魔術師見習いカティアたん、酒乱ドラゴンの退治クエストにまきこまれる

来麦さよな

魔術師見習いカティアたん、酒乱ドラゴンの退治クエストにまきこまれる

 とっとっと――

 まだ朝もやの残る街のせまい路地に、かろやかに響く小さな足音。

 小道はまだ薄暗いけれど、家々の切れ目から朝の光が射しこんでいる。そんな朝日に照らされて長くのびた女の子の影が、路面や家々の壁をちょこちょこと動く。

 小さな女の子が、かるい足取りで走っていく。


 港湾市〈リリコプエルト〉の朝は早い。

 港周辺はすでにひと仕事終えた雰囲気だし、漁師や船乗りたちに時間をあわせて、食堂や雑貨屋なんかも店を開いている。

 接岸している旅客船からも整備にいそしむ声が聞こえる。もうまもなく準備が整う。やがて船は大海原に出帆していくのだ。その帆に、魔法の風をはらんで。


 女の子が走っている路地裏は、そんな港湾から奥まったところの住宅街にある細道だ。いつものように朝のパンを買いにいくところ。腕に抱えているのは、彼女にとってはまだまだ大きなぬいぐるみだ。

 女の子とぬいぐるみはいつも一緒。

 いつだって一緒。

 女の子はいつも次のように思っている。

 そう。この子と一緒なら、私たちはどこまでも行ける……。


 ――ところで。

 この女の子は、今からする話とあんまり関係がなくて。

 実際の話は、この港湾市から地理的にもう少し内陸に入ったところにある、小さな村での話である。



 ◇ ◇ ◇



 さわやかな朝の光に包まれた静かな村。

 川のみなもはきらめき、魚のうろこは銀色に輝き、木々はみどり

 水車がゴットンゴットン、のどかな音を響かせている。

 朝つゆにぬれた草の葉は妖精の好む甘露となりてしたたり落ち――みたいな小さな村。


 その村の一角にあるのは宿屋兼食堂兼酒場。旅人や冒険者がよく利用する一般的な旅籠屋はたごやだ。


 今は朝食の時間だった。

 食堂の席に好き勝手に座っている客たち。二人掛け、四人掛けの席はほとんどが埋まっている。なかなかの繁盛ぶりだ。


 あとは大テーブルにまばらに五人ほど。

 しばらくすると宿のおかみさんが、その大テーブルに注文を取りに来た。

 しかしどこか様子がおかしい。具体的には頭がゆらゆらしていて、足取りがおぼつかない。


「……あんたたち、ご注文は? ――ヒック」

 ヒック? どうやらおかみさんは酔っているらしい。


「えーっと……。オートミールかゆで。あと水。――ヒック」

 大テーブルで、ぼーっとメニューを眺めていたうちの一人、剣士風の青年が抑揚のない声で注文をした。彼も酔っている雰囲気。


「あ。同じく。――ヒック」

「あ。あたいも。――ヒック」

 同調したのは、一人はガタイのいいおっさん。もう一人は同じくガタイのいい鬼人族オーガのおばさ……妙齢の……お姉さん。二人の口調の感じから察すると、「同じメニューを頼みたい」というよりも「二日酔いで考えるのめんどくさい」という気分が多めににじみでていた。


「じゃあ――ヒック。わたくしはオニオンスープ、ミルク煮込みを」

 先の三人よりももう少しましな注文をしたのはエルフ耳のお姉さん。彼女もまた酔っている。


「あいよ――ヒック。おっと、それでそちらさんはどうするね?」

 最後にテーブルの端にちんまり腰掛けている少女に声をかけた。あまりにも存在感がなく、気配が消えかけており、おかみさんは一瞬見落としそうだった。


「え……ええと? ……同じく? ――ヒック」

 とこたえたのは、魔術師見習いのカティアたんだ。


「同じ? オニオンの方ね?」

「あ……はぃぃ……」

 おかみさんの確認に消え入りそうな声で応じる。どうやら彼女も酔っているらしい。


 カティアたんが酔っている? 

 しかし彼女はどう見てもお酒が飲めるような容姿ではない。ちんちくりんだ。これは一体どういうことだろう?


