を回転させ、こんどは北条に向かう。


「な、なんなんだぁ!! おまええええ!!」


すると、怪異は手を出してきた。どこから出してきたのか、その手の中にはスマホが置いてあった。スマホはすでにつながっている状態で、画面には『キサラギ』と書かれていた。


「な、なに??」


『お疲れ様です、キサラギです』


怪異の持っていたスマホからキサラギの抑揚のない声が聞こえてきた。

北条は怪異に怯えながらもキサラギの言葉を聞き続ける。


『<彼>はアカイハコのゲームを成立させるための審判のようなものです。非常に厳格ではあるのですが、残虐性が高く少し手を焼いております。市村様は残念でしたが、主審の私からするとあなたはグレーゾーンなのです。ゲームのルール上、SNSでの特定があくまで失格条件なので、まだ報道されていないあなたにはコンティニューの権利がある。私はそう思っています』


「つ、つまりボクにはチャンスがあるってことだな?」


『その通りにございます。これから私とエクストラゲームをしましょう。私が30数えますので、それまでに留置場から出て他の場所に隠れてください。<彼>はそれこそ目も耳も鼻もありませんが、あなたの顔も、足音も知っています。逃げ続けることも壁に張り付いているだけでも見つけます。ただ、<彼>は光を嫌う。その中で、5分間逃げ切ったらあなたの勝ち。本日のことは不問とします。それでは、よーいスタート。1......』


カウントダウンが始まり、北条は急いで檻の鍵を開けた。怪異のお陰か、キサラギが手を貸していたのか、檻は簡単に開き北条は脱獄した。カウントダウンが聞こえなくなるまで走り出す。北条はまずキサラギの言っていた明るいところを探した。だが、今は夜だ。明るいところは外にどこにもない。ほのかに明るい街灯だけが北条の焦る姿を映していた。彼はとりあえず人気のある家の窓の下に座り込む。


「もう、30秒経っただろうか......。とにかく、ここで様子を見てダメそうだったら移動するしかない......。あいつは足音でも寄って来るとは言ってたけど、逃げ切ればいいんだ。みどりちゃん、ボクに力を与えてくれ......」


彼は自分のスマホのホーム画面にしていた赤星みどりを見つめた。その後、彼は今いるところより明るい場所を探していた。すると、自分の目線の先にコンビニが見えた。それと同時くらいに、彼の目にはあの怪異が映った。キサラギの言葉を信じてただ彼は全速力で走る。その音を聞いていたのか、怪異はまたもズズズ......という音を出して手をまっすぐにしたまま走ってきていた。

 

 北条は必死にコンビニまで走っていく。そしてようやく彼はコンビニに入ることに成功し、店員に詫びを入れることなくトイレにこもった。スマホをじっと見つめ、時間が来ないか祈り続ける。しばらくすると、トイレの外側からノック音が聞こえてきた。北条は焦って口を押えた。だが、彼の予想とは裏腹に店員らしき男の声が聞こえてきた。


「大丈夫ですかぁ? お客様ぁ?」


「......す、すいません! も、漏れそうだったので! ご心配なく!」


そう言うと、店員はトイレから離れた。北条は、声が聞こえなくなったのでホッとしていたのも束の間、スマホの電話が鳴る。北条は誰にも聞こえないように音量を下げて電話に出る。


「はい......」


『おめでとうございます。エクストラゲームクリアです。これからも、幸福実現のためアカイハコをよろしくお願いいたします』


キサラギの声に北条は安心して外に出ると、コンビニの窓には怪異は見えなかった。

なんだったんだろうと、思いつつもさきほど心配していたであろう店員の元へ向かう。


「あの、お手洗いありがとうございました。え」


「ああ、いえ......。ん? あなた、どこかで......」


店員が顔を上げると、北条の汗だくな姿と丸い黒ぶちメガネに見覚えを感じていた。

だが、店員は首をひねる。一方の北条はというと、彼の容姿と名前に書かれていた『飯田 豪』という文字に驚きを隠せなかった。飯田はコンビニの他に例のCDショップを掛け持ちしていることを北条は知る由もないからだ。北条は他人の空似だろうと、彼に会釈してコンビニを後にした。


 誰も幸福にならないゲームはまだ続く。参加者の誰もが自分が成功者なのかもわからないまま、炎上するための火種を探し続ける。それはただ自分の願いを叶えるため、そして純粋に生き残るために......。


【2ndゲーム:炎上ゲーム】


参加者:94名


失格者:1名


ゲーム終了まで 5 日




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