トイ トイ トイ!

古博かん

大丈夫、きっとうまくいく!

 今日も田中さん家のリビングには、まみちゃんの高笑いが響いていた。


「お——ほほほほほ! シンデレラ! あなたは地べたにいつくばっているのがお似合いよ!」


 高笑いするまみちゃんが両手に抱えているのは、昨年のクリスマスに新たに仲間入りしたジュンゲルスゴク——全長66センチ、ポリエステル100パーセントの大型オラウータンである。

 ちなみに、某北欧家具雑貨チェーン店で税込1,499円で売られている。

 そのオラウータンに、大きなリボンのついた縦ロールの人形用ウィッグを被せて、カラフルな大判スカーフを何重にも巻き付け、てれんとした両手を器用にくねくねさせながら高笑いするまみちゃんが、最近入れ込んでいるごっこ遊びが「悪役令嬢断罪ごっこ」なのである。


 まみちゃんの叔母が、まみちゃんの母親を訪ねてきた時に、気まぐれに所持していたライトノベルに興味を示したまみちゃんに、熱量いっぱいに面白おかしくストーリーを語って聞かせた叔母の布教の成果だった。

 以来、まみちゃんはシンデレラを読んでも、白雪姫を読んでも、断罪ごっこに着地するようになった。


 まみちゃんに操作されるオラウータンの目の前には、タイルカーペットに這いつくばる全長50センチのカラシ色をしたタコ(税込1,999円)がいた。

 本日のヒロイン、八本足のシンデレラである。


「そこまでだ、ジュンゲルスゴク!」


 憑依したように声色を変えたまみちゃんが、左手を伸ばして手繰り寄せたのは、ファブレル・ビョーン——全長21センチのベージュ色をした小さなくまだった。とにかく可愛いと人気の商品(お値段まさかの税込199円)である。

 赤いハンカチをマントがわりにはためかせて、颯爽とカラシ色の八本足シンデレラの前にちょこんと着地した。


「ファブレル王子! どうして、その女をかばうのです!」

 ——わたしは、あなたのコンヤクシャですよ!


 と、叫ぶ演技は劇団フォーシーズンの子役も真っ青になるハイレベルだ。


「ジュンゲルスゴク! 腹違はらちがいの妹をしいたげてきたお前のアクギョウの数々は聞いているぞ! おまえのような女は、王族の一員にふさわしくない!」


 左腕をめいっぱい伸ばした先で、凛々しく空中に浮くファブレル・ビョーン。

 まみちゃんはここで一度、すうっと呼吸を整えるとトドメの決め台詞に全神経を集中させた。


「ジュンゲルスゴク! 今、この時をもって、おまえとのコンヤクをハキする!」


 そして、ていっと右手のオラウータンを蹴り飛ばした。

 ぽたりとタイルカーペットの上に崩れ横たわったオラウータンの頭から、時間差で縦ロールがこぼれ落ちた。


「まみ——! そろそろバレエの時間よ、そのくらいにしておきなさーい」

「はあーい!」


 迫真の山場から一転、瞬時に日常に切り替わったまみちゃんは、ざっくりと演者たちを抱えると、壁面収納の一角に用意された玩具入れにぞんざいに放り入れた。そして、慌ただしくリビングを出ていくと、たんたんたん、と階段を駆け上がっていく。

 そうして十分もしないうちに、まみちゃんと母親が家を出て、窓の外でふかす車のエンジン音が遠ざかると、リビングの片隅からは今日もさめざめと啜り泣く声が聞こえてくる。


「ひどい、ひどいワ……! ぐすっ、ぐすっ」

 泣き声の主は、玩具入れの中にいる。


「泣かないで、いつものことじゃない」

「だけど、だけど……! うっ、うっ」


「あたしなんて、今日はずっと地べたに這いつくばってただけよ? まさかヒロインをするとは思わなかったわ。あたし、デビルフィッシュなのよ?」


 カラシ色の八本足をぐいーっと伸ばして、思う存分クネクネするタコ。その隣で苦笑いを浮かべるのは新入りのオラウータンだ。


「あなたより、あたしの方がよーっぽど悪役向いてると思うんだけど、まみちゃん、相変わらずのセンスよねえ」


「でも、でも……! 今日のジュンゲルスゴクの演技、神がかってたワ……! 最後にウィッグがそっと落ちたの、最高だったものぉ……! うぅ、ごめんねぇ。痛かったぁ?」


 ずっと啜り泣いている21センチのくまを、てれんとした両腕に抱えて慰めるオラウータンの包容力は今日も健在だ。


「アタシだって、一度でいいからヒロインやりたいのヨ! なんで、いつもいつも王子役ばっかりなのぉ! こんなにちっちゃくてプリティーなのに、なんで王子ばっかりなのよぉ!」


 首に巻かれた赤いハンカチの結び目を握りしめて、シクシクと泣き続けるくま。胸に刺繍された真っ赤なハートが今日も虚しく目立っている。


「一度、ヒロインを主張してみてはどうでしょう?」

 オラウータンが閃いた。


「どういうこと?」

「たとえばですね、こうやって女の子ウィッグを被ってですね……」


 ゴソゴソと縦ロールウィッグを取り上げて、そっとくまの小さな頭に被せると、途端にくまが泣き止んだ。

 縦ロールは悪役令嬢のステレオタイプだが、不思議とくまが被ると可愛く見えた。さすが、商品レビューで可愛いが連呼されるだけある。


「おもしろそうね!」

 タコもパチンと足を打った。


「あたしも自己主張してみようかしら」

「悪役をですか?」


「へへへ。実は、一度でいいからサッカーW杯の勝敗予想をしてみたかったのよね! 玩具箱の下の方に、世界の国旗カードが転がってなかったかしら?」


 そう言いながら、ゴソゴソと底の方へ潜り込んでいくタコが、程なく歓喜の声を上げた。


 まみちゃんが習い事から帰ってきてリビングに戻ってきた時、玩具入れの中では、全身に国旗カードをまとわり付かせてサッカーボールのソフトトイ(税込499円)を抱えているカラシ色のタコと、縦ロール姿になっておすまししている小さなくまと、なんとも言えない表情でひっくり返っているオラウータンの姿が転がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トイ トイ トイ! 古博かん @Planet-Eyes_03623

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