 昨晩のことである。

 この村では村祭りが行われていた。昔は村人だけで行われるささやかな祭りだったらしいのだが、「なんかうまい酒とメシがあるらしい」と聞きつけた周辺の街や村から徐々に人が集まるようになり、最近ではけっこう遠くから泊まりでくる人や、港町を拠点にした旅行者が足をのばしてくる、なんてことも多くなった。魔術師見習いのカティアたんもそんな来訪者の一人だったのである。


 その村祭りでカティアたんは、麦の発酵ジュースを飲み、ブドウの発酵ジュースも気に入り、ついでにブドウのジュースを蒸りゅ……精製したドリンクも飲んでみるなどしたたかに痛飲した結果――これはまったく予想外だったのだが、なぜか全く理由もわからないのだが、彼女は酔っぱらったのと似たような酩酊状態に陥ってしまって、ズキズキする頭を抱えながら、食堂のテーブルの片隅に座っていたわけだ。


 そんな感じで、その村にいる大人と大人を自称する人のほとんどが、酔っぱらっている日の朝の話。


「はい、お待ちー。――ヒック」

 目の前にきた朝食を食べようとする、その日その場にたまたま同じテーブルについている人たち。

 胃もたれのしている胃袋に「ズズズ……」とお粥やスープを流しこんでいたところ――

 バーン! と食堂入口のドアが開き、誰かが飛びこんできた。


 飛びこんできたお姉さんが、

「た、たいへんですぅ〜。――ヒック」

 と言いながら、足がもつれてバッタリと板床に倒れこむ。服装から見るに、向こうの港湾市の役所からの出張所兼冒険者ギルドの窓口事務も担当している、事務のお姉さんだ。


「だいじょうぶかい? ――ヒック」

 おかみさんが歩み寄るが、

「ら、らいじょうぶれす〜。それよりもきんちゅ〜……緊急、事態です〜! ドラゴン化した竜人族の女の子さんが、めっちゃ暴れてます〜」


 ええ……? なぜに……? みたいな食堂の反応。お姉さんは話を続ける。


「昨晩、竜人族さんは人型で酔っぱらってらして――そのときもかなり酒乱の傾向があったのですが――そのまま木陰でつぶれていらしたようなのです〜。それで今朝起きたら、そのへんに転がっていた酒樽が目について、もうちょっと飲みたくなったらしく、『そうだ、ドラゴン化したらもっとたんまり飲めるかも!?』とか思いやがったらしくてですね〜。全部飲んじゃったみたいで、それからはもう荒ぶる酒乱ドラゴンですよ〜。手がつけられないですよ〜。だれかどうにかしてください〜。――ヒック」


 そういえば、と耳をすますと、どこかからドシーン、ドシーンと地響きが聞こえてくる。あれが竜の仕業か。


「えー」

「まじかー」

「頭いたい……」

 と食堂の人々はまったくもって反応が悪い。


「あ、ほら、そこのテーブルのあなた方! どう見ても腕に覚えがありそうな方々ばっかりですよね!? 名のあるパーティとお見受けします! ――ヒック」

 事務のお姉さんが、カティアたんたちがいる大テーブルに目をつけた。


 ちらり、と視線をかわす同席者たち。

「いや、俺たち全員初対面だし」

 剣士風の青年がこたえた。まったくその通り。

「まあ、酔いがさめるまでほっときゃいいんでないの〜?」

 オーガのお姉さんが一番よさそうな解決策を導き出してしまった。


「お願いしますよー(泣)。あのドラゴンさん、いろいろ壊しまくってるんですよ〜。このままだと風光明媚なこの村の観光資源が台無しになっちゃいますよ〜。クエスト扱いで謝礼もちゃんとしますからぁ〜(泣)」

 事務のお姉さんが泣きついてきた。


 泣きつかれた面々は、

「しょうがねえなあ……」

 まずガタイのいいおっさんが腰を上げ、

「まあ、うん。装備取ってくる」

 青年も準備を始め、

「そだな」

 とオーガのお姉さんも同調し、

「そうですわね」

 エルフのお姉さんも参加するらしい。


「……」

 ぽつんと残ったのは魔術師見習いカティアたんだ。

 カティアたんはテーブルの端っこに座ったまま、そのまま小さくしていたけど……。

 じぃぃ。

 みんなからの視線がイタい……。

「じゃ、じゃあ、私……も?」

 流れでドラゴン退治に参加することになってしまった。



 ◇ ◇ ◇



 食堂を出て、地響きのする木立の方に歩きながら、五人はそれぞれの得意分野を確認しあった。

 青年剣士、斧持ちのオーガお姉さん、盾のおっさんは壁役のタンカー。


 エルフのお姉さんは回復職。あれ? 酔いの状態異常は回復できないの? との質問に、

「あー。わたくしは体力傷痍しょういの回復がメインでして……」

 ポッと耳の先が赤らんだ。これは仕方がない。個人個人で得意分野がある。


「でもまあこのメンツならいけるんじゃね? 攻守の前衛三人。回復もいるなら安心だ」

 おっさんが意気揚々と言った。やはり戦闘となると戦士の顔になる。


「で、そこのおチビちゃんは? 魔法かい?」

 大柄なオーガさんに声をかけられて、ビクッとなってしまうカティアたん。ガンバレ! カティアたん!


