私立香流橋高校青春部!

燈幻桜

第1話 私立香流橋高等学校

 愛知県のとある場所にある、60年の歴史を持つ私立香流橋高校しりつかなればしこうこう。県内屈指の進学実績を誇るこの学校は、今まで数多くの著名人を輩出してきた。政治家、宇宙飛行士、文学者、ノーベル賞受賞者、科学者…。そんな香流橋高校には昔、今となっては生徒どころか先生たちもほとんどが知らない、忘れ去られようとしているとある「部活動」があった――


 四月五日、桜の花が満開に咲き乱れ、ついでに花粉も舞い乱れる季節。ここ香流橋学園でも、例に漏れず一大イベント「入学式」が執り行われようとしていた。式が始まる前の、どこか浮ついたふわふわっとした空気。同じ中学校から上がってきた友達なのか、それとも今日この日になってさっそくできた友達なのか、あちらこちらで談笑している様子が見られる。アイドルのライブが開けそうなほど大きな体育館に整然と並べられたパイプ椅子に、入学する生徒たちが座る。ステージには「第63回香流橋高等学校入学式」と書かれた横断幕と、いくつかのパイプ椅子。こちらにはまだ誰も座っていないようだ。生徒たちは着々と席についていき、ようやく並べられたパイプ椅子のほとんどが埋まった。

 と、生徒が入ったのを見計らったのか、体育館工法の扉から教師と思しきスーツを着た大人が入ってくる。彼らはまっすぐステージに向かい、パイプ椅子に座った。教師の一人がステージ中央のマイクスタンドの前に立つ。しかし、いまだ喧騒はやむことがなく、広い体育館の中に生徒たちの声が響いている。壇上の先生はしばらく困ったように笑みを浮かべながら周りを見回していたが、なかなか静まらないと見るや息を吸って、小さく、細く吐いた。

それだけ。たったそれだけなのに、騒がしかった広い体育館はその瞬間、水を打ったように静まり返った。

別に声を発したわけでも、手を叩いたわけでもない。ただ息を吐く、それだけこの場の空気を完全に掌握した。この男の、得体のしれないプレッシャーに、場に緊張が走る。張り詰めた空気の中、口を開いた男は、

「さて、それでは第63回、香流橋高校入学式を開始しますか」

人懐っこそうな柔和な笑みを浮かべて、そう言った。


 厳かな雰囲気のまま、入学式が行われる。校長先生の言葉、在学生代表挨拶、担任の発表。特に大きなトラブルもなく、スムーズに進んでいた。

「新入生代表挨拶。一年三組、乙川響おとかわおと

「はい。」

一人の生徒が名前を呼ばれる。少し癖のある暗い茶髪、整った顔立ち、オニキスのような漆黒の瞳。街中を歩く女性に聞けば、十人中九人は「かっこいい」、あるいは「かわいい」といった反応をするだろうイケメンだ。その少年――もとい乙川は、立ち上がって壇上へと歩く。

「僕たちは、香流橋高等学校の一員としての自覚を持ち、自立し、誠意をもって物事にあたり、人を敬い、大きく未来ある人間へと成長することを誓います」

パチパチパチ…と、拍手が起こる。その後も式は恙なく進行し、最初に立った柔和な笑みの男の「以上で第63回香流橋高校入学式を閉会します」という言葉とともに終わった。


 初めての登校で教室の位置もわからないまま、先生たちに誘導されて俺--乙川響は自分の教室にたどり着く。三組、ここが俺が一年間過ごすことになる教室か。周りを見回す。一年、共に学び、共に高めあう学友たちの姿を見る。友達と同じクラスになれて喜ぶ者。自分の身の振り方がわからず、おどおどとする者。机の上にテキストを広げ、何かを書き始める者。と、乙川の目はある一人の少女の前で止まった。否、釘付けになった。肩まで伸ばした黒髪を背中に流し、席に座って一人文庫本を読んでいる。彼女の名は深水海音ファーストキラー。おそらくクラスで、いや学校随一の美人といっても過言ではないだろう。そんな風に思考をしていると、不意に教室のドアが開き、なにやら気怠そうなおっさんが一人入ってきた。

「はいお前らちゅうもーく。さっきの入学式でも紹介があったと思うが、俺がこれからお前らの担任を務める烏森飛燕かすもりひえんだ。おい誰だ、今名前はさわやかなのに見た目はムサいおっさんかよとか思った奴?まあいい、とりあえず俺は極力働きたくないから、俺に迷惑かけなければ大体自由だ喜べ愚民ども」

うわぁやばいヤツだよこれ…。なるべく関わらないようにしとこ。

「そんじゃ、俺は寝…デスクワークに戻るから、机の上に置いてある教材類に名前書いて中身確認しとけよ。あ、あと乙川響はあとで職員室に来ること。そんじゃ」

早速関わんなきゃダメなのかよ…。てかあのおっさん何にも説明せずに出て行きやがったよ、正気か?

「おい響、お前早速呼び出し食らってんじゃねぇか。いったい何やらかしたんだ?」

と、軽く眩暈を起こしそうになっている俺に一人の男子が話しかける。こいつは俺の中学時代からの友達、稲葉徳重。異様にフットワークが軽く、初対面の相手でも躊躇なく話しかけていくコミュ力の持ち主だ。そのくせ顔がいいもんだから質が悪い。よく初めて会った相手に告白されては断っている場面を目撃されることから、「初対面殺ファーストキラーし」なんて渾名がついている。

「なんもしてねえよ。寧ろ女泣かせて呼び出されかねないのはお前のほうだろ?」

と毒づく。本気でキョトンとしているため無性に腹が立つが、それもこいつのいいところの一つなので大目に見てやるとしよう。

「じゃあなんで呼び出されてんの?まさか…告白!?」

「なんで今日初めて会ったおっさんから告白されなきゃならないんだよ?そんなわけねぇだろ。まぁ俺も気になるし、とりあえず行ってくるわ」

「ほい、行ってらっさい」

なんて気の抜けた会話をして、教室を後にする。

「………いや待て、職員室ってどこ?」

歩き出して二分後、迷宮で途方に暮れる俺だった。


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