1-2:宝探しゲーム ~錯綜する情報~

 アプリ内の時間はどんどんと減っていく中、ゲームの参加者の中には画像の場所にたどり着けた者も増えてきており、一桁台だった成功者もいまでは50人以上となっていた。それにはちょっとしたからくりがあった。というのも、ゲームが開始されてすぐに2人ほどアカイハコの情報を他人に見せて探し当てようとした者がいた。そのうちの一人、赤星みどりは女優であり動画配信サイトで独自のチャンネルを保有している配信者でもあった。彼女はエスニックな美貌と、巧みな演技で人々を魅了していた。


『みんなー! 今日も配信来てくれてありがとう。 あ、ふらいとさんドラマ見てくれたんですね! 今、私はドラマ「ブキミな恋人」で和藤しずか役として出てるんですけどかなり面白いんで見てくださいね。リアタイできてない人でも配信もあるので~』


彼女はスラスラと宣伝を交えつつ、配信をこなしていく。彼女の言葉と美貌にコメントは賞賛し、スパチャを投げていく。彼女は自宅の一室を映しながらゲームの画面をキャプチャーで共有する。


『今日は、最近流行りの【geosearch】で地図の場所当てしたいと思います!』


 彼女はアカイハコにある「他人にゲームをプレイしていることを知られてはならない」というルールは理解していた。だからこそ、似たような流行りのゲームを抜き出してプレイしているのだ。配信中、彼女はゲーム内で出されたお題とすり替えるように自分が依頼されたアカイハコからの画像を取り出した。配信している人たちは誰も彼女が一歩間違えば死んでしまうゲームをしているとは思わず手助けをしていく。


『ここかぁ~。なるほど、ありがとね~! みんなよくこの場所を特定できるね。......そろそろ終わりますか! じゃあ、またね~』



赤星は配信を切ると、おもむろに自分のパソコンの横に置いていた缶ビールに手をかけた。彼女は撮影の無い日になるとすぐに缶ビールを取り出し、自宅高層マンションの30階の窓辺から夜景にたそがれながら晩酌を嗜んでいる。彼女自身の唯一のプライベートと言っても過言ではない。


「ふぅ......。しみるねえ~」



避けに浸りながら、彼女はスマホを取り出した。彼女は「アカイハコ」を見つめてはニヤニヤとしていた。


「あとは、コメントで教えてもらった場所にいくだけか。G県か。明日の撮影場所に近いし、先に行って探すか」


意気揚々としていると、スマホから通知が一つ来た。それはSNSのダイレクトメールだった。その内容は脅迫ともとれるようなもので『お前を特定した。あのゲームに参加していることは分かっている』と書かれていた。彼女はそれを見て自分の顔を触った。


「まさか、この人も私と同じ参加者の一人ってこと? でも、こいつも特定できれば彼も芋づる式で殺せるんじゃない?」


だが、そう簡単にはいかなかった。彼女がそのダイレクトメールをスクショして編集しようとしたその時、電話が鳴った。電話は非通知で誰かわからないが、赤星はその電話に出た。彼女はその電話番号に心当たりがあったからだ。


「キサラギね。嗅ぎつけるの早すぎない? どうやって見つけてるの?」


『参加者の皆さんのことは常に監視していますから......。そうでないと、こんな大きなイベントはできませんからね』


明るい声でキサラギの言葉に赤星は内心引いていた。人が死んでいるこのゲームに参加しているのにも関わらず、それをただの「イベント」と言い張るこの倫理観の無さに気味悪さを感じつつ、彼女はそのことを表には出さず話を続ける。


「それで、他の参加者にバレた人間はどうなるの? やっぱり死ぬの?」


『そうですね。残念ながら他の参加者に参加していることを知られた場合、失格となります。それでは、さようなら』


 彼女は急いでマネージャーに、先ほど自分の参加を見抜いた相手の特定作業を任せるという内容のメールを送った。さらに赤星はいつ狙われてもいいように、目立たないジャージの下にマネージャーから買わされた防刃チョッキを身に着けて家を出た。


「自宅はすでに割れてる可能性はあるよね。とりあえずビジネスホテル探して泊まるしかないわね」


 独り言を交えつつ、最低限の財布と化粧道具を鞄に入れて駐車場へ向かう。マンションの地下駐車場へ降りて、彼女が停めていた白いポルシェに駆け足で向かうと、彼女の車の先に男が一人立っていた。


「あなた、誰......?」


 彼女は「もしかしてあのゲームからの刺客か」と言いかけたが、もしここで違う人間だった場合、さらにルール違反を犯してしまうことになると思い、心の中に押し込んだ。彼女の唾を飲み込む姿を見た男は彼女に近づいていく。その容姿は地味に小綺麗だがぼさぼさの髪で、夏でもないのにビーチサンダルというラフな姿だった。


「芸能界のことなら丸ッとお見通し。で有名な丸山っていえばわかる?」


「ああ、あることないこと言いまくって私たちの仕事邪魔してるっていう......」


「んなわけないよ。僕はただ好奇心と、ほんの少しの正義感で芸能界を正したいインフルエンサーさ」


「ああ、そう。今忙しいから、インタビューとかはオファー取ってからにしてれる?」


赤星は丸山と名乗るインフルエンサーを軽くあしらう。彼を横目に車の鍵を開けてドアに手をかけようとした瞬間、丸山は彼女の車のドアを手で抑える。


「釣れないなぁ、赤星さん。いや、緑川あかね......。とてもじゃないが、今の容姿とはまるで別人だよな」


「あんた、そのアルバムどこから......」


赤星はこれまで以上に丸山に嫌悪感をあらわにしだした。それもそのはずである。丸山が持っていたのは、彼女が卒業した中学校の卒業アルバムだったからだ。どこから手に入れたのかわからないが、そこには緑川あかねという名前とその人物の写真が映されていた。赤星はそのアルバムを丸山から取り返す。