「ええと……まぁ……はい」

「その杖で攻撃魔法出せる?」

「は、はぃぃ……」


「そういえば昨日の晩、花火上げてたのっておまえさんじゃなかったか?」

 盾のおっさんがずいっと顔を近づけてきた。

「わたくしも見ました。あれきれいでしたね♪」

 エルフさんもにっこりとする。


 実はカティアたんは昨晩、いい気分になった勢いで気が大きくなり、盛大な魔法の花火をこれでもかと打ち上げて、打ち上げまくって、打ち上げすぎて……。その後粗相をいろいろと……やりすぎたのだった。今朝はその反動と二日酔いもあってテンションが下がり、ついでに一人反省会を脳内で延々と繰り広げていたところだ。


「はぃぃ……そです。なんかすみません……」

「ガッハハハ! なんか酔っぱらった感じですげえの連発してたからな! あれリリコプエルトからも見えたんじゃないか?」


「い、いえ。さすがにあんな遠くの港街から見えるなんてことは……。すみません」

 カティアたんは頑張って受け答えした! 答えるのにMPをずいぶん消費した!


「グァッハハハ! 遠隔攻撃もいるなら楽勝じゃねえか!」

 おっさんが豪快に笑う。

「そうだね。バランスいいのはいいものだ」

 青年もうなずく。

「はぁ〜、しっかしあったま痛ぇ〜」

 大斧をもったオーガさんがしかめっ面している。

「そうですわねー」

 自然な様子で相づちを打つエルフさん。


「……」

 どうしてこの人たち、初対面なのにこんなに打ち解けてるんだろう? とカティアたんは不思議でならない。


 そうこうしているうちに、絶賛大暴れ中の酒乱竜の近くまできた。

 ドシーン。ドカーン。バリバリ。


「グオォォォオンン! サケェ!!」

 ドラゴンがんでいる。もとい、叫んでいる。


 周囲の木々が折られ、切られ、引きずり倒されたり、酒樽だったとおぼしき木くずが散乱し、あたりにはムッとするような酒のにおいが立ちこめていた。

 なかなかにひどい有様だ。


「こいつ、どんだけ飲んだんだよ……」

 おっさんが呆れ顔になった。

「そっか。竜化するとたくさん飲めるのね。うらやましい……」

 と小声で口走ったのは、誰か。

 立ち位置からすると端正な顔立ちのエルフさんからだった――と皆は思った。しかしそれを確かめるまもなく、


「あ! ヤバい! あのドラ子、水車に向かってる!」

 オーガさんの発した緊迫した声に、メンバーの意識はドラゴンに向かった。


 ゴットンゴットンと風光明媚な絵になる風景を演出していた、あの水車である。確かにあれがあるのとないのとでは風情に差が出る。村の重要な観光資源だ。


「――おし。まずは止めるか! こっちに誘うから後はヨロ!」

 急におっさんがキリッとした顔になった。使い込んだ様子の大きな盾を軽々と振りまわし、構える。


「了解!」

「まかせな!」

「はぁい」

「……はぃ」

 剣士、斧使い、回復職、魔術師見習いのそれぞれの返答。


「いくぜぇ! ドラ子ちゃん! イケメンな俺を見ろ! 俺だけを見ろギャザリング・ヘイト!」

 強烈な挑発ヘイトスキルが発動した。


「――ガッ!?」

 あっさり引っかかったドラゴンは、盾のおっさんにターゲットを移し、

「グラァァァァァッ!」

 歯磨きをきっちりしているらしいきれいな歯並びの竜の大口が開き、鋭利な歯が迫るッ!


「ぐ……、酒くせぇ!」

 ドラゴンの葡冷酒ブレス攻撃! おっさんに精神的なダメージ!


 ドドンッ。

 竜からの強烈な追突の衝撃!

