第54話 第2章 開戦 21

「今回の神託について情報がなく不安になっているのは分かります。教団にも今回の件では情報が少なく、教会や神殿に行っても情報をお渡しすることはできません。ですが、私個人の仕入れた情報ならお聞かせすることができます。今回の異世界との戦争のことですが、すぐに始まる可能性は限りなく低いと思われます。まずは通路を見つけられないと攻め込むことも攻められることもありません。その通路も1メートルの普通に存在するような穴で1日毎に1センチずつ広がるそうです。」

  一旦息継ぎをして周りを見渡して人々の反応を確かめた後、再度語り出した。


「異世界の人口は我々をはるかに凌駕する数だそうですが光の民たる我々に敗北の文字はございません。まずは通路の発見に集中し、自己を磨き来たる戦いに備えましょうではありませんか。慢心してはなりませんが恐れる必要などありませんのです。通路を見つけたとしても様子見で入るのは構いませんが、中に何かあるか分かりませんので必ず神殿か組合に報告してください。私が話したことをまだ不安に思って彷徨っている人たちに広めて安心させてあげてください。」

  ラーテイは話を締めくくり周りを見渡した。人々の不安が完璧に収まった訳ではありませんが、情報が得られたので落ち着いてはいるようです。神殿に向かうだけの人々がラーテイの言葉で色々な方向に散っていくのが見えた。これである程度人々の混乱は収まるだろう。


「立派な演説だったぞ。俺ならあれだけの人数の前で立つと固まって何も話せなくなるだろう。」

「聖職者は説教が仕事みたいなこともございますので、人前で話すことができないと務まりませんからね。しかし、教団に許可なく情報を流布してしまいましたので、破門されたらユグ様に一生取り付いてしまうかもしれませんよ。」

「俺としては、破門されなくともラーテイなら大歓迎なんだけどな。」

 冗談が言えるようなら安心だな。実際、ラーテイが俺の探索に加わってくれるなら大助かりだが、評価点としては100点満点なら60点ってところだ。減点の内訳は男性であることで20点のマイナスで、あとはエルフじゃないことで20点のマイナスだ。まだグランガイズに転移して2日だから異性との出会いはないが、これから多くの出会いが待ち受けてるだろう。

 俺は主人公を目指すと決めたのだから、数多くの美女や美少女との出会いが待っているはずだ。俺が読んだり見たりした異世界物の男性主人公の9割以上は美女と出会い、ともに冒険していた。


 奴隷として購入する場合も多いが、俺にはそれを実行するつもりは全くなかった。しかし、ラーテイから斡旋所の仕組みを聞いているうちに、それほど非人道的には扱われていないことから、斡旋所を頼ろうという気持ちが強くなっている。俺が指名したとしても相手にも拒否権があるから、うまく見つけられるかは分からないが、選べるというのはポイントが高い。

 明日からのことは今日の会談の内容によって変わるかもしれないが、それほど重要な情報を話す気はないので、当分は平穏な日常を繰り返すことになるだろう。明日もダンジョン探索を早めに切り上げて、斡旋所で人材を探す時間に充てようかと思う。

 神殿に近づいて行くにつれ、神殿に向かっている人々の数が増えていく。先ほどのラーテイの演説で俺たちが来た方向の大通りから来る人は少ないが、他の辻から合流してくる人が多くいる。神殿が見える範囲まで来れたが、神殿の周りには人垣ができていて門には近づけそうにない。神殿からは誰かが出てきて説明することもなく、警備の人間が集まっている人々に帰宅を促しているだけだった。説明が無いことにイラついて来た人々がいつ暴発してもおかしくない雰囲気になっている。


「このままでは神殿にも近づけないし、下手をすると暴動が起きるかもしれない。もう一度ここで演説してみたらどうだ?」

「そうですね。このままここで待っていても、いつになったら神殿の門に辿り着けるか分かりませんからね」

 ラーテイは言葉を残すと、人々の群れの中に入り込んでいった。彼に気づいた人々が少し間を取り、周りには少しばかりの空間ができ上がっていく。俺は先ほどと同じように壁際に移動し、気配を消しながら同化を試みる。

 ラーテイの歩く姿を見ていると、ひとつの疑問が浮かんできた。あれほど普通に進めるのならば、別に演説などせずとも神殿の門まで辿り着けたのではないかと思う。ラーテイはそれを分かっていても、この状態を収めるために演説を行うことに利を感じたのだろう。いつまでも情報を得られずに放置されっぱなしという状態はよろしくない。

 しかし、この神託に関する情報を教団関係者はここに居る人々に説明することはできないだろう。だが、神の代弁者たる教団が何も知らないと公表できるはずもなく、本国からの指示を待っている状態と思われる。人々も冷静になれば、地方神殿の管理者にそれほど素早く情報が伝わることはないことくらいは理解できるだろう。今日の神託よりも先に、教団に6神から何か神託があったとすれば、神託が下りたと同時に全人類の国の教団施設で何らかの情報が発表されたはずだ

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