第10話 作業開始
不足していた箱作りに使う道具を受け取りに行くついでに祖父宅に寄り、茹で済みの筍をもらう。
祖父宅は相変わらずドラム缶を半分に切ったようなのに大釜を載せ、大量に煮ていた。庭で煮こぼれることを気にせず、豪快に。
去年は朝っぱらから竹林についていって、竹の子を一緒に掘り出したんだが、結構な重労働。スニーカーで竹林を歩いて、足の裏に堅いものがあたったらそこを掘る。
顔を出してしまったものは、大きければ蹴り倒し、小さければまだ柔らかいのでスコップで根元から切って、処分する。そのまま育ってしまうと、竹が密になりすぎて荒れるからだ。
掘り出す作業を手伝わなかったので、和菓子屋で黒大福を箱に詰めてもらい、労働力の代わりに進呈。
「おばさん、タケノコご飯のレシピを教えてもらえますか?」
「いいわよ~」
タケノコの皮の処分を手伝いつつ、教えてもらう。
樒さんの食の好みを聞いておけばよかったと思いながら、他の食材を買い入れ予定通り昼前に帰る。書類の記入には厳しいが、このあたりは緩い。
「戻りました。樒さん、苦手なものはありますか?」
事務所で外出簿をつけて、作業部屋にもどる。
箱を作る道具に、食材と結構な大荷物だがどちらも箱に入っているので、移動はそう苦ではない。
「ゲテモノでなければ、他は特にない。中身をだしたらスーパーの段ボールはすぐ外に出せ。大抵ゴキブリの卵がついている、侵入の原因だ」
特に強く言ったわけではない樒さんの言葉に、思わず段ボールを落としそうになった。田舎暮らしもしていたので、虫が苦手ということもないんだが、家の中に出るヤツは別だ。さすがに悲鳴を上げるほどではないがかち合うのは遠慮したい。外で見る分には何とも思わないんだが……。
入り口で中身を出し、段ボールは潰して外に。えー、俺の部屋大丈夫かな? 段ボール持ち込んでるんだけど。
少々不安になりつつ飯をつくり、丸テーブルに並べる。
タケノコご飯、肉豆腐、インゲンの胡麻和え、味噌汁。もう1,2品作って、肉豆腐を少なくすればいい感じのバランスになるのかもしれないが、個別の深皿にどんと。一人だったら胡麻和えもつけない。
「なるほど、手際もいいし、安心できる味だな」
樒さんに感心される。
台所には調味料が一通りそろっていたし、たぶん樒さんも料理をする人だ。手際はともかく、味は褒められたのかどうか謎な言い回し。
「お邪魔しま〜す」
そんなことを考えていたら、明るい声とともにガラス戸を開ける音がした。
驚いて入り口を見ると、ビニール袋を提げた、樒さんの妹の愛華さんが靴を脱いでいるところ。浅い溜息をつく樒さん。
「あー! 美味しそうなもの食べてる! ずるい!」
返事もまたずに板の間に上がり、こっちを見て大げさに言う。
なるほど、樒さんは返事を待たずに入ってくるところとか、これが苦手なのか。愛華さんの顔は笑顔で、俺はそう嫌な感じはしないけれど、樒さんは静かな方が好きそうだし。くれと言ってすかさず皿を持って来る弟よりまだ遠慮を感じる。それがまた面倒なのかもしれないが。
さて、作ったのは俺だがタケノコ以外の金を出したのは樒さん。それに肉豆腐は綺麗に皿いっぱいに盛ってしまったのでない。俺の食べかけの皿から分けるのは考えられないし、兄妹とはいえ樒さんが自分の皿から分ける――のも、ちょっと考えられない。
「諦めろ、そして帰れ」
「ひどい、二人にお菓子買って来たのに! あげないんだから!」
淡々と言う樒さんに、頬を膨らませて本当に帰ってしまった愛華さん。
「……あれの相手は疲れる」
5分といなかったぞ。愛華さんのバイトの曜日ではないので、元々寄っただけなのかもしれないけど。
「えー、みたらし団子を買って来たんですが、食後にどうですか?」
「いただこう」
なんと言っていいのか分からなかったので、話題を替える。
洗い物をして緑茶を淹れ、みたらし団子の包みを開ける。最近では珍しくパックではなく包んでくれる。黒大福と同じ和菓子屋で購入した団子は、翌日には固くなってしまうので消費期限は本日中だ。
甘くほんのりしょっぱいみたらし。もちもちで歯につくほどではなく、弾力がほどよい。焦げ目も香ばしいが口に触るほどではない。
「うまいな」
「昔から好きな店です」
思わずちょっと誇らしい気になる。自分の好きなものを褒められると嬉しい。
食後のお茶も済んで、作業。樒さんはなにか墨でお札のようなものを書いている。机の上に綺麗な欅の文箱が出ており、硯と墨、筆、水差しが揃っている。俺には箱の価値しかわからないんだが、おそらく中身もそれなりにお高いものだろう。
だが使っているのは筆ペン。
ああ、うん。墨を
そのお札、アレを封じ込めた箱に貼ったやつですよね……。弘法は筆を選ばず?
少し遠い目になりながら自分の作業。俺は名人ではないので、道具の調整から。あらかた揃った道具を研いだり、刃の水平を確認したり。仕入れた木材から使わない節のある部分を切り落としたもので、
板に溝をつける時の道具、直角を確かめる時の道具は自作。
まだ道具の癖も確認できてないし、足りていないところもあるけど、明日は一つ箱を作ってみよう。
それにしてもこう、手品師のトリックの仕込みを見ているような気がしてきた。揃えてある道具も、場所も、本人も、なんというか「らしい」んだが、実際使っている道具はお手軽チープというこの……。
――でも本物なんだよな。
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