深夜3時の、阿武隈川沿いの道
島尾
変人と道と橋
ワシは、昭和後期から阿武隈川を見てきた。
春、菜の花が咲く田畑の中、うさぎが跳ねたり子供がはしゃいだりしている。
夏、ブラックバスを釣る者が増える。
秋、草木が枯れ始め、紅葉した葉くずが水面に流れてゆく。
冬、雪の真っ白い世界が日常を壊し、一抹の幻想を見せる。
あれは5年前、深夜3時ごろだっただろうか。
一人の青年がワシの上をてくてく歩いておった。
彼は、模索していた。何をし、どこへ行き、そもそも自分とは何かを、探していた。
愚かしいことだ。誰もいない深夜3時、危険きわまりない。もし地震が起きたら……もし犯罪者に殺されたら…………もし道に迷ったら。
それでも彼は歩き続けた。途中で寝ることはなく、夜明けまで。
下流の、石積み。しがらみのように水面に突き出ている「陸」。彼は、足場が悪い石積みの上を探検し、静かに座った。
何をしているのかと、長らく観察していた。彼はただ、広い阿武隈川の下流を見つめて、何をするともなかった。
石積みから戻ってきた彼は、再び下流側に向かってワシの上を歩き始めた。
ワシの長さは、1,000mはある。謙遜ではなく、とても長い。この世の中にワシほど大きな生物は、キノコ程度だろう。
彼は最終的にワシの上を歩ききって、橋に足を踏み入れた。
川の上を歩く彼は、確かにコンクリートを踏みしめていた。しかし、なぜか空を歩く者にも見えた。
ワシは道である。橋ではない。ゆえに橋の上のことを知らない。
彼は愚かで意味不明な変人ながら、橋を渡ることができた。
あんな変人に二度と会えない気がする。春夏秋冬は1年ごとに繰り返されていこうとも、深夜3時にワシの上を延々歩き続ける変人はいないだろう。
それでも、橋を渡る人は毎日のように見ている。彼らはすべて人間である。
人間であるのだが、変人ではない。
少なくとも、彼よりは。
深夜3時の、阿武隈川沿いの道 島尾 @shimaoshimao
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