1-1:宝探しゲーム ~地図に従え~
アカイハコのメインホームに【1stステージ:宝探しゲーム】と掲示されるようになってから一夜が明けた。いまだその場所を特定できたものは誰一人としていなかった。それもそうである。たった数枚の画像だけで位置を特定するのはどれだけ優秀な頭脳であっても、自分の住む場所よりも遠い場合は話が変わってしまう。
ただ、この状況でも孤独に探しつづける男がいた。友達のいない藤宮誠である。
藤宮は土日の休みを使って電車を乗り継ぎ、画像の場所を探していた。
「ここがそうなのかな?」
藤宮がたどり着いたのはK県北部にある山だった。
彼の目の前には橋があるものの、藤宮は自分の伸びた前髪を掻き分けながらスマホの画像を実際の場所とをあてがいながら首をひねる。
「うーん、なんか違う気がするなぁ」
藤宮が悩んでいると、1台の車が橋の近くで停車した。
その車からは一人の男性がおりてきた。
「さ、参加者だったらバレたらまずい。とと、とにかく隠れなくちゃ......」
藤宮は、車の運転手がもしかしたら自分と同じくゲームの参加者かもしれないと思い、慌ててその場を後にした。
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藤宮が駅への近道を通るため、草木を分けてガサガサと音を立てて行ってしまったことが災いしてか、車から降りてきた男は驚いて尻もちをつく。
「うわぁ! びっくりした! けど他の参加者に見つかったら、俺の一攫千金の夢もパーだからな。十分注意して行動しねーとな」
金を望む彼もまたアカイハコのデスゲームの参加者の一人、飯田 豪である。彼は2度目の大学2年生をすごしながら、人生をダラダラと過ごしていた。だが、このアプリによって彼の目つきが代わり、金によって突き動かされているのだ。
「アプリの画像じゃわかんないな。とにかく、向こう側でも言ってみるか」
飯田は立ち上がり、気に入っていた黒いズボンに付着した泥を払い取る。上に羽織っていた赤いチェック柄のシャツをピンと整えた後、ゆらゆらと揺れる橋をゆっくりと渡る。
「こんなとこ、ホントは来たくないんだけどな......」
飯田は腰を低くしたまま橋を渡っていく。ちょうど中盤に差し掛かったところで、スマホのバイブがズボンのお尻ポケット越しに響く。彼は飛び上がりつつも、不用意に電話を取る。
「こんなタイミングに誰だよ!」
『お疲れ様です、アカイハコ運営のキサラギです。そういえば、始めにチュートリアル動画を流すことを失念しておりました。これから、それを流しますのでまずはご覧ください』
「おい! 導入ってもう始まってるだろ! どういうことだ? おい、もしもし? もしもし!?」
飯田が強くスマホに話しかけるもキサラギからは返事がない。代わりに、アプリに動画が添付されてきた。飯田は揺れる橋に座り込み、渋々と動画の内容を確認する。
動画からはありとあらゆる断末魔、悲鳴が流れてくる。
『うわぁああああああ! 助けてくれ! 出してくれ!』
『きゃあああああああああああああああ! ぐぇ』
その内容はこれまでアプリをインストールしてゲームに失敗、あるいはアプリをアンインストールしようとして「罰」を受けて死んでしまった人たちが移り込んだ監視カメラの映像だった。飯田はその動画を見てもなお、鼻で笑い飛ばす。
「ハッ! 大した脅しだな。エレベーターに水が入ってくるだなんて、ありえないだろ。そんなのあったらニュースになるし」
冗談だと思いつつ、飯田は言いようのない気味悪さを感じていた。彼は悪い想像を吹っ切るように頭を振り、スマホをズボンにしまった。ふぅと短い吐息を挟み、揺れる橋に足を震わせながら彼は立ち上がる。そして彼は、ゆっくりと歩き出して橋の向こう側にある山にたどり着く。
「ふぅ。やっとついた。お、もしかしてこれがそうなのか?」
切り開かれた山道にポツンと学校机があった。その机の上には小さな立方体が人知れず置かれていた。飯田はそれ片手で持ち上げて不思議そうに見つめる。すると、電話がまた鳴った。飯田はそのスマホを覗くとそこには「非通知」の文字が並んでいた。誰からだろうかと不振に思いつつも、彼は立方体をポケットに強引に入れた後、不用心にも電話に出る。
「はい、もしもし」
『お疲れ様です、キサラギです。 飯田 豪様 おめでとうございます。無事、第1ステージクリアです。第2ステージの案内があるまで、しばらくご自由にお過ごしください』
「おい、待てよ。さっき送られてきた動画だけどよ、あれマジなのか?」
飯田は電話先のキサラギにイラつきを抑えつつ、机に肘をつけながら聞くとキサラギは平然とした口調で語る。