 盾ごとふっ飛ばされるかと思いきや、


「ヘンッ、軽いねえ!」

 おっさんはなかなかの強者だった。


「それっ!」

「後ろガラあきぃ!」

 ドラゴンの動きが止まった瞬間、両翼から剣士氏とオーガのお姉さんが飛びかかった。


「アタマかち割るぞ! オラァァァッ!!」

 オーガさんが、ぶっそうな声音で斧をふるうが――


 ガッッキィィン!

 いとも簡単に刃が跳ね返されてしまった。


「うそだろ!?」

「マジかよ……」

 そしてなんと剣と斧、どちらも刃こぼれを起こしている。


「いけない! 回復を!」

 エルフさんが叫んでいるが、回復魔法で武具の破損は回復しない。もしかしてこのエルフさん、天然……?


 しかし一度の斬撃で刃こぼれするとは……? と後方で様子を見ていたカティアたんは考える。そして思い至った。

「っ! あ……っ、 ぁ……っ、あのぉ……!」

 しかし彼女が説明するまもなく、


「しょうがない、次! この剣高かったけど! ふところ痛いけど!」

「あたいの愛斧にキズをつけたお代は高くつくぜぇぇ!?」

 剣士氏とオーガさんは、アイテムボックスから新しい武器を取り出すと、


「今度こそ!」

「どっせい!」

 ガッキィィィン! ぼろ……。

 再び刃こぼれ。


「えー(泣)」

「マジかよ……(泣)」

 二人の前衛のテンションがだだ下がりである。


「いけない! やっぱり回復?」

 エルフさんは相変わらずだ。


「あ……あの! やっぱりそうです! そのドラゴン、一瞬だけこここここ硬化! してます!」

 ちょっとつっかえてしまったけど、カティアたんはドラゴンの秘密を看破した!


「え? そんなふうには見えないけど?」

 剣士氏は疑問の表情。


「いえ。してます。ええと、普通のときは普通のうろこなんですけど――攻撃を受ける瞬間にメタリックな質感に色が変わるんです。おそらく硬度を瞬間強化してるんだと思います!」

 カティアたんの観察眼はだてではない。


「えー……」

「マジか……」

 攻撃役の二人のテンションがさらに降下していった。


「ええ……と、とりあえず攻撃してみます! よく見ててください!」

 カティアたんが杖を構え、


大気エアよ、なんじらわが言の葉を聞けヒア・イェ凍てつけアイスアップ凝固フリーズせよ……」

 簡潔な詠唱が彼女の口の端から起こり――


「〈無限にいでよ氷の弾矢インフィニティ・アイシクルショット〉!!」


 するとドラゴンの周囲、四方八方に数え切れないほどの氷のやいばが生成された。

 刃先はすべて竜に向かっている。

「すげ……」

 絶賛盾で挑発ヘイト中のおっさんもその光景をみて目を見開いた。他の面々も同様である。


「それでは……〈第一陣ファースト〉!」

 カティアたんの声とともに、氷の剣山のうち、その内側の矢がドラゴンを狙う。しかし――

 ギィィィン!

 着弾する刹那、ドラゴンのウロコに油膜が浮いたような色が走った。

 にぶい打撃音が響き、砕けた氷があちこちに散らばる。


「あら。たしかに色が変わって……」

 目がいいのはやはりエルフさんだ。


「もう一度。〈瞬間強化エンハンスト第二陣セカンド〉!」

 氷矢に魔力が注がれ、ギュルリと回転速度をあげた矢が衝突するも――


「無傷……」

「マジか……」


「では、〈矛となれグロウナップ第三陣サード!〉

 ググッと大きさと長さを増した氷の矢が、ドラゴンを直撃する――かと思いきや、

 ジュワワワワッ!

 いきなりドラゴンの周囲から大量の水蒸気が立ち昇った。


「こ、これは!?」

 剣士氏が声をあげる。

「……これは驚きです。火属性に変化して瞬間的な熱量を増大させたみたいです。氷を全部溶かされてしまいました」

 カティアたんの冷静な分析。


「えー……。火って水とかに弱いのでは……?」

 エルフさんが疑問の声をあげる。

「一般にはそうです。ですが氷を溶かして水を蒸発させるほどの熱があれば……まあダメですね……しゅん」

 カティアたんが落ち込んでいると、


「ふっふっふ……」

 得意満面な声をあげたのは剣士氏。

「ここからはこちらの独壇場にさせてもらう! 火を消す方法はべつに水とか氷だけじゃないのさ。たとえば土! 岩石! そしてこの手にあるのは――見よ! このきらびやかな宝玉剣! これでどうだ! ドリャアァァァ!!」


