第34話 第2章 開戦 1

鐘の音で目が覚める。

 

考え事をしている間に寝てしまったようだ。寝起きの気分は意外に爽快で、2日間寝ていなかったにしては1度の睡眠で全ての疲れが一気に吹き飛んだ気がする。朝食が運ばれてくるまで色々な用事を済ませておこう。 用事を済ませ、椅子に座りながらマグカップに入れた水を飲みながら、今日の予定を考える。 

 まずはダンジョンへ行く。 ダンジョンに初めて潜るので、今日は様子見で良いだろう。魔法と杖術スキルを試してみたい。杖術スキルはラーテイからの説明である程度理解は出来たが、召喚魔法は手探りでやっていくしかない。実際に魔物を見て戦う意思が保てるかも自信が無い。日本での生活で、意図的に殺生を行うことは稀だからだ。意図的に自らの手で殺したことがあるのは蚊くらいではないだろうか。意図しないでなら、地面を走り回っているアリや小さい昆虫くらいだ。あと、意図的と言えば、黒く素早いヤツやハエは殺虫剤で殺したことはある。だから、最初の魔物が大きいミミズというのは少し気が楽になった。鼠になると殺せるか自信が持てない。何しろ、哺乳類を殺したことなんて無いからな。それでも、敵が襲ってくるのだから躊躇しているようでは冒険者などやって行けるはずもないだろう。


 覚悟を決めるときが近い。今まで惰性で生きてきた生活を捨て、自己の意志で他者の命を奪い、それを糧に生きていくのだ。自分で決めた道だが、後悔や絶望を感じるときもあるだろう。しかし何もしない後悔よりも、自分で決めて失敗したときの方が悔いは少ないはずだ。今の俺には地球の情報や知識がある。それを活かし方はまだ分からないが、きっとどこかで役に立つはずだ。南井爺ちゃんから聞いた情報もある。これらの情報や知識を有効に使えれば、グランガイズが地球に勝つ確率が大幅に上がるだろう。しかし、使いどころを間違えると自らを拘束する鎖になりかねない。誰を信用し、誰に何を話すかを慎重に見定めなければならない。ただ、情報を出し惜しみすることは有益だとは思えない。


マグカップの水を飲み干すと、一旦考え事を中断する。いつもの朝ならば所用を済ませればPCかスマホでニュースや株式情報などに目を通すところだが、グランガイズには電波が通っていないため、諦める。グランガイズではどのようにして世界や国や地域の事件や情報を得ているのだろうか。これは日本人的な考え方だ。日々の生活に必要な情報でなければ、知らなくてもいいということだ。現在では、ネットの発達により、調べたいことがすぐに分かる時代になった。少し前までは、雑誌や新聞、テレビ、ラジオが主な情報源だったはずだ。その前には手紙や瓦版といった紙媒体が主だったはずだ。その前には、直接口頭での伝達が主だったはずだ。


 中世ファンタジーでは、吟遊詩人などが酒場や催事などで詩にのせて情報を拡散している場面が描かれていたな。 おやっさんも言っていたが、組合には掲示板が有るらしい。 各組合や、地域などで情報を得られる手段が講じられているかもしれない。

 大事なことを忘れていた。 グランガイズには実際に神様が居て神託を授かることが出来たはずだ。 これも大事な情報拡散の手段になるだろう。 問題は地上の生物が望む情報を神様が取り上げてくれるかどうかだな。 ここは教団の頑張りに期待しよう。

 例え俺が重要な情報を持っていて、それを地位の高い人物に提供したとしても、その情報が限られた範囲でしか活用されないのであれば価値は下がる。 魔族の吸血族領と道がつながるアメリカの情報をエルテルム王国の上層部に伝えたところで有効には活用できないはずだ。 いや、そう考えるのは早計か。 なんらかの交渉ルートが有って人族に有益な条件と引き換えに情報を渡すことも有り得るかもしれない。

 いずれにせよ、俺は地球の情報を持っていて誰に、何時、何処で、どのように渡すかを判断しなければならない。 そのために、南井爺ちゃんも30分間だけど情報を調べる時間をくれたのだと思う。 情報を活用せずに日々の生活を送ることは可能だろう。 だが、グランガイズで職業に冒険者を選んだように、過行く日を流されるままに生きて行く生活には戻りたくはない。 今の俺は分水嶺に立って居るのだと感じる。 事故によって偶然与えられた機会の中、主人公を目指すのか、それとも物語を見るような傍聴者になるか、全くかかわらない部外者になるかだ。

 やはり、目の前に主人公に成れるチャンスが有るのだから、それに乗らない訳にはいかないだろう。 乗るしかない このビッグウェーブに! その先が栄光でも悲劇でも構わない。 後悔だけはしないように考慮を重ねて、突っ走ればいい。 一度は無くした命だ。 自分が本当にやりたいと思った事を精一杯やってみよう。

 そんなことを考えてると、扉がノックされる。


「朝食をお持ちしました。」

「はい、すぐに取りに行きます。」

 おれはギルドカードで鍵を外し扉を開ける。 すると、バケットとワインが入ってるジョッキとサラダのようなものが入ったボールを乗せた木製のトレイを持った1人の少年が扉の前で立っていた。 俺は少年からトレイを受け取り礼を述べる。


「食べ終えられましたら、廊下に食器を出しておいてください。 後ほど私が下げさせていただきます。」

 そう言うと少年は階段へと消えて行った。

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