第2話 麻酔科医の事情

「すみません! 麻酔科医の仕事は、手術中の麻酔や患者さんの様態を管理することです!」


教授は笑顔に戻った。


ふう……危なかった。


麻酔をかける、とだけ答えると、手術の前しか仕事がないように考えていることになってしまう。

実際は、麻酔をかけた後、その麻酔がどの程度効いているのかを常に管理し続けなくてはいけない。

手術中に麻酔が切れてしまうと大変なことになってしまう。

かといって、強い麻酔をかけてしまうと、最悪、麻酔科医の手によって患者を殺してしまうことになる。

手術は終わったのに麻酔からいつまでも覚めない、なんてことになってもいけない。

手術前から手術後まで、麻酔にかかわるすべての責任を負っているのが麻酔科医だ。


* * * * * *


研修医時代のエピソードを一つ。

指導医が私に、

「バックして」

と言ったので、私は後ろに一歩下がった。

すると、指導医が言う。

「いや、バックしてほしいんだけど……」

私は、また一歩後ろに下がる。

「……」

無言になる指導医。


その時、私は指導医の言っていた意味がわかった。

「患者さんにバックマスクして」

という意味だったのだ。


今思い返しても、顔から火が出る……


麻酔科医はまだまだマイナーで、病院によっては麻酔科医がいないところもある。

そういうところでは、外科医が麻酔科医を担当するか、あるいはよそから麻酔科医を派遣をしてもらうことになる。


これは聞いた話なんだけど、ある外科医がテレビドラマの麻酔科医のマネをしてみたかったらしい。

麻酔をかけるときに患者さんに

「一つ…二つ…三つ……はい、落ちた!」

と言ってみたら、患者さんに

「まだです」

と言われて焦ったらしい。

まあ、その次の瞬間に患者さんには麻酔がかかったとのこと。



外科医が麻酔科医の仕事も覚えるというのはなかなか激務なので、やはり麻酔科医が専門でやるべきだ、と私は考えている。

ただ、麻酔科医って楽なんでしょ? という偏見もある。

実際、手術中に寝ている麻酔科医もいるからだ。

術中死の可能性が低い比較的安全なオペでは、麻酔科医の出番が少ない手術もあるにはある。

しかし、手術中の患者さんの様態把握の責任は麻酔科医にある。

麻酔科医のせいで患者さんが術中死するなんて、絶対にあってはならないこと。


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