1-3:宝探しゲーム ~対決~

 1stゲーム宝探しゲームの残り時間が8時間を切り、成功者は80人ほどにまで増えていた。一般人であれば今日はいつも通りのけだるい月曜日である。だが、200人あまりいる参加者にとってはもっとも最悪な月曜日となる。参加者である藤宮誠もそのうちの一人であった。学校という束縛に加えて、家庭という束縛もあるせいもあり彼はいまだこのゲームに参加し続けている。


「まずい......。今日がラストチャンスなのに、学校だ」


 彼は授業に受けながらも、机にスマホを隠してSNSで情報を集めていく。そこには突然失踪した赤星みどりの動画や、それについて言及する丸山の発言も流れていた。藤宮は心痛めながらも丸山の情報を集めていく。藤宮はこれまでも丸山の情報を頼りに多くの橋を見てきた。だが、どこも当てはまらず苦戦していた。彼が頭を抱えていると学校のチャイムが鳴る。


「え、もうお昼休み?」


クラスメイトが学食へ移動していく空気感に、彼は一人時代に置いて行かれたように教室で孤独になった。彼はそれをいいことに学校を飛び出して、近くの裏山へ向かうことにした。正門には守衛が一人座っているが、裏門にはそれがいない。彼はそれを知っていて裏門を通って山道を登っていく。


『今日もオレの思い出の地探索コーナー!! おお、これはオレが中退した高校ですね! どのへんだったかなぁ......。 ああ、そうそう。 H県J市のA山だ。そういえばそこにも高い吊り橋あったような......』


「うちの近くだ。でも昼休みは短い。早く探しに行かなきゃ」


藤宮は歩きながらスマホで丸山の動画をもう一度再生していく。藤宮は丸山を遠い先輩のように思っていたが、丸山自身はここの出身ではない。まったくのでたらめなのである。藤宮や彼の他にいる学校の生徒をあぶりだすためだけに彼は動画を撮っていた。そんなことも知らず藤宮は丸山の情報を鵜呑みにしてA山へ向かう。


「お昼が終わるまでに帰れるかな......」


 山道がうねりだし、さらに奥へ進むと吊り橋が見えた。アプリを開き、画像を確認すると似たような飛び出しぼうやの標識看板があった。藤宮はここだと確信して隅々まで確認する。


「どこにあるんだろう。きっとここにあるはずなんだ」


藤宮はさらに橋の向こうに渡ろうとした。だが、彼の後ろからもう一人誰かが向かってきているようで、吊り橋はさらに揺れる。藤宮が後ろを振り返ると、そこには同じ学生服を着た男が青い顔をして立っていた。


「尾藤君? どうして君が」


「藤宮、おまえだって。何でここにいるんだ?」


藤宮は答えに困った。ここでゲームのことを話すと、運営から送られてきた動画の中の人のように死んでしまうと感覚で恐れていたからだ。だが、それを見抜いているかのように尾藤は彼を追い抜いてスマホを取り出して振り向く。


「お前、もしかして”仲間”なのか?」


尾藤のスマホにはアカイハコのアプリが入っていた。藤宮は驚きと共に疑問も感じた。彼が、尾藤がどうしてそんな自暴自棄のような行為をするのかと感じていた。だが、その時にはもう彼の手にはキューブが取られていた。


「で、でも君が見つけたとしても、僕が君のことを運営に言えば失格になるんだぞ!」


「そんなの、お前が死ねばいいだけだろうが!」


 突如として尾藤はバタフライナイフを胸ポケットから取り出し、吊り橋に佇む藤宮めがけて走り出す。藤宮もとっさに彼のナイフをよけ、彼と立ち位置を変えながら後ろへ下がっていく。


「僕は死にたくない! まだ友達も作れてないのに!」


「おまえ、こんな時に何言ってるんだ? もしかして、それが願いなのか? ガキかよ......。おまえ、学校のクラスでなんて言われてるか知ってんのか?」


 藤宮はただ尾藤の言葉を聞くことしかできなかった。彼が口下手だということもあるが、クラスメイトからの評価を一番に気にしたからだ。藤宮は尾藤の言葉を待つ。尾藤は反抗もしない彼に嫌気を指しながら続ける。


「......ハァ。『空気』だぜ? 空気に友達ができると思うのか? お前、可哀想だな。だから、いっそのこと殺して楽にしてやるよ!」


尾藤はバタフライナイフをぎこちない動きで振り回す。そして、彼は吊り橋の上でフェンシングのように藤宮を後ろへ後ろへ運ぶ。吊り橋を抜けて、尾藤は向きを変えてどんどんと藤宮を追い詰める。一方藤宮は抵抗することもできず、避けることしかできないまま崖の淵まで追い詰められていた。


