【KAC20232】むかし、ぬいぐるみだった

ぬまちゃん

ぬいぐるみには、持ち主の想いがこもるのさ

「おいおい、聞いたか、聞いたか? 隣のクラスのP子のこと」

「なんだよー、こんどはP子がイケメン野郎にでも告白したのか?」


 焼きそばパンの残りをペットボトルのコーヒー牛乳で流し込んでいると、毎度のことのように、噂好きの級友が興奮して来た。


「ちげーよ、そんなやわな話じゃないぜ。こんどは大事件なんだ。彼女、校則で禁止されてるぬいぐるみをこっそりと校内に持ち込んで、しかも、それが学年主任の体育教師のヤローに見つかって取り上げられちまったんだ。それで彼女、職員室まで乗り込んで『私のクマ子ちゃん返せー!』って大騒ぎだったんだ」

「うへー、それは悲しいな。校則違反はまずいけど、なにもぬいぐるみを取り上げなくてもいいじゃんか。そもそも、ぬいぐるみには罪は無いんだから」


 焼きそばパンの袋をぐるぐると丸めながら、そんなふうに同情すると、級友は驚いた風にして隣の席にすわる。


「なんだ、どうしたんだ、お前。なに、ないぐるみに肩入れしてんだよ。校則破ってぬいぐるみなんか持って来るP子が幼いんだろ? もう少し賢く振る舞えよ、天下の女子高生なんだから、とか言えないのかよ」

「ふふふ。聞いて驚け……。何を隠そう、俺は昔、ぬいぐるみだったんだよ。だから、ぬいぐるみの気持ちが分かるのさ」


 ペットボトルの最後の一口を飲み終えてから、お茶目な目つきで級友を見すえると、二人の会話を聞いていたのか、明るい声が割り込んできた。


「へー、君って、昔ぬいぐるみだったんだ。君をおもちゃ屋さんで見つけてたら、思いっきり手足を引っ張ったり、口に焼きそばパンを詰め込んじゃうかもね」


 幼馴染の彼女は、まるでぬいぐるみのように、両手をぶらぶらさせたり、口に何かを詰め込む仕草をしながら彼らの横で軽いステップを踏む。


「あははは。そーだよね。だから、久美子おばさんは俺をぬいぐるみから人間にしてくれたんだものね」


 彼の口から母親の名前を聞いた彼女は、「え」と二人に聞こえないぐらい小さな声を上げた……。彼女の部屋に居る、幼馴染の彼と同じ名前を付けて、毎晩一緒にベッドに連れ込んで寝てるぬいぐるみ、今日から優しくしよう、そう思いながら。


(了)

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