「おやおや、そんなに過去が大事なのか?」


「大事よ。これまで私はすべての過去を消してきた。だから、そのアルバムもあってはならないものなの。ねえあんた、なんでもするって言ったらその情報隠してくれる?」


「なら、情報交換ということで......。今話題の都市伝説アプリについて」


彼女はその言葉に、目を丸くした。彼の言っていることはおそらく、アカイハコのことだと赤星は確信しながらもなぜ自分に聞くのかと疑問も感じていた。


「なんで私に聞くの? もしかして、貴方もアカイハコの参加者?」


赤星は自分の発した言葉を数秒経って理解した。

彼女は焦りと、静かな自分自身への怒りの中自分の口を押える。


「やっぱり、『アカイハコ』の参加者か。カマかけて正解だった。さっきの配信見てたけど、大胆なことするよな。ルール聞かなかったのか?」


「あなたの方こそ、参加者と接触して大丈夫なの? 私はあなたの存在を知った。運営だって黙ってないはずよ」


だが、彼のスマホから電話はかからない。彼女は焦りだす。なぜ彼が運営の目をかいくぐって私に会いに来たのか。何もわからないが、焦燥感だけが彼女の頭にあふれ出す。


「目撃者がいなければいいだけだ。たとえ参加者だとバレたとしても、オレを見た人間を殺せばいい。そう進言したら運営は喜んでくれたよ。やっぱサイコパスの考えは単純だな」


「ふ、ふざけないで!!」


赤星は自分の車を捨てて走り抜ける。だが、それより先に銃声が鳴り響く。銃弾は彼女のふくらはぎを打ち抜いた。彼女は倒れるも精神力だけで叫ばすに必死に外へ向かう。


「......ハァ、ハァ......。銃声が聞こえれば、外に歩いている人やマンションの......住人にも聞こえてる、はずよ!」


「来ねえよ、整形女。おまえ、自分を偽って他人を騙して心が痛まないのか? ほんと、演技だけはうまいクソ女だな」


「フフ、あなただって他人の不幸だけで甘い汁飲んでるくせに」


丸山は彼女の煽りに答えることはせず、ただひたすらに銃の引き金を引く。

彼女の動きが止まるその時まで......。しずかになると、丸山のスマホから電話が鳴った。彼は銃を駐車場に捨てて電話に出る。


『丸山様、お疲れ様です。キサラギです。失格者の退場のご協力ありがとうございます。成功した参加者の中でも、あなただけですよ。こんなにも面白い企画を提案してくれる参加者は』


「オレも楽しませてもらってる。そのお礼さ。それで、死体は本当にそっちで処理してくれんだろうな」


『ええ。あなたの持つカギはハコの一部。つまり、幸福実現の力の一部なのです。だからあなたは今だけ誰にも認知できない。音さえも感知できない。アカイハコの力は無限大なのです』


丸山は、自分の鞄の中に入れていた赤黒いキューブを取り出して見つめる。彼はその魔性の力に魅入られるようにニッコリと笑みを浮かべた。


「さてと、オレもこれから配信なんだ。もっとこのゲームを盛り上げてやるよ」


『残すは1日です。これからも私を楽しませてくださいね』


「わかってる。じゃあな」


丸山は一方的に電話を切り、赤星を殺したマンションを後にした。

彼はマンション近くの地下鉄の駅に降りて、悠々と電車に乗る。

誰も彼が殺人事件の犯人だとは知らずに彼の横に座り、また立ち上がり自分の降りる駅に消える。彼もまた、疲れ切ったサラリーマンを横目に自宅へと戻る。

鍵を開けて自宅に戻ると、そこには殺人犯を追いかける犯人のように人物写真がコルクボードに所狭しと張られていた。彼はそれを見つめながら情報を整理する。


「参加者同士の接触、ルール違反、アンインストール、いずれかでゲームオーバーとみなされ殺される。殺され方は不明。だが、共通しているのはみんな顔がのっぺらぼうのようになってるってことくらいか。一体、どういう力を使ってるんだ? 中々面白いな。正直、芸能界のゴシップより最高だ」


彼は机の上に置いていたダーツ用の矢をつまみ、コルクボードに狙いを定める。そこにはこれまで彼のコネクションで集めた参加者たちであろう人物たちの写真が乱雑に張り付けている。彼はダーツ矢を放つ。すると、一人の人間に当たった。写真には男が映っており、冴えない顔つきと黒い短髪、黒ぶちメガネしか特徴のない人物だった。その男の写真の裏には名前が書いてあった。


「藤宮誠、高校生。こいつも参加者なのか? まあいい。こいつに仕掛けてみるか」


彼は不穏な笑みを浮かべながら藤宮を陥れる準備をする。彼こそ二人目の情報の仕掛け人である。丸山は自身の顔の広さでアカイハコの参加者について調べていた。

藤宮はそんなことも知らず、自宅で眠る。いまだ、ゲームで記された場所を見つけられないまま......。



【1stステージ:宝探しゲーム】


残り時間30:00:00


参加人数:250人

成功者:59人

脱落者:3人












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