「やめてよ!! 僕は何も見てない! そういうことにしようよ」


「そういうわけにもいかねえんだよ。お前を殺さない限り、運営は俺を殺しに来る。俺にはこれしかないんだよ!」


尾藤は藤宮の胸めがけて振り下ろすも、藤宮はなんとかして彼の腕を掴み、数ミリ手前で抑える。だが藤宮の足元も、一寸先は生き残るのが不可能なほどの高さだ。藤宮は尾藤の両手を横に振り払おうとする。だが、彼の運動もまともにできない力では警察のようにうまく相手を倒すことはできない。藤宮は苦い顔をしながら、尾藤の腹めがけて足を蹴り飛ばす。 その反動で、尾藤が持ち出したキューブは彼から遠く離れていく。


「ごめん!! でも尾藤君、こんなのおかしいよ!」


「がはっ......ふざけんな。友達作るためだけに命張るおめえに言われたくはねえよ! さっさと死ね!」


尾藤は一度自分の腕を引いて藤宮の腕をはがした後、もう一度ナイフで彼の胸めがけて振り下ろす。だが、そのギリギリのところで藤宮はナイフを掴み、尾藤もろとも横へ流す。それが災いしてか、尾藤は崖の淵に落とされてしまう。藤宮は驚きのあまり彼の腕を掴む。


「尾藤君!!」


「放せ! お前に助けられるならここで死んだほうがマシだ!」


「何か方法はあるはずだって!!」


だが、尾藤は藤宮の言葉をまったく聞かずに彼の腕にナイフを突き立てる。


「ああ! ああああああああああ!!!!」


藤宮の中から初めての感情があふれ出ていた。人を殺したときの絶望・罪悪感、友人を失ったときの悲しみ、そして自分自身への責任感......。すべてが合わさって、彼の目から涙があふれていた。だが、彼に悲しみに浸る時間などない。スマホは無慈悲にも鳴り続ける。彼は、自分の両親だと思い込み涙を必死にぬぐい電話に出る。


「も、もしもし? お母さん?」


『お疲れ様です、キサラギです。藤宮誠様、おめでとうございます。あなたは誰にも見つからずに宝物を見つけました。1stゲームクリアです』


彼の無機質で配慮の無い言葉が藤宮を混乱させる。

彼の情緒は不安定になり、しだいに怒りとなっていた。


「ふ、ふざけないでくださいよ。人が死んだんですよ? 目の前で......。こんなのやってられない!」


『アンインストールされるおつもりですか?』


「そうだよ! どんなゲームにだってやめる権利はあるはずだ。僕はもうこんなことやりたくない!!」



だが、キサラギは抑揚のない声で藤宮を一蹴する。


『1stステージ成功者に、もう拒否権はない。あなたは勝利した。それで問題ないはずだ。それに、あなたが最後まで勝ち残れば【死んだ人間を生き返らせる】という幸福を実現させられるかもしれませんよ』


その言葉に、藤宮の心は揺らいでしまう。彼の心にはまだ尾藤を殺してしまった傷跡が残っている。それを埋めるかのような言葉に、彼は心酔していく。


「......僕が尾藤君の命を助けたら、彼と友達になれるかな」


『それがあなたの幸福というのなら、私たちはそれを実現させましょう。それこそが我々が行うゲームの存在理由です。それでは、第2回戦のアナウンスまでしばらくご歓談を』


 スマホからの音声はプツリと消えた。藤宮は放心状態になりながらも尾藤のポケットから落ちたキューブを握りしめて吊り橋を後にした。学校までは少し時間がかかったものの、午後初めの授業の10分少々遅れただけだった。彼は他の生徒や先生の様子を伺いながら、自分のクラスに戻る。だが、藤宮はこれまで以上にクラスの雰囲気に違和感を感じていた。どこか他所のクラスに来ているような感覚。そして、視線。なにかがおかしいと感じた。


「すみ、ません......。トイレに行ってました」


彼は必死になった嘘をついた。呪文を唱えるように嘘を馴染ませていたので自信はあった。だが、彼の嘘以上にクラスメイトはきょとんとしている。授業をしていた先生もどうやら藤宮を認識できていないような顔であった。


