第9話 第1章 異世界到着 5

 建物の中は取り立て飾り物もなく殺風景で生活感が全くない上、人の気配すら感じられない空間になっている。 通路の横には中庭であろうか、芝生が敷き詰められ中央に噴水が備えられていた。 噴水から吹き上がる水の音と案内役と俺の足音だけがこの空間を支配していた。 通路脇にある扉の前に案内役は止まると、扉を3回ノックする。


掌院しょういんケッセル様、例の御仁を御連れ致しました。」

 案内役は恭しく部屋の中にいるであろう上司に到着の報告を行った。


「はい。お入りください。 案内御苦労様でした。 貴方は勤務に戻ってください。 後のことは全てこちらで引き受けます。 では、貴方は此方にいらして下さい。」

 中から思ったより若そうな男の声が聞こえ、それに従うように部屋の中に入った。 それと入れ替わるように俺の前にいた案内役の男はそのまま部屋の前から踵を返し、元来た通路へと歩を進めて行く。 中に入ると10畳くらいの部屋の正面に長方形の机が1つ、椅子がこちらに3つ奥に2つ並んでいて、そのうちの1つに20代後半に見える男が座っていた。 部屋には窓はなく、大きな鏡が壁に張ってあるだけの、この建物らしい殺風景な部屋だった。 鏡と逆の壁際に20代前半に見える男女の神官が待機しているのが見える。


「私はこの神殿を預かっているの掌院ライウズ・ケッセルと申します。 ケッセルとお呼びください。 そこにいる2人はこの神殿の司祭であります。 さぁ、そちらの席にお座りください。」

 ケッセルと名乗る人物はアニメの教会に出てくるより少し飾り物が多く着いた白い祭服を身に纏っていた。俺は促されるままに3つ並んである中央の椅子に腰を下ろす。 すると壁際にいた男が俺の入って来た扉の前に移動し、錠をかけて扉の前に直立した。 罪人と言うほどの扱いではないが、不審人物扱いである。 まぁ、確かに不審人物なんだろうが。


「さて、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。」

「如月俊樹です。 性が如月、名が俊樹です。」

「ほう、性をお持ちなのですか。 ではキサラギ様、鑑定をかけますがよろしいですね。」

 よろしくないが、断ることも出来ないだろうが! なんとか穏便に、この場から帰れるように行動しなければならない。


「はい、大丈夫です。」

「始めます。 『世界を照らす光の神よ。 我に真実の理を映し出したまえ。鑑定。』」

 ケッセルは呪文のような言葉を発し、自身と俺の間の空を見つめている。 俺には見えないから予想だが、そこに俺のステータスがあらわれているのだろう。 暫しの間、静かに時間だけが流れていく。 


「トモヤマ様、ここは神の御前です。 嘘偽りの無いように願います。 偽りの言葉を吐けば、貴方自身に厄災が訪れ、不幸な未来が訪れることになるでしょう。 最初の質問です。 貴方は何処から来られたのですか?」

 最初から答えづらい質問からブッコんできやがったな。 まぁ、最初に聞かれるとは思っていたが。 ここは想定通りの応答で乗り切るしか方法はあるまい。


「気が付けば草原の中で倒れていたのです。 自分の名前は思い出せたのですが、何処から来たのか、何処へ向かっていたのか記憶がないのです。」

「それは大変でしたね。 鑑定の結果、貴方の国籍が空白なのです。 水晶が白く光った訳はそれだと思われます。 水晶での審査方法が広まって以来ずいぶんと時は経つのですが、白く光ったのは過去に一度しか御座いませんでした。 前回の場合も国籍が空白だと言う事が伝わってますし、今回貴方も同様な結果となったので原因は国籍不明と言う事だと思われます。なにか国籍や身元が分かるような物はお持ちではないですか?」

 ケッセル神父は俺の腰紐に付いてある巾着を見ながら尋ねてきた。


「巾着の中は調べたのですが、入っていたのは硬貨を入れた小袋だけでした。あとは腰につけた鞘に入った短剣ぐらいしか持っていませんでした。」

「なるほど、硬貨は人族統一硬貨なので出身国は分からないですね。 その短剣を見せていただいてよろしいでしょうか。」

 帯刀したまま、このような場に座ってしまった非礼は咎められないようだ。 俺は腰に付けた鞘ごと外し、神父の前の机の上に短剣をそっと置いた。 神父は短剣を手に取ると、繁々と眺めている。 おじいちゃんからは街の人が使うような一般的な短剣と聴いていたので、不審な点は見つからないだろう。


「結構古い型の短剣ですな。 まるで新品のような品質でございますね。 通常の手入れでは、このような状態を維持できますまい。 何か方法があるので御座いましょうか?」

 そう言えば、1120年以上前の短剣なのだった。 そこらの整合性もこれからは注意しないといけないな。


「気が付いた時には佩していたので、どのような経緯で手に入れ、どのような手入れをしていたかわからないのです。」

「水晶が白く光った原因は分かりました。貴方に記憶が無いこと以外は、一点を除き怪しいことも御座いませんでした。 私の虚言判定にも反応は有りません。 最後に不可解な点をお尋ねします。 貴方のステータスに表示されているスキルは無く、所有魔法も無い。 職業は記されず、レベルも1です。 能力値も空白になってます。 どうやって生きてこられたのでしょうかね。 成人以上だとお見受けする貴方には絶対に有り得ないことなんですよ。」

 おい、じいちゃん、そこらも調整しておいてくれよ。 確かに、この年齢になってもレベルが1って事は有り得ないよな。 魔法やスキルのことは誤魔化せたとしても、この世界の常識を知らない俺にでも異常と言う事は理解できた。 しかし、ここは記憶に御座いません戦法で乗り切るしかないだろう。


「王都の大神殿から大司教台下がいらっやるとの念話が入りました。 すぐに転移門から来られると言う事です。 少しお待ちいただくようにと連絡が入りましたので、ひとまず休憩と致しましょうか。 私は表まで大司教台下をお迎えに行って参りますので、気を楽にしてお待ちください。」

 ケッセル神父は扉の前に立つ男性に少し話をした後に部屋を出て行った。

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