第3話 手術開始

今日もオペだ。

全身麻酔をかけての大規模な手術を行う。

全身麻酔では患者さんの呼吸が弱くなるため、人工呼吸器を使用する場合が多い。


私は患者さんに「挿管そうかん」を行う。

挿管というのは、正しくは「気管挿管」と言い、患者さんの気道に管を入れて人工呼吸器を使えるようにすることを指す。


私は喉頭鏡という筒のような器具を、患者さんの口から喉へと入れる。

これを見ながら、患者さんの声帯を探すのだ。

声帯とはご存知の通り、人間が声を出す時に震える部分。

飲み込んだ物が肺に入らないのは、飲み込むときに声帯が閉じているから。

この声帯の奥に、気管や肺がある。

私は、声帯の奥へとチューブを入れる……


こうやって文字で書くと簡単そうに見えるが、実際には何度も経験していくことで要領を覚えていく。

挿管は、上手な人と下手の人の力量の差がはっきりと出てしまう手技の一つだ。

挿管の際に差し歯が取れたりすると大変。

誤嚥があっては大変なので、外れた歯を確実に回収しないといけない。

差し歯があるかどうかは、入院患者さんなら事前に把握できるけど、救命救急士の人は事前の情報がないから、より大変だと思う。


私は挿管を終え、聴診を行った。

片肺挿管や食道挿管になっていないかどうかの確認だ。

左右それぞれの肺の上部と側部を聴診し、あとはみぞおち辺りも聴診する。

片肺挿管だと、左右で呼吸音が違うので分かる。

食道挿管だと、みぞおち辺りから異音が聞こえるので分かる。

うん、大丈夫。挿管は正しく行えている。


今回の手術では、筋弛緩剤の使用が想定されている。

全身麻酔で眠っていても、筋肉が固くては手術困難になることがあるからだ。

その場合、筋弛緩剤を投与する。

ただでさえ、全身麻酔で呼吸が弱くなっているところへ、筋弛緩剤も使うのだから、患者は自力では呼吸ができなくなってしまう。

そのため、挿管して人工呼吸器を使用するのだ。

この管理も麻酔科医の大切な役目。


あと、麻酔をしていれば患者さんは痛みを感じない、と思われがちだが、それは意識レベルの話であって、体をメスで切られれば、体自身は痛みに対して反応する。

例えば、強い痛みがあれば(患者さんはそれを意識していないけれども)血圧が上がったり心拍数が増えたりする。

よって、強い痛みが生じる施術をする場合には、たとえ全身麻酔で眠っていても、追加で鎮痛剤を投与する必要がある。

寝ていて自覚のない痛みについても管理をする。それも麻酔科医の大切な仕事。


今回の手術では人工呼吸器を使用しているので、患者の様態把握がある意味、的確にできる。

というのも、換気量、呼吸数、酸素濃度、気道内圧を機械で完全に把握できるからだ。

気道内の分泌物(痰など)の吸引もできるし、万が一の場合はアドレナリンの投与もここからできる。


私はモニターを絶えず監視し、麻酔深度が一定になるよう、必要に応じて麻酔の追加投与を行う。

途中で麻酔から覚めてしまうのは論外だし、麻酔深度を下げ過ぎれば患者は二度と目を覚まさなくなってしまう。


同時に複数の要素をチェックし続けるため、術中の管理はかなり神経を使う。


今回の手術も、無事に終わった。

患者さんが手術室から出される。

しかし、手術が終わっても、私の仕事はまだまだ残っている。


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