第50話 第2章 開戦 17

「この事態が急ぐ案件ではないと思うのか?」

 おやっさんの前の椅子に座っているリーリアス神父が俺の方に振り向いて聞いてきた。

「そうです。神託で戦争が開始されたことが伝えられましたが、いきなり戦いが発生する確率は極めて低いと言えます。」

「何故、そう言い切れるのだ?」

 相変わらず愛想もない平坦な声色で問いかけてくる。思わず『お前に答える義務はない』と言いたくなったが、ぐっと堪えて返答を返す。


「まず通路を見つけないと相手の世界に行けないからですよ。」

「通路などすぐに見つかるだろう。 教団の情報収集能力をなめるなよ。お前みたいな安易な考えではこの先生きていけないぞ。」

「ご忠告痛み入ります。それで、リーリアス神父はどのような用件でいらっしゃったのですか?」 

 相手の来訪理由を尋ねる。取り合えず1つだけ理由を述べる。リーリアスは感情を出さないのと話し方がぶっきらぼうなので冷たく感じるが、俺のことを心配しているのだろう。だが、信用できるかと言えば分からない。マルレシア司祭が言うように、こいつは優秀なのかもしれない。優秀と言う事でも、教団にとって有益であってグランガイズ全体にとって有益と限らない。教団の為に俺を平気で陥れる可能性も捨てきれない。

 ミケイル枢機卿も同じだが、ミケイル枢機卿とリーリアスは立場や権威が異なる。ミケイル枢機卿は危険を冒してでもつながりを持っておきたい相手だが、リーリアスは優秀だと言ってもアハグトの神殿の1人の神父に過ぎない。将来的にどうなるかは分からないが、現時点では差し当たりの対応をしておくのが賢明だろう。


「教団からの出頭要請です。強制ではありませんが、素直に応じるべきだと思うぞ。」

「今からすぐにですか?」

「いや、来られる時間を私に伝えてくれればいい。 早い方が良いとは言われたが、貴様の都合も考慮されている。」

  私は魔導時計を巾着から取り出し、時間を確認してリーリアスに答える。

「では、20刻に神殿に行きますが、それでよろしいでしょうか?」

「20刻だな。私は他の用事があるので帰る。司祭ラーテイ、時刻通りに彼を神殿に連れて来るようにしてください。」

  リーリアスは用件を告げると春風館から出て行った。


「兄ちゃんも大変だな。それで本当に急ぎではないのか?」

「そうですね、通路はすぐには見つからないと思います。おやっさんは通路と聞いてどのようなものを想像しますか?」

「それは、異世界に繋がる門があるんだろう。ここの転移施設の転移門よりも大きくて立派な門があるんじゃないか。」


 そう思うのも無理はない。グランガイズには転移門があるので、それを想像するのも無理はない。リーリアスも転移門のようなものを想像していただろう。俺も転移施設で転移門を見たが、あれが地上のどこかに現れたのであれば発見もたやすいのかもしれない。しかし、実際は1日に1cmずつ広がるただの穴なのだ。それも都市部ではなく、発見が容易でない場所に作ると言っていた。そのようなものがすぐに発見されるとは思えず、発見されても通路とは思わないだろう。

 グランガイズにはダンジョンがあるので、ダンジョンと勘違いして入る者が現れるかもしれないが、それでも中は魔物もおらず、ただ何もない空間がただ広がっているだけなのだ。

  あれ?そうなのか? 入り口が1メートルで、天井から床までの高さが500メートル、幅も500メートル長さ1キロの空間だとは聞いたが、その空間に何もないとも何かがあるとも聞いてなかったな。南井爺ちゃんならトラップや強力な魔獣などを配置していると言う事もあり得そうだ。


「そう思いますよね。でも違うんですよ。通路はこれくらいのただの穴のようですよ。ただ、1日にこれぐらい広がっていくそうです。」

 そう言って俺は穴の大きさや広がっていく大きさを手と指を使って示して見せた。


「ほう、穴の大きさが1メートルくらいで、1日に1センチくらいずつ大きくなるのか。他に何か情報はないのか?」

「そうですね。見つけにくい場所に設置されるそうです。」

「そりゃ、急ぐ必要もない訳だ。」

  おやっさんは納得したようにうなずいている。これで長さが地球と同じだと分かった。ただ、単位は俺用に翻訳されているのでセンチやメートルとは限らないけどな。


視線を感じたので周りを見渡してみると、受付の男や食堂に集まっていた冒険者たちの視線が俺に集中しており、俺とおやっさんの話に聞き耳を立てていた。そりゃこんな大事件の後に神殿の司祭と街で老舗の傭兵団の幹部が1人の男を待っているならば、興味を持たないはずはない。別に小声で話しをしていたわけでもないので、静かにしていれば内容は聞こえていただろう。それを信用するかは別の話だが…。

 おやっさんも周りの視線に気づいたようで、場所を変えるかと念話で伝えてきた。俺もこの場で大丈夫と念話で返答した。グラとの念話のおかげで、念話での会話もスムーズにできるようになっていた。俺は1対1での念話が精一杯だが、慣れれば複数人との念話もできるらしい。ただし、あくまで個人間の念話であり、グループ念話のようなものはまだ成功したことがないとのことだった。

 目立つのは嫌だが、これは良い機会かもしれないな。ここにいる冒険者たちは中級以上なはずだ。中級以上の冒険者となると、組合での信用度も高いだろうし、人脈や横のつながりもある程度あるに違いない。広めたい情報を選りすぐってこの場で話せば、自然に広がる可能性は高いと思われる。

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