噺。
A子さんは決めました。Bくんにぬいぐるみを贈ろうと。しかしその為には準備が必要で御座います。
どんな準備か?
まずA子さんはぬいぐるみを買う為に、ぬいぐるみ屋に行きました。
そう、おもちゃ屋ではなくてぬいぐるみ屋。やはり特別な人に贈る物は、専門店で買わなければ——そう考えたA子さん、なかなか健気な女の子で御座いましょう?
でもA子さん、思いが強い系の女子です。
彼女の準備はそれだけに
ウサギのぬいぐるみを買ったA子さんは、行きつけの美容室に居る
ああ、与作ってのはもちろん仮名です。実際は現代風の良い名前を持つ男で御座います。
「与作さんや、あちきの髪を切っていたしんしょう?」
ええ? 台詞回しが古風?
そうです。そういうスタイルなので御座います。
「へえ。A子さん、それは良いが、どれぐれぇ切りてぇんですかい?」
「根もとからバッサリと」
「……A子さん、わりいこたぁ言わねえ、それは辞めといた方が良いと思いやす。尼さんになる気はねえでしょう?」
「なる気はサラサラござりんせんが、とにかく短くしたいのでありんす」
「何故ですかい?」
「長い髪が要りざんす。これ以上はいいなんすな」
「へえ。わかりやした」
かつらでも作るのか、と訝しんだ与作だったので御座いますが、流石はプロ。それ以上は訊かずに髪を切り、それをA子さんに渡します。
「これ以上切るのはオラには無理だ。これぐれぇでも良いでしょう?」
「……ようざんす」
本当なら「好かねえことを」と文句の一つも言いたいA子さんで御座いましたが、与作の言う通り、その長さでも十分に足りる。そのまま「おさればえ」と、与作の前から消えたので御座いました。
さて、ぬいぐるみと髪を持ち帰ったA子さん。これから何をするのかと申しますと、カッターナイフでぬいぐるみの腹を切り裂いたので御座いました。
何故?
決まっております。
ぬいぐるみに自身の髪を、詰め込む為で御座います。
女の髪には魂が宿る——そう考えたA子さんは、Bくんに自分自身を見立てた贈り物をしようとしたので御座います。
何という健気さ!
そんな事は梅雨知らず、Bくんはそれを受け取り喜びました。
「A子殿、
その言葉にA子さんも感激した次第で御座いますが、ここで悲劇が起こります。
Bくんには既に、彼女がいたので御座います。そんな身でA子さんからのプレゼントを受け取るとは、何という
A子さんも当然激怒しましたが、そんな男を好いたのは自分の責任、と煮えたぎる臓腑を内に留めて「それは捨てておくんなまし」とBくんに伝え、別れを告げたので御座いました。
しかし、心の問題は時間が解決すると腹を決めたA子さんではありましたが、どうしてもBくんを忘れる事ができなかったので御座います。
当然でしょう。簡単に割り切れる様な想いであるならば、そもそもそんなプレゼントはしておりません。
そこでA子さんはBくんの家に、火を放ちました。既に愛情は、憎しみへと、変わっていたので御座います。
幾分か胸のすいたA子さんでしたが、その体に異変が起こります。
顔の左半分や胸や背中、尻や脚や腕の大部分の肌がただれ、やがて皮が剥けて膿み始めたので御座いました。
鏡を見るたびに気が滅入り、布団に寝るたびに布が汚れる。歩くたびに布が擦れて痛みがどんどんと酷くなる。
その原因をBくんに求めたA子さんは、焼けたBくんの家を訪れたので御座います。
するとそこに居たのはBくんのお母さん。
「Bさんは何処ざんしょ?」
「Bは、Bは、死んでしもうたのじゃ。父君や
尋ねたA子さんにお母さんは静かに答えたので御座いました。
何という事で御座いましょうか!
BくんはA子さんの放った火災で亡くなっていたので御座います!
「Bさんの亡骸は?」
訊いてからA子さんは、自分のその軽い言い草を後悔しました。自分の晴れた心がBくんのお母さんに悟られる事を懸念したので御座います。反省などというものは、これっぽっちも持ち合わせていないので御座いました。
しかしお母さんはそれに気づかず答えます。
「Bはもうすぐ帰って来る。今はまだ警察が検死中じゃ。戻って来たならば棺桶には、あのぬいぐるみも入れてやろう」
「あの、ぬいぐるみ?」
「そうじゃ。Bの骸と共に、ウサギのぬいぐるみも出て来たのじゃ。顔半分と体が焦げて痛々しいが、Bが大切にしていた
「それは今、何処、ざんしょ?」
ぬいぐるみの保管場所を聞いたA子さんはすぐにそこへ向けて駆け出したので御座います。
あのウサギのぬいぐるみにはA子さんの魂が宿る、いわばA子さんの分身。
それが棺桶と共に火葬場で焼かれるとなると、肌が爛れる所の騒ぎでは御座いませんからから——。
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