第2話 青春部

 歩き出して数分、呆然と立ち尽くした俺の耳に、カツカツと靴音が聞こえる。どうやらこちらに来るようだ。助かった、職員室の場所を聞いてみよう。角を曲がって靴音のほうに歩くと、そこにいたのは一人の女子生徒だった。名札の色を見るに、先輩だろう。

「こんにちは、先輩。俺は一年三組の乙川って言います。申し訳ないんですけど、職員室の場所を教えてもらっていも大丈夫ですか?」

まずは礼儀正しくだな。案外かわいい人だし、顔を覚えてもらって損はないだろう。

「あら、こんにちは。私は桜本風那さくらもとふうな、よろしくね。えっと、職員室だっけ?職員室はそこの階段を上がって突き当りを右ね。この学校、広くて迷っちゃうよね」

「そうなんです、入学初日で迷っちゃって。教えてくださってありがとうございます!」

「いえいえ。それじゃ、私はもう行くから。また会えるといいね!」

そう言うと、にこっと微笑んで歩いていってしまう。いい人に出会えたようだ。

「とりあえず、階段あがって突き当りを右、か」

教えられたとおりに行ってみると、「職員室」というプレートがかけられたドアのある部屋があった。どうでもいいけど、職員室っていつ来ても入りづらいよな…。

 いつまでもそんなことを言ってられないので、コンコンとノックをしてスライド式の扉を開ける。

「失礼します、一年三組の乙川響です。烏森先生はいらっしゃいますか」

中学校で習ったとおりに入る。間違ってないといいが。と、職員室の奥で胡散臭いおっさん…もとい烏森が片手をあげてこちらに声をかける。

「おお乙川、来てくれたか。ほら、そんなところに突っ立ってないでさっさとこっちに来い」

相変わらず訳のわからないおっさんだ。まぁ、相変わらずというほど一緒に過ごしてはいないのだが。ともかく、先生に呼び込まれたのなら行くしかない。腹をくくって中へ入る。

「乙川、お前を見込んで折り入って相談がある。聞いてくれるか」

珍しく真剣な顔をしてこちらを向く。なんだろう、とてつもなく嫌な予感がする。

「なんですか?あまり面倒くさいことには顔を突っ込みたくないのですが」

「はっはっは、素直でよろしい。ますます気に入った。そこで話は変わるが、お前さんは「青春部アオハルぶ」という部活動を知ってるか?」

「はぁ、青春部ですか?いえ、高校の概要には存在しなかったと記憶してますけど…」

受験前、志望校選択の際に高校のホームページを見たときにはそんなものは書いてなかったはずだ。

「そう、青春部なんてものは存在しない」

「は?」

何を言い出したんだこの人は。

「…今はな。昔、この学校の設立当初はあったんだ」

「設立当初、ですか。で、それが何か?」

「実は、『とある理由』によって廃止されていたんだが、それを今年復活させようと思っているんだ」

もう嫌だ。嫌な予感が的中する予感しかしない。

「そうですか。では俺はこれで」

「まぁ待て、もう少し話を聞き給え」

「…なんですか?早めにしていただけると助かります」

「そうだな、さっさと本題に入ろう。率直に言うと、お前には『青春部』に入部してっ貰いたい」

「嫌です。ではこれで」

「ちょ待て待て待て。もうちょっと考えてくれてもいいんじゃないか?ほらよく考えろよ、別にそんな悪い話ばかりでもないだろう?」

そういわれて仕方なく俺は考えてみることにした。…したのだが。

「…………考えるまえに、俺は青春部について何一つ知らないのですが?」

そう、何一つ俺には情報が渡されていないのだ。こんな状態で入部しろだなんて、さすがに無理な話だろう。まぁ、情報が渡されていても入部はしないが。

「そうだったな。簡単に説明すると、青春部とは「生徒の青春の悩みを解決する部活動」のことだ。活動内容は、いなくなった猫の捜索、壊れかけている学校の設備の建て替え、部活動の備品の管理、喧嘩の仲裁、学校に来たクレームの対応などだ。その名の…通り、ありとあらゆる…青春の悩みを…解決する部活…だな…うん」

「…どこに青春要素ありました?ってか、自分でも自信がないのに言わないでくださいよ!」

もはや最後のほうは目を合わせようとすらしなかったぞコイツ。

「ご、ごほんっ。とりあえずだ、この部活に入部すればきっといいことがあるぞ」

「なんですかいいことって。今時そんなの小学生でも引っ掛かりませんよ」

まぁ、昔の小学生なら引っかかったのかという疑問はスルーして。と、そこで烏森の目が怪しく光る。

「…そうか、そこまで言うなら仕方がない。きっといいことがあると思ったんだがな。具体的には、かわいい後輩に「お兄ちゃん」呼びさせたり、美人なお姉さんに養ってもらえるようになったり、眼鏡ロリっこに罵ってもらったりな」

何を言ってるんだコイツは。かわいい後輩?美人なお姉さん?…眼鏡ロリっこ…?思いっきり俺のフェチじゃn…

「……おい待てお前、その情報をどこで仕入れた?まさか、まさかとは思うがお前、俺のTwi○terじゃ…」

「ん?なんのことだい『乙姫伝説』くん?嫌だなぁ、、この僕が生徒のSNSを特定して弱みを握るだなんて、そんなことをするわけがないじゃないか」

『乙姫伝説』、それはまさに俺のTwitt○rのアカウント名である。

「貴様、汚いぞ…。わかった、何が望みだ?」

あのアカウントはそもそも誰かに見られる前提で作っていない。鍵をかけて、さらに誕生日などの個人情報も一切入力していない。その為、そこには自分の「人には見せられない部分」…愚痴や悪口、果てはだいぶ危ない性癖までが赤裸々に綴ってある。そんな水爆のようなものを万が一にでも誰かに漏らされたら、俺の高校生活…どころか俺の人生がジ・エンドだ。

「望みだって?やだなぁ、そんなものがあるわけないじゃないか。ただ僕は、君に青春部に入部してほしいだけだよ?」

ここまで言われた俺にもはや選べる行動の選択肢などなかった。

「お願いします、俺を青春部に入部させてください!」

白昼堂々、職員室で全力土下座からの絶叫であった。

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