『不可能を可能にするのが【アカイハコ】の力です。皆様の幸福実現が実ること、そして実らなかったときの代償として、いつもお見せしております。ゲームの途中となり、大変申し訳ありませんでした。お詫びとしてですが、面白いものをお見せします』
突如として飯田の肘が支えを失ったかと思うと、彼はバランスを崩して倒れていく。その拍子で地面に倒れると共に、ぐちゃりという音が響く。飯田は電話を耳から放して立ち上がろうとすると、青いTシャツに血がべったりとついていた。飯田は青ざめて地面を見つめると、知らない人間の首が彼の倒れていた所に急に発現していた。
「うわぁあ!!」
『これが、あなたの望む『アカイハコ』の幸福実現の力です。物の移動、人の生き死に......。エレベーターに水を注ぐことなど簡単なことなのです。私たちにはその力がある。どうでしょう、ハコの力を信用していただけたでしょうか』
「ま、まじかよ......」
飯田は放心状態になっていた。先ほどまで異質に存在していた学校机がなくなり、今度は死体の頭が突然として現れたのだから無理もないだろう。しかも、その間に電話はぶつ切りされていた。飯田は状況も整理できないまま、自身が持ってきた車まで一直線に戻る。これまでの恐怖心が嘘だったかのように、足に迷いも怯えもない。ゆらゆら揺れる橋を渡っているとは思えないほどまっすぐとした足取りだった。
「俺の車......。戻ってこれたんだ......。それに、このキューブ持ってるってことはさっきのは夢じゃないってことだよな」
飯田は自分のポケットに入っていた立方体を取り出して改めて見つめる。彼は少しだけ平常心を取り戻して車のエンジンをかける。そして、ライトを点けて彼はアクセルを踏んだ。
しばらく車道を道なりに進んでいくと、警察が検問のためこちらを誘導した。飯田は警察官の指示に従い、パトカーの横に停車した。瞬間、冷静さを取り戻し少し青ざめた。というのも自分のTシャツについた血を気にしたからだ。警官がこちらに近づくまでにTシャツを触ると、少しベタベタしていた。飯田はさらに慌ててシャツを脱ごうとしていた。対して警官は、車の中で挙動不審な運転手に警戒しながら駆けつけていった。
「お兄さん、大丈夫ですか?」
飯田は、ギリギリ見えないところで車の後部座席にたまたま置きっぱなしにしていた着替えをさきほど着ていた青いTシャツと取り換えることに成功していた。飯田はホッと一息入れて窓を開けて涼しい顔で駆けつけてきた女性警官に切り返す。
「すいません。どうされました?」
「止めた瞬間、なにか隠してました?」
「汚いシャツが助手席に置いてあったので、後部座席に移したんです。あまり見られたくないものですから」
「なるほどね......。とりあえず、免許証を見せてください」
飯田はその女性警官に助手席に置いていたバッグの中にある財布から運転免許証を取り出した。彼から渡された免許証をパッと確認した後、彼女は飯田に免許証を戻した。
「特に問題なさそうですね......。最近、このあたりで妙な殺人事件が起きていますので注意してくださいね」
「妙な、というと?」
飯田が好奇心で聞くと、女性警官が窓ぎわに腕を置いて身を乗り出してきた。
「赤い箱を持って死んでる人。なにか、心当たりありませんか?」
その言葉を聞いた飯田は、少し眉をひそめた。心当たりがまったくないというとウソになるからだ。物理的な赤い箱とは関係ないが、飯田はアプリとしてダウンロードした『アカイハコ』がある。そのことかと少し考えてしまった。その瞬間を見破ったのか、女性警官はさらに飯田に詰め寄る。
「あら、お兄さんもしかして隠し事下手なの?」
「隠し事なんてしてませんし、アカイハコなんて気味悪いもの知りません」
「そう、ですか。ま、でもお兄さん気になるし携帯番号教えてもらえます?」
飯田はここで拒否をするとさらに面倒ごとになると考え即座に教えた。
彼女も自分の胸元にある警察手帳を見せた。
「ありがと。お兄さんも、なにか思い出したら110番して『犬上 愛美』って私の名前出してくれていいからね」
「わ、わかりました」
飯田は、シフトレバーをドライブに入れて発進させていく。犬上はそれを横目で見ながら次の車を検問していく。彼らがどちらとも『アカイハコ』のデスゲームの参加者であることを知らないまま......。
成功者である飯田は、自分の車で移動しながら自分で借りたアパートへと戻った。
一人リビングの床に座り、自分のスマホを見つめる。『アカイハコ』を開き、自分自身が成功者であることを実感した。だがそれ以上に、自分以外に成功者が出てきていることに驚いたのだった。
【1stステージ:宝探しゲーム】
残り時間49:59:59
参加人数:306人
成功者:5人
失格者:1人
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