「ん? 君は......このクラスの子かな? どこか教室を間違っていないか?」


「え。僕は1年2組の藤宮ですよ? 間違うはずがない」


 教室を見回すと、机はすべて生徒が座っていて藤宮が座っていた席は見当たらない。それに、彼のクラスメイトであった尾藤の席もなかった。そこに何の違和感も感じずに生徒たちは座る。ただ違和感のある所とすれば、藤宮と尾藤、二人の机が無くなっていて教室の奥に若干のスペースがあることくらいだ。彼は、一瞬にして青ざめた。この状況を飲み込めず、いや一瞬よぎったものの理解したくなかったのかもしれない。彼は自分がいたはずの教室を後にして、自宅へと走る。こんなことがあっていいわけがないと彼はがむしゃらに走る。とうについたころには晴れていた空も陰りだしていた。これから先に起こる不幸を予感しているかのように......。


「た、ただいま!! お母さん!?」


専業主婦の母が自宅にはいるはずだと踏んだ藤宮は声を震わせながら自宅の1階を探索する。だが、そこにはだれもいない。もしかしたら、2階の母の部屋かもしれないと思い、階段を上ろうとした。その時、階段の上からどたばたと音がして藤宮の母親が彼の父愛用のゴルフクラブを持って鬼の形相で藤宮を見つめる。


「ど、どうしたの? 僕だよ! 誠だよ」


「どちら様ですか! ひ、人を呼びますよ!?」


「何言ってるんだよ、母さん。僕が分からないの?」


「うちには息子なんていません! それに、その手に持ってるものはなんですか!?   もしかして、それで私に襲い掛かろうと??」


そう言いながら、震えながらズボンのポケットから藤宮の母親はスマホを取り出す。

その画面にはすでに『110』の番号が押されていて息子であった藤宮誠を脅していた。藤宮は、さらに混乱した。自分の母親も、自分がいた教室にも居場所がない。そもそも存在すらなくなっているというのだろうか。

彼はわけもわからず、自宅を後にする。

彼の悲しみに呼応するように外は雨脚が強くなる。彼は行く当てもなく、ただひた走る。 ただ、どこへ行くとも決めずに走っていると、さきほど尾藤を殺してしまった吊り橋にたどり着いていた。


「なんで、またこんなところに......」


彼は吊り橋を渡り、その中腹辺りで足を外に投げ出して座る。彼にはもう拠り所も、生きる目的もなくなっていた。


「尾藤君、君のヒーローにはなれそうにないよ......。世界はみんな僕のことを忘れちゃったみたいだ。......へへ、なんかごめん。中二病みたいだよね。でも本当なんだ。君がいなくなってから、このキューブを手にしてから、世界が書き換えられたんだ。僕、どうしたらいいんだ......」


しきりに雨が降る中、藤宮は小さなキューブを学生服に忍ばせた。

藤宮は、ただ落ちていく涙を止めることができずに頭を押さえる。そんな彼を一つの傘が止まる。傘の持ち主は藤宮の視線までしゃがみ、優しく話しかける。


「どうしたんだ? もしかして、迷子?」


「......」


藤宮は自分に対して優しい言葉をかけてくれる男に対してなにも言うことができなかった。傘の男は困り果てながらも、彼に手を差し伸べる。


「ここにいちゃ危ない。とにかく、今は俺のとこで休もう。次のことはそれから考える。それでいいかい?」


「......どうして、ここまで優しく?」


「俺、昔ここで死にかけたことがあるんだ。でも、ある人のおかげで助かったんだ。その人は見返りを求めなかったけど、俺は恩返しがしたい。だから生き続けて金を稼いでる。君も、そうやって生きる目的を見つけて欲しいんだ」


傘の男は、再度藤宮に手を伸ばす。すると、さすがに藤宮の方も心を救われたのか彼の手を取る。彼は殺してしまった尾藤のためにも生き残ることを心で誓う。


「ありがとう、ございます。あの、お名前は?」


「ああ、ごめん。名前言ってなかったな。俺は、飯田。飯田豪だ。よろしく」


「藤宮、誠です。よろしく、お願いします......」


こうして藤宮は、飯田のさす傘の中に入り彼が運転していた車の中に入っていった。

藤宮は飯田がゲームの参加者だとは夢にも思わずにただ彼のうわべの優しさについていく。一方、飯田は藤宮が参加者であろうとなかろうと彼を自分の必要なコマとして自宅に招いていく。


 これは、アカイハコというアプリから生まれた運命かそれとも偶然の出会いか。参加者たちは幾度ともなく、すれ違い別れる。誰が参加者かもわからないまま、始めのゲームは終わりを告げた。


【1stステージ:宝探しゲーム】

成功者:95名

脱落者:210名

失格者:7名





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