第15話 第1章 異世界到着 11
「役所が見えてきました。 あそこの角に見える3階建ての建物が、この街の役所です。 役所で住民登録をしてから今後の事を考えましょう。」
そう言うとラーテイは速足になり、役所へと向かっていく。 木製の扉は開放されており、中に入ると多くの受付が並んでおり、数人が順番待ちしている状態だった。 そこで俺はある事柄を思い出すことになった。
俺、字が読めないんだった……
「ラーテイ、住民登録の窓口は何処だ。」
「そこの5番で書類を受け付けてます。」
ラーテイは右前方にある窓口を指差して答えた。 窓口には順番待ちの列もなく、すぐに受付の女性に話しかけることができた。
「すいません。 住民登録をお願いしたいのですが。」
「お子様の登録ですか? 」
そりゃそうだ。 こんな年齢で未登録の奴が居るとは思わないもんな。
「いえ、私自身の登録なのです。」
受付の女性は驚いた表情で、こちらに1枚の紙を差し出してきた。
「あちらの机で、こちら書面に必要事項を記入してこの窓口に提出してください。 文字が読めない場合は代読と代筆しますので御申しつけ下さい。」
「文字が分からないので、お願いできますか?」
「では、ここで代筆させていただきます。 まずはお名前からお聞かせください。」
名前からか。 確か枢機卿は俺が名乗ったからステータスに名前が表示されたって言ってたよな。 では、名前を変えようとしたらどうなるのだろうか。 日本と戦いになるかもしれないのに日本人名ってのはマズイ気がする。 ラーテイには後で説明したら良いだろうし、ここは本名とは違う名前で登録しよう。 何か良い名前は‥‥特にエルフに好かれそうな名前は‥‥ そうだ、あれで行こう。
「名は『ユグ』で、性は『ドラシル』でお願いします。」
「名前がユグさんで、性をお持ちなのですね。 ドラシルっと。 次は年齢をお願いします。」
「年齢は28です。」
「定住地か定宿とかは御座いますか? なければ、仕事先や所属組合でも構いませんよ。」
今日来たばかりなのに、そんな場所は無いって。 どう答えるか迷っていると後ろからラーテイが答えてくれた。
「ユグ様は今朝、記憶を失って草原に倒れていたらしく、鑑定でも何も表示されない状態だったのです。 ですが、神殿の審査で犯罪行為や不審な点が見つからなかったので、教団が素性を保証する事となり私が同行する事になったのです。」
ラーテイは俺に合わせて偽名で呼んでくれた。
「でしたら、職業欄も空白と。 では最後に、ここに血を一滴垂らしてください。」
受付の女性は俺に針っぽい物を渡して、書類の右下の囲いを指差していた。 俺は左手の人差し指に針を刺し書類の上に指を持っていくが血が落ちる気配がない。 仕方なく巾着から短剣を取り出し、指を縦に切って血を垂らした。 すぐに後ろから詠唱が唱え始められ俺の指は切れる前の状態に戻っていった。 こいつ結構、過保護なのだな。 と思いもしたが素直に謝意を述べておこう。
「職業を決められたときに、個人事業などをされる場合は税金の兼ね合いも御座いますので、あちらの1と2番窓口で登録していただくことになります。 組合などに加入された場合は登録した組合から税金を差し引かれますので、こちらでの登録は結構です。 あと何か分からないことが有れば 入り口横の総合受付でおたずねください。」
まぁ、名前とレベルしかないのだから、これくらいしか書くことはないだろうしな。 俺はラーテイを引き連れて役所を後にした。 役所から出ると向かいに役所の倍ほどの大きさの建物が目についた。
「あの大きい建物も街の施設なのか?」
「あの建屋は転移施設ですね。 街中ではあの施設以外で転移を行うことが許されてません。 この街の転移門は19個あり、1個は領都ケルゼンで、残り18個はこの街の開拓村に通じてます。転移門は対でしか使えないので限定して置くことになります。 街は領都と開拓村、領都は王都と各街、王都は各国と各領都と繋がる転移門を置いているのです。 施設には、それとは別に個別の転移部屋が御座います。 あと冒険者が増えたことで、この施設とダンジョンを繋ぐ転移門の設置が検討されていますね。」
ラーテイは一息入れて、話を続けた。
「そうですね‥‥‥ 今日来られた枢機卿台下の来られた順を例に挙げると分かりやすいでしょうか。 枢機卿台下は聖都の転移門からエルテルム王都の転移門へと転移され、王都から領都ケルゼンに、領都からアハグトの転移門に、転移部屋から神殿の転移部屋まで来られたのですよ。」
「では、帰りは神殿の転移部屋からここの転移部屋に転移するんだな。」
「いえ、この施設の転移部屋は片道で転移する場所であって、転移で来ることは出来ませんよ。 街中の施設や個人の転移に対応してしまうと、同時に転移場所が重なり事故の原因になりますからね。 転移門以外でこの街に転移してくる場合は門の外の安全な場所に転移板を埋めておくのです。 転移板は1cmの50cmほどの正方形ですので、埋めるときに先に転移版がなければ設置しても良いことになってます。 他人の設置版を動かすことは犯罪になりますので覚えていてくださいね。」
そりゃそうだ。 同じ場所に同時に転移してきたら事故になるわな。
「役所の隣の建物は何の施設なんだ。」
「あの建物は人材斡旋所ですね。 自分や家族を売ってお金を借りた人や、借金をして返せなくなった人、軽犯罪を犯して神殿で審判で罰を受けた人が隷属魔法をかけられて斡旋されてる場所ですよ。」
やっぱりあるんだ、奴隷制度。 奴隷とは言ってないが、システムは奴隷と同じだもんな。 現在日本で育った俺には人権の関係上、忌避感はあるがラーテイが居なければ利用も考えたかもしれないな。
「人材斡旋所は国で運営されており、人材は国が一括管理しています。 基本、治安が良い国や地域では人材不足に陥りやすく、治安の悪い場所から仕入れることになります。 アハグトの街周辺は発展途上で治安も良いので、需要が高く供給が低いのです。 エルテルム王国全体も需要が高く、供給が低いので他国から人材を入れてる状態です。」
発展しているなら、仕事も選べるし金に困ることも少ないだろうな。 需要が勝ってると言う事は単価も高いってことだろう。 まぁ、よほど困らない限り利用することはないだろう。 全ての施設を聞く訳にはいかないし、いずれ必要な時に尋ねれば良いだろう。 では、何処へ向かうとしようかと考えていると
「何故、違う名前で登録されたのですか?」
早速尋ねてきやがったな。
「今は言えないが、今後言える時が来ると思う。 ラーテイは俺の事を誰に報告することになってるんだ? リーリアス神父か? それともケッセル神父、もしくはカステレウス大司教かい?」
「基本は長司祭リーリアスに報告することとなりますが、何か不満な点でも御座いますか?」
「間に誰も通さずにミケイル枢機卿に連絡が取れるなら、明日の夕刻に重要な話が出来るかもしれないと思ってね。」
ラーテイは少し考えた後に
「独自のコネクションは御座いませんが、私の師である大神殿の戦闘修道院の体術の師範を経由すれば枢機卿台下と連絡が取れると思います。」
「では、その時にでも話すとしようか。 腹も減ったし飯でも食べないか?」
朝に簡易食料バーを食べてから何も食べてなかったからな。 この世界も食は3食取るのだろうか。物価も気になるし、街の食文化も気になる。
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