悪役令嬢デスブレイクワールド

Aiinegruth

第1話 婚約破棄ですわ!?

「ごめん、婚約破棄だ!」

「え、田舎娘なんて信じられませんわ!?」



 ・・・・・



 王宮二階、銀の廊下には三人しかいない。第一王子と親し気に話しながら歩く辺境出身の小娘の後頭部に、柱の陰から狙いを定め、今年で一八歳になる公爵令嬢のわたくし、デスブレイクワールドは口角を上げましたわ。

 第一王子にわたくしが婚約破棄を言い渡されたのは数日前。わたくしも同行していた狩りの途中で出会った小娘に彼はメロメロになってしまったらしく、パーティー会場で平謝りしてきましたわ。政略結婚だったので、こっちもちょっとしか好きではなかったのですけれど、黒一色の恐ろしかっこいいドレスをいつも身にまとって、非常に畏れ多いはずのわたくしを振るのは気にいりませんわ! 顔が良くて頭が良くて優しいだけの田舎娘ごときにわたくしの場所が奪われたのも納得できませんわ! あの娘には絶対に何か裏があるに決まっていますわ! 純粋な恋ではなく、王家の血筋や財産を狙ってのことに違いないですわ! 王様もお父様たちも、乾杯しながら、愛があるならOK! しないでくださいまし! くきぃー! 支払われた賠償金はわたくしの知らない間にみんなお母様のネックレスになりましたわー!!

 王家の血筋には魔法の力がありますわ。銀の敷物の床を楽しそうに進む第一王子には、水を操る力が。その隣の清純そうな小娘には、人々を護る透明な盾を生み出す力が。そして、わたくし、デスブレイクワールドには、もっとおぞましく圧倒的な力が。

「――ばんっ!」

 小さな声でつぶやくと、小娘は後頭部への衝撃に少しよろけましたわ。そして、お似合いの二人の足元に、ひとつの恐ろしい銃弾が落ちますわ。流麗な金髪に世界を見通す釣り眼、漆黒の着物。手のひらサイズになっても世にも恐ろしい、ミニデスブレイクワールドちゃん(布製)ですわ! そう、支配者たる公爵令嬢のわたくしに与えられたのは、すんごい恐怖の象徴たるべきわたくしのぬいぐるみを手のひらから無限に発射する能力ですわ!! ミニサイズとはいえ、わたくしはわたくし! おそれおののきあそばせ!! 

 こうして、わたくしの嫌がらせの日々ははじまりましたわ! 機会を見つけては、あの田舎娘に凶弾をぽこぽこぶつける毎日。しかし、娘は丁寧な態度を崩さず、あまり恐怖をした様子もなく、二ヶ月たったある日の夜、婚姻の日取りを決めるため第一王子の部屋へ向かったようでしたわ。

 くきぃー! ゆるせませんわ! 小娘が部屋に帰るときを狙って、わたくしも彼女の部屋に滑り込みましたわ! 真正面から眉間にミニデスブレイクワールドちゃんを食らわせて、格の違いを叩きこんでやるのですわ!!

 わたくしが侵入したとき、小娘の部屋の窓ガラスが叩き割れた音がしましたわ。みれば、黒ずくめの男二人――戦争中の隣国の暗殺者――が、部屋に降り立っていますの。侵入するのに最も手薄な経路を選んだのか、小娘の首元に伸びるナイフ。田舎者とはいっても、第一王子が愛している彼女。金髪をなびかせたわたくしは、ミニデスブレイクワールドちゃんをガトリング発射して一人をひるませると、小娘と悪党の間に立ちますわ。ギラリと光る相手の刃物にちょっと息をのみながら、どんな恐怖に満ちた威嚇でやつらを追い返してやろうかと考えていたところで、信じられないほど低い声が背後から響きましたわ。

「――私のお嬢様に汚いもの向けないで貰えますか」

 それが、小娘の発した言葉だと気付いたころには、鋼鉄の硬度を持つ純白の盾が悪党どもを圧搾する勢いで壁の外へ叩きだしていました。割れたガラスも、透明な盾で補強されたとき、わたくしは、ようやくこの小娘の部屋の異常さに気が付きましたわ。本棚にも、机にも、床にも、ベッドにも、いままでぶつけてきた何十体のミニデスブレイクワールドちゃんが、所狭しと飾られていますわ。

「お嬢様、待っていました。私たち付き合いましょう」

「はへっ?」

「第一王子なら振りましたよ。私には召使としての身分が相応しいと言って。元々王家なんか興味ないですし、あ、必要ならお嬢様の結婚相手としてお返ししましょうか」

 狩りで出会ってから、可愛らしくて最高のデスブレイクワールドお嬢様に近付くためにここまでやってきました。

 目と鼻の先まで寄ってきた、わたくしより四つ年下で銀髪をした田舎娘の瞳は、とんでもなく圧のある愛の光彩をきらめかせていましたわ。何が何だかですが、逃げなきゃいけないということだけは分かります。わたくしが後退ろうとしたところで、背中に透明な硬い感覚。盾。

「お嬢様。好きな食べ物はラーメンですよね。好きな色は黒。よく読む本は恋愛小説、憧れの動物はドラゴン。私なんでも作れますよ。縫物は得意になりました。小説もお任せください。ドラゴンなら北の大陸にいますから、一緒に狩りましょう、楽しそうですね」

「待って、待って待って待ってくださいまし!」

 ぎゅっと両手が掴まれて能力の行使が出来ませんわ。紅潮した頬と甘い吐息が耳元に迫り、わたくしは追い詰められてしまいましたわ!

「お嬢様、一緒にがんばりましょうね。王家も、お嬢様が望むなら、もっともっと栄えさせましょう。この国は鉱物が豊富ですから、さっきの輩が持っていたよりずっとよい刃物が作れますよ。それから、二人で店を開いて、別荘を建てて、庭に植える花は何にしましょうか。黒い花弁のものは隣国にしかないので、まずは交易ルートを」

「あ、」

「愛している、ですか、お嬢様。そんなそんな、私は照れてしまいます、えへへ」

「ああもう、田舎娘なんて信じられませんわ!!!!!」


 ・・・・・・


 公爵令嬢デスブレイクワールドと、その侍従。

 王国史に、百年に渡る戦争を終結させた二人の女性が刻まれたのは、数年後のことになる。

 うん? はいはい、聞こえていましてよ。いま説明中ですわ。朝ごはん出来てるのはわかってます――って朝からラーメンはだいぶきついですわ!!! ばかー!!!!! 


 


 

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