「あっ……! 宝石って熱に弱いのもあるのでは――」

 カティアたんのつっこみも間にあわない。

 ドロロロロロ……。

 剣士氏自慢の宝石剣が見事に溶けてしまった。


「……もうダメだ。俺は破産だ……」

 剣士氏に精神的な大ダメージ! 剣士氏立ち直れない。


「フンッ! ならあたいの出番だね! この秘蔵の雷斧トールがうなりをあげるよ!」

 アイテムボックスをごそごそしていたオーガさんが取り出したのは、雷属性をおびた凶悪な形状の斧だ。それを振りまわしつつ、


「そのクビ、切り落とすぜッ! サンダァァァ・アッッックス!!」

 ぶっそうな決めゼリフとともに強烈な打撃を振り下ろした。しかし――


 ぬるんっ。


 オーガさんの斧がドラゴンの体表をすべり、方向があらぬところへ転じ、絶賛防御中の盾のおっさんに襲いかかってしまった。


「ッ! あぶねえ!」

 ガッキィィィン! 

 しかし簡単に弾いてしまう高性能盾。


「な、なにが起こったのですか!」

 エルフさんが叫ぶ。


「信じられません。あのドラ子さん、体表を瞬間的に水属性に変化させて、雷を全部地面ににがしてしまいました。ついでに水に潤滑性と弾力性を付与して、斧の攻撃そのものを無力化しています。すごい……」

 カティアたんの実況解説もあいかわらず的確だ。

 攻撃手段に応じて、瞬時に属性を変化させるやっかいな竜種らしい。

 なかなかに手強い。


「え……? あたいの斧、弱すぎ……?」

 ガックリと膝をつくオーガのお姉さん。彼女にも精神的大ダメージがクリティカルヒットした。


「ど、どうしましょうか!?」

 エルフさんはちょっと混乱している。


「グガァァァ! ヘベレケェェ!」

 ガン! ガリ! ガツン!

 そのあいだにも暴虐の酒乱ドラゴンの攻撃は、変わらず盾のおっさんに集中していた。


「いけない! ダメージが蓄積してますね! 今回復を……!」

 我に返ったエルフさんが回復魔法をかけようとしたところ――


「あ? いや? いらなくね?」

 盾のおっさんが回復を断り、

「というかこのドラ子、攻撃力はたいしてないしな。俺にはほぼノーダメージなくらいだぜ?」

 えっ!? と驚く他の面々を尻目に、盾氏は攻撃手段を探す。


「うーん? 攻撃が外から通らないなら、内側からでよくね?」

 言うが早いか、

「よっ!」

 盾を強く跳ね上げ、ドラゴンの頭を上向かせ、

「ほっ!」

 流れるようにスルッと相手の首元に滑り込み、

「あらよ……っと!」


 ガッッッッ――ツン!


 攻撃するというよりも「大きな振動を与える」という感じの打ちこみを竜の側頭部におみまいした。すると――


「きゅりゅぅぅぅぅ……。ばったん……」

 あっけなくドラゴンが地面に倒れ伏した。そしてその身体がゆらっと揺らいだかと思うと、しゅるしゅると小さくなっていき、最後には――


「すーっ……、すーっ……」

 おだやかに寝息をたてて横たわる竜人の美少女がそこにいるだけだった。

 お尻から太めの長いしっぽがのびているのがチャームポイントな子である。


「ふー……。やったか」

 盾のおっさんがホッとひと息ついた。


「あれ? 俺たち」

「あたいたち」

「なにもしてない?」

 剣士氏とオーガさんとエルフさんの目が死んでいる……。


 しかしなにはともあれ、酒乱ドラゴンの制圧クエストは果たされた!

 村の平和は、五人の冒険者たち(魔術師見習いを含む)に救われたのだ!

 ありがとう五人の勇士たち!

 めでたしめでたし! のはずなのだが、これで話は終わりとはならなかった。


 さーて食堂に戻るか、とぞろぞろと戻りかけたとき、カティアたんの足もとに落ちていたもの。それは――

「あれ? ええ……と? このぬいぐるみ、誰の落とし物ですか?」



 ◇ ◇ ◇



 ぬいぐるみ――? 


