第35話 第2章 開戦 2

受け取ったトレイを机に置き、部屋にある木製の窓を開放する。薄暗かった部屋に光が広がる。それと同時にドアの開閉音が聞こえてきた。音の位置から、どうやらラーテイガ早朝鍛錬から戻ってきたようだ。

 それからしばらくして、隣の部屋に先ほどの少年が食事を届ける声も聞こえてきた。さすがにこの時代だと防音などは施されていないので、大きな声や物音は伝わってしまうのだろう。そうなると‥‥‥相部屋で女性を連れ込んだ場合、丸聞こえになるのではないだろうか。どちらにせよ、俺のガラスの心では耐えられそうにないので、相部屋を取るのは避けよう。

しかし、朝からワインか。ワインと言っても、蜂蜜が入っていて水で薄めてあるので、清涼飲料水に近いのかもしれない。この程度のアルコール度数なら、よほど酒が弱くない限り1、2杯では酔わないだろう。そんなことを考えながら朝食をいただく。


 食事をしている最中、廊下が騒がしくなり、他の部屋の借り主たちが宿を出ていく音が聞こえた。まだ食事が配られてから時間が経っていないのに、すぐに出かけるようだ。冒険者は食事を取るスピードが速いのかもしれないな。食事を終え、食器を廊下に出そうとしてドアを開けて廊下を見ると、俺以外の個室の前にはすでに食器が置かれていた。単に俺の食べるスピードが遅かっただけかもしれない。確かにゆっくりと食べたが、20分はかかっていなかったはずだ。最後に配られたラーテイの部屋の前ですら食器が出されている。地球時代には外食が少なかったため、人の食べるスピードについては疎いが、自分が遅いとは思わなかったな。

 部屋に戻って、昨日買った背負い袋から強化靴と強化手袋を取り出し、装備して外出の準備を整えた。水筒を樽から補 充して、満タンにしておいた。巾着も持って、杖も腰につけた。魔石ポーチも装備済みだ。背負い袋には水筒、ポーション箱、食料袋が入っている。机の上のマグカップと魔法時計を背負い袋に入れれば、準備は完了だ。


 穏やかな時間の流れに身を任せていたところ、扉をノックする音で現実に引き戻された。


「ユグ様、準備はできていますか?」

「ああ、できているよ。鍵は開いているから、入ってきてもいいぞ。」

  ラーテイが扉を開け、中に入ってきた。


「常に鍵をかけておかないといけませんよ。食堂で食事をとりに来ているお客さんの中に、盗賊が紛れ込んでいる場合もあります。宿の職員が目を光らせていると言っても、万全ではありません。自分の身を守るのは、自分自身しかいません。必ず覚えておいてください。」

「分かった。これからは気をつけるよ。」


 日本でもマンションに住んでいた時は、常に施錠していたが、再度の外出予定がすぐにある場合などは、施錠を怠ることがあった。俺が所有しているマンションにはオートロック機能は付いてなかったが、日本は治安が良いため、あまり心配はしていまなかった。しかし、平和ボケが抜けないようだ。巾着があるため、大丈夫だと思うが、荷物が多くなればスリや置き引きにも注意が必要になるだろう。


「さて、荷物は背負い袋にまとめたが、食料袋には何も入っていないんだが、どこかで買っていくのか?」 「そうですね。途中の屋台かパン屋があれば、そこで購入します。それと、粉袋も持って行ってくださいね。ダンジョンで便意を催した場合は、ダンジョンで処理しますが、それを放置しておくと魔物が匂いに釣られて集まってしまうのです。その集まった魔物が他の冒険者に危害を加えたことが判明すると、罪に問われますので、ご注意ください。逆にその習性を利用した匂い袋という品もあるのですが、魔物の集まりが膨大なので、よほど腕に自信があるか、万全のパーティーで戦闘に使用することをお勧めします。低階層では費用対効果が見込めないので、使うことはないですけどね。」

「分かった。粉袋は巾着に入れておくよ。忘れ物もないみたいだし、早速出かけようか。」 「では、行きましょう。」

  部屋を出た俺は扉に鍵をかけたことを指差し、確認をする。隣でラーテイがその動作を不思議そうに眺めていた。


「面白い確認方法ですね。ユグ様の故郷ではそのような確認をするのですか。」

「いや、特定の仕事の初期指導などで教えられる動作なんだよ。だが、こうやって自分に言い聞かせることにより失敗を少なくすることができるから、慣れるまではやっておくほうが無難だろう。他人から見たら滑稽かもしれないがな。」

「いいえ、確認は大事なことです。その動作があれば他者や指導員から見ても確認していることが分かるのが利点ですね。教団でも取り入れるように進言してみます。」

「良いけど、俺が発案者だと言うなよ。俺と行動している時期ではせず、暫く時期を置いて発案してくれよな。」

「冒険者は名前を売ってこその仕事ですよ。名前が売れれば指名依頼も来ます。指名依頼は通常依頼より報酬も多くなりますし、組合貢献度も多く入ります。どこかの国の専属冒険者に選ばれるのが冒険者の誉れであり、最終目標でもあるのです。名前が売れないことには選ばれる可能性はないのですから。」

「分かったよ。だが、名前を売る方法は自分で選ぶ。自分に自信が無いのに名前だけが売れても、その先に待っているのは落とし穴かもしれない。知識を得つつ、実力を伸ばし、名前が売れるのが理想的だからな。」

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