 四人の視線が一斉にカティアたんに注がれた。その視線だけでカティアたんのMPが音を立ててギュインギュインだだ下がっていく。


「なッ!? ちょっと待て!? それは今リリコプエルトで大人気、店頭に並んだ瞬間に売り切れてしまう幻の……ッ!」

 盾のおっさん、妙に詳しい。


「あら? かわいいぬいぐるみですね。誰かが落としたものでしょうか?

 エルフさんがゆっくりとした口調でつぶやいた。


「それはない……と思います。。不測の事態に備えていちおう索敵・危険物探索エリアサーチしたときは引っかからなかったんで。たぶん戦闘中に――たとえばアイテムボックスの中に入っていたのがコロっと落ちちゃったんじゃないでしょうか」

 とカティアたんはしごく冷静に推理する。


 たしかに――と皆は思う。戦闘中にアイテムボックスから武器を取っ替え引っ替えしていたし、その最中に偶然ぬいぐるみが落っこちても不思議ではない。


「え……と、いいかな? アイテムボックスって普通さ、出したいものだけ出てくると思うんだけど……?」

 妙に焦った様子で剣士氏が言った。


「それはそうですが、ないわけではないです。私も以前あわてたときにアイテムボックスの中身をぶちまけたことも……。それでパn……下g……肌着を近くの人たちに見られたことも……。あ、凹んできた……」

 カティアたん、自分で自分の発言にダメージを受ける。


「ふぅん? となると、わたくしたちのうちの誰かがぬいぐるみを落とした、と?」

 エルフさんが考え考え結論めいたことを述べた。


 ――緊張が走った。妙な緊張感である。


 このぬいぐるみを落としたのは、誰か?


「……あたいじゃないぞ!? べ、べつにそのぬいぐるみがちまたで大人気で、四六時中持ち歩きたくなるほどかわいくて、『寝るときも枕もとで一緒寝しようね♪』がキャッチフレーズのぬいぐるみだからって、アイテムボックスにまで入れて持ち歩くことはない……から……ッ」

 オーガのお姉さんも妙な感じに早口になっている。


「ふーん? 妙に詳しいな? もしかして落としたの、あんたじゃねえのか?」

 盾のおっさんがオーガさんにつっこんできた。


「は……ッ!? いやむしろ最初に口走ったあんたが怪しいだろ? なんであんたみたいなおっさんが、このぬいぐるみが大人気だって知ってんだ!?」


「な!? それは……そのぅ……ええと、そうだ! おっさんがぬいぐるみ好きでもいいじゃないか! 某ボードゲームの名人もぬいぐるみ好きを公言してるんだからな!」


 オーガさんと盾氏がやりあっている隣で、剣士氏も考えこみつつ、エルフさんに話しかけた。

「……そういえばさっき、って言ってたよね? 時間帯を昨晩の村祭りに限定して、まるで俺たちを意図的に勘違いさせるかのように……」


「あらぁ、そんなつもりはないですよ〜?」

 エルフさんは、ただにっこり。


「……」

「……っ」

「……ッ」

「……♪」


 ピリピリとした緊張感が漂っていた。

 さっきまではお互いに連携しあい、酒乱ドラゴンの制圧という目的のために一致団結していたのがウソのようだ。

 人の判断をくるわせる、ぬいぐるみの魔性の魅力や、あなおそるべし。


 視線が交錯する。

 それぞれの疑惑の感情が交錯する。

 しばらくジリジリとした時間が、とても長く感じる時間が続いた。そしてその均衡を破る機会は、意外な方向から訪れた。


「……ふりゅぅぅぅぅぅぅ、よく寝たぁ……」

 盾のおっさんに昏倒させられたはずの竜人族のドラ子ちゃんが、ケロッとした様子で目をさまし、その場でうにょ〜〜〜っと伸びをした。竜のしっぽが波打ち、ふにょふにょとうねっている。

「ふ……りゅ?」

 まだ寝ぼけているようだが、ゆっくりと上体を起こしたドラ子ちゃんがまわりを見回した。竜人族独特の、黄金に輝く瞳がギラッとぎらつき、

「なんか……飲み足りない……りゅ?」


 おい! と全員からつっこみが入りそうになったそのとき――ドラ子ちゃんの目が一点に注がれた。カティアたんの持っているぬいぐるみである。


「あ。それ、わたしのー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術師見習いカティアたん、酒乱ドラゴンの退治クエストにまきこまれる 来麦さよな @soybreadrye

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